初恋

桜 詩

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夜遊び

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キースの元にティファニーに密かにつけていた護衛から報告が来たのは、数日後の事だった。
その日もオルグレン侯爵家の夜会に出掛けていた所に、報告が入ったのだ。
「…ティファニーが屋敷を出たらしい俺も行ってくる…」
キースが硬い表情をみせた。
「私もいく」
レオノーラは言った。

「えっ」
半ば強引にレオノーラはキースに続いて、オルグレン邸を後にしたのだ。

「閣下、奥方様…ティファニー様が邸を出た後に入りました。街中でその格好では目立ってしまいます」
兵士からそういわれて、キースはテールコートを脱いで、準備していたらしい地味なジャケット一式に着替える。

「もう1着ないのか?」
レオノーラが聞くと、キースはとんでもないとばかりに
「頼むから、ここで待っててくれ。ティファニーに続いてレオノーラまで夜にうろうろされたら心臓がもたない」
とくすっと笑った。
「そんなヤワじゃないくせに」
レオノーラはしかし、今のドレス姿で街を歩くわけにも行かず、馬車で待つことにした。

夜の街の喧騒が、レオノーラのいる馬車に届く。
この賑やかな中に、ティファニーがいるのかと思うと、駆け出したくなる衝動を必死で押さえた。

何より本当にティファニーが邸を抜け出して夜遊びをしていたという事実にレオノーラは探し出して、今すぐ引きずり戻したくなる。
キースを待っている間もレオノーラはイライラしてきた。
やはり待つのは性に合わない…。

「その上着を貸して」
レオノーラは馬車から降りると、馭者にそう言った。上に羽織るだけでも、少しはましだろうと思ったのだ。
「奥方様、どうなさるおつもりですか…」
焦ったようにいう彼に
「どうもこうもない。待っていられない、私も探しに行く」
「お待ち下さい、そんな事をしては閣下に叱られます」
「つべこべ言わずに、それを貸せ」
レオノーラは彼の上着を奪い取ると、ドレスの上にそれを羽織り、少しドレスを隠す。

「どこに向かったかわかるか?」
「…すぐそばにある、《クロイス》という店のようです…」
彼は諦めたようにレオノーラに告げた。
「ありがとう、礼を言うよ」
にっこりと微笑んで、そのまま街中に突入する。

クロイスは、街中でも比較的上品な方の立地と店構えで、レオノーラでもさほど抵抗なく入店できた。
そっと店を見回すと、端の方にキースを見つけることが出来た。
レオノーラを見て、ぎょっとしたキースが手招きをする。
「…やれやれ、どうして待っていてくれないかな?」
「待つのは性に合わない。…ティファニーはどこだ?」
「ここに入ったのは確からしい」
キースがそう言うので、レオノーラも周りを見回したが、姿は見えない。
「見失ったかな?」

「あっ…」
キースが店の入り口を見ると
「…ラファエルか?」
見覚えのある若い青年が入店してきた。店内は暗いが弟を見間違えるはずもなく、ラファエルである。

ラファエルが舞台近くの席に座ると、舞台にドレス姿の娘が上がってきた。
そして、ざわざわとした店内にピアノの旋律が流れ出す。

「レオノーラ、ティファニーだ…いた」
キースの声につられて見ると、ピアノの前にいるのは、どうやらティファニーである。
ピアノの弾き語りで、歌うティファニーは愛らしくかつ繊細な歌声で店の客を魅了していた。

「それにしても…ラファエルがどうしてここに。知っていたのか?」

問い詰めてやろう、とレオノーラは心に誓いつつも舞台上のティファニーを見つめた。
切ない歌詞を歌い上げるティファニーは、可憐で美しかった。

「レオノーラ…これは夜遊び、になるんだろうかね?」
「働いてる…というべきかな?」
「それにしても、俺たちはどうするべきかな?」
「…とりあえず、経緯をここのオーナーに聞いてみるべきかな…頭ごなしに止めろと言うほど危険そうでも無さそうだし?」

危なそうな店なら即刻やめさせるべきだが、健全そうでもありティファニー自身が楽しそうに歌っているのを見ると今すぐ連れ出すのは躊躇われた。

5曲ほど演奏を終えると、ティファニーは舞台から降りて一旦姿を消した。そして、再び姿を現すと着替えをしたらしく、地味なドレスを着て舞台前にいたラファエルに話しかけている。
影になっているレオノーラとキースには気づかなかったようだ。

ティファニーとラファエルは言葉を交わしている。そこに店の従業員らしき女性が近づいて、何やら話をして多分金銭を受け取っているようだった。ラファエルの席に座ったティファニーは、飲み物と軽い食事を摂っている。
 
舞台の上には楽団に替わり、また演奏が始まっている。

ティファニーが立ち上がると、ラファエルも続いて席を立って二人で店を後にした。

キースは店員を呼ぶと、
「ここのオーナーと話が出来るかな?」
と微笑みつついうと、店員はお待ち下さい、と言い置くとオーナーを呼びに行ったようだ。
キースの物腰から、貴族だとわかったのだろう。

