睡恋―sui ren―

桜 詩

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23,失せ物 (Joel)

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 部屋に戻ったジョエルは、テーブルの上にタイとカフスを置いて上着を脱いで椅子の背に掛けたところで、カフスが一つしか無いことに気づいた。
着るものを着て、タイとカフスをポケットに入れた……はずだった。ポケットをもう一度探り、すべての服をばさりと払ってみる。しかし、銀細工のそれは出てこなかった。

「ないな……」
落としたとすれば確実にフィリスの寝室だった。このカフスを着けたのは従者のスマイスで、それは夜会に出掛ける前の事だ。
そして、それを彼女の部屋で外したのをしっかりと覚えている。

今さら戻った所で、逆にジョエル自身が使用人に見られてしまう。
もしかしたら、フィリスが気づいて拾ってるかも知れないし、それはもう賭けるしかない。小さいものだから、誰にも見つけられないかも知れない。

はぁ………と、溜め息をついた。

今更か。と、

つい先日にはウェンディというメイドが見たという事もあるわけで、そのうちの執事の耳に入りそこから兄のフェリクスに、となってもおかしくはない。

何事にもはじめての時という物がある。
ジョエルが女性と関係を持つのはまさしくそれで、慣れない事をするとこういう失態を犯してしまう。何でも器用にこなす方だし、自分で言うのも何だが、家柄も容姿も才覚もあり、何もかもそつなくこなしてきた。だから、傲りがあった事は認めなくてはならないだろう。

やけくそ気味にベッドに横になり靴を投げ落とした。

だったら、そんな慣れない危ない事は止めればいい。
そんな冷静な考えが、浮かぶのだが……。不思議と気になって足が向いてしまう。
彼女が自分を必要としている気がして、それから、そうして過ごす事を、他ならぬ自分が止めたくないと、どこかで思っている。

誰かに知られて、困るのは誰だ?

自分は男だから、艶聞で済む。
しかし、フィリスはどうだろう。
既婚で、今は夫のいない身となれば誰も表だって非難はしないだろうが、やはり女性というものは一度そういう噂が立てば、放蕩者の貴族に愛人にさせられてしまうかも知れないし、一夜限りの相手を求める相手に目をつけられるかも知れない。
そうなれば……なかなかまともな再婚など出来なくなる。

再婚。
その言葉がふいに浮かび、ドキリとした。
当然だが彼女はまだ21歳でまだまだ若い。再婚の可能性なら多いにあって然るべきなのだ。

フェリクスの選んだ相手のソールズベリはそういう意味ではまともな再婚相手だ。ただジョエルが、気にくわないのは彼は、妻ではなく、息子の母親を求めているだけだろうという事。そしてブレイクは………ウィンスレットとの縁とリヴィングストンとの縁が欲しいはずだ。

だったら自分はどうなんだ。
何を望む?

―――ただ……。放ってはおけない。 

それだけで、何も。

ただ、互いの状況が少しばかり重なった事で、本能的に求めてしまっているだけに違いないはずで。
立場を思えば、フィリスを妻には迎えられないのだから。

知らず力が入っていたのか、奥歯がぎりと鳴る。
朝の気配を感じながらジョエルは寝返りをうった。そして自分の失態の責任の取り方を真剣に胸の内で考える。


****


 ジョエルがいつも通りの顔つきで朝食室に入ると、フェリクスがおはよう、の後に少し焦らせる事を告げてきた。

「昨夜、というか朝に近い時間だがどこにいた?」
「どこ?屋敷にいましたが」

「マリウスから連絡があって、昨夜デュアー公爵が身罷れた。それで部屋を尋ねたが、ジョエルは居なかった」
「ああ………じゃあちょうど眠れずに書斎に行ったときかな」
ジョエルには、フェリクスが使う書斎とは別に自分の書斎がある。
「そうか、だから私一人で先に行ってきた。これからまた向かうが、ジョエルもいくだろう?……分かっていたとはいえ、マリウスも不安がっている。私たちは支えてやらないとな」
「そうですね」

 マリウスは、ジョエルの一歳年下の弟で現在は次のデュアー公爵としてウィンスレットではなく、マリウス・デルヴィーニュと名乗っている。デュアー公爵の跡継ぎはみな亡くなり、家の存続の危機にあったが、なんとか存命中に祖先を同じくする家、つまりウィンスレット家から養子に出たのだ。
跡継ぎとして育ってこなかった彼は、それゆえに降ってわいたような爵位に不安がないはずがない。

現在、直系のデルヴィーニュの血を継いでいるのは、コーデリア・デルヴィーニュというジョエルと同じ年の幼なじみがいるが、彼女とマリウスが結婚するのが一番理想的だとはいえる。
しかし色々と意志のある彼女だから、それをどう捉えるかはジョエルにも分からなかった。


 デュアー公爵が、亡くなったか、と改めてジョエルは喪服を身に付けながら想った。

デュアー公爵 クラレンス・デルヴィーニュと直接話したのはごく最近になってからであったが、それでもその死は……。その予兆はあったわけで、避けられないとは分かってはいたが誰かの死というのは何らかの感慨をもたらすものだった。
威厳のある方だった。そして、死を近くして、彼には大いなる公爵家と独り残す孫娘が心残りだったはずだ。
没落寸前の家の事を、ウィンスレットとして助ける手立てを用意出来た。その事だけでも、せめて救いになっていてくれれば良いがとジョエルは思う。

 出掛ける準備をしようと、自室のカフスボタンの並んだケースに目を向けた所で、ジョエルはそこに銀細工の一揃い・・・の物を見つけた。

ジョエルは何も言わずに、スマイスを見た。そして袖口を差し出す。
「どちらに致しますか?」
スマイスがすでにトレーに入れていたのは、黒瑪瑙とブラックダイヤの物だった。
「黒瑪瑙にしよう」

銀の枠にスクエア型の黒瑪瑙のカフスを取り出し、スマイスはそれを袖口に着けた。そして、上着にブラシをかけてそれをジョエルに着せかける。

「ありがとう、スマイス」
「いえ、とんでもありません」
にこりとスマイスは微笑んだ。


 どこに落としたかの記憶に間違いはない、そしてそれがこの部屋に帰ってきた時点では無かったのも確かだ。どういった経緯でかスマイスの手に渡り、ジョエルの自室にそれは収まっていた。
とんとん、とジョエルはケースを指で叩いたが、考えても真実は分かるはずもない。
分かるのは今、誰もフィリスとの事を問い詰められてはいないと言うことだ。

もしかしたら、デュアー公爵の葬儀の為に保留されているのかも知れないが……。
どちらにせよ、いま出来ることと言えば、何も問題などないという態度を取る事で、ジョエルは身支度を終えフェリクスと共にデュアー公爵家に出掛けていった。
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