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彼は誰時の章
美しい客人
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聖クリステル女子修道院。
女性の為の祈りの場で、そして行き場のない女性たちの暮らす場所。だから、どんな女性にでもその門は開かれている。
その日、グレイシアは簡素なドレスを身に付けていても圧倒的な存在感を放つその女性に気がついた。
「レオノーラ様………」
廻廊にある一画で、グレイシアは立ち止まった。
「シャノンのお客様?」
「え……たぶん、そうみたい」
同じくここで暮らしているアリーナに言われてグレイシアは頷いた。アリーナは、気を利かせて二人を残して立ち去っていった。
「シャノン?」
「ここでは……みんな、違う名前で呼ばれてるの」
グレイシアだけではなく、みんなそれぞれがどうやら違う名前で生活をしている。
なつかしささえ感じるレオノーラの微笑みにグレイシアはまっすぐに見ることが出来ない。
「そうやって、目を伏せてしまうのは少しは悪かったと思ってる?」
「………何も、告げずに来てしまったもの」
「そうだね……本当に何一つ、相談もせずに。一人で決めて出ていってしまった。知り合って間もないとはいえ、私たちはみんな、友だちになれたと思っていたのに」
「ご免なさいレオノーラ様」
「悲しかったよ、たった一言すら無かったことに」
「怒っていらっしゃる?」
「怒ったし、そして悲しい。でも………悩んでる事があったのだろうし―――どうしたのか、わけを聞いても?」
グレイシアは、廻廊の端にある縁に二人して座った。
「また………だと、思ったの。前にも少し話したけれど。
私と関わった男性は、みんな死んでしまう。
一人目は……エイデン、もうすぐ結婚するという時だった………落馬して即死だった。二人目の………ソールは若かったのに流行り病で、三人目は………チェルノ、彼の心臓は突然止まった………そして、ジョルダン………」
「狩りで矢に射られた……」
レオノーラが続けて言った。
「そうよ、こんな事って………」
「でもね、それでも私は言うよ。そのいずれも君が何かをした訳じゃない。偶然だとしか私には思えない、不幸の連続だとしか言いようがない」
「続きすぎて…おかしいとおもうでしょう?」
「さて?でも、世の中には……そうだね、たとえば火事で家族を一気に亡くした人だっている。その人もその人のせいだと思える?」
「………いいえ」
「私には………それが全ての答えだと思えるけど?」
レオノーラは、本当に女神のような美しい笑みでグレイシアを覗きこんでいる。
だけど、同じようには、なかなかやはり思えないのだ。
「ジョルダンの具合は………大丈夫かしら」
「それは………」
レオノーラは1度言葉を切った。
「気になると言うのなら、自分の目で確かめて。人に聞いて安心出来る言葉を引き出そうというのはやめて。それに………もし仮に、いま私が大丈夫、大したことがないよと言っても、その時は納得しても本当にそうなのか、ずっと気にならずにいられる?」
「あ………」
確かにそうだ。
彼が探してる、と聞いて。
本当に彼なのか、誰か別の人が彼の名をだしてグレイシアを探したのかもしれない、と次第に考えてしまっていた。
青ざめた、ぐったりとしたあの姿が脳裏を過ってしまって。
「なんにしても………。ここに居ると分かって良かった。でもね、私はここにあなたがいたと、誰にも言わない。望まない限りは」
「望まない、限りは?」
「例えば、……迎えに来て、なんていうのは、ジョルダンに直接言ってほしいけど、勇気が足りないなら私から伝えてもいい。そう、望むなら」
ニコッと微笑まれてしまう。
「これを、渡すよ。ジョルダンは今はここに滞在してる」
カサリ、と音をたてて封筒を渡される。
「この為に………これを渡す為に、私を探して……そして来てくれたの?」
レオノーラはグレイシアを無理矢理連れ出そうというのでもなく、そして居場所をジョルダンに告げるのでもない。
ただ、グレイシアの事を確かめてそして、ほんの少しだけ背を押しに来たのだとそう覚った。
「だって、私たちはもう友だちだろう?そして、母同士。力になりたいと言ったはず」
「ありがとう………レオノーラ様」
「いつでも……待ってる。帰ってくるのを」
女性にしては背の高いレオノーラに、少しだけ力を籠めて抱きしめられて、泣きそうになってしまう。
そして、レオノーラが帰っていった後に残された封筒を開けた。
『グランヴィル伯爵領 シェリーズ城』
「グランヴィル伯爵領………?」
どうしてそんな所に滞在してるのか………。
知人の屋敷なのか、と不思議に思う。
社交界にそれほど精通していないので、グランヴィル伯爵が誰なのか記憶にない。
そこは、このレイシェン村からはそれほど遠くなく、グレイシアでも一日と少しかければ出来そうな距離だった。
(………神よ……どうかお力をお貸しください)
聖堂に祀られている光の神に、光の紋章の首飾りを手にして祈る。
レオノーラが………教えてくれた。
何かを待っているだけでは、何も変わらないということ。
そして、ただ悩み考える事は、何かを成すということではない、という事を
