傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第2章

32.白狼月華

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 夕飯までの少し暇な時間を使って、俺たちは再び中庭に来ていた。

 アヤメが笑顔で俺に告げる。

「いーい? 私のやること、ちゃんと見ててね!」

「お、おう……」

 アヤメの足元にゲッカが佇み、その首をアヤメの手がわしづかみにする。

白狼はくろう月華げっか!』

 声を上げたアヤメの手が、剣を抜き放つようにするりと動く。

 アヤメの手には、抜き放つと同時に大剣となったゲッカ――ハクロウゲッカが握られており、それを流れるように顔の横で構えた。

「名前を呼んで、今みたいにしてあげれば、それでハクロウゲッカは力を貸してくれるから。
 あとは、普通の剣みたいにこうやって――」

 アヤメが大剣を頭上に掲げ、遠くにある庭の木に向かって振り下ろす――振り下ろした切っ先から光の刃がほとばしり、庭の木を真っ二つにしていた。

「――とまぁ、巫術ふじゅつを使わなくても、これぐらい強い力があるんだよ。ハクロウゲッカには」

 俺は唖然としながら、真っ二つに裂けた木を見ていた。

 その背後にあるレンガの壁にも、うっすらと斬撃の傷がついている。

 こんなもん、戦場で振り回してたら味方ごとぶった切っちまうな……。

 アヤメの手からハクロウゲッカが光になってするりと足元に集まり、ゲッカの姿に戻っていた。

「さぁ、今度はヴァルターの番だよ! 試しに一回やってみて!
 でも、全力で振ったらだめだよ? この家の壁くらい、簡単に壊しちゃうからね!」

「おっそろしい威力なんだな……わかった、やってみよう」

 俺たちの会話がわかっているのか、今度はゲッカが俺の足元に来た。

 その首を俺は大剣の柄を持つつもりで鷲掴みにする。

「じゃあいくぞハクロウゲッカ! 頼むから家を壊すなよ?!」

 大剣を引き抜くつもりで首を引き抜くと、するりと俺の手にはハクロウゲッカが握られていた――変な感触だなぁ?!

 二メートル近い大剣、刃渡りだけで百五十センチってとこか。

 こんなデカい大剣だってのに、羽みたいに軽い。

 俺はアヤメを真似て、遠くにある木に向かって、軽い力で大剣を振り下ろした。

 アヤメの時より大きな光がほとばしり、背後のレンガの壁ごと、木が真っ二つに裂けていた――おっかねぇな、これでも強すぎるのか?!

 慌てて壁に駆け寄り、裂け目の向こうを覗き込む――どうやら、怪我人は居ないらしい。

 屋敷のこちら側は、隣の建物に隣接した脇道だ。夕食前のこの時間、こんな道を通ってる奴はいねぇか。

 俺は安堵のため息をついてから、アヤメたちの元に戻っていく。

「おいアヤメ、こんな強すぎる力、どうしろってんだよ」

 アヤメがニッコリと微笑んだ。

「それを考えるのは、ヴァルターの仕事でしょ?」

 ……まぁ、アヤメのツキカゲだけに頼らなくても済むかもしれん。

 だがこれも、人間を一方的に殺す兵器だなぁ。なるだけ使いたくねぇ。

 俺の手からハクロウゲッカがするりと抜け出て、ゲッカの姿に戻る。

 その首を撫でてやりながら、俺はゲッカに告げる。

「いつかはお前の力を借りることがあるかもしれん。
 そんな日が来なきゃいいんだが、そん時はよろしくな」

 ゲッカが応じるように短く吠えた。




****

 夕食のテーブルには、この土地の名物料理が並んだ。

 財政が潤った伯爵家の食卓は、今や王宮と大差がない。

 俺は贅沢する気はないんだが、質素な食卓をアヤメは不満に思うらしい。

 こいつは王族だしなぁ……そこは仕方ねぇ。

 港湾都市として栄えている現在のオリネアは、放っておいても各地から名産品が集まってくる。

 そんな近隣国の名産品も、テーブルの上に並んでいた。

 まったく、港を持つってのは便利なものだ。

 俺の隣に座るセイラン国の国王――セイランオウが、俺に笑顔で告げる。

『これが大陸の食事か。青嵐国とは、また違った華やかさだな』

 通訳を介し、俺は笑顔で応える。

「あんたの口に合うものがあるといいんだがな。
 遠慮なく食ってくれ」

 通訳の年配女性が、先に料理を口にしていく。

 頷いた女性が、その皿をセイランオウの前に置いた。

 セイランオウは通訳の真似をして、料理を口に入れる。

『……面白い米料理だな。
 海産物か、これは。肉や野菜も入っている。
 大陸にも、米があるのだな』

 通訳を介し、俺が応える。

「ここは港湾都市だからな。魚介類を使った料理が有名なんだ。
 アヤメの話だと、米はセイラン国とかなり味が違うらしいけどな。
 名産品の香辛料が、風味の決め手だ」

 従僕が取り分けた鳥の丸焼きの肉も、先に通訳が口にしてからセイランオウが口にする。

『うむ、旨味のある肉だ。これは鶏か。
 味の濃いタレをつけて焼いているのか。
 甘辛いタレが程よい塩梅だな』

 通訳を介し、俺が応える。

「地鶏を使った丸焼きだ。
 うちの農場で育てた地元の名産品ってとこだ。
 ――ところで、なんでさっきから通訳が先に食べてるんだ?」

 セイランオウがニヤリと微笑んだ。

『毒見役よ。アヤメが安心して口にしていようと、の食事にいつ毒が入るかわからぬ。
 ただの習慣だと思えばよい』

 通訳の説明に、俺は呆れて応える。

「この状況で、毒を心配するのか? 大変な国なんだな、セイラン国は」


 その後も料理の説明をしつつ、俺たちは贅沢な夕食を平らげていった。




****

 食後、通訳とテッシンを連れて客間に戻ったセイランオウを見送り、俺はアヤメに告げる。

「どうなんだ? 楽しんでもらえたのか?」

 アヤメが微笑んで応える。

「うん! お父さんはちゃんと楽しんでたよ!」

 ならいいんだがなぁ。

 アヤメと違って表情があまり豊かとはいえないセイランオウは、感情を読み取るのが難しい。

 テッシンもそこは変わらねーな。

 むしろ、アヤメが特殊なのか?

