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人間たちの置かれた状況
#3
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文句はさておき、現状把握はすんだ。
チートは無い、武器も無い、おまけにここにいる理由も不明瞭。神を名乗る何者かの説明不足が原因である。アイツって絶対報連相守らないタイプだわ。それか、最初は守れても放っておくとワンマンで仕事するようになって足並みをズラしてそのまま直さないタイプだわ。
しかし、と冷静になる。
飛ばされてきた目的はともかく、気合を発すると紫電を伴う金色のオーラが体を包んだりとか、手をかざした途端に宙から伝説の聖剣が出てくるような怪奇現象が起こったりとか、不思議なことが起こって全身がパワードスーツに覆われてグロテスクでもかっこいい感じになったりとか、そういうのが無くてよかったとも考えられる。
それらは戦うためのものだ。
武力がある、イコール、戦いがあるということ。
その力が与えられていないということは、そもそもそれらが必要ないからでは、という考え方もできる。
それを裏付けるように、この空間には争いのタネとなりそうなものが見当たらない。
あっちの世界なら、森に行けばほぼ間違いなく生命の気配を感じ取ることができる。頭上からは鳥の声、何かちいさな生き物が草むらや木々の間を縫って動く音、季節によって異なる虫の音もする。公園にだって猫くらい現れるぞ。
それなのに、ここには一切それらを感じ取れない。
「とりあえず、身の危険はしなくていいかな、この感じなら」
俺は都会で育ってきて、さらに喧嘩とか無縁の生活をこれまで送ってきた。自慢にもならないが、事実だ。
――うん、覚えている限りではそうだ。
そんなモヤシが、たとえばイノシシとか、そういう野生動物と戦えるわけがない。ひどい目に遭わされて敗走するところしか想像できない。
だから、自分以外の生物が居ないのは喜ばしいことなのだ。
そんなことを少しでも考えた自分はアホだと反省するまで、あまり時間はかからなかった。
「なにも、いない……生き物どこ……」
そう、ここには何もない。ただ森があるだけだった。
森に分け入っても、分け入っても、何回繰り返しても同じだった。森の終わりが見えないのではなくて、そもそも終わりがどこにもないのだという答えにたどり着いた。
なぜなら、どの方角に進んでいっても、最初に目を覚ましたあの場所に行き着くのだ。まるで幻覚を見せられているようだ。
それに、時間の感覚がここでは一切働かない。
ずっと空は雲ひとつない青のままだ。どこを見回しても太陽はないのに明るい。足元を見たら影はある。しかし天頂に光源らしきものは存在しなかった。
歩いたら疲れる。疲れるということはエネルギーを消耗しているはずなのだが、どれだけ動いても腹が減らない。何か食べたいという本能も刺激されない。
おまけに一切眠くならないから、ずっと覚醒している状態にある。
「やはり、あいつは神ではないな。悪魔か何かだ。そうに違いない」
何者かが、俺が眠っている間に俺を闇の儀式の生贄にし、呼び出された悪魔は俺の魂だけを抜き取ってここに閉じ込めているのだ。
次の可能性としてありそうなのが、やはり俺は死んでしまっていて、ここは永久に同じ時間を繰り返す時の牢獄であり、そこに俺は閉じ込められている、という線だ。
「俺の罪か。そんなの数えたこと無かったな……」
肉体は疲労していないが、精神が疲弊している。
眠くはないが、ずっと横になっていれば眠れるかもしれない。
そんなわずかな期待をして、右腕を枕に仰向けになる。
一面に広がる、もはや見飽きてしまった青空を見上げる。
そこに変化なんてものが起こるはずがない。ずっと何も起こらなかったのだから、見上げたところで何かが突然起こるわけがないのだ。
そう、完全に俺は油断していた。
突然黒いーー黒い点みたいなものが空にあらわれた時点で、もう遅かった。
それはぐんぐん近づいてきて、それには相当な落下エネルギーが乗せられていることがわかって、それがなんだか服みたいなものを着ていると気づいて、風切り音まで聞こえて、俺の視界を黒く埋め尽くしてきてああこれは死ぬわ――と考えたあたりでそれは俺の体に激しくぶつかって、少し離れたところでひっくり返って静止した。
