恋じかけの錆びたはぐるま〜アンドロイド失踪と彼女の恋慕〜

きどじゆん

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捜索開始

#8

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 テクノロジーの進歩は環境を置き去りにする。
 または、科学技術を取り巻く環境がテクノロジーの進歩についていけなくなる。
 それはだいぶ昔から言われており、事実その通りである。
 社会構造、街並み、通信端末、そして人の心までも、テクノロジーの進歩は待たずに先へ先へと進んでいく。

 かつて、まだ僕が生まれて間もない頃には『スマホ』という通信デバイスが存在し、その分野におけるスタンダードとしての地位を保っていた。
 『スマホ』の多くは長方形をした平たい板だ。
 大容量の内蔵バッテリーで動作し、定期的に充電を必要とする。
 2020年代より標準となった無線通信規格『5G』に対応し、今とは比較にはならないものの、高速大容量、高信頼を確保しつつ低遅延という特性のデータ通信を可能とした。

 盤石であったその通信デバイスの地位を脅かし、遂には陥落させたのは、新しく登場した次世代のデバイス――ではなく、それを支える側の通信インフラだった。

 それは、通称『6G』という。
 この通信規格すら今では時代遅れになっているがそれはさておき、ここから通信デバイスは一気に小型化が進んだ。
 理由は広域無線給電技術の実用化にある。
 平たく言えば『通信のたびに電力が供給される』というもので、何もせず放っておいてもバッテリーに充電される仕組みだ。
 それを現実のものにするために相当な金額が動いたことは想像に難くないが、その投資に見合う社会的利益は遥かに大きくなった。

 その技術から得られた恩恵を個人の立場から語るなら、なんと言っても充電の手間が少なくなったことが大きい。ひと月に一度満充電しておけばそれだけでバッテリーの心配をしなくて済む。
 今では大容量の内蔵バッテリーは個人向けデバイスには無用の長物となり、バッテリーの小型化に合わせてあらゆるモジュールもコンパクトにまとまるようになった。
 その結果、現時点での通信デバイスは僕の『ID-VICEアイデバイス』のように、アルファベットのCの形状をした耳掛け式ワイヤレスイヤホン程度の大きさに収まるほどになった。
 耳掛け式の他にも、異なる形状のデバイスもあるが、それらもやはりウェアラブルタイプがほとんどだ。
 メガネや腕時計やネックバンド、カチューシャなんてものも存在する。

 それほどデバイスは進化したというのに、未だに『スマホ』を使い続ける人はいる。
 僕からすると毎日充電しなければならない代物なんて面倒でしょうがないが、面倒だと分かっていても必要なので仕方なく使っている人も一定数いる。または、最新の電子機器というだけで敬遠する人たちも同様に存在する。
 例えば僕の妹のかな子がそうだ。

 今でこそ元気に過ごしているが、幼い頃の妹は体が、特に心臓が弱かった。
 昔病院に入院していたのもそれが理由だし、なんなら今でも両親に予後を心配して定期的に通院させられているくらいだ。
 体外式のペースメーカーを装着していたのも、その頃だった。

 かな子がウェアラブルデバイスを敬遠する間接的原因となったのは、当時の事故だ。
 入院中、僕を含む家族と一緒に病院中庭で散歩している最中、突然妹が頭をおさえて苦しみだしたのだ。
 場所が場所だったので大事にはいたらなかったが、僕はあのときの焦燥感を今でも思い出せる。
 それまで楽しく話していた人の表情が、痛みによって急変するときの恐ろしさというのは、筆舌に尽くしがたい。

 かな子は、装着中のペースメーカーが初期不良により誤動作を起こしたために、不整脈の症状を体験してしまった。
 それがトラウマとなったのか、両親はペースメーカーに誤動作を引き起こす要因、その筆頭となる電磁波を発するタイプの電子機器をかな子から遠ざけるようになった。
 かな子本人にも何度も説明し、自分たちが居ない場所での事故が起こらないように対策した。
 もちろん僕も妹同様――というか「お兄ちゃんだから」という理由で、より身辺に注意するよう釘を差された。

 そうやって、かな子の心理に『電磁波を発する機器に対する不信感』が刷り込まれた。ペースメーカーを外してからも、それは残り続けている。
 彼女は最新の通信デバイス、特に身に付けるウェアラブル型を、無意識レベルで遠ざけるようになった。
 そして、古い通信デバイスに親しみだした。
 
 かな子にその理由を聞くと、「古いほうが電波とか少なそうなので」という回答があった。
 確かに最新デバイスの方が多種多様な通信を行っている。しかし、それらは十分な安全性の検証を踏まえて確立されたものであるため、むしろ技術的に劣る昔の通信機器と比較すると、最新型の方が悪影響は無いと僕は考えているのだが。
 まあ、この辺りは理屈ではなく、感情的に納得できるかが重要なのだろう。

 それに、『スマホ』がいくら旧式とはいえ、使えないわけではない。
 開発・製造元が公式アップデートを止めて長いが、未だにハッカーの有志らによるバージョンアップは細々と続けられており、無線通信規格到来の大波を『スマホ』は乗り越え、使用され続けている。
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