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7,自由と孤独と
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季節は秋から冬へと移り、晴れた日は少なくどんよりと薄暗くて気分もなかなか晴れない。
それでも、晴れないのはフィリスだけで、町を歩けばクリスマスシーズンを楽しむ人々の表情は明るい。
この年を一人で過ごす自分は、どこか独りきりだという淋しさをより実感させてしまう。
雑貨店で実家への手紙を託し、後は本屋を覗き女性向けの雑誌を何冊か購入した。
「ミセス ザヴィアー」
「なにかしら?」
フィリスがこの町の領主 ウィンスレット公爵の縁戚だと言うのは、少しの滞在でもう町の店の店主たちに知れ渡っていた。こうして名前を呼ばれる事も少しずつ増えていた。
「もし、毎月購入されるのでしたら、お届けしましょうか?」
「そうね………」
店主としては、親切さとそれから商売とでそう申し出てくれているのだろう。
「ありがたいわ、でもこうして店まで来て購入したいの。でも、そうね………このジュエルボックスは毎月わたしの分を用意して置いて貰えるかしら?」
「はい、分かりました。その様にさせて頂きます」
ジョエルに案内されて以来、こうして引きこもらないように少しずつ外出をしている。そうでもしなければ知らない土地に来た意味がない。だからこそこういった町にくる理由が出来るのは悪くない。
「よろしくお願いするわ」
フィリスは本屋を出て、ゆっくりと家のある方へと向かい歩き出した。
「レディ フィリス」
声をかけられて振り向くと、毛づやも馬具も見事な栗毛の馬に乗ったジョエルだった。侯爵らしく上品な乗馬服で、何もかもが、誰の目にも麗しい青年だった。
「シルヴェルトル侯爵」
フィリスはお辞儀をした。
ジョエルは馬から降りて手綱を引き、フィリスの隣に立って歩き出した。
「まだ町で予定でも?」
「いえ、もう帰ろうかと思っていたわ」
「なら、近くでお茶でも一緒にどうだろう?」
「ええ、いいわ」
すぐ近くの店に入り、ジョエルはフィリスの座る椅子を引きエスコートすると、彼もまた、彼には似合わない簡素な椅子に座った。
「ずいぶんこの町にも慣れたみたいだな」
「ええ、あなたのお陰だわ。ありがとう………そういえばきちんとお礼もしていなかったわ」
「礼をされないといけないほどの事はしていない」
「そんなことないわ」
やがて紅茶が運ばれてきて、ジョエルはカップを口許へ運んだ。
「ちょうど君の所へ行った所だった」
「わたしの?何かご用がおありでしたの?」
軽くフィリスは首を傾げた。
「クリスマスはうちで過ごさないかと、誘いに来た」
「お屋敷で?」
「そう、義姉上とアデラ叔母上が」
「………わたしは行かない方がいいと思うの。せっかくのお祝いを台無しにしてしまいそうな気がするわ」
つい数日前、フィリスの離婚は正式なものとなった所だ。
そんな人間が混じってしまって水を差さないかと思うのだ。
「でも………行かないと、お二人を心配させてしまうかしら?」
それでも、招待してきたのはそんなフィリスを放っておくのも、クリスマスに相応しくないと思ったからであろうし、行かないというのも余計な気遣いをまたさせてしまうかも知れない。
「だろうね」
「君がそれほど我慢して、感情を抑えなくてもみんな浮かれてて、気づきもしないよ、きっと。俺もそんな日にフィリスを一人であの家に居させたくないかな」
どこにいたって、惨めなのは変わりない。それならせめて、他の人たちを安心させるべきかも知れない。その方が有意義かと思えた。
「分かったわ。行くわ」
フィリスの答えに、ジョエルは微笑んだ。
「あれから、気になっては居たんだが……。この前俺の行動の何かが、君を悲しませてしまったみたいで。分からずに居たからついそのままになってたから」
「馬車で案内してくれた時の事ね」
そうだとジョエルは頷いた。
やはり気づいていたのかと、フィリスは彼の顔を眺めた。
「思い出って美化してるのかも知れないけれど………思い出すのは、なぜかとても良いときの事で。あなたが案内してくれていた時、――ジェラルディン………ヴィヴァースの新しい妻が……領地の村や、あちこちに連れていってくれたことを思い出してしまったの。その時は、とても嬉しくて楽しかったわ……」