この閉鎖空間に来てから初めて、人間らしい感覚を覚えた。
それは激痛というやつであった。
特にひどいのが顔面および後頭部と、男の大事な部分だ。この痛みが飛んでいくなら、いっそ血液や内臓や分泌物と一緒にでもいい、身体中の穴という穴から出ていってしまえ、と本気で考えるぐらいには痛かった。
痛いのにどこにも外傷がない。変化に乏しいこの空間の法則が、肉体の外的変化を拒んだとでもいうのか。マジ助かる。
悶えることしばし。
リングの上で今にもレフェリーに止められそうになっているボクサーぐらいに回復した俺は、地面に転がる落下物の正体を確認することにした。
それは人型だった。
手足があって、腰部と背中があって、それに服も着ている。上下とも紺のジャージだ。
光沢のある黒い毛玉かと一瞬勘違いしたが、それは頭の部分で、黒いのは髪の毛だった。
生きているか心配になったが、たまに胸から腹部にかけて動くので、どうやら息はある様子だった。
おっかなびっくり、その人型の落下物を回収して木陰に横たえる。
「人間だよな。女の子……でいいのか?」
疑問符は浮かんだままではあるが、観察する限りでは、そこで眠るのが女性である可能性が非常に高い。
まず、体格。身長は俺より低い。肩幅も小さい。
黒い髪。女性の髪型の名称はよくわからんが、結構長い。サイドから後頭部にかけて髪を束ねていって、頭の後ろでまとめるぐらいは楽にできそう。
顔だちからは、俺よりも年下の印象を受けた。どこをどう見てそう判断したかはわからんが、なんとなくそう思った。同世代の女性社員よりカドが少ないからかも。
服装はジャージで、スニーカーを履いている。俺が愛用しているメーカーの靴と同じ、つまりありふれた量産品だ。
その人型――いやもう女性と呼ぶが、その女性は眠っていた。
この世界でも眠ることはできるんだという期待を胸に横になる。
いつまで経っても訪れない眠気を、辛抱強く待ち構える。
そして、眠気が俺のまぶたを下ろすより早く、女性が目を覚ました。
起きてしばらくは静かだったのに、俺を認識した途端に悲鳴を上げた。
それは映画とかで女性が上げる甲高い悲鳴ではなく、「ギャアアア!」という事件性を感じさせる真に迫ったものだった。
チートは無い、武器も無い、おまけにここにいる理由も不明瞭。神を名乗る何者かの説明不足が原因である。アイツって絶対報連相守らないタイプだわ。それか、最初は守れても放っておくとワンマンで仕事するようになって足並みをズラしてそのまま直さないタイプだわ。
しかし、と冷静になる。
飛ばされてきた目的はともかく、気合を発すると紫電を伴う金色のオーラが体を包んだりとか、手をかざした途端に宙から伝説の聖剣が出てくるような怪奇現象が起こったりとか、不思議なことが起こって全身がパワードスーツに覆われてグロテスクでもかっこいい感じになったりとか、そういうのが無くてよかったとも考えられる。
それらは戦うためのものだ。
武力がある、イコール、戦いがあるということ。
その力が与えられていないということは、そもそもそれらが必要ないからでは、という考え方もできる。
それを裏付けるように、この空間には争いのタネとなりそうなものが見当たらない。
あっちの世界なら、森に行けばほぼ間違いなく生命の気配を感じ取ることができる。頭上からは鳥の声、何かちいさな生き物が草むらや木々の間を縫って動く音、季節によって異なる虫の音もする。公園にだって猫くらい現れるぞ。
それなのに、ここには一切それらを感じ取れない。
「とりあえず、身の危険はしなくていいかな、この感じなら」
俺は都会で育ってきて、さらに喧嘩とか無縁の生活をこれまで送ってきた。自慢にもならないが、事実だ。
――うん、覚えている限りではそうだ。
そんなモヤシが、たとえばイノシシとか、そういう野生動物と戦えるわけがない。ひどい目に遭わされて敗走するところしか想像できない。
だから、自分以外の生物が居ないのは喜ばしいことなのだ。
そんなことを少しでも考えた自分はアホだと反省するまで、あまり時間はかからなかった。
「なにも、いない……生き物どこ……」
そう、ここには何もない。ただ森があるだけだった。
森に分け入っても、分け入っても、何回繰り返しても同じだった。森の終わりが見えないのではなくて、そもそも終わりがどこにもないのだという答えにたどり着いた。