しばらくして、先程ティファニーと話していた女性がやって来る。
「あいにくここにはオーナーは不在ですので、私が代わりにお伺い致します」
にっこりと上品そうに微笑む。
「私は、キース・アークウェインと申します。隣にいるのは妻のレオノーラです。私たちは先程、ピアノの弾き語りをしていた少女の保護者です」
「あら、まあ」
女性は目を丸くすると
「あの子の保護者ですって?」
「そう名乗っても信じられないかも知れませんが、友人の従妹という縁で今我が家で暮らしています」
「信じますわ、だって、先程彼女と帰った青年とそちらのレディはそっくりですもの」
彼女は微笑んだ。
「ああ、彼は私の弟です」
「彼は、何度かここに?」
キースがラファエルの事を尋ねた。
「ずいぶん前に一度、来られましたね。彼女と話していたのは今日がはじめてですわ」
「ティファニー…彼女はいつからここに?」
「去年の社交シーズンが終わって、冬近くだったでしょうか…夕方にこの辺りを一人で歩いていたので、私が声をかけたのです。…いいところのご令嬢がこんな所にいるのなんて、場違いでしょう?」
レオノーラがうなずくと
「話を聞いたら、自分でお金を稼ぎたいとか…年を聞いたら、17だというけれどたぶんそれも嘘だし、きっと訳ありなのだと思って…。それでピアノは弾けるのか聞いてみると、ちょうど、ピアノを弾く子が妊娠中だったので…試しに弾かせてみたら、まあ素敵な演奏をするものだから、私もいつでもいらっしゃいと言ってしまいました」
彼女は一旦言葉を切ると、
「もう、来させない方がよろしいですか?」

「いえ、ティファニーの気がすむまでは…かまわないと思っています」
キースが言った。
「名前は…ティファニー、というのですね…」
にっこりと微笑んだ。
「わかりました。こちらも彼女がいてくれて、こちらも助かってますからありがたい事です」
「何か彼女の事でありましたらアークウェイン邸へお願いします」
彼女はうなずくと、
「アークウェイン…伯爵家ですね」
キースはうなずくと、
「長々とありがとうございました」
と人好きのする笑みを向けた。一礼して去っていくのを見送ると、レオノーラはキースに言った。

「キース、このまま様子をみると?」
「護衛はこっそりつけるし、ここに来ているとわかっていれば良いだろう、と思う。それに…ラファエルがティファニーに気を配っているなら安心じゃないか?」
「ラファエルねぇ…あいつも、母が心配していたけどまさか街中
をうろちょろしていたとはね…」

ティファニーにしてもラファエルにしてもいまの若い子の行動は分かりづらい。何を考えているのやら、
「ラファエルをここで見つけるとは思わなかったな」
レオノーラがグラスに手を伸ばした。
「ここは、なかなかいいお店だ」
キースが呟いて周りを見渡した。テーブルの上のランプだけの薄暗い店内と、照らされた舞台の明暗で落ち着いて音楽とお酒を楽しむ主旨のお店なようでいかがわしさや、カードゲームに興じる危うい雰囲気もない。
「そうなのか?」
「ああ、なかなかティファニーは運があるようだ」
ふっとキースは笑った。

もう少し街の奥まった方には危うい店がある。そこにティファニーが出入りしなくて良かったと思う。

しっとりとした音楽が奏でられていて、時がゆったりと流れている。そこに客人たちのそれぞれの話す声がほどよいざわめきで、秘密めいた話でも出来そうである。

「さて、そろそろ帰るとするか」
グラスのお酒を飲み干すと、キースは立ち上がった。
続いて、レオノーラも立ち上がり店を後にする。
「我が家の困ったお嬢さんもそろそろ帰った頃かな?」

馬車に戻ると、レオノーラは馭者に笑みを向けた。
「ありがとう、上着は新しいのを返すから」
「い、いえそのままで構いません」
「いや、私が構うよ」
戸惑う馭者をそのままにしてレオノーラは馬車に乗り込んだ。

門を通る時にふと思い付いたキースが門番をしている二人に、誰か出入りしたか確認すると
「下働きの女の子が、夕方に出ていって先程帰ってきましたけど…。恋人にでも会ってたんでしょうね?近くまで送ってきていたみたいですし…いけませんでしたか?」
「いや、そうか。わかったいつもごくろうさま」

門番たちも出ていくものにはそれほど神経質にならない。下働きだと思った少女がティファニーだとは思いもしないだろうし、その少女が帰ってきたらそのまま通したのだろう。
なんてひねりもない、普通に正面から出ていって帰ってきていたとはなかなかの大胆な令嬢である。

メイドならともかく、下働きの少女までは彼らも覚えきれていないのであろう。キースとレオノーラだって見かけることのない下働きの少女まではわからないものである。
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