「そうか……そこまでの事情は知らなかったから、悪いことをした」
「いいえ、嬉しかったわ、とても。またここで新しい生活を始められるって思えたから」
ここへ来て、一日一日を積み上げて新しいフィリス・ザヴィアーとして暮らしてる。今はただ、それだけだ。
「新しい生活に、再婚は入らないのか?」
ジョエルが不意にそう尋ねる。
「あり得ないわ。一体誰がわたしを望むの?」
フィリスは軽く笑みを作って、そう答える。
微笑むのには努力がいる。
「どうして、そんな風に思う?君はまだ若くて、誰が見ても綺麗だと思うはずだ」
「あなたも?そう思う?」
「思うよ」
「じゃあ、あなたはわたしに求婚を考える?―――、何も言えない、それが…………ほとんどの男性の答えなの」
一瞬だが、ジョエルの瞳に戸惑いが浮かぶ。それが正しいとそうフィリスには分かっていたけれど、やはりそれをまざまざと理解させられるのは辛い。
「フィリス」
「どうかこのまま………。静かに、眠るように。ひっそりと息をしていれば、いつか何も感じなくなるかしら」
「俺はなぜ、君を傷つける事をしてしまうかな」
「そうなってしまうのはわたしが面倒な女だからよ」
つい、何となく腹立たしくて当たるような事を言ってしまう。
普通の女であれば、傷つく言葉も少ないはずだ。
「……そろそろ帰るわ」
もう、彼には関わりたくない。
優しくされるとまた、同じ事を繰り返してしまいそうだから。
「送っていこう」
「けっこうよ、あなたは馬だし、わたしは徒歩なの。今日はお誘いをありがとう」
席を立とうとするフィリスに手を貸して、ジョエルは帽子を被った。表情は彼にしては固く感情を閉ざしてるように見えて冷ややかにさえ思えた。
当たり前だと、そう思った。
差し出された手を、はね除けたのに相応しいから。
なんて、つまらない女なんだろう。
フィリスは、居たたまれない気持ちでジョエルをろくに見ずに会釈をしてさっさと歩き出した。
「さようなら、レディ フィリス。また今度……」
ジョエルの声がして、馬の蹄の音が並足で歩き出し、そして瞬く間にフィリスを置き去りにして行った。
一人になりたい。
それでも、一人でいるのは淋しい。
(わたしは、何にも縛られない、そんな自由を手にしたの………)
自由に生きて行ける。そのはず、、、。
それでも、晴れないのはフィリスだけで、町を歩けばクリスマスシーズンを楽しむ人々の表情は明るい。
この年を一人で過ごす自分は、どこか独りきりだという淋しさをより実感させてしまう。
雑貨店で実家への手紙を託し、後は本屋を覗き女性向けの雑誌を何冊か購入した。
「ミセス ザヴィアー」
「なにかしら?」
フィリスがこの町の領主 ウィンスレット公爵の縁戚だと言うのは、少しの滞在でもう町の店の店主たちに知れ渡っていた。こうして名前を呼ばれる事も少しずつ増えていた。
「もし、毎月購入されるのでしたら、お届けしましょうか?」
「そうね………」
店主としては、親切さとそれから商売とでそう申し出てくれているのだろう。
「ありがたいわ、でもこうして店まで来て購入したいの。でも、そうね………このジュエルボックスは毎月わたしの分を用意して置いて貰えるかしら?」
「はい、分かりました。その様にさせて頂きます」
ジョエルに案内されて以来、こうして引きこもらないように少しずつ外出をしている。そうでもしなければ知らない土地に来た意味がない。だからこそこういった町にくる理由が出来るのは悪くない。
「よろしくお願いするわ」
フィリスは本屋を出て、ゆっくりと家のある方へと向かい歩き出した。
「レディ フィリス」
声をかけられて振り向くと、毛づやも馬具も見事な栗毛の馬に乗ったジョエルだった。侯爵らしく上品な乗馬服で、何もかもが、誰の目にも麗しい青年だった。
「シルヴェルトル侯爵」
フィリスはお辞儀をした。
ジョエルは馬から降りて手綱を引き、フィリスの隣に立って歩き出した。
「まだ町で予定でも?」
「いえ、もう帰ろうかと思っていたわ」
「なら、近くでお茶でも一緒にどうだろう?」
「ええ、いいわ」
すぐ近くの店に入り、ジョエルはフィリスの座る椅子を引きエスコートすると、彼もまた、彼には似合わない簡素な椅子に座った。
「ずいぶんこの町にも慣れたみたいだな」
「ええ、あなたのお陰だわ。ありがとう………そういえばきちんとお礼もしていなかったわ」
