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33,不協和音 (Joel)
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あの日以来、自分を取り戻せずにいる。
平静を装おうとすればするほど、空回りしている気がする。
心と体が、歪みそして軋んで油をさしていない馬車の車輪のような不協和音を立てている気がしていた。
議会や紳士クラブで、ヴィヴァースを見かけると絞めたくなる………、そんないつにない冷静で無い自分がいた。
フィリスといれば、想いを自覚した今となれば、幸せに似た気分を味わえた。だが、部屋を出ないといけない時には苛立ちが溢れでてくる。だからそれを発散しに、ジムに向かい汗を流しにいく。
そうすると、寝不足は蓄積されてより精神状態は悪くなる一方だった。
常でない事は分かっていたし、それが周りに疑問を持たれていることも。そんな訳だから、口を開くのを抑える事になり、心配をかけまいとは思っていても、身近な人ほど気遣う視線を向けてくる。
「プリシラ殿下の結婚がショックなの?」
「は?」
不意にルナに言われて思わずそんな無礼な声が出てしまった。
「だって、時期的にそれかしら、と思うじゃない」
ほんの赤ん坊の頃に、嫁いできた彼女はジョエルに対していつまでも子供の様に思えるらしい。
「それに、おかしくは無いでしょう。この二年くらいは貴方がよくエスコートしていたでしょう」
確かに、一昨年にエリアルドが結婚し、去年はギルセルドが王宮を追放され、ジョエルやショーンはプリシラとアンジェリンのエスコート役を務めてきた。
「それだけです」
「でも、仲が良かったわ」
「みんな幼なじみでしたから、仲は良いです」
「ほんとうにそうなのね?じゃあ、何があったの?」
「何もありません」
ジョエルは微笑んで言った。
「少し遊び過ぎてるだけです」
「夜遊び?」
そう言われジョエルは笑った。
「そう率直に言いますか?私ももう成人したので、少しくらいは羽目外します」
「そう分かっているなら、程々にしないと。お義父様に連絡するわよ」
ここで、父が出てくるとジョエルは少し苦笑した。
「狡い言い方ですね、義姉上。少々の夜歩きくらいは許して下さい」
「こんなことを言うのは嫌だけど、貴方はこの家の大事な跡継ぎなのだから、心配もするわ」
「気をつけます」
「ええ、ぜひそうして。マリウスも居なくなってしまったし、シアンは奔放だし。何よりもフェリクスは貴方を頼りに思っているわ。だから、お願い、本当に無茶はしないで。若いからって無理は禁物よ」
「はい。分かっています」
ルナの言う通り、ジョエルは大切に育てられてきた。
本来ならジョエルは継ぐはずではない公爵家。
跡継ぎとしての教育がされるようになったのは、リディアが産まれた年の9歳の頃だった。
兄の子供が二人続けて女子だった為だ。それでももちろん……今でも、兄たちに男子が産まれればその子供がハースト子爵を名乗りその後はシルヴェストル侯爵を名乗りそしてウィンスレット公爵となる。もしも、兄たちに男子が産まれたなら……。
そうしたら跡継ぎでは無くなるはずで。
少し前まで、誇らしかったはずの称号が今はただひたすらに重くのし掛かっていた。フェリクスが爵位を継ぐと共に放棄した王位継承権、という物も。
エリアルドの様に、王太子妃に選ばれた相手と恋に落ちる、そんな事があれば理想だったが……現実はそう理想通りにはいかない。
「夜遊びか夜歩きだか知らないけど、そういうのじゃなくて、そろそろ真剣に結婚相手でも探してはどうかしら?成人したと言うのなら」
「それは当分、考えたくありません」
「まぁ、すぐに否定したわね?けれど、まだまだ貴方は若いし、少しくらいそういう時期も必要かも知れないわね。お話が来たら、話くらいは聞いてね」
