睡恋―sui ren―

桜 詩

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46,二人だけの宿り木

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 真っ白な雪景色に、雪かきをした道だけが一本の筋を作り遠くまで繋がっていた。リヴィングストン子爵家の馬車は、その道を通りウィンスレットの領地へと向かっていた。

ほとんど一本の道が伸びている景色は、迷いない世界の様だった。去年はこの時期をウィンスレットで過ごしたのだ。

もう、一年経った……まだ、一年しか経っていない。

そんな相反する、どちらの想いもあった。

 ウィンスレット邸に着くと、開いた扉にこの数ヵ月、会う事をいつも心待ちにしていた姿が目に飛び込んでくる。
「ようこそ、レディ リヴィングストン」
ジョエルは、先に降りたスターリングに挨拶を交わした後、そう儀礼的な笑顔で言い、デリアが馬車から降りるのに手を差し出した。そして続いてマイリを、そして、最後にフィリスに手を差し出してくる。

先にウィンスレット夫妻に挨拶に行くスターリングとデリアを見送り、同じ年頃のアーサーに大人のレディのようにエスコートされて、嬉しそうなマイリを見、それからフィリスはジョエルと軽く見つめあった。

「久しぶり」
小さく囁きそして、微笑む。
「久しぶり……でも、春まで会えないと思っていたから……」
だから、少しだけ早くに会えて嬉しい。

「そうだな」

フィリスはそのまま、ジョエルと並んで歩きフェリクスとルナに挨拶をした。

「ウィンスレット公爵、侯爵夫人、お久し振りです。以前はすっかりお世話になりっぱなしで……」
「いや、こちらこそ。トリクシーが世話になった」
いつもながら、貴族らしい尊大な雰囲気があるのだが、少しばかり親しげに微笑むフェリクスに、フィリスはお辞儀をした。

ウィンスレット邸にはすでに大勢の客人たちが来ていた。
室内はやはり、クリスマスの飾りつけがなされお祝いの華やかな雰囲気に包まれていた。
あちこちに飾られている宿り木が、去年のキスを思い出させた。

「レディ フィリス」
フィリスを認めて、近づいてきたのはノエル・アーチボルトだった。
「ミスター アーチボルト、貴方もここへいらしてたのね」
「なんとか、トリクシーの求愛者の一人として認めてもらえたようです」
笑顔のノエルにフィリスもまた笑顔になる。

「そうなの……トリクシーに」
なかなかお似合いだとフィリスは思っているけれど、後はトリクシー次第だろうか……。
「はい、……邸の事ですが、レディ フィリスが私を奨めて下さったと聞きまして、一言お礼を申し上げたいと思っていたんです」
「いえ、全て父に任せてますから……住み心地はいかがですか?」

「家の方も、そして使用人の皆さんもとても好ましく思っていますし、妹もとても気に入っています」
それならば良かったとフィリスは、胸を撫で下ろした。

妹も、とフィリスはトリクシーの近くにいる彼の妹のオードリーを見つけた。

「良かったわ。みんなとてもよく働いてくれますから」
「はい、レディ フィリスのお陰で……この国に少しだけ馴染めてきた気がします」
最後に会釈をして、ノエルは立ち去った。

「ノエル・アーチボルトに邸を売ったんだな」
黙ってやり取りを聞いていたジョエルがそう言った。
「ええ、そうなの。良い方でしょう?」

「フィリスの言う、良い、の基準が気になるが……」

「あそこを買ってもなお、ゆとりある程の財力と、それからこの国での、あの方達がこれから叶えて行きそうな野心に期待してなのだけれど……」
小さくそう言うと、ジョエルは軽く笑った。

「成る程、その答えを聞くと君がリヴィングストン子爵の娘だと実感させられるな」

「そうかしら?」
フィリスは、その答えに軽く首を傾げた。

「ああ、父がこっちを見てる。君を連れて行かないとな」
ライアン・ウィンスレットは、広間の中でもとても、目立つ存在だった。グレイヘアーにはなっているが、老年期に差し掛かったとは思えない程の伸びた背筋と、まだまだ若年者には負けない体格を誇っていた。

「ジョエル……その前に聞きたいのだけれど」
会う前に、ライアンが自分たちの事を知っているか否かを聞きたかったのに、

「それはまた、後で……」

ジョエルはフィリスにそう言って続く言葉を封じた。

フィリスはライアン・ウィンスレットの前へと進み挨拶を口にした。

「今年はトリクシーがお世話になったね、私からも礼を言おう」
ライアンの隣にはエレナが居り、目が合うとにこりと微笑みを向けられる。

「いえ、わたしの方こそ、ウィンスレット家の皆様にはとてもお世話をなりました。そして、レディエレナにはわざわざリヴィングストンまで本日のご招待に来てくださって、本当に感謝しております。先日のお茶の時間もとても、楽しく過ごさせて頂きましたし、お心遣いにはとても感激致しました」
言外にガブリエル・フォンテーンの事を匂わせた。