せめて………かの人の、無事を確かめさせて………。
それから、それから………。
女性の為の祈りの場で、そして行き場のない女性たちの暮らす場所。だから、どんな女性にでもその門は開かれている。
その日、グレイシアは簡素なドレスを身に付けていても圧倒的な存在感を放つその女性に気がついた。
「レオノーラ様………」
廻廊にある一画で、グレイシアは立ち止まった。
「シャノンのお客様?」
「え……たぶん、そうみたい」
同じくここで暮らしているアリーナに言われてグレイシアは頷いた。アリーナは、気を利かせて二人を残して立ち去っていった。
「シャノン?」
「ここでは……みんな、違う名前で呼ばれてるの」
グレイシアだけではなく、みんなそれぞれがどうやら違う名前で生活をしている。
なつかしささえ感じるレオノーラの微笑みにグレイシアはまっすぐに見ることが出来ない。
「そうやって、目を伏せてしまうのは少しは悪かったと思ってる?」
「………何も、告げずに来てしまったもの」
「そうだね……本当に何一つ、相談もせずに。一人で決めて出ていってしまった。知り合って間もないとはいえ、私たちはみんな、友だちになれたと思っていたのに」
「ご免なさいレオノーラ様」
「悲しかったよ、たった一言すら無かったことに」
「怒っていらっしゃる?」
「怒ったし、そして悲しい。でも………悩んでる事があったのだろうし―――どうしたのか、わけを聞いても?」
グレイシアは、廻廊の端にある縁に二人して座った。
「また………だと、思ったの。前にも少し話したけれど。
私と関わった男性は、みんな死んでしまう。
一人目は……エイデン、もうすぐ結婚するという時だった………落馬して即死だった。二人目の………ソールは若かったのに流行り病で、三人目は………チェルノ、彼の心臓は突然止まった………そして、ジョルダン………」
「狩りで矢に射られた……」
レオノーラが続けて言った。
「そうよ、こんな事って………」
「でもね、それでも私は言うよ。そのいずれも君が何かをした訳じゃない。偶然だとしか私には思えない、不幸の連続だとしか言いようがない」
「続きすぎて…おかしいとおもうでしょう?」
「さて?でも、世の中には……そうだね、たとえば火事で家族を一気に亡くした人だっている。その人もその人のせいだと思える?」
「………いいえ」
「私には………それが全ての答えだと思えるけど?」
レオノーラは、本当に女神のような美しい笑みでグレイシアを覗きこんでいる。
だけど、同じようには、なかなかやはり思えないのだ。
「ジョルダンの具合は………大丈夫かしら」
「それは………」
レオノーラは1度言葉を切った。
「気になると言うのなら、自分の目で確かめて。人に聞いて安心出来る言葉を引き出そうというのはやめて。それに………もし仮に、いま私が大丈夫、大したことがないよと言っても、その時は納得しても本当にそうなのか、ずっと気にならずにいられる?」
「あ………」
確かにそうだ。
彼が探してる、と聞いて。
本当に彼なのか、誰か別の人が彼の名をだしてグレイシアを探したのかもしれない、と次第に考えてしまっていた。
青ざめた、ぐったりとしたあの姿が脳裏を過ってしまって。
「なんにしても………。ここに居ると分かって良かった。でもね、私はここにあなたがいたと、誰にも言わない。望まない限りは」
「望まない、限りは?」
「例えば、……迎えに来て、なんていうのは、ジョルダンに直接言ってほしいけど、勇気が足りないなら私から伝えてもいい。そう、望むなら」
ニコッと微笑まれてしまう。
「これを、渡すよ。ジョルダンは今はここに滞在してる」
カサリ、と音をたてて封筒を渡される。
「この為に………これを渡す為に、私を探して……そして来てくれたの?」
レオノーラはグレイシアを無理矢理連れ出そうというのでもなく、そして居場所をジョルダンに告げるのでもない。
ただ、グレイシアの事を確かめてそして、ほんの少しだけ背を押しに来たのだとそう覚った。
「だって、私たちはもう友だちだろう?そして、母同士。力になりたいと言ったはず」
「ありがとう………レオノーラ様」
「いつでも……待ってる。帰ってくるのを」
女性にしては背の高いレオノーラに、少しだけ力を籠めて抱きしめられて、泣きそうになってしまう。
そして、レオノーラが帰っていった後に残された封筒を開けた。
『グランヴィル伯爵領 シェリーズ城』
「グランヴィル伯爵領………?」
どうしてそんな所に滞在してるのか………。
知人の屋敷なのか、と不思議に思う。
社交界にそれほど精通していないので、グランヴィル伯爵が誰なのか記憶にない。
そこは、このレイシェン村からはそれほど遠くなく、グレイシアでも一日と少しかければ出来そうな距離だった。
(………神よ……どうかお力をお貸しください)
聖堂に祀られている光の神に、光の紋章の首飾りを手にして祈る。
レオノーラが………教えてくれた。
何かを待っているだけでは、何も変わらないということ。
そして、ただ悩み考える事は、何かを成すということではない、という事を
せめて………かの人の、無事を確かめさせて………。
それから、それから………。
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