ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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人間たちの置かれた状況

#2

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 それは何の先触れもなく突然に起こり、俺は閉じ込められることとなった。
 控えめに見積もって絶望。見えない希望。人は皆さびしん坊。
 俺を閉じ込めようって神の陰謀。

「私は神です。貴方には、これからある場所へ行ってもらいます」
「……え、マジ? それって異世界転生ってやつ?」
「いいえ、貴方は貴方のままですし、異世界でもありません。行き先はただの――そう、人間の言葉であらわすなら、閉鎖空間です。そこでただ一人、ひたすら待っていてもらいます」
「閉鎖空間……? え、嫌だよ。悪いけどお断りします」
「私の力と命令は絶対ですので、お断りをお断りします。それでは、よろしくお願いしますよ――」

 その言葉の後で、俺は光に包まれた。
 光がおさまってから、ゆっくり目を開けるーーそこには緑が広がっていた。

 むせ返るような新緑のかおり。控えめに遠くからこちらを囲んでいる木々。緩い風が吹いていて、木の葉の擦れ合う音が聞こえてくる。
 手元を何かがくすぐる。目をやると、それは地面を覆う草花だった。
 見回しても人間は居ない。どうやら森の中の開けた場所に座っているらしかった。

「おかしい、何かがおかしい」
 誰にみせるわけでもないが、冷静を装った。
 顎に指を当てて、自分の行動を振り返る。
 俺はいつもみたいに朝起きて飯食って、仕事を真面目に……適度な休憩をはさんで英気を養いつつ机にかじりついて、夕方になったら家に帰って飯食って、風呂を浴びたあと、チューハイを飲みつつグダグダといろいろやった後で寝たーーそう、それは確実なはずだ。
 特別な何かがあったわけではない。誰かにひどい目に合わされて人生が嫌になったわけでも、見知らぬ少女を助けたわけでもない。
 急死するまで多忙をきわめていたわけではない。過労死するまで働くなんてナンセンス。できる人間は残業なんかしない。そうならないように仕事の段取りをして計画的にタスクをこなしていくのが今どきの働き方だ。
 働き方を改めよ! 改革では足りない、レボリューションだ!

 変な方向へと進んでいく思考を、かぶりを振って追い払う。
「……これは夢じゃないのか」
 まあ、状況的にそれが最も妥当な分析と言えよう。当たっているにせよいないにせよ、俺にやれることは無いのだが。
 そもそもだ、突然異世界に送るなら、現実ではありえない力のひとつでも与えるものだろう……ああ、異世界じゃなくて閉鎖空間だったか。どっちでもいいが。
 
 立ち上がり、なんとなく高校の頃を思い出し、何もない空間へ向けてパンチを何度か打ってみる。
 懐かしいな。一緒に帰宅部をしていた、ボクササイズゲームを毎日プレイすることに青春をかけていたタッくんを思い出す。彼は今元気にしているだろうか。
 ポイントを貯めるとゲームの中の女性インストラクターに服をプレゼントできるんだ、と実に楽しそうに教えてくれた彼の表情が蒼穹に浮かぶ。
 彼の輪郭は鮮やかだった。ほうっておいたらそれをなぞるように雲がやってきて、多様な密度のそれらが集約してゆき、いつしか空全体に彼を象った綿雲がひろがるのではないかーーと想像したが、そんな面白いことにはならなかった。
 そもそも雲ひとつない。
 ついでに、鳥も飛んでいない。
 彼の輪郭は滲んで曖昧な像となり、消えていく。

 そうして軽く汗をかくまでシャドーボクシングに興じて、俺は悟った。不思議なパワーに目覚めることも、唐突なファンファーレが頭に鳴り響くことも、もちろんステータス画面なんてものも出てきやしない。あの神様、いやもう邪神でいいが、あいつの言った通りだった。

 ーー本当に俺の体は何も変わっちゃいない。
 クソが、今時チートもねえのか!
 せめて何すりゃいいのか教えとけ!
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