 明らかに顔色が変わったのは、メインディッシュよりデザートの果物やゼリー菓子の類か。

 甘いものが好きなのかね。

 アヤメも同じ傾向だったが、子供だからだと思っていた。

 実際には、セイラン国では甘いものが好まれる傾向があるのか。

 味覚がそうなっているのか、セイラン国に甘味が少ないのか……どっちにしろ、甘い物を集めておくと受けが良さそうだ。

 俺は控えているクラウスに告げる。

「クラウス、これからは各地の甘い果物や菓子類を集めろ。
 明日の朝は間に合わんだろうが、料理人にはデザートに力を入れるように指示を出しておけ。
 茶菓子も充実させろ。
 子供受けしやすい菓子――そんなイメージでいいだろう。
 変わり種を混ぜるのも面白いかもしれんが、そこはお前に任せる」

「かしこまりました。ではそのように」

「あー、それと持ち帰ってきた花の株はどうなってる?」

「そちらですが、樹木に付く花のようです。
 現在、庭に植えさせていますので、何年かすれば花が見られるかと」

「なるほど、気長に待つか。
 しかし、よく花の株を持ってくるなんて思いついたな。
 そんな指示は出していなかったんだが」

「はい、従僕のキューブが独断で見繕ったそうで。
 機転が利く男ですよ」

 ほー、機転ね。

 異国の地で花に目を付ける感受性、独断で持ち帰ってこれる度胸、悪くない人材だ。

「そいつはいくつだ?」

「はい、今年で十六歳になるかと」

「……若いな。それでよくセイラン国に行く気になったな。
 よし、そいつをリビングに連れてこい。
 少し話をしてみたい」

「かしこまりました」

 下がって良くクラウスを見送り、俺は席を立った。

「よし、それじゃあリビングに移動するぞ、嬢ちゃん」

「うん!」

 妙に上機嫌なアヤメを連れ、俺はダイニングからリビングへと向かっていった。




****

 リビングで紅茶を口にしながら待っていると、クラウスが一人の青年を連れてやってきた。

 撫で付けた紫紺の髪と褐色の肌――このあたりの人種じゃねぇなぁ。

 青年がうやうやしく頭を下げて告げる。

「従僕のキューブ・フリックと申します」

 俺は笑顔で応える。

「おう、お前がキューブか。
 よく花に目を付けたな。
 理由を聞いていいか?」

 キューブがニコリと微笑んだ。

「はい、アヤメ殿下の郷愁を慰める役に立つのではないかと。
 あの花は大陸で見かけたことのない品種でした。
 おそらく、セイラン国の固有種でしょう」

「なるほどな、納得ができる理由だ。
 お前は花に詳しいのか?」

「いえ、それほどではありません。
 ですが、山に入ることも多かった経験上、狩人と同程度の知識かと」

 山ね……身体は大きくないが、体幹は安定している。

 相応に鍛えられてると思っていいか。

 俺はソファから立ち上がり、キューブに告げる。

「ちょっとすまんな」

 眉をひそめ、怪訝な顔をするキューブに向かって俺は全速で駆け寄り、全力の拳を顔面に振り抜いた。

 キューブは俊敏な動きで横に跳び、俺の拳を避けていた。

 警戒するように腰を落としているキューブに、俺は笑顔で告げる。

「――よし、合格だ。お前、アヤメの傍仕えになれ」

 怪訝な顔のまま、キューブが俺に応える。

「……どういうことでしょうか」

「今後、もしかするとゲッカを俺が連れだすことになるかもしれん。
 お前はそんな時、アヤメを守れる盾になれ。
 ゲッカがアヤメの傍に居る時は、アヤメのわがままに付き合ってやればいい。
 給料は相応に上げてやる――どうだ? 応じるか?」

「……ご命令とあれば、お受けしますが」

「よし! 決まりだな!
 ――アヤメ、これから何かあったら、好きなだけこいつにわがままを言え。
 俺が仕事で忙しい時も、遊び相手が居れば退屈しのぎになるだろ」

 フランチェスカが不満げな顔で俺に告げる。

「護衛なら私が居ます。私では不満だというのですか」

「お前じゃ、俺の全力の拳を避けることはできない。
 腕は間違いなく、キューブの方が上だ。
 それに護衛が一人より、二人の方が安心できるだろ。
 片方が囮になって、アヤメを逃がす事もできる。
 ――まだ不満があるか?」

「……いえ、そういうことでしたら、納得しますが」

 俺は笑顔で頷いて告げる。

「じゃあ俺は先に部屋に戻る。
 しばらくキューブと親交を深めておいてくれ。
 なるだけ揉め事にならないように頼むぞ?」

 なぜか不満げなアヤメに笑顔で告げ、俺はリビングを後にした。
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