睡恋―sui ren―

桜 詩

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47,出逢いをもう一度

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 フィリスは新シーズンのうちの数ヶ月を王都で過ごすことを決めた。タウンハウスを持たないリヴィングストン子爵家では、月単位の滞在は珍しい出来事だった。

それでフィリスは、アパートメントを借りる事にして、ベンジャミン・モリスの助けを借りてやり取りをしていた。
ウィンスレットの領地のように邸を一件借りるとなると、賃料も高くなるし人手もかかる。
アパートメントならば、通いのメイドとコックで行けるのではないかと考えたからだ。

大通りからすぐの通りに建つ、上流層が利用するアパートメントともなれば、扉口には門衛が立ち、安全面でも安心だし何よりも無駄がない。

必要な面ではもちろんお金はかけるけれど、必要ない部分はきちんと節約をする。……しかし、それが貴族らしくないなどと陰口を言われようともフィリスの心がけている所だった。

最上階の部屋にはエレベーターがつけられ、そこのフロアにある扉はわずかに一つ。広々としたそのアパートメントは、むしろ豪華と言って良いくらいだ。広間にはピアノも置かれ、落ち着いたアンティークものの家具はフィリスの好むものでもあった。

 不動産屋で契約を交わし、そして斡旋所から紹介された、経験豊富な執事とメイドの夫婦を近くのカフェで面接した。
紹介されたのはローマン・クレイニーとキカ・クレイニー、経歴を見れば大邸宅で努めていたのに、現在雇われていないのは、ほとんどの邸宅では、雇っている使用人の結婚が認められない事がほとんどだからだろう。

衣食住を保証される代わりに、彼らには自由はほとんどなく、結婚はもちろん、外出すら自由にとはいかない。邸へ忠実に尽くすことを求められる。

憶測だけれど、結婚を機に前の邸を辞めさせられたか辞めたのだろう。ローマンは30歳くらいか、聡明そうに見える。黒髪に、青い瞳をしていて、大抵の従者達がそうであるように背が高く見目が良い。キカは、20代の半ばくらいか、ほっそりとしていて栗色の髪に濃いチョコレート色の瞳が可愛らしい印象だった。

前職の紹介状もしっかりとしたものであり、フィリスはすぐにその二人に決めた。
「すぐに仕事に入れるかしら?」
「はい、いつからでも働けます」
ローマンはさすがに勤めの長さを思わせる、きちんとしたアクセントだった。

「よろしくお願いいたします、ミセス ザヴィアー」
「じゃあ明日から、来てくれるかしら?」
フィリスは二人の顔を交互に見て確認をした。
「はい、勿論です」
ローマンの頼もしい返事に、フィリスは微笑んだ。


 数ヶ月の住まいとなるアパートメントにホテルから移り、ローマンとキカはフィリスの荷物を運び、片付けていく。夫婦だけあり息はぴったりとあっていた。フィリスの物の扱い方や物腰を見ていると、二人とも申し分ない働きぶりだ。

「二人ともありがとう、程々で休憩してきてね」
フィリスはもう一人雇ったコックのミセス ウォルターにお茶の用意を頼んでいた。使用人達のスペースはキッチンの隣にあった。そこも明るく清潔感がありフィリスは気に入っていた。

「ありがとうございます、フィリス様」
二人はどうやら、フィリスが独身だと知るとミセス ザヴィアーと呼ばずに名前を呼ぶようになってしまった。
キカは、すぐには休憩せずに先にフィリスの元へお茶の用意をしていくという有能ぶりを見せた。

もう少し様子を見て、二人をずっと雇うのも良いかも知れないとフィリスは思った。


 ジョエルの言っていた通りなのか、フィリスの元へは毎日招待状が届く。それでも、大切な招待以外は受けるつもりも無いので、選別はとてもシンプルに済む。
いくら王都からは離れていても、伯爵夫人として過ごした年月は無駄では無かったのだと改めて実感した。


