傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第3章

55.永遠に

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 七月、ついに最初のシャッテンガレオンが帰国した。

 セイランオウをセイラン国に送り届けた船が、帰国したということだ。

 積み荷の報告書を見ながら、俺は驚いていた。

「……なんだ? この『ユイノウヒン』って。
 やたら豪華じゃないか?
 持たせた交易品は、ここまで多くないだろう」

 船倉に溢れるほどのワサビを始めとした数々のセイラン特産品。

 まぁアヤメのキモノの素材も含まれるから、その分は割り引く必要がある。

 それにしたって、満載になる量は持たせなかったはずだ。

 アヤメがニヤニヤしながら俺に告げる。

「ユイノウヒンは、婚約の儀式だよ。
 普通は夫の家から妻の家に贈り物をする文化なんだけど、
 そこは王家だから、ルールが違うのかも?
 お父さんも、こんなに早く大陸でも結婚が成立するとは思ってなかったんだろうね」

 ま、そこは俺も考えてなかったしな。

 今月でアヤメも十一歳……あと四年かぁ。四年でこいつを女として見れるかなぁ? 不安だ。

「ともかく、荷の整理と発送の手配がある。
 また忙しくなるから、数日はおとなしく待ってろよ」

「はーい……」

 しょんぼりしているアヤメを置いて、俺はキューブを連れて港へと向かった。




****

 ヴァルターが去った後のリビングで、アヤメはクラウスを呼び出していた。

『クラウス、いつもの物が届いていよう?
 早よう出すがよい』

 フランチェスカが通訳する言葉に、クラウスが頭を下げて一度下がり、大量の釣書の束を抱えて戻ってくる。

 それを受け取ったアヤメは、ニコリと微笑みながら、一枚一枚、丹念に巫術ふじゅつの炎で燃やし尽くしていった。

 灰も残らないほどきれいに燃やし尽くされる釣書に向かって、アヤメがつぶやく。

わらわの夫の側室になろうなど、百年早いわ。
 ――この娘、まだ十三歳ではないか! なんと身の程知らずな!』

 ぶつぶつと言いながら釣書を入念に燃やし尽くしていくアヤメの姿に、フランチェスカが告げる。

ひい様、そこまでなさらなくても……』

『構わぬ。ヴァルターはめのこの扱いに弱い。
 ならば妻であるわらわが、ヴァルターの身を守らねばならぬ。
 他の妻など、わらわは認めぬ』

 フランチェスカは戸惑いながら、クラウスは静かな表情で、アヤメが釣書を燃やし尽くすのを見守っていた。




****

 アヤメの誕生日を祝う夜会。

 夫婦と認められて、初めての夜会でもある。

 俺はキモノを着込んだアヤメを連れ、主催者としてセイラン品の数々を招待客に振る舞っていった。

「王都の客にほとんど取られちまったが、残った分は今夜に回した!
 みんな、思う存分楽しんでくれ!」

 王都の社交界の噂を聞きつけた貴族や商人たちは、この領地でもアヤメのことを『ツキカゲノキミ』と呼び始めていた。

 アヤメはその名で呼ばれると年齢相応の顔で柔らかく微笑み、喜びを表していた。

 今入港しているシャッテンガレオンは、整備が終わり次第、再びセイラン国へ向かう。

 送り届ける積み荷は指示通り、クラウスとキューブが手配を終えていた。

 後は長旅に耐えられるよう、船に整備を行き届かせるだけだ。

 これからは毎月セイランの特産品が届く。

 この港町オリネアでも、『キモノ』や『タキモノ』、『ソ』など、再現品や新規開発商品が流通しつつある。

 がっつかなくても安定供給されるとわかると、貴族や商人たちも以前の熱狂よりは落ち着いて商談を進めるようになっていた。

 だが顧客たちはまだまだセイラン品に飢えている。

 確かな商機が目の前にある以上、プレミアを維持しながらの値段設定で強気に商談をまとめていった。

 今回持ち込まれた『ウメ』という新しい交易品、ウメの果実らしいが、これにも商機を感じていた。

 爽やかで酸味のある果実だが、これを使った料理を職人たちが作り上げると、立派に大陸受けするセイラン特産品に化ける。

 『ソ』のバリエーションとして、『ウメ』の実を混ぜたものも試作中だ。

 そんな話を招待客たちとかわしながら、アヤメの十一歳を祝う夜会は過ぎていった。




****

 あれから四年が過ぎた。

