睡恋―sui ren―

桜 詩

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48,願いが叶うまで

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 フィリスはセスと踊り終え、そして誘われるままにダンスに応じた。それでも、途中で理由を適当に言いその流れを絶ちきり広間から離れた。

ジョエルの言っていた事はあながち間違いではなくて、フィリスが資産家であるから、やはり近づきたい人達がある程度はいるらしいと云う事に。

そんな男性とのダンスの会話は明らかに色気とは無縁で、フィリスの投資先だとか、父の事だとかそんな話をしたがるのだ。やはりそんな欲は感じさせられると酷く疲れた。

 軽くため息をついて、柱にもたれ掛かった。

勝手知ったるではないけれど、そこが人目につきにくい場所であることは知っていた。

「こんな所に隠れて、もしかして忍び会うつもりだった?」
後ろから腕を回されて、フィリスは飛び上がりそうになった。
「………っ!」

「困ってるなら、助けを求めればいい」
「ジョエル……わかってるでしょ?」

この家の跡継ぎに人前で、まるで恋人か何かみたいな態度を取れる訳がない。
「分かりたくはない」

後ろから、髪を結い上げた剥き出しのうなじに唇を感じて、フィリスは軽く身体を震わせた。
「だめ……」

産毛にキスしてるくらいの感覚にゾクゾクが止まらない。

「こんな隙を、俺が逃すと思う?」
人気のない、そんな場所にいたのはフィリスの方。
確かにこうなると、隙を作ったと言われても仕方がないのかもしれない……。ましてや、ここは彼の家でより詳しいのだから。

人気はないと言っても、いつ誰がここを通るかわからない緊張感はあり、それなのにフィリスはきつく撥ね付ける事が出来ないでいた。

後ろから回した腕はそれほどきつくはない……。全力を出せばほどけるくらいには……緩い力だった。

「もうすぐ………サパーダンスだ、戻るだろ?」
耳の縁を唇が掠めてフィリスは呼吸を荒くした。

離れたくないのは、自分なのだとそう自覚する。

「ええ……そうね」

 今夜の様に大人数の席を確保するのは、ウィンスレット邸ならではだと言える。軽い食事とはいえ従者もかなり人数を要するだろう。

 フィリスが彼に伴われて広間に戻ると、間もなくサパーダンスが始まるとあって、男性たちは女性たちを誘いに動く。
サパーダンスを踊った相手が、夜食の席が隣になるからだ。
曲はやはりワルツで………ジョエルのポジションは、かなり身体を近づけ、そして、まるでずっと囁いているみたいに近かった。

こんな風に、されたら……。

本当に、ジョエルはもう隠す必要を全く感じていないようでその行動を意味する所は、明らかだった。彼は本気でフィリスに求愛していると、周囲にも知らしめるつもりなのだ。

心は、とっくに奪われているのに。
望む事も今では分かってる。それでもさらに一歩踏み出すには、臆病な自分が邪魔をする……。

こういう場合、席は特に決まっておらず、ジョエルとフィリスは広い部屋の端の方へと座った。
見る人が見ていれば、はじめのダンスとそしてサパーダンスを踊った事に気がつくかもしれない。

噂になってしまう?

噂なんて、と思う気持ちと、噂の影響を軽んじる事は出来ない自分がいて……。

自分だけならまだ、いい。若き貴公子をたぶらかした悪女のように言われてしまう?

今さら噂の一つが増えたとしても、今さらどうってことはない気がする。

それでも、家族への迷惑だとか
彼の名前が、自分と並んで噂されて、傷つく事だとか……

全てどうでも良いと、思えたなら……。
自分の欲求に忠実にいるのなら、このままずっと隣を見ていたって良いのに、それでもやはり出来ずに、時折相槌を打って隣を見るだけ。

喧騒の中、ジョエルの囁くような声を聞くにはどうしても近くなる距離にフィリスは内心の動揺を隠しながら、軽くメインの魚料理とそれからシャーベットを食べて、ホットチョコレートを飲んだ。

「つれないね」
くすっと笑う声が、心の葛藤を全て見透かしているみたいだった。彼はもうずっと、フィリスを支配してる……彼がかつて、朧気な意識に植え付ける様に言ったように、もう、ずっと前から。

夜食の後にもダンスを踊り、真夜中近くにフィリスはもう帰宅する事を告げた。

「じゃあ送るよ」

「馬車だけで……。一緒に居なくならない方がいいわ」
フィリスがそう言うと
「誰を気にしてる?セス?それとも、他の誰を?」
ジョエルはフィリスを軽く覗きこんだ。
「誰をじゃなくて……たくさんの人の事よ」