 最初に受ける招待は、当然ウィンスレット家の夜会にした。
トリクシーに引き続いて、今年は惣領姫であるマリエのデビューである。

新年に王宮から、王太子 エリアルドのフェリシア妃と第二王子ギルセルドのセシル妃が懐妊したと告知され、今シーズンもまた華やかな幕開けとなっていた。

このところの、立て続けの妊娠の報せに、フィリスは過去の鬱々とした記憶が甦りそうになってしまった。
それでも、フィリスの気分とは裏腹に、世間ではお祝いのムード一色だった。そしてその影響もあってなのかウィンスレット家の夜会もたいそう華やいだ世界となっていた。

次から次へと正面へ着く馬車の列、その中の一台が、フィリスの馬車だった。それはウィンスレット家が手配してくれた馬車でとても立派な物だった。
邸宅の窓と、開けられた扉からは、目映い灯りが外へと零れて、手に入らない貴重な宝石のように煌めいていた。

去年は滞在していたはずのウィンスレット邸だが……今となってみれば、もしかしたらそれは夢だったのじゃないかと思えて、降りて進んだ後、玄関ホールの手前で引き返したくなってしまった。

「そちらはガーデンですよ、レディ フィリス」
思わずホールに向けていた背に、声がかかる。

「ようこそ、ウィンスレットへ」
ゆっくりと、振り返ったフィリスの肘をジョエルは軽く捕らえた。
「こんばんは………シルヴェストル侯爵」

「今夜は一段と、美しいですね。レディ フィリス」
にこりとジョエルは微笑んだ。

こんな時の彼の世慣れたゆとりある態度は、その美しい完璧な微笑みに象徴されていた。
完全無欠な貴公子、と言えばこの人だと迷わずに誰もが言うに違いない。

フィリスの今日のドレスは今年に新調したもので、淡い紫にライトグレーのレースで飾った美しい物だった。その上に生地こそ違うものの同じデザインの淡い紫のケープを羽織っていた。

「ありがとうございます、侯爵閣下」

約束をしていたから、覚悟はしてきたけれど付き添いと、招待客では緊張感が全く違う。

「こんばんは、ウィンスレット公爵、公爵夫人。今夜はお招きをありがとうございます」 

ルナは膨らんだお腹を隠すようなデザインのドレスを着ていたので、知らなければ妊娠中だとは気づかないかもしれなかった。

「ぜひ楽しんでいらしてね」
「いい夜を」
ルナとフェリクスそれぞれに挨拶をされて、フィリスは中へと入って行った。

羽織っていたケープを預け、そしてダンスカードを受け取った。惣領姫のお披露目とあって、そのカードはとても美しい物だった。高貴さを示す青色に、金の文字と金の房。
華やかな楽団はトリクシーのお披露目があった昨年以上のもの。

「さすがウィンスレットのお姫様ね」
「そうだな……何しろ、念願の公爵令嬢だから」

そのジョエルの言い方にフィリスは少しだけ考える時間を要した。マリエより前の公爵令嬢はコーデリア、コーデリアの家であるデュアー公爵家は財政難で、公爵令嬢としての体面を保ててはいなかった。それよりも前となると……もっと昔に遡ってしまう。

「そうね」
社交界が、待ち望んだ高貴なる姫の誕生だ。

「でも今夜の私の姫君は、まだ真新しいカードを手にしている」
ジョエルはダンスカードに手を伸ばすと、宣言の通りに名前を書き込んだ。思わず緊張感が隠せなくなるフィリスとは対照的に、ジョエルは当たり前の事のように涼しい顔をしていた。

「心配しなくても、今日の主催者の弟が親族の女性のエスコート役をする事は珍しくない」
事も無げに言うけれど、去年のダンスとは意味が全く違うのだ……。

「あの二人ときっぱり決別して、過去は清算したはずだろ?そんな君なら、今夜私と踊るくらい、なんでもないはずだ」
ヴィヴァース邸で有ったこと、それをなぜ今ここで聞いているのだろう……。
「ジョエル、知っているの?」
「君の事なら何でも知りたい」

