mistress

桜 詩

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第一章

11 (回想)

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ライアン・ウィンスレット公爵。

そう呼ばれるようになったのは、六年前の30歳の時だった。
父が早々と隠居するというので、引き継いだ結果だった。
その時からの、広大な領地と財産がライアンのものとなったのだ。

結婚したのは、それよりもずっと以前になり、18歳の時だった。相手は11歳で決められた相手で二つ年下のエリザベス。家柄と年頃が合うという理由のみで決められていた。
社交界デビューと共に、会わせられたエリザベスは美しい少女で、レディらしい立ち居振舞いで、ライアンもなにも考えずに結婚した。

だが、結婚したのは今となっては間違いだった…。お互いに不幸だ。
エリザベスは子を作る為にしか、ライアンを受け入れなかった。
普段のキスさえ彼女にとっては汚らわしいもの、だという。
しかし、ライアンは若く精力も旺盛な青年期だった。

フェリクスを出産すると、エリザベスはもはや触れさせもしなかった。
「エリザベス、なぜ入れてくれない?」
部屋の前でライアンは尋ねたが、
「もう義務は果たしました」
と答えがあって、鍵は開けられることがなかった。

貴族では、世継ぎともう一人の男の子がいることが望ましく、二人目の男の子を産んでくれとライアンは懇願し、ライアンの両親にも言われてエリザベスはしぶしぶライアンを受け入れて、生まれたのは女の子のジョージアナだった。

それから何度もライアンはエリザベスに交渉したが、エリザベスはヒステリックに
「生む度に醜くなるのよ!耐えられない!」
叫んだかと思えば
「公爵家の跡取りのなのに貴方ときたら、貴族らしくない、はしたない欲ばかりあるのね!」
と罵倒した。

両親からは何とか説得しろと言われたが、ライアンはもう万策尽きて、外向きだけはエリザベスと共に夫婦を演じたが、もはや努力もしようとは思わなかった。

フェリクスを大事にしようと。

エリザベスと話すことも、すでに苦痛であったし、エリザベスもそうだった。
その頃から、ライアンは後腐れのない女性を相手にそれこそ一夜を限りとした付き合いをするようになっていた。

特定のパートナーは作らなかった。
なのにそれさえも、低俗だといわれた。
ライアンとしては妻の役目も果たさないくせに何を言うのかと腹立たしく思ったが、世間への体裁と子供たちのために、何とかご機嫌を取ろうと欲しがるものを買って機嫌をとった。

エリザベスは子供たちにも愛がないようにみえた。
ただ貴族の令嬢らしく!とジョージアナの教育にはひどく厳しく当たっていた。まるで分身のように…

フェリクスが寄宿舎に入る頃には、邸中の全員に不仲は周知の事実となっていた。
ジョージアナだけがエリザベスの貴族感を押し付けられていて、我慢しているのがわかっていた。
ジョージアナは幸いにも、エリザベスの気に入る容姿に育ち、教養も身に付け、申し分なくなったが、エリザベスに似た高慢さがあるように見えて内心は穏やかにはいられない気持ちになった。

ティアレイク・アビーに呼ばれて行ったのは、本当に気まぐれだった。
行き倒れがどうしようとライアンには構わない。
しかし、ハーヴィーの書いている事が事実なら、これだけの不幸な女は他に知らない。
調べさせてみると、エレナ・オコネルに起こった身の上は確かに事実なようだ。
しかも、追い出した方は早々に川に落ちて死亡したと届け出を出していた。そして、ハワードは新たな妻を迎え入れようとしていた。

ウィンスレットのカントリーハウスに妻と同じ空間にいても気詰まりなだけだ。
用事を作って出掛けるのも悪くないと、ため息をつきつつ、冬の旅をした。

回復したという女性エレナは、なるほどやつれてなお庇護欲をそそる美しい女だった。しかも驚くほどに若い。

ライアンの申し出に迷うことなく、愛人になると言い切ったエレナ。
子供よりお金が欲しいのか、と可笑しく酷く興ざめな気持ちになった。

ちょうどフェリクスに、下手な女に捕まらないように教育をする女を探していた。元々高位の貴族の女性なら、ちょうど良いかもしれない。
身内もなく、頼る相手のないエレナだ。
フェリクスには自分のようになってほしくなく、婚約をさせてなかった。これからパートナーを選ぶ息子に、あの手この手で迫る女達から守りたかった。

死亡したとされていた、エレナの為に弁護士と手を回してアネリ・メルヴィルの名を与えて、前金がわりに財産を持たせた。
監視はウィリスハウスの使用人たちがしっかりとしてくれる。

どちらにも益のあるうまい話だと思った。

始めにアネリを抱いたのは気まぐれだった、と思う。
懸命に尽くそうとするアネリは可愛らしくひたむきだった。思った以上にのめり込んだ一夜になったが、それだけのつもりだった。

フェリクスに与えて、それで終わりのつもりだった。
フェリクスが通わなくなれば、それで終りにし充分な金銭を与えて、縁を切る予定にしていたのだ。

報告書を読むと、フェリクスと上手く行っているようであるし、アネリ自身は、賢明な女性だったのか、出掛けることもほとんどなく買うのも刺繍糸と布などのみで、手紙を出しあうこともない。
お陰で、噂ひとつ立たなかった。
ライアンは、ひそかに感心した。意外と掘り出し物だったのかも知れないと。
アネリの子供たちを養子にした子爵から手紙が来なければ、彼女の子供たちの事などすっかり忘れていた。
子爵はそっと会わせてはどうかと書いていた。
「ふむ…」
アネリを思い出すと、一夜を過ごしたことが思い出され不思議と会ってみたくなった。

ひさしぶりに会ったアネリは手入れも行き届き美しさを増してそこにいた。
ウィリスハウスのそこかしこにある、アネリのお手製と思わしきクッションカバーなどを見ていると、温かみのある空気がライアンを和ませた。
「子供たちにあうか?」
と問うと、アネリは感激の目をライアンにむけて、二つ返事で了承した。

なぜだ?
捨てたはずの子供なのに?

ライアンは馬車にのせて行く間に、アネリは子供たちの教育を優先させたのかと思い至った。修道院では最高の教育は受けられまい。それは、会わせたときの涙を見て、正解だったと気づいた。

アネリは、元気に遊ぶ子供の姿に安堵して子爵に深く感謝を示した。涙を流すその姿に、そして、ライアンやフェリクスに対する態度に、ライアンは彼女に対する想いが変わったのを感じた。

彼女に会うために、用事もないのに旅をするほどに…。

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