mistress

桜 詩

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第二章

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感情に突き動かされた、あの夜の事を思うと、後悔が波のように押し寄せる。
もっとずるく…生きられないものか?
冷静な自分は、これでいい。と
既婚者相手に本気で愛する事の苦しさをあと幾度味わったつもり?と問いかける。

それでも…フェリクスが尋ねて来ることを、本気で阻むことは出来なかった。
フェリクスが他ならぬライアンの息子だから、その僅かな縁を切り離せなかった。
彼との話の中に彼の父の話が出ないかと、期待をしている自分に嫌気がさしながらも、思いきって断ち切る事が出来なかった。

フェリクスもまた、親でもなく、ライバルとも言うべき友人たちとも違うアネリに、安らぎと言うべきか?そのような感情を抱いているように見えて、アネリもまた頼られる存在としてあることで孤独な心を慰められていた。

それを感じたのは社交シーズンが終わり、フェリクスが来なくなってからだった。
フェリクスが来てくれる事で、アネリはここにまだ居てもいいのだ。と思わせてもらっていたのだ。
ライアンと繋がっているこの屋敷に…。
未練がましくて、嫌になる………。

そんな折、アネリの心を慰めたのは息子たちの親となった子爵夫人から届いた手紙だった。
近況を書いた手紙と、夫人が描いたのか………兄弟で釣りを楽しむスケッチだ。

アネリはほほえましくそれを見ると、額縁屋に頼みそれを自室に飾った。
ブレンダからは領地に帰ると、手紙が来てアネリも一緒にどうかという誘いだった。
どうしようかと悩んだけれど……今年はあれこれ聞かれても困ると思い、予定があると返事を書いて送った。

フェリクスともいずれ、別れが来たら…
アネリは、自分の行く末を思い、ライアンに最初に言われた言葉を思い出した。
「君はどう望む?修道院に行き貧しいながら、親子で慎ましく暮らす。子供たちと離れ、私の元で働き財産と給金を得る」
ここを出れば、修道院に行こう……と。

そう決心して、王都の外れにあるセント・バーバリー修道院を訪ねてみる事にした。
「ディヴィに馬車の用意をお願いしてくれる?」
チェリーに頼むと、
「お出掛けになるのですね」
と嬉しそうにいい、急いで告げに行った。
「良かったですわ…」
デイジーの言葉にえっ?と問いかけた。
「近頃はめっきりお出掛けもなくなりましたし、アネリ様も塞ぎがちに見えましたから…私もチェリーも心配をしておりました…」
安堵の表情に、アネリは心配させていたことにすら気づいていなかったことに申し訳なく思った。

馬車に乗ると、ディヴィが
「街でよろしいのでしょうか?」
「いいえ、セント・バーバリー修道院へお願い」
「はい」
何をしに、とは聞きたくても聞かないのだろう。
微笑むと、ディヴィは御者席につき、馬を走らせた。
社交シーズンが終わった道はいつもより行き交う馬車も少なく、閑散としていた。

修道院は、孤児院と女子修道院を併設している大きな施設である。王妃の名の元に運営されていて、清潔できちんとした印象だ。
アネリは、突然来たことをまず詫びて、院長と話がしたいと告げた。
「レディ、今日はどうなさいましたか?」
初老の優しそうな男性修道士、アラステアはアネリを中に入れてくれた。
「ご相談があるのですが…」

アラステアが包み込むような雰囲気なので、
「私はいずれ修道院に入れていただきたいと思っています。けれど、それはまだ叶いません…それまで私は、罪を償うために何か人のためになることをさせて頂けませんか?」
「お若い貴女がどうして、修道院になど?」
「私は子供を喪いました…助けることが出来ませんでした…」
「それは哀しい経験をなさいましたね…」
アネリはうなずいた。
名前すらついていなかった、赤ん坊。
葬ってやることすら、自分では出来なかった。
「そして…私は妻子ある男性を愛してしまいました…罪深いことです…」
素直に今の自分の事をアラステアには話すことが出来た。
「レディ、あえて名前はお聞きしません。今はまだここに入ることは叶わないと仰いましたね?それでもここに来て、人の助けをすればもしかすると貴女のいう償いの気持ちは果たせると思いますか?」
「どうでしょうか…わかりません。自分のためにそうすることも、いけないことに思えます…」
「そんなことはありませんよ、貴女は優しい女性です。ここに来てどうかいきいきと暮らす、親のない子供たちや、行き場のない女性を見てみてください」

アラステアに導かれて向かうと、元気よく遊ぶ子供たちと、学ぶ子供たち。
いきいきと楽しそうに話ながら洗濯をしたり、掃除をする女性たち。
いずれ、ウィリスハウスを出てここに入る…それは、アネリに僅かな将来の希望を持たせた。
「ありがとうございますアラステア。これは僅かですが、ここで暮らす方たちの為に使っていただけませんか?」
アネリはメルヴィルの遺産の中から、まとまったお金を持ってきていた。
自分で使う訳ではないからと言い訳をして…。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
アラステアは優しく微笑んで受け取った。
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