なぜなら、どの方角に進んでいっても、最初に目を覚ましたあの場所に行き着くのだ。まるで幻覚を見せられているようだ。
それに、時間の感覚がここでは一切働かない。
ずっと空は雲ひとつない青のままだ。どこを見回しても太陽はないのに明るい。足元を見たら影はある。しかし天頂に光源らしきものは存在しなかった。
歩いたら疲れる。疲れるということはエネルギーを消耗しているはずなのだが、どれだけ動いても腹が減らない。何か食べたいという本能も刺激されない。
おまけに一切眠くならないから、ずっと覚醒している状態にある。
「やはり、あいつは神ではないな。悪魔か何かだ。そうに違いない」
何者かが、俺が眠っている間に俺を闇の儀式の生贄にし、呼び出された悪魔は俺の魂だけを抜き取ってここに閉じ込めているのだ。
次の可能性としてありそうなのが、やはり俺は死んでしまっていて、ここは永久に同じ時間を繰り返す時の牢獄であり、そこに俺は閉じ込められている、という線だ。
「俺の罪か。そんなの数えたこと無かったな……」
肉体は疲労していないが、精神が疲弊している。
眠くはないが、ずっと横になっていれば眠れるかもしれない。
そんなわずかな期待をして、右腕を枕に仰向けになる。
一面に広がる、もはや見飽きてしまった青空を見上げる。
そこに変化なんてものが起こるはずがない。ずっと何も起こらなかったのだから、見上げたところで何かが突然起こるわけがないのだ。
そう、完全に俺は油断していた。
突然黒いーー黒い点みたいなものが空にあらわれた時点で、もう遅かった。
それはぐんぐん近づいてきて、それには相当な落下エネルギーが乗せられていることがわかって、それがなんだか服みたいなものを着ていると気づいて、風切り音まで聞こえて、俺の視界を黒く埋め尽くしてきてああこれは死ぬわ――と考えたあたりでそれは俺の体に激しくぶつかって、少し離れたところでひっくり返って静止した。
この閉鎖空間に来てから初めて、人間らしい感覚を覚えた。
それは激痛というやつであった。
特にひどいのが顔面および後頭部と、男の大事な部分だ。この痛みが飛んでいくなら、いっそ血液や内臓や分泌物と一緒にでもいい、身体中の穴という穴から出ていってしまえ、と本気で考えるぐらいには痛かった。
痛いのにどこにも外傷がない。変化に乏しいこの空間の法則が、肉体の外的変化を拒んだとでもいうのか。マジ助かる。
悶えることしばし。
リングの上で今にもレフェリーに止められそうになっているボクサーぐらいに回復した俺は、地面に転がる落下物の正体を確認することにした。
それは人型だった。
手足があって、腰部と背中があって、それに服も着ている。上下とも紺のジャージだ。
光沢のある黒い毛玉かと一瞬勘違いしたが、それは頭の部分で、黒いのは髪の毛だった。
生きているか心配になったが、たまに胸から腹部にかけて動くので、どうやら息はある様子だった。
おっかなびっくり、その人型の落下物を回収して木陰に横たえる。
「人間だよな。女の子……でいいのか?」
疑問符は浮かんだままではあるが、観察する限りでは、そこで眠るのが女性である可能性が非常に高い。
まず、体格。身長は俺より低い。肩幅も小さい。
黒い髪。女性の髪型の名称はよくわからんが、結構長い。サイドから後頭部にかけて髪を束ねていって、頭の後ろでまとめるぐらいは楽にできそう。
顔だちからは、俺よりも年下の印象を受けた。どこをどう見てそう判断したかはわからんが、なんとなくそう思った。同世代の女性社員よりカドが少ないからかも。
服装はジャージで、スニーカーを履いている。俺が愛用しているメーカーの靴と同じ、つまりありふれた量産品だ。
その人型――いやもう女性と呼ぶが、その女性は眠っていた。
この世界でも眠ることはできるんだという期待を胸に横になる。
いつまで経っても訪れない眠気を、辛抱強く待ち構える。
そして、眠気が俺のまぶたを下ろすより早く、女性が目を覚ました。
起きてしばらくは静かだったのに、俺を認識した途端に悲鳴を上げた。
それは映画とかで女性が上げる甲高い悲鳴ではなく、「ギャアアア!」という事件性を感じさせる真に迫ったものだった。
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