神を拾った竜殺し~星の少年と炎の少女~・改訂版

みつまめ つぼみ

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第2章:星の少年と炎の少女

第44話 稀代の天才魔導士

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 施術の翌日、執務室に居るリストリットの元へアイリーンが一人で現れた。

 リストリットは眉をひそめてアイリーンにたずねる。

「ん? 譲ちゃん一人か? ノヴァはどうした?」

「部屋でお茶を飲んでるわよ?」

「おいおい、王宮の中とはいえ、嬢ちゃん一人にするなんてあいつらしくないな」

 アイリーンが自慢気じまんげに小さな胸を張った。

「魔導工房で体を作り変えたから、“もう心配はいらない”って言ってたわ。
 それにこう見えても私、一流の魔導士なのよ?
 自分の身くらい、自分で守れるわ! テディも付いていてくれるしね!
 本当は何も怖くないのよ? みんなが過保護すぎるのよ」

 リストリットが苦笑を浮かべた。

「そうか。あの過保護なノヴァが一人にするくらいだ。問題はないんだろう。
 それより嬢ちゃん、何の用だ?」

「あのね? そろそろニアさんとの婚姻は話が進んだのかなって」

 ニアが微笑ほほえんで答える。

「ありがとうアイリーンちゃん。実はもう、籍は入れてあるの。
 だから私は、もう正式に第二王子妃なのよ。
 今の私は、『ニア・ウェルバット』よ」

 アイリーンが小首をかしげてたずねる。

「でも、今までと同じようにリストリットさんのそばに居るわよ?
 服だって変わってないし」

「リストリットの政務を手伝ってるだけよ。服は長衣ローブの方が気楽だもの。
 手伝いが終わってから少しずつ、王子妃としての勉強も始めてるわ。
 ――それに、今の私に回されるような政務はないのよ。できることも少ないし。
 だから王宮の政務はみんなリストリットの所に集中してしまうの」

 リストリットがため息交じりに告げる。

「あいつら、もう少し父上を信用してもいいはずなんだがな。
 国王の決済が必要な書類以外、全部俺に寄越しやがる。
 母上が手伝ってくれなきゃ、満足に眠る時間もないぜ」

 アイリーンが小首をかしげてたずねる。

「あら、じゃあビディコンスさんはとても暇なんじゃない?
 もう攻め込まれることもないんでしょう?」

 リストリットがうなずきながら答える。

「今はアルトゲイル皇国軍一個師団が居るし、もう大丈夫だ。
 父上は毎日、テスティア女皇に技術供与を求めて滞在先に直談判してるよ。
 テスティア女皇もいい加減、本国に帰ればいいんだ。
 いつまでも滞在してるから、父上がつけあがる」

 アイリーンが思案しながら告げる。

「つまり、この国にとって、もうビディコンスさんは『不要な人材』なのね。
 居ても迷惑なだけで、ビディコンスさんも含めて誰も幸せになれないわ」

 リストリットの背筋に冷たいものが走った。

 それはリストリットが考えないようにし、臣下の誰もが思っていても口にしないこと。

 リストリットがアイリーンをたしなめるように告げる。

「嬢ちゃん、大人――それも一国の王を、そんな風に言うもんじゃない。
 父上はまだ、この国に必要な方だ」

 アイリーンは済んだ瞳で柔らかく優しい微笑ほほえみを作った。

 いつものアイリーンが浮かべる、少女らしい笑顔で告げる。

「――そう、リストリットさんが決断を降せないなら、友人である私が手伝ってあげるわね」

 アイリーンはそう言い残すと、くるりと背を向けて執務室から出ていった。




****

 アイリーンが去った執務室で、リストリットが真剣な表情になって告げる。

「……ニア、しばらく嬢ちゃんを見張れ。
 危険な行動に出るようなら、何としても防げ。
 だが命までは捨てるな」

 ニアはきょとんとした顔でその言葉を聞いていた。

「その言い方、まるでノヴァくんを相手にするみたいな言種いいぐさね。
 相手はあのアイリーンちゃんよ?
 先史文明の魔導士とはいえ、そんな危険な存在には思えないわ。
 さっきの様子も、いつもの彼女。最後の笑顔も見たでしょう?」

 リストリットが、ニアに言い含めるように告げる。

「あれを今までの嬢ちゃんだと思うな。
 ノヴァを相手にしているものだと思え。
 身の危険を感じたら、すぐに逃げろ」




****

 アイリーンはまっすぐ王宮の奥に居るビディコンスの居室を目指していた。

 どうやって知ったのかわからないが、迷いなく進んでいく。

 途中の衛兵たちも、彼女を止める気配はない。

 それどころか、彼女に気づいている様子すらなかった。

 遠くから様子をうかがっていたニアには、理解ができなかった。

 ――魔法術式を使ってる様子はないのに、なぜ?