 朝になり目が覚めると、すっかり子供から少女に変わったアヤメが、一糸まとわぬ姿で俺に抱き着いてい眠っている。

 ……こいつ、あれから王都の貴族に完全に毒されやがって。

 さすがに今日で十五歳、そんな年齢の少女が裸で抱き着いてくると、俺も頭を悩ませる。

 昨晩で努力義務が終わった。

 今夜からは俺は、アヤメと子供を作ることが義務付けられる。

 三十五歳の俺の妻として、アヤメはアヤメなりに俺を支えようと必死に頑張ってくれた。

 不慣れな大陸の社交界でも、セイラン国の流儀は崩さず、侯爵夫人として社交場を開いたりもしていた。

 『ツキカゲノキミ』としてすっかり定着したアヤメは、もう侯爵夫人の風格が備わって久しい。

 そんなアヤメの努力に、俺は報いたいと思う。

 思うんだが……年齢差がなぁ。

 やっぱりこいつは、若い男と結婚した方が幸せになれたんじゃないかと、未だに考えてしまう。

「ん……おはよう、ヴァルター」

 目を覚ましたアヤメが、俺の唇を奪っていく。

 こいつも大陸式の口づけをすっかり覚えやがって。

 お茶会を開いて色々聞いて回って、『いつでも準備オッケーだから!』と宣言するくらいだ。

 俺はアヤメの唇を奪い返して告げる。

「今日からお前は大陸でも成人だ。もう誰もお前を子供とは呼ばなくなる。覚悟は良いか」

 アヤメがニッコリと微笑んだ。

「私の長い忍耐の日々が、ようやく終わったんだね。
 今夜こそ、ちゃんと相手をしてもらうからね! 逃げちゃだめだよ!」

 俺はアヤメを抱きしめながら告げる。

「はいはい、わかってるよ。
 こうなったら仕方ねぇ。意地でもなんとか相手してやる」

 しばらくアヤメとじゃれついていると、扉がノックされて侍女たちが入ってくる。

 俺たちは着替えを澄ませ、ダイニングへと手をつないで向かっていった。




****

 それからさらに二年の月日が流れた。

 最初の子供が生まれ、今アヤメのお腹の中には、二人目の子供が宿っている。

 リビングで第一子を抱き上げながら、アヤメが幸せそうに告げる。

『ヴァルターの妻となり、こうして稚児ややこにも恵まれた。
 この子はきっとヴァルターのように、強く優しく、賢い子になるであろう。
 次は娘がよいな。着物で着飾らせ、青嵐国の姫として育てるのじゃ』

「おいおい、侯爵家の娘を姫にしてどうするんだ」

『構わぬではないか。公爵への陞爵しょうしゃくの話も出ているのであろう?
 ならば、まごうことなく姫であろう。
 やや青嵐国にかぶれてしまうがの』

 俺はため息をついて、アヤメの肩を抱き寄せた。


 今の俺は、セイラン語もかなり理解できるようになっている。

 フランチェスカが通訳しなくても、だいたいの意味は通じていた。

 キュステンブルク王国を中心に、近隣諸国へもセイラン国の文化は広がっている。

 大陸で開発された新しい文化も受け入れられ、今や日常的に目にする町の風景だ。

 各国からこの港にセイラン国の品を買い付けに来る船も多く、この領地はさらに発展を続けている。

 輸出で稼ぐこの領地は、変わらず王国の大動脈として、経済を回す中心地となっている。

 あれ以来、王都の貴族とも縁ができ、手紙を使って注文を受け付ける日々だ。


 戦いに明け暮れていた日々がどんどんと遠くなる。

 ……もう今の俺は、戦場に出ても長生きはできねぇだろうなぁ。

 泣き出した第一子を俺が抱え上げ、あやしながらアヤメに告げる。

「なぁアヤメ、お前は今幸せか?」

『もちろんじゃとも。きみと共にって、不幸になどなるものか』

「そうか……俺もたぶん、幸せなのだろうな」


 俺が望んだ人生とは違うが、領主の仕事も慣れてきた。

 今から傭兵稼業に戻ろうとしても、心が受け付けないんじゃないだろうか。

 それでも家族の幸せを守るためならば、俺は再び剣を取る。

 夫として、父として、俺は家族を守り続ける。

 そんな決意を、胸に抱く第一子に誓っていた。

 新しく生まれてくる子に恥じない父、そんな父親の背中を、子供たちに見せなきゃならねぇ。


 俺はアヤメの額に唇を落とし、耳元でささやく。

「愛しているよ、俺のキミ」

 アヤメが頬を染めながら応える。

わらわも、永遠とわきみをお慕い申し上げる』

 首に抱き着いてくるアヤメと、俺は唇を重ねて愛を確認し合っていた。
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