神を拾った竜殺し~星の少年と炎の少女~・改訂版

みつまめ つぼみ

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第2章:星の少年と炎の少女

第45話 守るべき存在

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 第二離宮の執務室で、リストリットはニアから報告を受けていた。

 ニアが眉をひそめてうつむいていた。

 リストリットが唇を噛み締める。

「嬢ちゃん……何があったんだ」

「アイリーンが本来の実力を出しているだけですよ」

 その声にあわててリストリットとニアが振り向いた。

 いつの間にか、人払いされていた執務室の中にノヴァが居た。

 ――入ってきた覚えはない。転移魔法らしき気配もなかったはず。

 驚くリストリットたちに、ノヴァが優しく微笑ほほえんで告げる。

「アイリーンがこの部屋に来た時、僕も一緒にいただけです」

 つまり、リストリットたちは認識を阻害されていたことになる。

 信頼を傷つけられた気がしたリストリットは、悔しさを胸にたずねる。

「……なぜ、こんな真似をした?」

 ノヴァが少年らしい笑みで答える。

「今の――本来のアイリーンを見た貴方あなたたちが、何を考え、どう行動するのか。
 それを確認していました」

 リストリットが眉をひそめてたずねる。

「『本来の嬢ちゃん』ってのは、どういう意味だ?」

「先史文明の魔導士は神と同じように、魔法術式を展開しなくても魔法を行使できます。
 燃費が著しく悪いので、多用できる人間は多くは居ませんでしたけどね。
 先史文明で『稀代の天才魔導士』と呼ばれたアイリーンなら、簡単なことです」

 リストリットが茫然ぼうぜんとしながら告げる。

「……今まで、そんな様子はなかった」

「今までは不完全な体――魂の出力が足りない状態でした。
 そんな状態で魔法を使う危険を、アイリーンは熟知している。
 ですから燃費の悪い略式の魔法術式を使うことも無かった。それだけです。
 僕やテスティアも、略式の魔法行使は控えてましたしね」

 リストリットが言葉を失っていると、ノヴァがニコリと微笑ほほえんだ。

「それでも僕は出会いの時から、リストリットの前で略式の魔法行使をしていました。
 ――翻訳魔法です。気が付きませんでしたか?
 『神の能力』だと勘違いしていましたか?」

 茫然ぼうぜんとしながらリストリットがたずねる。

「……つまり、嬢ちゃんの問題が解決したから、嬢ちゃんは魔法を好きに使ってる。
 そういう理解であってるか?」

「ご理解頂けたようですね。
 かつては様々な法律で魔法術式の使用には制限がありました。
 ですが現代の法律に、先史文明の魔導を律するものはありません。
 まぁ違反したからと言って、アイリーンを取り締まれる人間も居ませんけどね。
 ――そろそろ彼女が帰ってきます。あとのことは本人から聞いたらどうですか?」

 室内の空気が張り詰める中、執務室のドアがノックされ、アイリーンが姿を現した。

 アイリーンは彼女を見つめるリストリットの目を見て、いつものように微笑ほほえむ。

「あら、リストリットさん。とっても怖い顔ね?
 ニアさんから話を聞いて不安になってしまったの?
 大丈夫、私は今まで通りのアイリーンよ。心配しないで。
 単に今まで、貴方あなたたちが私をあなどっていただけなの。
 私は何度も『自分には力がある』と伝えていたはずよ?
 生前から、今と同じことはできていたの」

 リストリットはその言葉に、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けていた。

 アイリーンの運命に憐憫れんびんを感じていた。

 力のない少女だと、勝手に決めつけ思い上がっていた。

 だが超技術を誇った先史文明で『稀代の天才魔導士』と呼ばれたほどの少女だ。

 現代の常識が通用しない相手だという認識に欠けていた。

 現代においてその脅威きょういは、ノヴァと大差がないのだ。そのことにようやく気が付いていた。

 リストリットは慎重に言葉を選んで告げる。

「父上に、何をした?」

「ビディコンスさんの奥底に眠る本心を掘り起こして、表層に固定しただけよ?
 ビディコンスさんはお疲れよ。もう全てをリストリットさんに託して休みたいの。
 でも国王としての意地がそれを許さなかっただけ。でももう潮時よ。
 ――すぐに呼び出されるわ。これから目にするのが、本当のビディコンスさんの姿よ」