「あら、本当に?……余計な手土産ではなかったかと気にはなっていたの。お邪魔にならなかったのなら良かったわ。私もとても楽しかったわ、またガーデンでも一緒にお散歩しましょうね」
さすがにそれに気づいたらしくて、エレナは軽く頷いて微笑んだ。

余計な手土産と、エレナが言った……。つまりは彼女も余計な助言だったと思いながらの事だったのかも知れない。それでも、そうしたのは……もしかしたら、フィリスの為がジョエルの為になると考えての事かも知れなかった。

確かに……余計な事を、と冷静に考えればそうだと思ってしまう。それでも……、エレナがジョエルとの事を知るならば……大切な息子との仲を心配するのは当たり前であるし……、もしもジョエルがエレナたちにフィリスとの結婚を意識した事を話したのであれば、むしろもっと強制的に連れて行かれてもおかしくはなかった。
その結果如何で、引き離す事も……。

「はい、レディ エレナ。ありがとうございます」
フィリスは、二人にお辞儀をして、めいめいが思い思いに過ごす広間にそっと立つ位置を見つけてた。近づいた従僕からシャンパンを取り、そっと一口飲むと、やはり緊張していたのか喉がからからだったことに気がついた。

 広間では音楽は、明るい調子で流れていて自然と中央では若いまだ子供たちが、跳び跳ねる様に踊り出す。
ウィンスレットのデビュー前の子供たちと共にマイリの姿もあり、フィリスは和やかな気持ちでそれを眺めた。

「母が会いに行ったと聞いた……失礼があったんじゃないか?」
いつの間にか再び側に近づいたジョエルが、新しいシャンパンを手渡しながらそう聞いてきた。

「その事は後で」
フィリスは、つい少し前のジョエルの言葉をそっくり返した。

それにすぐに気づいたらしくて、ジョエルもまた一拍おいて苦笑した。

「ねぇ!踊って!」
横からマリエがジョエルの腕を取った。

「こら、話の途中だぞ」
「良いのよ、行ってきて」

「じゃあ、後で。大人の時間に」
ジョエルは低く囁いて、マリエを相手にダンスの輪に入っていった。

マイリは、そんな陽気な子供たちの中で楽しそうにカドリールを踊っていて、アーサーやシアンたち年若い青年や少年たちとパートナーを変えながら生き生きとしていた。
フィリスよりもよほど、社交的なようだ。

「華やかね、こちらは。あなたがなかなか帰ってこなかったはずね」
デリアが傍に来ると、そんな風に笑いながら言った。

「悪い事があったからと暗く沈んでも仕方ないものね、こうして無理矢理にでも楽しんだりしたから、あなたはこんなにも早くに自分を取り戻せたのかしら」
「そうかも知れないわ」

無理矢理、王都へ行ってやらなければならないことがあった。それは、フィリスには良かった事なのだろう。
そして、その先ににはジョエルとの秘めた関係も待ち受けていた訳だけれど……。

宴の夕べは、一度晩餐を挟んでそれからまた続く。

晩餐の席は、フィリスの隣は去年と同じくジョエルとそしてシアンだった。

それぞれが隣と会話をしていて、晩餐の席はざわざわとしていた。そこで、フェリクスがグラスを軽く鳴らして注意を呼び掛けた。

「本日のお集まりの皆に、報告があります」
しん、として皆の視線がフェリクスへと集まった。

「来年の夏前に、順調に行けば新しい家族が増える予定です」

その言葉に、「おめでとう!」が飛び交った。

フィリスもルナに目を向けて、「おめでとうございます」と声をかけた。

「報告なんて、恥ずかしいから良いと言ったのに……」

「だめよ、こうして集まったのに、聞いていなかったらなぜ教えてくれないのかと皆ショックを受けるわ」
エレナが微笑んで言った。

「そうですよ、義姉上」
シアンが、頷きながら言った。

そんな報告があったものだから、祝いの席は更に盛り上がったのだ。時間も遅くなり、年若い子供たちは部屋へと戻り、デビュー前の少女たちも部屋へと戻って、後は大人ばかりとなった。

「少し話したい」
ジョエルが側に来てフィリスを誘ってきた。話しはフィリスだってしたかった。広間はこの夜を楽しむ人ばかりで、二人の事は注目を集めてはいない。それでジョエルに導かれるまま広間を後にした。

「今夜は……温室にも特別な趣向を凝らしてあるんだ」
ウィンスレット邸の温室といえば、初めて来た日のお茶をしたところだ。
そこへゆっくりと、向かうと見えてきた温室に溜め息をついた。

たくさんのキャンドルを灯された温室は、この上なくロマンティックに感じられた。
暖かみのあるオレンジ色が花に影を落として、より美しく彩っていた。

「フィリス」
温室へ入って、少しだけ花のアーチを過ぎると外からは死角の場所。そこで立ち止まると二人の距離はキスの一歩手前……。

「ここには、宿り木はないわよ。ジョエル」
今夜は人が多い。いつどこに目があるのか、わからない。
万が一、誰かに見られたら?

