真夜中は秘密の香り

桜 詩

文字の大きさ
上 下
4 / 52
黄昏の章

舞踏会への招待

しおりを挟む
グレイシアは、頼るべき人もいない今……何とかして社交界への足がかりを見つけないとと、そう思っていた。
社交界に出るのは、体裁を整えないといけないからお金も要りようになるのだけれど……
この先を考えるなら未亡人であるグレイシアは、パトロンを見つけることが一番いいのかも知れない、ということだ。

レナはまだ2歳。
子供を育てるのはそれなりのお金がかかる。何よりもグレイシアの持参金はあふれるほどあるわけではない、少しばかりの収入ではいずれ底をつくのは目に見えている。無くなる前に…なんとかしなくてはならない。

幸いなことにグレイシアには、美貌がある。
そして程々にまだ若い……。
1度“愛人”という立場に身を落とせば、這い上がれない事はわかっている。レディとしては屈辱的なあってはならない事。

街をあるいて、針仕事の内職を探してきたが、とてもではないが生活出来る給金はもらえない。

「レナ、お母様と公園に行きましょうか」

「はい、おかぁしゃま」
にこっと微笑むレナは、一人目の亡き夫ソール・ラングトンに少しだけ似ている。くるんとした金の巻き毛、それに明るく青い瞳。

帽子を被せ、子供用のフリルのついたドレスを着たレナは小さくて可愛らしく、グレイシアはようやく黒を脱ぎ明るめのグリーンに白のラインの入った朝のドレスを身につけた。

しかし、この王都ではさぞかし野暮ったいだろう。
思った通り、フォレストレイクパークに行けば女性はみな、洗練されたドレスを着ていて美しい装いだ。

行き交う紳士、淑女……。
パークは貴族たちの朝の社交場。ここが足掛かりになると期待してきたのだが…。楽しそうなレナを見ながら、グレイシアは戸惑っていた。

あちらこちらでは、談笑する貴族たちの姿。
しかし、その誰にも知った顔はなく、向こうもグレイシアを知らない。

「ひと、たくさんね、おかぁしゃま」
「そうね、レナ」

グレイシアの思いをよそに、レナは純粋に楽しんでいる。
「あ、おとめだちおともだち

レナがとことこと歩み寄る先には、レナと同じくらいの子供たち。

「レナもいれて」
「いいよ」
黒髪に青い瞳のとても綺麗な顔の男の子と、そして金髪とブルーグレイの瞳の綺麗な女の子。それに、もう一人金色の髪と、緑の瞳の綺麗な女の子。3人ともとても綺麗な子供たちだったのだ。

「おはよう、初めまして、かな?」
すらりと背の高い、金色の髪と緑の瞳の華やかな美貌の女性が話しかけてきた。
「おはようございます、そうなのです。つい先日に王都へ来たのですわ」
グレイシアはそう答えた。

そこにいるのはとても和やかな雰囲気の女性達だった。
すこし似かよって見えるからみんな親族なのかもしれない。

「私は、レオノーラ・アークウェイン、貴女は?」
煌めく緑の瞳が真っ直ぐに射ぬいて眩しいくらいだ。
「わたくしは、グレイシア・ラングトン…。先代のラングトン伯爵夫人です」

「と、いうとご主人は亡くなられた?」
「ええ。もう、1年たちました」

「まぁ、小さなお子様もいらっしゃるのに大変だわ」
ほっそりと小柄な、まだ少女のように愛らしい女性がそう言った。
「私はティファニー・ブロンテよ、そこのフェリシアが娘なの」
「私は、ステファニー・エディントンよ。それから、隣はルシアンナ・ブルーメンタール、私たちはみんな姉妹なのそこのジェールは私の娘ね」
ステファニーはたおやかで美しく、ルシアンナは、華やかな美しさである。
「まぁ、そうでしたか…」
道理で似かよっているとそう思った。

「ティファニーは、弟の奥さまなのよ」
ステファニーがにこやかに説明をした。

「今日、ブロンテ家にお茶でもいらっしゃらない?来たばかりならお知り合いも少ないのではなくて?」
レディらしくステファニーは、グレイシアにやさしく笑みを向ける。
「ええ……恥ずかしながら、頼る人もいないので。そのようにお誘い下さるととても嬉しいですわ」

そんな風に話していると、レナは子供たちと無邪気に遊んでいて、なんだかとても楽しそうだ。

「よろしればこのままいらっしゃらない?」
「そんな…いきなりなんてご迷惑では…」

「お気になさらないで、うちはいつも賑やかなの」
にこっとティファニーが微笑んだ。

「おかぁしゃま、レナはもっといっしょにあそびたい、いいでしょう?」
舌ったらずな口調でそうねだられれば否と言いづらい。
まだ足運びもおぼつかないそんな足取りで、追いかけっこをしているのを見れば、レナだけは何としても守らなくてはと改めて思う。そして、その為にもこうして近づけたのは、いいチャンスなのかもしれない。
目的の為に好意を利用するようで、どこか心苦しい。