「お言葉ですが、私はどんな方でも選べる立場です。向こうから持ってこられる話など要りません」
ジョエルはさらりと断りを口にした。
「まぁ、生意気」
と言ってルナはしげしげとジョエルを見つめると、
「そう言ってしまえるのも、それが間違いないから厄介ね」
「生意気を言ってすみません。仰る通り、気をつけて遊びます」
「ジョエル、結婚と言えば、フィリスと話は出来たかしら?」
「彼女は結婚はこりごりだと」
「そう……。いいお話だったと思うのだけれど……」
「義姉上、いけませんよ。あれこれ欲張り過ぎては。今はトリクシーに集中して、私とフィリスの事は構わないでいて下さい」
ジョエルが言うと、
「わかったわ、そうよね。何も後が無いわけでも無いのだし。フィリスも、子供が出来なかったことをやっぱり気にしているわよね……。私も結婚して五年目にやっとマリエが産まれたけれど……。なかなか出来ない事を気にせずにいられたのは、ジョエルとマリウスとシアンの3人が居てくれたから気楽に過ごせたものね」
「辛かったですか?その時期は」
「時々は気にしたわ。でも、フェリクスがいつも話を聞いてくれたから、平気でいられたの」
「兄上はさすがですね」
「あんなに取っつきにくい雰囲気あるのに、でしょう?」
クスクスとルナは笑った。
ルナの姉たちは、強烈な個性というかハッとするほどの美貌を誇っている。彼女たちに比べると、少し煌びやかさに欠けるルナだけれど、清廉な美しさがある。そんな雰囲気が、少し尊大なフェリクスと上手く噛み合って見える。
「いいですね、義姉上と兄上は理想的なご夫婦です」
「やだわ、いきなりどうしたの。ジョエルったら」
「いえ、そのご様子ならもしかしたら、もう一人くらいウィンスレットの子が誕生するかも知れませんね、父も兄と同じくらいの時には私が産まれてますから」
「もう、大人をからかうなんて。悪い癖よ、ジョエル」
「申し訳ありません、つい。あてられた気がして」
ジョエルは軽く声をあげて笑った。
笑えた自分が少し意外に思えた。そしてルナも微笑んだ。
上手く誤魔化せていたのならいいが……。
平静を装おうとすればするほど、空回りしている気がする。
心と体が、歪みそして軋んで油をさしていない馬車の車輪のような不協和音を立てている気がしていた。
議会や紳士クラブで、ヴィヴァースを見かけると絞めたくなる………、そんないつにない冷静で無い自分がいた。
フィリスといれば、想いを自覚した今となれば、幸せに似た気分を味わえた。だが、部屋を出ないといけない時には苛立ちが溢れでてくる。だからそれを発散しに、ジムに向かい汗を流しにいく。
そうすると、寝不足は蓄積されてより精神状態は悪くなる一方だった。
常でない事は分かっていたし、それが周りに疑問を持たれていることも。そんな訳だから、口を開くのを抑える事になり、心配をかけまいとは思っていても、身近な人ほど気遣う視線を向けてくる。
「プリシラ殿下の結婚がショックなの?」
「は?」
不意にルナに言われて思わずそんな無礼な声が出てしまった。
「だって、時期的にそれかしら、と思うじゃない」
ほんの赤ん坊の頃に、嫁いできた彼女はジョエルに対していつまでも子供の様に思えるらしい。
「それに、おかしくは無いでしょう。この二年くらいは貴方がよくエスコートしていたでしょう」
確かに、一昨年にエリアルドが結婚し、去年はギルセルドが王宮を追放され、ジョエルやショーンはプリシラとアンジェリンのエスコート役を務めてきた。
「それだけです」
「でも、仲が良かったわ」
「みんな幼なじみでしたから、仲は良いです」
「ほんとうにそうなのね?じゃあ、何があったの?」
「何もありません」
ジョエルは微笑んで言った。
「少し遊び過ぎてるだけです」
「夜遊び?」
そう言われジョエルは笑った。
「そう率直に言いますか?私ももう成人したので、少しくらいは羽目外します」
「そう分かっているなら、程々にしないと。お義父様に連絡するわよ」
