傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第3章

54.王宮の夜会(3)

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 うつむいているファルケンラート公爵の傍に、国王が近寄っていった。

「どうかな? ファルケンラート公爵。
 シャッテンヴァイデ侯爵のための特例法、もう問題はないね?」

 魂が抜けたようなファルケンラート公爵が応える。

「ええ、陛下のお望みのままに」

 国王が満面の笑みで頷いた。

「どうだ、公爵。彼は面白い男だろう?」

「……そうですね、あのような男が居るとは思いませんでした」

 百戦錬磨のファルケンラート公爵、その彼でもヴァルターのような男に出会った記憶がない。

 強く、たくましく、粗暴そぼうに見えて、その実は知的で先見性に富む。

 機を見るに敏で、隙らしい隙が見当たらない。

 国家を率いるにふさわしい――そう思わせるカリスマ性を兼ね備えている。

 国王が遠くに居るヴァルターを視界に納めながら告げる。

「彼には我が国を率いて欲しい。そう思ってしまう。
 だが彼はそれに応じようとはしないだろう。
 領主すら嫌がる男だ、宰相や王など、なおさら嫌がるに決まっている。
 我が子たちに、彼の才覚の一割でもあればと、強く思ってしまうよ」

 国王の子供たちは凡才。愚鈍ではないが、決して優れた人材とは言えなかった。

 周囲を優れた高官たちで囲んでいれば、国家も充分回していけるだろう。

 その高官の一人として、ヴァルターを起用したい――国王はそう告げていた。

 あるいは彼が、王家を潰して国家を乗っ取る。そんな未来であろうと、国民には幸福な未来が待っているだろうと。

 ファルケンラート公爵がフッと笑った。

「彼の才覚の一割とは、また大きく出ましたな。
 それだけの能力があれば、彼を欲する必要もないでしょう。
 あれだけ多様な方面で並外れた才覚を発揮できる男の総量など、はかりしれません」

 国王がファルケンラート公爵の肩を叩いた。

「まぁそうだな。そんな彼にむくい、この国に引き続き居てもらわねばならない。
 そのためにも、『ツキカゲノキミ』との婚姻関係を認めてやるのが今は一番だろう。
 彼の忠誠心があるうちに、しっかりとつなぎとめておきたいものだ」

 国王が身を翻して、ファルケンラート公爵から離れていった。

 ファルケンラート公爵は給仕からグラスを受け取ると、禍根を飲み下すようにグラスを空にした。




****

 俺の周囲は、なぜか令嬢や年下の女性たちが俺を囲んでいた。

「ちょっと待て! もう先行受注は無理だぞ?! これ以上は一か月待て!」

 令嬢の一人が俺に告げる。

「いえ、発注をしたいのではありません!
 シャッテンヴァイデ侯爵のお話を伺いたいのです!」

 ――話を?! 何が面白いんだ、それ?!

 令嬢たちも他の女性たちも、目がどこかギラギラとしている。

 この女性たち……戦争で夫を亡くした未亡人組か。

 若い令嬢は、婚活中ってとこだな。

 なんでそんな連中が、婚約者が居る俺の周りに集まるんだ?!

 なんとか言葉を交わしながら女性陣を捌いていると、ヴァイスハイト伯爵が手を打ち鳴らして告げる。

「すまないが、彼と少し話をしたい。
 皆はまた後で来てくれないか」

 法務卿の言葉に、女性陣は大人しく退散をしてくれた。

 ようやく一息ついた俺は、給仕からグラスを受け取ると一気に飲み干した。

「――ふぅ。なんだったんだ、あれは」

 ヴァイスハイト伯爵が楽しそうに微笑んで告げる。

「君はまだ、この国では未婚の状態だからね。
 妻の座に納まろうとする者たちだろう。
 あるいは第二夫人、第三夫人でも構わない――そういう者も居ただろうね」

 俺はげんなりしながら応える。

「助かったぜ、ヴァイスハイト伯爵。あんたが追い払ってくれなかったら、どうにもならなかった。
 俺にはアヤメという妻がいるんだっつーの。
 なんで俺の妻の座なんて狙うんだよ」

 ファルケンブリック伯爵が穏やかに微笑んでいた。

「君の意外な弱点だね。
 好意を持って近寄ってくる女性を、むげに断れないのかい?
 君は隆盛を極める港町オリネアを抱える領主で、武勇に優れ、政治力においてもファルケンラート公爵を上回って見せた。
 今日この場に来ている者で、君の価値を知らない物は誰も居ないだろう。
 そして君は三十歳、まだまだ若い。
 できれば正妻、無理でも側室――そう考える貴族女性が出ても、不思議ではないよ」

「やめてくれよ……女の相手は本当に苦手なんだ」

「ハハハ! だが、ツキカゲノキミでは君も欲求不満になるんじゃないかい?
 彼女に手を出していないことも、この場に居る者は理解した。
 君を狙う女性陣は、君に大人の女性として貢献できるだろう」