「本当によろしいの?」
「もちろん」

と華やかにそろって笑顔を向けられてグレイシアはそっと感謝の気持ちで軽くお辞儀をした。


ブロンテ伯爵邸は、この国で長く家を傾けずに維持してきている家だけありタウンハウスといえどかなり大きな規模であった。

元気な声をあげて子供たちが入っていき、その立派な屋敷いっぱいに歓声が響き渡る。
応接室に通されてグレイシアはその立派なソファに浅く腰かけた。

「あら、お客様なの、賑やかすぎてごめんなさい」
そう声をかけてきたのはきっと伯爵夫人であろう。
明るく朗らかで緑の瞳がとてもキラキラと美しい。

「グレイシア・ラングトンと申します。伯爵夫人」
「ラングトン………というと、去年お亡くなりになった…」

「はい、わたくしはその亡くなったさきの伯爵チェルノの妻です」
「まぁ………なんてお気の毒な……。お子様は?」
「結婚して間もなくでしたから、まだ」

「ではレナは?」
そう聞いてきたのはレオノーラである。
「レナはチェルノではなく、前の夫との子供です」

「まぁ、こんなにお若いのに二人もご主人を亡くされたの?」

「ええ」
その不吉さに気がついた?それともすでに噂はここまで伝わっているだろうか…。

それ以上聞かないのは普通の貴族だが、どうやらレオノーラはまっすぐな人らしい。
「貴女のご主人なら若かったでしょう。一体どうされた?」
「一人目は、流行り病でした。伯爵は、心臓が突然止まりました」
「それはまた、立て続けに大変でしたね」

レオノーラの言葉にはいわゆる含みがなくてさっぱりとしている。

「不吉、だとは思われない?」
「不吉?何がです」
「わたくしの事を」

「なるほど、そのように言われてきたのですか?確かに貴女はこの王都でも類いまれな美しい人ですから、そのようなやっかみを受けるかも知れませんね」
その口ぶりはまるで女性というよりは、男性的で
「まぁ…まるで、口説かれているような気持ちになりましたわ」
クスクスとグレイシアは笑った。
こんな風に笑ったのは久しぶりであった。

「あぁ、賑やかだね」
「お父様」

なかなかの迫力のある紳士、それはブロンテ伯爵なのだろう。その後ろにはレオノーラに瓜二つの青年と、それから黒髪と青い瞳の長身の美貌の紳士が続いて入ってきて、その後にももう一人銀髪の上品そうな貴公子が入ってきた。

「紹介しよう、父のアルマン・ブロンテ伯爵。それから、私の夫のキース、弟のラファエル、それからジョルダン・アシュフォード卿」
レオノーラの紹介は無駄がない。

「お父様、こちらはレディ グレイシア・ラングトン、パークで先程知り合った」
「はじめまして、グレイシア・ラングトンでございます」

グレイシアはお辞儀をする。
「これは……また、物凄い美女を引っかけてきたねレオノーラ」
そう感嘆の声を漏らしたのはキースだった。
「そうだろう、私ではなくヴィクターだけれどね」
「ヴィクターか…あいつもなかなかやるな」
そう呟いたのはアルマンで
「ラングトン伯爵は残念でした。お悔やみを申し上げます」
続けてそう哀悼の意を示した。
「ご丁寧にありがとうございます」
グレイシアも少し身を屈めてお辞儀で返した。

「ラングトン伯爵が、結婚してから王都にこなかったと言うのは、このように美しい人を隠していたのですね」
そう、美しい発音で言ったのは、洗練された雰囲気のジョルダンで、彼は珍しい銀髪と少し深めの青い瞳が理知的で、そして整った顔をしていて貴族らしく華やかだ。

「ああ、そうか。ジョルダンはまだ独身であったな」
アルマンがそう少し笑った。
「私のような次男は、独身でフラフラしていても誰も咎めませんから」
そう言う様もどこか洒落者のようで全くいやらしさがない。

「とはいえ……誰も相手がいないと思われると、誰かしらお節介な人がいまして、どうでしょう?レディ グレイシア。今夜の舞踏会をお誘いしても?」
「お誘いはありがたいのですけれど、わたくしはあいにく田舎者ですから……貴方に恥をかかせてしまいます」
「私はちょうど、昨日外国から帰って来た所ですから。貴女と似たり寄ったりですよ」

穏やかな笑みを浮かべるジョルダンは、弁舌も爽やかだ。
「…困ります。本当に……」
「王都では……たくさんの未亡人のレディたちも社交を楽しんでいらっしゃいますよ。まだお若い貴女ならなおさら……楽しまれるのが良いかと」

「では、私が責任を持ってジョルダンにこの素敵なレディをエスコートさせてあげよう」
「レオノーラ様」

なぜかこの女性はレディ レオノーラと呼ぶよりもレオノーラ様の方が似合う気がしてしまいついそう呼んでしまった。

「ドレスの事なら心配いらないよ、この屋敷にはたくさんのドレスが眠ってる」
ひそとレオノーラが囁いてきた。

「お見通し、でしたのね」

にこっとキラキラした笑みを向けられると、グレイシアは同性なのにどきりとさせられてしまった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

辺境のバツ4領主に嫁ぎました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,333

ヒロインさん観察日記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:445

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:584

おいてけぼりΩは巣作りしたい〜αとΩのすれ違い政略結婚〜

BL / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:2,532

別れてくれない夫は、私を愛していない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:4,289

処理中です...