ここで、父が出てくるとジョエルは少し苦笑した。
「狡い言い方ですね、義姉上。少々の夜歩きくらいは許して下さい」
「こんなことを言うのは嫌だけど、貴方はこの家の大事な跡継ぎなのだから、心配もするわ」
「気をつけます」
「ええ、ぜひそうして。マリウスも居なくなってしまったし、シアンは奔放だし。何よりもフェリクスは貴方を頼りに思っているわ。だから、お願い、本当に無茶はしないで。若いからって無理は禁物よ」
「はい。分かっています」
ルナの言う通り、ジョエルは大切に育てられてきた。
本来ならジョエルは継ぐはずではない公爵家。
跡継ぎとしての教育がされるようになったのは、リディアが産まれた年の9歳の頃だった。
兄の子供が二人続けて女子だった為だ。それでももちろん……今でも、兄たちに男子が産まれればその子供がハースト子爵を名乗りその後はシルヴェストル侯爵を名乗りそしてウィンスレット公爵となる。もしも、兄たちに男子が産まれたなら……。
そうしたら跡継ぎでは無くなるはずで。
少し前まで、誇らしかったはずの称号が今はただひたすらに重くのし掛かっていた。フェリクスが爵位を継ぐと共に放棄した王位継承権、という物も。
エリアルドの様に、王太子妃に選ばれた相手と恋に落ちる、そんな事があれば理想だったが……現実はそう理想通りにはいかない。
「夜遊びか夜歩きだか知らないけど、そういうのじゃなくて、そろそろ真剣に結婚相手でも探してはどうかしら?成人したと言うのなら」
「それは当分、考えたくありません」
「まぁ、すぐに否定したわね?けれど、まだまだ貴方は若いし、少しくらいそういう時期も必要かも知れないわね。お話が来たら、話くらいは聞いてね」
「お言葉ですが、私はどんな方でも選べる立場です。向こうから持ってこられる話など要りません」
ジョエルはさらりと断りを口にした。
「まぁ、生意気」
と言ってルナはしげしげとジョエルを見つめると、
「そう言ってしまえるのも、それが間違いないから厄介ね」
「生意気を言ってすみません。仰る通り、気をつけて遊びます」
「ジョエル、結婚と言えば、フィリスと話は出来たかしら?」
「彼女は結婚はこりごりだと」
「そう……。いいお話だったと思うのだけれど……」
「義姉上、いけませんよ。あれこれ欲張り過ぎては。今はトリクシーに集中して、私とフィリスの事は構わないでいて下さい」
ジョエルが言うと、
「わかったわ、そうよね。何も後が無いわけでも無いのだし。フィリスも、子供が出来なかったことをやっぱり気にしているわよね……。私も結婚して五年目にやっとマリエが産まれたけれど……。なかなか出来ない事を気にせずにいられたのは、ジョエルとマリウスとシアンの3人が居てくれたから気楽に過ごせたものね」
「辛かったですか?その時期は」
「時々は気にしたわ。でも、フェリクスがいつも話を聞いてくれたから、平気でいられたの」
「兄上はさすがですね」
「あんなに取っつきにくい雰囲気あるのに、でしょう?」
クスクスとルナは笑った。
ルナの姉たちは、強烈な個性というかハッとするほどの美貌を誇っている。彼女たちに比べると、少し煌びやかさに欠けるルナだけれど、清廉な美しさがある。そんな雰囲気が、少し尊大なフェリクスと上手く噛み合って見える。
「いいですね、義姉上と兄上は理想的なご夫婦です」
「やだわ、いきなりどうしたの。ジョエルったら」
「いえ、そのご様子ならもしかしたら、もう一人くらいウィンスレットの子が誕生するかも知れませんね、父も兄と同じくらいの時には私が産まれてますから」
「もう、大人をからかうなんて。悪い癖よ、ジョエル」
「申し訳ありません、つい。あてられた気がして」
ジョエルは軽く声をあげて笑った。
笑えた自分が少し意外に思えた。そしてルナも微笑んだ。
上手く誤魔化せていたのならいいが……。
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