睡恋―sui ren―

桜 詩

文字の大きさ
45 / 62

45,踏み出す勇気

しおりを挟む
 フィリスは、自室の机の端にあるガブリエル・フォンテーンの名刺を意識しながらも、今すぐにでも、そこへ行くという勇気はなかなか出てこなかった。

揺れる気持ちを抱えながら、秋はすっかり次なる冬を連れて来てしまった。クリスマスには再びウィンスレットに行くというのに。
紹介のお礼を言うのか、それとも何事も無かったように訪問するのか……。

エレナはただ、いい医師がいると世間話で言っただけ。
そう言い切ってしまうのは簡単な事。
それでも……。

――――また……うじうじと悩むの?

フィリスは、自分に問いかけた。

ここへは、前向きな気持ちで戻ってきたはずなのに……。
悪い結果を恐れて、真実を知る勇気すら出さないなんて。それで、クリスマスとそれから新シーズンに、ジョエルとどんな顔をして逢うというのだろう。


 フィリスは、ガブリエルの名刺を手に取りそれを自分のレティキュールに入れた。階下へと降りて、フィリスは居間で刺繍をしているデリアに近づいた。

「お母様、わたし……王都へ行ってこようと思うの」
「ついに、決めたのね?」

デリアには何のための上都なのか、分かっていると知った。

「実はね……。この間私は先生を訪ねてみたの……あなたが二の足を踏むなら、先に相談して少しでも悩みを取り除いてあげたくて……。でも、親子だからと言っても娘さんの事は、娘さんにお話しさせて下さいと言われてしまったわ。それから、悩んでいらっしゃるなら是非ここへ来て下さいと、そう言われたのよ」

「ありがとう、お母様。わたしを心配してくれていたのね」
フィリスは、デリアの前に座った。

「でも……本当は知りたくない……。もしも、悪い結果を聞いてしまったら?そう思うと……足がすくむの」
「でもね、フィリス。これはいい機会なのかも知れないわ、もしも駄目なら駄目で……その時の生き方を考える事が出来る。それは、あなたには望まない未来かも知れないけれど……。今、二の足を踏んで何もかも立ち竦んでいるままと、どちらがよりましだと思うの?」

「わかってるわ……、お母様の言う通りよ。本当はわたし……好きな人と結婚もしたいし、その人の子供だって産みたい。だから……その望みを否定された時が怖くてならないの。でも……お母様の言う通り、立ち竦んでいても仕方ないわね」

フィリスはそう言って、デリアを見つめ返した。

「付いてきてくれる?マイリ達を置いて……来てくれる?」

「あなたが私を頼ってくれるなんて初めてね。もちろんよ……本当はもっと早くに、そうしてあげるべきだったわね。最悪の時の前に」

「いいえ、お母様。ブライアンは……夫だったと、いうだけ。……心から好きな男性ひとでは無かったわ。そう分かったの」

フィリスがそう言うと、デリアは微笑んだ。


****


 フィリスは、デリアと王都へ向かったのは決めてから数日後の事だった。
いつも父が利用しているホテルの部屋に宿泊し、ドクター フォンテーンの診察の予約を取った。幸いシーズンオフだということもあり、それほど待たされずそれは叶った。

大通りから、少しだけ外れた通りに面した上品な界隈にささやかな看板があった。知らなければ通りすぎてしまいそうな程だった。

事前にデリアが調べてくれていたので、馬車で前につけてすぐに中へと入れた。

「約束をしておりました、ジョーンズです」
デリアはそう偽名を言った。
ザヴィアーは珍しい名前だから伏せる事にしたのかも知れない。相談の内容だけに……。

「お待ちしておりました。ミセス ジョーンズ、ミス ジョーンズ。そのまま二階へお進み下さい」
デリアは目の前の階段を上がり、フィリスはその後ろをついて行った。

ノックをすると、女性の声で応えがありデリアはそっと静かに扉を開けた。

「こんにちは、ミセス ジョーンズ。今日はお嬢様とご一緒なのですね」
にこりと微笑んだのは、30過ぎだろうか、明るい金髪を顎の辺りで短くして、服装はズボンではないけれど、上のブラウスなどは男性的なもので白衣を羽織っていた。

「はい」

「では……お嬢様と少しお話を。ミセス ジョーンズは少しだけ下でお待ち頂けますか?」

心配そうに見るデリアに、フィリスは頷いて大丈夫だと伝えた。

デリアが部屋を出て、ガブリエルと二人きりになった。

「さて、少しお話をしましょうか。あなたのお悩みをお聞きしたい」
「母からは……」

「もちろん、それはお母様の方のお悩みですから、私はあなたから聞きたいですね」
フィリスの目の前に座ったガブリエルは、美しい金色にも見える瞳を向けた。

「わたしは……去年離婚したのです。理由はわたしは三年間一度も妊娠することがなく……夫に、元ですが……彼が別の女性との間に子供が出来たからです」

ガブリエルは軽く頷いて、
「それはさぞ、辛い思いをされたでしょう……。あなたはまだ若そうですが、結婚したのはおいくつの時でしたか?」
「17歳です」

そして、ガブリエルは頷くと、月のものが始まった年齢や、結婚当時の交渉など細かく聞き取りをしていった。医師でありそして同じ女性だけれどどこか中性的な彼女はどんな事でも話しやすかった。


「では、少しお身体の方も診させて下さい……大丈夫、怖いことはしませんから」

そうして一通り診察を終えると、ガブリエルは
「診察の結果ですが……お母様も、呼びましょうか?」
フィリスは少し考えて、首をふった。

「では、このまま……」
ガブリエルは、フィリスの方を向き視線を軽く合わせると

「まず……三年間出来なかったというお話しですが、あなたは最初の月のものが遅く、結婚された時はまだまだ毎月きちんと来るほど整ってはいなかったご様子です。それでは確率はぐっと下がる。
そして、更には出来ない事による精神的な重圧をうけ、より確率を下げてしまったと考えられます。女性の身体は精神面に影響を受けてしまう程敏感なものですから。今診察をした所、何の異常も見られません」

ガブリエルはにこりと微笑んだ。

「つまりは……わたしは、妊娠可能だと?」
「その通りです。自信を持って再婚を望まれて大丈夫です、あまり思い詰めず過ごされればきっと授かるでしょう」

「でも……何も異常が無くても……」

「そうですね。何も問題ないご夫婦でも授からない事はあります。妊娠に関しては、まだまだ解明されていない事が多いです。でも、あなたは全てにおいて健康体であると診断出来ますよ」 

フィリスはガブリエルの言葉にお礼を言った。

「ドクター ガブリエル。ありがとうございます……これで、少しだけまた前に進める気がしてきました」
「是非、そうしてください。もしも、ご結婚されてから、また何かお悩みになれば、また来て下さい」


フィリスは、部屋を出て階下の待合室で待っていたデリアに声をかけた。

顔つきを見て、大丈夫だったと分かったのか、デリアはホッとしたように微笑んだ。
「帰りましょうか」

「はい、お母様」

フィリスは馬車に乗り、明るくなった気持ちでデリアにガブリエルからされた話を伝えた。
すると、デリアも明るい顔でフィリスの体を抱擁した。
母のホッとした感情がそこから伝わってきた。デリアもまた娘の事で悩んでいたのだとそう改めて思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...