 リストリットがその言葉を理解するより早く、執務室のドアがノックされた。

「リストリット殿下、陛下が重臣と共に謁見えっけんでお待ちです。ただちに来て欲しいと」

「……わかった。すぐ行く。
 ニア、お前も来てくれ」

 リストリットはのろのろと立ち上がり、ニアと共に謁見えっけんに向かっていった。




****

 その日、国王ビディコンスから第二王子リストリットへ王位を譲る意志が広く示された。

 翌日午前中に簡略式典が行われ、リストリットがウェルバット国王に即位した。

 若干二十五歳での即位――平時では異例の若さだ。

 だが臣下から不満の声が上がることはなかった。

 また午後には王都中にも布告され、王国の内外にも布告された。

 国民も若き王を歓迎し、国内は明るい空気で染め上げらえた。


 ――リストリットの即位から数日後。

 リストリットは国王の執務室に居た。

 ニアは王妃の執務室で、前王妃テナーから指導を受けつつ、政務をこなしている。

 前国王ビディコンスは第一離宮に居室を移し、ゆっくりと体と心を休めていた。

 机に座り政務を進めながらも、リストリットの胸中は混乱したままだった。

 謁見えっけんで見たビディコンスの姿は、疲れ切った老人のそれだった。

 アイリーンが言う通りであれば、あの姿こそがビディコンス本来の姿なのだ。

 それを王の意地と矜持で無理を押して振る舞っていた。

 それがゆがみとして現れ、周囲に迷惑を振りまいていたのであれば、潮時なのは明らかだった。

 周囲の誰もがリストリットの即位を待ち望み、祝っていた。

 『これでいい』と頭では理解していた。

 だが心が付いてこなかった。

 国家国民より優先してでも守ると心に固く誓った少女――アイリーン。

 彼女は『リストリットが決断できないなら、共である自分が手伝う』と言い、やってみせた。

 アイリーンを守るなど、思い上がりではないのか。

 自分より強い力を持つ存在を守るつ必要など、どこにあるというのか。

 己の誓いが揺らいでいくことd、己の矜持も揺らいでいた。

 己を見失いかけている――そう感じていた。

『リストリットよ、そこまでだ。考えるのをやめよ』

 リストリットが書類から顔を上げる――ソファにノヴァが一人で座っていた。

「なんだ、また認識阻害か」

『今回はきちんとドアを開けて入ってきたぞ? ノックはしてないがな。
 それに気づけぬほど、お前が思い悩んでいただけだ』

 互いの信頼に瑕が入っていた。

 もう無条件にノヴァを信頼することができない。

 ノヴァが大きくため息をついた。

『だから言ったであろう? 俺もアイリーンも“古代遺物ロスト・アーツとして扱われても構わぬ”と。
 そして“お前はお前でり続けろ”とも言った。
 お前はあの時の自分のり方を忘れるな』

 リストリットは無言でうつむき、その言葉を聞いていた。

 ノヴァが言葉を続ける。

『俺やアイリーンを兵器として認識することは、人の道を踏み外すことにはならん。
 正しく兵器としての能力がある。
 そしえ俺たちを運用することは、一兵卒を戦場へ派遣することと変わらんと心得よ。
 兵士とて人間、人の心を持つ者だ。ならばお前は、為政者として同様に運用すればよい。
 アイリーンの力を正しく認識できたなら、彼女を兵士として認識しても仕方あるまい。
 だがお前の信念は維持し続けよ。
 憐憫れんびんを感じた守るべき存在を“命をもって守る”と誓った己を見失うな。
 俺とアイリーンは“守るべき存在”ではなかった。
 お前こそが守られる側だった。それに気づいた――ただ、それだけなのだ』

 リストリットはノヴァの言葉を噛み締めていた。

 己の矜持が立ち直る感覚を得ていた。

 『アイリーンは守るべき存在ではない』と、ノヴァが言ってくれたからだ。

 勝手に憐憫れんびんを感じていただけで、それは思い上がりなのだと教えてくれた。

 リストリットは顔を上げ、ノヴァを見つめた。

「お前はそれを言うためにここに来てくれたのか?」

 ノヴァが微笑ほほえんで答える。

『お前が己を見失えば、ビディコンスの二の舞となろう。
 それでは、王位を譲らせた意味がない。
 それにこれでお前は俺やアイリーンに頼むことができるだろう?
 “隣国を責めるのを手伝ってくれ”と』

 リストリットが苦笑で答える。

「俺は戦争が嫌いだ。国民に負担を押し付け、命が失われる。
 やらずに済むならやりたくない。
 今はアルトゲイル皇国軍が駐屯ちゅうとんしている。
 攻め込まれる心配も、金をおどし取られる心配もない」

 ノヴァの目が冷たく光った。

『“今は”な。だが為政者ならば先を見よ。
 こんな不平等な条件での軍事同盟や経済支援だ。
 アルトゲイルの人間が快く思うわけがあるまい?』

 リストリットはハッとした。

 その言葉に、目から鱗が落ちる思いだった。
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