「ケッ! 俺を飢えた狼かなんかと勘違いしてねーか?
 女と見れば飛びつくような男と思われたなら、心外が過ぎるぜ」

 ふと視線を感じて振り返ると、ジト目で俺を睨み付けるアヤメが居た。

「……アヤメ? どうした?」

わらわというものがありながら、なんという為体ていたらくよ。
 少しはわらわの夫であるという自覚をじゃな――』

「わかった! わかってる! だから全部追い払っただろう?!」

 ヴァイスハイト伯爵がニコリと微笑んで告げる。

「私がね」

 ぐうの音も出せず黙り込む俺に、ヴァイスハイト伯爵が告げる。

「これはやはり、特例法を急ぐべきだね。
 書類は用意済みで、後は陛下の署名を待つのみ。
 明日には君たちの婚姻書類を受理できる。
 せっかくだから、手早く済ませてしまいなさい」

 俺はきょとんとヴァイスハイト伯爵を見つめた。

「書類? そんなものが必要なのか?」

「君は領地を持つ侯爵だからね。さすがにそこまで位が高い爵位だと、書類を提出して陛下の承認を得る必要がある。
 普通は拒否されないが、国内外の情勢次第では受理されないこともあるんだ。
 今後、君の子供が爵位を受け継ぐ。そういったことも含めて、陛下が認可するんだよ」

 ったく、貴族ってのはめんどくせーな。

 平民みたいに、周囲に結婚の事実が認められればそれで終わりじゃねーのか。

 うなだれている俺に、ファルケンブリック伯爵が告げる。

「優秀な従者がそばに居ない今、書類を作るのも一苦労だろう?
 明日の朝一番に、私が作った書類を届けよう。
 それに署名をすれば、君たちは晴れて夫婦となる」

「……至れり尽くせりだな。どんな腹だ?」

 ファルケンブリック伯爵がニコリと微笑んだ。

「もちろん、君をこの国に縛り付けたいのさ。
 逃げられることがないよう、しっかりとね」

「へーへー、アヤメが国に帰りたいとか言わなけりゃ、別に逃げ出す気はねーよ。
 ――じゃああんたに書類は任せた。それで頼む」

「うん、任されよう」

 俺は周囲を窺いながら告げる。

「また女性陣に襲われる前に、俺はもう帰る」

 遠巻きにこちらの様子をうかがう女性陣の視線、そんなものに悪寒を走らせながら、俺はアヤメたちを伴って大ホールから抜け出していった。




****

 翌朝、ファルケンブリック伯爵が持ってきた書類に、俺はキッチリ目を通していった。

 ファルケンブリック伯爵が苦笑を浮かべて告げる。

「私の作った書類が、信用できないんですか?」

「俺は執事が作った書類だろうと、確認を怠ったことはねーよ?
 署名をする以上は確認をする。
 責任を取るんだから、当たり前の話だろ?」

 伯爵が肩をすくめていた。

「そういうところ、本当に政治家向きですよね、あなたは」

 どこがだ。なんで当たり前のことで、そんなことを言われにゃならん。

 確認が済むと、まずアヤメに署名をさせる。

 大陸の書類なので、こちらの筆記具できちんと名前を書かせた。

 続けて俺が署名をし、婚姻書類が完成した。

 ファルケンブリック伯爵が書類を懐にしまって告げる。

「では、これは私がお預かりしましょう。
 王宮が開き次第、陛下に届けてきます。
 受理されたら再びここに持ち帰ってきますよ」

「おう、頼んだぞ」

 微笑んで立ち去っていくファルケンブリック伯爵を見送りながら、アヤメがぽつりと告げる。

「これで私たち、この国でも夫婦なの?」

「まだわからん。特例法が成立してからの話だからな」

 と言っても、もう障害はない。問題はないはずだがな。




****

 午後になり、ファルケンブリック伯爵が戻ってきた。

 書類をテーブルに差し出し、穏やかな微笑みで伯爵が告げる。

「無事に特例法成立、婚姻届けも受理されましたよ」

 書類には、陛下の署名が加わっていた。

 つまり陛下がこの書類にかかれている婚姻契約を認めた証だ。

 俺は書類をアヤメに手渡しながら告げる。

「ほれ、おめでとうシャッテンヴァイデ侯爵夫人。お前は正式に俺の妻だ」

 書類を奪い取るように俺の手からひったくり、日の光にかざしながらアヤメは笑顔を輝かせた。

ついに、わらわきみが夫婦なのじゃな?!
 ならばもう、あとは稚児ややこを作るのみじゃ!』

「また『ヤヤコ』か。それはあと四年待てっつーの」

『待ちきれぬわ! わらわはヴァルターの稚児ややこを産みたいのじゃ!』

 こいつ、どんだけ子供が欲しいんだ。

 苦笑いを浮かべるファルケンブリック伯爵は、早々に家に帰っていった。

 俺ははしゃぐアヤメをあやしながら、王都最後の一日をのんびりと過ごしていた。
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