真夜中は秘密の香り

桜 詩

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彼は誰時の章

想いと裏腹に [Jordan]

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 まったく……。

何が休暇だ、とアルベルトに文句を言いたくなる。

グレイシアの行き先は、それは彼女を乗せたという馬車の馭者から聞いた聖クリステル女子修道院で間違いないはずなのだ。

しかし、さまざまな理由により女性たちが駆け込む所であるから、ジョルダンが、侯爵家の名を出して問い合わせたとしても『申し訳ありませんが、わかりません』の一言であった。
それも仕方ない、とは思えるが何とも焦れさせられる。

そして、『一年の休暇』と言うのは、これまでアルベルトの下での働きの事で、新たに得た爵位とその領地は『休暇』などない、ということだ。

しかも、ナサニエルが全く管理していなかったこの土地は、領地に常駐している管財人のコリン・ドーソンがその役目をしており、お互いに戸惑う事ばかりだ。
ジョルダンからしてみれば、ナサニエルがどのように管理していたかの実績がなく、コリンからしてみれば、突然やって来たジョルダンが、管理はどうなってる?と聞いた訳だから。
つまりは………。
王家にとっては、ほったらかしの領地を、王家にとって都合のよい人物に管理させられるという一石二鳥どころではない処断だったわけで。
職権濫用ではないかと思う。そして……またしてもいいように扱われている気がしてならない。

 性格上ジョルダンは仕事を放りだして、修道院まで足を運んで、グレイシアを探すということも無理な話で……、出来ることと言えば、従者のディックに聞いて回らせる位だったのだ。

 グランヴィル伯爵家の主領地にあり、かつて、キャロライン王妃がここで生まれ育ったというシェリーズ城は、何とかその威容は残されているが……。
しかし、ご自慢だったはずのローズガーデンも、手入れが行き届いておらず、見目に衰えが見られる。
良いことは、ここに仕える彼らがナサニエル・カートライトに忠誠心が全くない、という事であった。
なので突然ここの主人が代わったといっても、恨まれてはいないということだった。そのおかげで、仕事は順調に進んでいた。

「旦那さま、お客様がおみえです」
「客人?」
シェリーズ城の執事は、ジャレットといい年はずいぶんと重ねているが、背筋のしゃんとした気骨のありそうな男で、ジョルダンは彼を信頼できると判断していた。
何よりも、城の外観もそして中身も最低限の管理がなされていたからだ。あくまで、使用人が判断出来るその範囲で、つまりはそこから読み取れるのは出来ることをなせるという、生真面目さが窺えるのだ。

「キース・アークウェイン卿でございます」
「ああ、お通ししてくれ」
「応接室にお通ししてございます」

階下に降りて行くと、キースはぐるりと室内を見回していた。客人を通す部屋は、そこだけは丹念に手入れがなされていて見事な芸術性なのであった。

「キース、ようこそ」
「やぁ、ジョルダン。なかなかいい新居だな?」
「………広すぎて、困るくらいだ」
「それでは尚更、家族計画でも練らなくてはな。女主人がいるのと居ないのとでは、やはり違うものだ」
その言葉に苦笑する。
ジョルダンの兄たち・・・はみなお節介が多い。

「それで手がかりは見つかったか?」
単刀直入に聞いてくるその内容は分かってる。
「まだ、だ。それどころでなくてね」
「なるほどね、………うちの奥さんが、一人でこの間ふらりと聖クリステル女子修道院に出掛けてきてね」
「………会えたのか?」
「それは、夫であろうと言えない。だそうだ」

「なるほど………」

つまりは、そこにいた。ということだ、レオノーラならそういう事だと予測できる。居ないなら居なかった、居たから『言えない』なのだと。

「分かった………感謝する」
居場所は、ほぼ予想通り。

しかし、どうやって会えるというのだろう………。
女子修道院のガードは固く、それを無理強いするのは配慮に欠ける。居場所が掴めたのは、大きい。ひたすらそれに尽きる。

レオノーラはグレイシアに、どう話したのだろう。どこか女性らしからぬ彼女は、グレイシアに対してもどこか騎士道精神で接しているようにも見えていた。

「さてね。レオノーラも、もう少し手助けを。と思わなくもないが、周りがどうこう言おうと最後は当事者の意思だ。それに……俺は男だから、他にも女はいくらでもいる。と、余計な一言を言いたくもある、まぁそれは俺も、他ならぬレオノーラに言われたけどな。正直、ジョルダンが、デビューしたてで、頭にあるのはドレスとヘアースタイル。それと良い条件の結婚、しか頭にないようなレディと合うかと聞かれれば、『NO』というが」
「キースは……レオノーラに比べてしまえば他の女性では満足出来ないだろうきっと」

キースの好みがレオノーラだと言うのならば、それは他に似た人も居ないと言いきっても過言では無いだろう。見た目もその気性もたぐいまれな女性だ。キースの横にいるのはレオノーラでしか有り得ないし、レオノーラの横に居るのもキースでしか有り得ない。
つまりは………そういうことなのだ。

「そう。それは、グレイシアにも当てはまるだろう?あれほど美しく、壊れそうなくらいの繊細さで、そしてだからこそか、………男の保護欲をそそる女性もだ………そして、逃げ足が驚くほど早い」
「けれど、キースの好みではないんだろ?」
くすくすとジョルダンは笑った。

「その通り。だが、分からなくはない」
「キース。俺は……明日にでも探しに行ってくる」
「ああ、それがいい。家出をした妻を迎えに行くのは男の役目らしい」
「妻ではないけど」
「似たようなものさ」

キースはふっと頬を緩める。
「まぁ、傷を負ったばかりなんだから無理はするなよ」
「分かってる。今日は泊まっていくだろ?」

客人とあってきっとジャレットは、どんな事態も想定して準備をしていることだろう。たった一人の、ジョルダンにとっては親しい間柄の客人なのだから、腕前を見るにはいい機会だ。

「部屋は有り余ってるだろうし、頼むことにするよ」

なかなか上手くいかないあれこれの問題に、焦りにもにた苛立ちはキースの到来によって、ようやく解決の糸口を掴む事が出来た。
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