恋じかけの錆びたはぐるま〜アンドロイド失踪と彼女の恋慕〜

きどじゆん

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捜索開始

#2

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「こうして君に会うのは、あの一件以来かな、里見さとみくん」
「ですね、お久しぶりです。黒居くろいさん」

 時刻は午後二時、平日。
 僕が指定した待ち合わせ場所の喫茶店。
 そこで待っていると、事前に約束した時間通り、黒居さんはやってきた。

 白いブラウスに黒のパンツというモノトーンな衣装に編み込みのメッシュベルトを合わせている。さらに黒のパンプスを履いているものだから、今挙げた部分だけ見るとオフィス街のあちこちで見かけるOLのようだった――ゴテゴテしたミリタリーコートを纏ってさえいなければ。
 黒居さんは女性にしては身長が高く、遠目もしくは背後からその姿を見やれば、まるで男性のようだ。

 実際のところ、久しぶりの恩人との再会だというのに、彼女が喫茶店へ足を踏み入れたそのとき、僕はその人が待ち合わせの相手だと気づかなかったくらいだ――てっきり、男性かと。
 黒居さんの職業柄、その風貌が役に立つこともあるのだろうが、それらは周囲に溶け込みにくい、もっと言えば目立ちやすい特徴なので、仕事の内容によってはたまに困ることもあるのかもしれない。

 今考えたことをそのまま口にするほど、僕は恩知らずでも礼儀知らずでもないので、まずは黒居さんを前にして腰を浮かして頭を下げた。
「今日は突然お呼びだてしてしまい、すみませんでした。本来ならこちらから事務所へお伺いするところなのに」
「いやいや、いいんだよ。どうせ片手間にやってる仕事だ。たまには外出もしたくなるのさ。うちじゃあたいてい閑古鳥が鳴いてるよ。それか閑古鳥も退屈で出ていっちゃうくらい、ってね」

 黒居さんが僕の対面の席に座るのを見てから、僕は腰を下ろした。
 おしぼりを持ってきた店員さんに、黒居さんは「ホットのコーヒー、普通サイズで」と言った。
「それで、どう。最近は? 変な事態に巻き込まれてない?」
「今のところは巻き込まれてないですね……僕は、ですけど」
「ふうん」
 黒居さんは肘をテーブルにつき、掌に顎を乗せた。
 その黒い瞳で僕を見つつ、目尻を下げる。
「……そうだね、元気そうだ。私はてっきり、君の身に何かあったんじゃないかと心配したけど、要らない心配だった」
「まあ、僕自身に何かあったから黒居さんにご連絡したわけではないので」
「『僕自身に』、ね。そりゃそうか、里見くんに何かにあったのなら、本人から依頼の電話をしてくるわけがない」

 お待たせしました、という声の後で、店員さんが黒居さんの席へコーヒーの入ったカップを差し出した。
 黒居さんはそれを受け取ると小さく礼を言っていた。
「里見くんが電話をくれたときは、親交を深めたいから飲みにいこう、って言われるかと期待したのに、昨日はぬか喜びをさせられたよ」
「ええと……すみませんでした」
 ――で、いいんだろうか、この場合は。
「はは、冗談だよ。ごめんごめん。一年も顔を合わすことが無かったっていうのに、いきなりそんな誘い方をするヤツじゃないってわかってるよ」
 黒居さんはそう言いながら、ティースプーンでコーヒーを混ぜた。砂糖もミルクも入れていない。それは彼女のクセなのかもしれなかった。

「そういう誘い方をするヤツは、得てして恥知らずであるか、悪巧みをしてるって相場が決まってるんだ」
「はあ」
「まあ、私のところに相談にくる人の中には、そういうヤツに騙されたりとか困らされてるパターンが結構な割合でいる。里見くんも気をつけなよ、疎遠になっていた友人から急に『すぐに会えないか』って言われたらね」

 これは遠回しにあてこすりされているのだろうか。
 あの事件の後で、「ちょっとした用事でもいいから、いつでも連絡してきなよ」と言ってくれた黒居さんに対して、僕は一度も頼ることをしなかった。
 それは彼女を頼るほどの事態が起きなかったので、僕から連絡することにならなかっただけなのだが。
 それなのに僕は昨日、黒居さんに「急な用件なので明日にでも会えませんか」と言った。
 ……うん、これは多少怒られても文句は言えないような気がしてきた。

「いやあ、里見くんは聡くて嬉しいよ。そういうわけだから、今後はもう少し気軽に連絡してきてほしい。私達はそこまで年も離れているわけじゃないんだし、友達感覚で接してくれると嬉しい」
「……そうですね。僕は黒居さんを前にすると、こう、なんというか――襟を正してしまうみたいで。今度からは気楽に接してみます」
「期待して待ってる」

 黒居さんはコーヒーを一口含むと、「うん、悪くない」と言った。
「仕事の話をするときはコーヒーか紅茶に限る。オレンジジュースやビールやワインはこれから楽しもうってときに飲むもんだ」
「そうですね」と、僕は同意した。
「さて、仕事モードに切り替わったところで……里見くん、急に電話してくるほどの用事が何か教えてくれるかい」
「わかりました」

 黒居さんは探偵だ。
 探偵としての腕前は知らないが、僕が知る限りでは彼女が最も信頼できる。
 そして、過去に僕を助けてくれたときの事件も、今回の事件も、扱う対象は同じだ。
 だから、僕も安心して依頼ができるのだ。

 僕が依頼の内容についてのおおよそを説明すると、黒居さんはこう言った。
「今度は里見くんじゃなくて、宝塚たからづかくんのほうだったか」
 宝塚。
 宝塚雄志たからづかゆうしは僕の親友だ。
 前回は彼から黒居さんへ依頼が出されたけれど、今回は僕と彼の役割が逆転している。
「宝塚くんのウチで所有してるアンドロイドが行方不明。その捜索と手がかり探し、ねえ……そいつはなかなか、厄介な依頼だ」
 アンドロイドがらみで簡単な仕事なんてあるわきゃないか、と黒居さんは笑った。
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