 そしてアイリーンは王宮の奥深く、国王の居室の前に辿り着いた。

 アイリーンはノックもせずドアを開け、中に入って行く。

 その様子を、ニアは茫然ぼうぜんながめていた。

 あわててニアがあとを追って居室のドアに手をかけると、ドアを守る衛兵がニアを止めた。

「ニア王子妃とはいえ、ここは陛下の居室。断りなく中に入れることはできません」

 ニアは衛兵の言動に混乱しつつ、答える。

「たった今! 女の子が中に入って行ったでしょう?!
 なぜその時に止めなかったの?!」

 兵士が眉をひそめて答える。

「女の子? なんのことです?
 ――ともかく、陛下に許可を頂いてからになります。少しお待ちを」

 衛兵がドアをノックし、部屋の中に呼びかける。

「陛下! ニア王子妃がお見えです!」

 反応はない。衛兵たちが顔を見合わせた。

 就寝するにはまだ早い。返事がないのは、普段なら有り得ない。

 衛兵があわてて声を上げながらドアを開ける。

「陛下! 失礼します!」

 部屋の中には、うつろな顔をした国王ビディコンスと、それに戸惑う王妃テナー。

 そしてビディコンスの前に立つ、アイリーンの姿があった。

 アイリーンが振り返り、微笑ほほえんで衛兵に告げる。

「ビディコンスさんは『問題ない、下がれ。ニア王子妃には帰ってもらえ』と言ってるわ」

 衛兵が敬礼をして答える。

「はっ! 了解致しました! 失礼致します!」

 衛兵は疑問を抱いた様子もなく、ドアを閉めてニアに向き直った。

「陛下は『ニア王子妃には帰ってほしい』と仰せです。
 本日の所はお引き取りください」

 ニアはたった今、目の前で起こった光景が信じられなかった。

 なぜ衛兵は、疑問を抱いていないのか。

 なぜアイリーンの言葉を国王の言葉だと信じているのか。

 魔法術式を展開せず、どうやってこれほどの芸当をやってのけたのか。

 ニアは葛藤した。

 冒険者としての勘で、身の危険すら感じる状況だ。

 相手が何をしているのか、察知も理解も予想もできない。手に余るとしか思えなかった。

 だが、今を逃せば取り返しがつかなくなる。

 アイリーンは国王に何かを施そうとしている。止めるなら今しかない。

 あれがノヴァだったなら、ニアはあきらめてリストリットに報告に戻るだろう。

 ニアがどんな手を使おうと、力ずくで無効化されるのが明白だ。

 ここで何があったかもわからなくさせられてしまう危険性すらある。

 ならば目にした情報を迅速に持ち帰ることを優先すべきだ。

 ――だけど、中に居たのはいつものアイリーンちゃんなのよ?!

 混乱するニアの頭に、リストリットの言葉がよぎる。

『ノヴァを相手にしているものだと思え』

 ニアはドアに背を向け、リストリットへ報告するため、足早にその場をあとにした。




****

 アイリーンは部屋の中からドアを見つめてつぶやく。

「……これでニアさんにも分かってもらえたかしら」

 改めてビディコンスに向き直ったアイリーンが告げる。

「ねぇビディコンスさん。あなたの役目はもうおしまい。
 最後のつとめは、王位をリストリットさんに譲ることよ?
 分かったらお返事して頂戴?」

 ビディコンスが疲れた顔で口を開く。

「私の役目はもう終わった。最後のつとめは、王位をリストリットに譲ることだ」

 アイリーンが優しい笑顔で告げる。

「よくできたわ、とっても偉いわね。
 これ以上、他の人に迷惑をかける前に、王位を譲ってしまいましょうね。
 貴方あなたは今までよく頑張ったわ。もう休んでいいのよ?」

 ビディコンスがゆっくりとうなずいた。

 王妃テナーはアイリーンに気づかぬまま、ビディコンスのうつろな様子に狼狽うろたえていた。

「ビディコンス! どうしたの?! しっかりして!」

 ビディコンスがテナーに答える。

「私の役目はもう終わった。最後のつとめは王位をリストリットに譲ることだ。
 私はもう休む。お前はニアのことを、助けてやってくれ」

「ビディコンス!」

 その様子を見て満足したアイリーンは、来た時と同じようにドアを開け、部屋をあとにした。
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