軽く睨んだのに、笑みで返されてフィリスは軽く唇を噛んだ。

「そんな顔をしたって、ねだられてる気分になるだけだ……宿り木の様に」

宿り木はつまり………。
思わず頬が染まり、フィリスは扇を広げた。

―――何なの………。

扇越しにちらりと見ると、彼はまるで色気を振り撒いているみたいだった。人が多い為か、まだ外は寒いのに、熱く感じる。けれどそれは、ジョエルのその本気の気配に反応しているからかも知れない。

「熱い?」
「少しだけ……」

ジョエルは近くの従者から、シャンパンを取りフィリスに手渡した。

「どうぞ」
「ありがとう

ジョエルと居ると、人が挨拶をしに寄ってくる。次から次へとずっと年齢が上の人たちと対等に会話をする彼は、とてもまだ21歳には見えなかった。
冷静でありながら笑顔は絶やさず、………フィリスの知る熱くて情熱を隠さずにフィリスと重なる彼は……そこには居なかった。
あの日々が幻なのじゃないかと思えるほどに。


「ここから………もう一度。はじめようか」

曲が鳴り出し、ルナとフェリクスが踊り出す。そして、次の曲が始まると、次々とみんな踊り出す。

ジョエルは片手を差し出して、ファーストダンスへといざなった。

「踊りましょう、レディ」
「喜んで……」

軽やかな、ステップとそれから、さりげなく力強いリード。
迷いないダンスの技巧がフィリスを知らず知らずに上手く踊らせる。

ともすれば、ずっと視線を絡ませようとする彼に、フィリスは息が上がる。

「ジョエル………あまり、見つめすぎないで」
「駄目だな……そう言うという事は、効果がある証拠だから」
クスリと笑う顔に、少しだけ悪戯めいた部分が覗く。

「本当は……すべての曲に名前を書きたかったよ」
すれ違い様にそう耳元で囁かれて、フィリスは一曲でこんなに
息が上がったのははじめてだった。

「残念だ……一曲は短すぎる」

ジョエルがフィリスを中央から端へと導くと、近づいて来たのはセスだった。

「こんばんは、フィリス。先シーズンよりも綺麗になったね。憂い事の一つが無くなったからかな?」
「こんばんは、セス。それから妃殿下のご懐妊おめでとうございます」

「ありがとう、可愛い妹だから、俺たちも喜んでいるんだ」

俺たち、と言うのはきっと彼の兄や両親の事だろうとフィリスは予想した。

「それよりも、フィリスがこちらへ出て来てくれて嬉しい。実に見ごたえがあって面白いね」
「見ごたえ?」

「君に近づきたいのに、私たちに怖れて近づけない男たち。それよりももっと面白いのは、君を本気で口説こうとしてるこの危険極まりない男だとか」
くすくすとセスは笑った。

「でも、おかげで………君が私に全く興味が無いから……こうして気軽に近づける」
「呆れた言い種だな……。まぁ、でもそれで牽制出来るなら許す」

「ジョエル、本来なら君の許可なんて要らないんだけど」
セスの言葉にジョエルは危険な眼差しを少し瞬かせた。

「怖っ。では、踊りましょうか、レディ?」
「喜んで」

ジョエルの視線を受けながらフィリスはセスに伴われてダンスの輪へと入っていった。

「色々と、言う人もいるだろうけど、気にしたらいけない。そのほとんどが、嫉妬だろうから」
フィリスはその言葉に頷いた。

言われる内容はほぼ分かる。
その、陰口のほとんどは予測が出来る。成金だとか色目を使ってだとか、だとかその辺りだろう。
けれど、三年の結婚生活がフィリスにはそれを何でもない事にさせてくれた。それくらい………言わせておけば良いのだから。
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