「礼をされないといけないほどの事はしていない」
「そんなことないわ」
やがて紅茶が運ばれてきて、ジョエルはカップを口許へ運んだ。
「ちょうど君の所へ行った所だった」
「わたしの?何かご用がおありでしたの?」
軽くフィリスは首を傾げた。
「クリスマスはうちで過ごさないかと、誘いに来た」
「お屋敷で?」
「そう、義姉上とアデラ叔母上が」
「………わたしは行かない方がいいと思うの。せっかくのお祝いを台無しにしてしまいそうな気がするわ」
つい数日前、フィリスの離婚は正式なものとなった所だ。
そんな人間が混じってしまって水を差さないかと思うのだ。
「でも………行かないと、お二人を心配させてしまうかしら?」
それでも、招待してきたのはそんなフィリスを放っておくのも、クリスマスに相応しくないと思ったからであろうし、行かないというのも余計な気遣いをまたさせてしまうかも知れない。
「だろうね」
「君がそれほど我慢して、感情を抑えなくてもみんな浮かれてて、気づきもしないよ、きっと。俺もそんな日にフィリスを一人であの家に居させたくないかな」
どこにいたって、惨めなのは変わりない。それならせめて、他の人たちを安心させるべきかも知れない。その方が有意義かと思えた。
「分かったわ。行くわ」
フィリスの答えに、ジョエルは微笑んだ。
「あれから、気になっては居たんだが……。この前俺の行動の何かが、君を悲しませてしまったみたいで。分からずに居たからついそのままになってたから」
「馬車で案内してくれた時の事ね」
そうだとジョエルは頷いた。
やはり気づいていたのかと、フィリスは彼の顔を眺めた。
「思い出って美化してるのかも知れないけれど………思い出すのは、なぜかとても良いときの事で。あなたが案内してくれていた時、――ジェラルディン………ヴィヴァースの新しい妻が……領地の村や、あちこちに連れていってくれたことを思い出してしまったの。その時は、とても嬉しくて楽しかったわ……」
「そうか……そこまでの事情は知らなかったから、悪いことをした」
「いいえ、嬉しかったわ、とても。またここで新しい生活を始められるって思えたから」
ここへ来て、一日一日を積み上げて新しいフィリス・ザヴィアーとして暮らしてる。今はただ、それだけだ。
「新しい生活に、再婚は入らないのか?」
ジョエルが不意にそう尋ねる。
「あり得ないわ。一体誰がわたしを望むの?」
フィリスは軽く笑みを作って、そう答える。
微笑むのには努力がいる。
「どうして、そんな風に思う?君はまだ若くて、誰が見ても綺麗だと思うはずだ」
「あなたも?そう思う?」
「思うよ」
「じゃあ、あなたはわたしに求婚を考える?―――、何も言えない、それが…………ほとんどの男性の答えなの」
一瞬だが、ジョエルの瞳に戸惑いが浮かぶ。それが正しいとそうフィリスには分かっていたけれど、やはりそれをまざまざと理解させられるのは辛い。
「フィリス」
「どうかこのまま………。静かに、眠るように。ひっそりと息をしていれば、いつか何も感じなくなるかしら」
「俺はなぜ、君を傷つける事をしてしまうかな」
「そうなってしまうのはわたしが面倒な女だからよ」
つい、何となく腹立たしくて当たるような事を言ってしまう。
普通の女であれば、傷つく言葉も少ないはずだ。
「……そろそろ帰るわ」
もう、彼には関わりたくない。
優しくされるとまた、同じ事を繰り返してしまいそうだから。
「送っていこう」
「けっこうよ、あなたは馬だし、わたしは徒歩なの。今日はお誘いをありがとう」
席を立とうとするフィリスに手を貸して、ジョエルは帽子を被った。表情は彼にしては固く感情を閉ざしてるように見えて冷ややかにさえ思えた。
当たり前だと、そう思った。
差し出された手を、はね除けたのに相応しいから。
なんて、つまらない女なんだろう。
フィリスは、居たたまれない気持ちでジョエルをろくに見ずに会釈をしてさっさと歩き出した。
「さようなら、レディ フィリス。また今度……」
ジョエルの声がして、馬の蹄の音が並足で歩き出し、そして瞬く間にフィリスを置き去りにして行った。
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それでも、一人でいるのは淋しい。
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