とはいえ、二人きりでここにいるのも問題と言えば問題だ。

「あるよ、ここにも」

ジョエルはテールコートのポケットに入れていた宿り木の小さな枝を、フィリスに見せた。

「これがあれば、今夜は君にキスをしていいんだろ?」
フィリスはそれにくすくす笑って、

「このためにまさか、それを持っていたの?」
「まさか、さっき下に落ちていたのを拾っただけだ」
フィリスはその宿り木をジョエルからそっと取り上げて、その手を彼の肩にかけた。
「メリークリスマス、ジョエル」

「メリークリスマス……」
ジョエルはゆっくりと唇を重ねた。そして離さないまま、再び深く、そしてそのままさらに深く。

「おまじないにしては……多すぎるわ」
「これで君が幸せになれるなら、一晩中だって、邸中の全ての宿り木の下でキスをしたって構わない」
ジョエルはフィリスを優しくそれでいて力強く抱き締めた。

「そんな事、現実的じゃない」
誰に見咎められるかも知れないというのに。

「フィリスは今はもう、ウィンスレットに滞在中でもないし、それに俺たちの事なら……父は知ってる」
その言葉に、驚きは無かった。
「………やっぱり……。レディ エレナがリヴィングストンへいらした時、そうじゃないかと思ったの」

「母は、何をしに行ったんだ?」

「今日の、ウィンスレット邸への招待よ……」
「それだけじゃないんだろ?」

「………ちょっとした……お節介な事。……少し余計で、それでも大切なお節介だった」
フィリスをソファに座らせて、ジョエルはその隣に座った。

「それが何かは?」
「今はまだ、聞かないで。女同士の……事だと思って」

フィリスは、なぜか言えなかった。
ジョエルの求婚を断っておきながら、今度は医師には大丈夫だと言われたから、だから、もう一度求婚してとでもいうのだろうか、そんな都合の良い事をどうして言えるのか……。

それにまだまだ、他にも問題がある。

やはりそれは、ジョエルがウィンスレット家の跡継ぎでフィリスが離婚した女だという事。

「兄に、子供が生まれる。次は男の子かも知れない」
まるで、思考を読んだかのようなジョエルの言葉にフィリスはハッとした。
「そうなったら、どうなるの?」

「兄は次の爵位を継がせるのは、俺だと言っているしその旨も書き記された。ただ俺の次は、判断は任せると」
「そう………」

「どう思う?……甥が産まれたら、フィリス……どうする?」

「今はまだ、そんな事考えられない」
フィリスは青い瞳を、まっすぐに見つめた。

それは嘘……。本当は彼が後継から外れたらと、考えた。しかし、後を継ぐと聞き、彼のこれまでの生き方を思えば、やはり安堵させられた。
……彼の甥の誕生で、妻となる女性ひとには後継の重責が無くなるかも知れないという事も考えた。自分の不安がなくなるという理由のために。

「王都で会ったら、ファーストダンスも、ワルツもサパーダンスも………全て申し込むよ……だから、そのつもりで」

それはつまり、二人の間柄が恋仲であると宣言するようなもの。
一夜で何曲も一人の相手と踊る事はマナー違反とされていて、三曲踊るのは特別な相手。そして、始まりのダンスもワルツも、サパーダンス(※晩餐前のダンス)も全て同じ相手となるとそれは意図的でしかなくなる。

「ジョエル……」
「駄目だよ、NOは言わせない。王都で再会しようとフィリスが言ったんだから……」 

「待って……」

「待ったりしたくない。もう充分、我慢した……」
ソファが彼の動いた重みで軽く彼の方へ近づく。そしてソファの背に押しつけられキスをもう一度交わした。

「Yesしか聞きたくないな」

「でも……本当に……?」
「まだ覚悟出来ない?………気づいて無いのかも知れないが、君は来シーズンは話題の女資産家だ……。男達が君を狙ってくるかも知れない」
「女資産家だなんて……」

「ヴィヴァースの邸を手に入れ売ったのは、すでに皆知ってる……。それにリヴィングストン子爵の娘であり、君自身がかなりの資産家だと」
確かに、戻ってきた持参金と成人してから使えるようになった信託財産、それに加えて邸を売ったのでかなりの資産を今持っていた。

「嘘……」

「俺はその黄金色の数字なんかより、フィリスの顔も、声も、前向きなふりをして、実はものすごく我慢ばかりしてる……損な性格だとか。実は強かでよく回る頭脳だとか、反面、罪深い唇と柔らかい体を……。それら全てを手に入れたい」

フィリスは、ジョエルの背中に手を回してきゅっと抱きついた。

「本当に……誘ってくれるのね?……私もあなたと、ダンスを踊りたいわ」
「じゃあ、それまでダンスを踊らない事にする……。ああ……さっきのマリエの物は許してもらわないとな……」

「エスコート役はどうするの?」

「シアンに任せよう……少しくらいあいつも、社交界に出ないとな」
約束を交わした印のように、片手の掌を重ねそして指を絡ませた。

「ジョエル……宿り木よ」
指先に触れたのは、さっきの宿り木だった。

「神の祝福を……」
―――どうか私達にお授けください。

オレンジ色灯りの中でゆらゆらと、二人の影は少しの間一つになった。
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