「一体誰が、私に何を言うと?」
そんな風に言うと、その双眸は冷ややかな光を湛えていて、誰にも文句など言わせない雰囲気があった。

腰に片腕を回すと、ジョエルはそこまま広間を出てフィリスのケープを持ってくるように従者に告げた。


ジョエルが何も言わずとも、回された馬車が玄関扉の前に用意されていた。黒塗りの箱形の馬車には、もちろんウィンスレット家の紋章が鈍く光っている。

「聞かなかったけれど、どうしてアパートメントにしたんだ?家くらい用意したのに」
「わたしはあなたの愛人じゃないわ。住むところくらい、自分で決めるの」

「それで……あまり使用人を必要としない住まいにしたと………。それを聞いたら、俺と密会したいのかと期待する」

まただ、とフィリスは思った。
こうしてジョエルは、フィリスを思い通りにしてしまう。

馬車は着き、ジョエルはフィリスと一緒に降りてアパートメントの中へと共に当たり前の事のように入った。

「部屋までおくる」

「じゃあ、ワインでもいれるわ」
フィリスとジョエルは、エレベーターを降りて部屋へと入った。

一人住まいにしては広い居間には小さな灯りが点されていて、壁にあるスイッチを押すと最新式の電気がつく。今は無人のキッチンに入り、フィリスはワインを一本手にした。
居間のテーブルに置くと、ジョエルはコルクを抜いてグラスに注ぐ。

フィリスは差し出されたグラスを受け取り、飴色のソファに座った。

「なかなか良い家だな」
「ええ、気に入ってるの」

微笑と共にフィリスの唇にキスで触れて、ジョエルは纏めた髪に触れてピンを抜いた。一房ずつ肩に髪が落ちて肩を覆っていく。

「ドレスを脱ぐのを手伝おうか?」
「大丈夫よ、着るのはともかく脱ぐのはそれほど……」

大変じゃないと言おうとしたのに、ジョエルの手は背中の紐をほどいている。

「ジョエル………だめ…」
それには答えずに、敏感な首の辺りにキスをしながらドレスの紐をほどききった。

「メイドは居ないんだろ?」
ジョエルはドレスを下へ落とさせる様に、フィリスを立たせる。白のコルセット姿は、胸が押し上げられていてくっきりとその谷間を目の前に晒してしまう。
後ろからの唇の愛撫が音をたてながら次々と触れてくる。

緩んだ紐のせいで、次第に固くなった先端がコルセットとの隙間で生地と擦れてしまう。
「……っ…………」
久しぶりの彼の唇に切ない吐息が隠せなくて、乱れる呼吸と素肌に髪が触れる感触に、内腿が戦慄くのを感じた。

甦る彼のと淫靡な記憶が、身体にまで影響を与えてしまっているうちに、フィリスのコルセットは下に落ちて、衣擦れの音を大きく立てた。

ジョエルは愛撫していた唇を余韻を残して離すと、フィリスの髪を整えるように撫でた。

「ドレスもコルセットも脱げてしまったな」
ジョエルはそう言うと、後ろから肩を抱くようにして唇に濃厚なキスを一度した。

「お休み……良い夢を」

「帰ってしまうの?」
思わずフィリスはそう言ってしまった。

シュミーズ一枚の薄布は、フィリスの体を透けさせている。

「……周りの目を、気にしてるのはフィリスだろ?それとも今すぐに、俺の申し込みに応える覚悟が出来たと、そう言ってくれるのか?」
「……それは……」

フィリスは、少しだけ顔を背けた。

「君の口から、答えが聞けるまで……待つよ。俺と君の望む未来の事を」
「……わかってるわ、ジョエル」

「馬車を待たせている。ワイン、ごちそうさま」
「お休みなさい……良い夢を」

分かってる、ジョエルの乗った馬車がここの前にずっとあるなんて、フィリスとジョエルが親密に夜会を過ごすよりももっといけない事を。

それでも………こんな風に見送るなんて……。

あられもない自分の姿と、隙のないジョエルのテールコート姿。

いつか、その日を迎えるまで……。
以前みたいな熱い夜はやって来ないと、告げられたかのようだ。

「急かす気はないけど、早く言ってくれないと……過ぎた我慢は毒にもなりかねない」
そう言って微笑むと、腰に触れてもう一度キスを交わした。

どんな事でも、思い通りにできるはずなのに、そんな彼が待つと言う。フィリスは落ちたコルセットとドレスを拾い上げて、ハンガーに掛けた。

熱くなった肌はなかなか戻りそうになくて、フィリスは冷たい外の風を窓を開けて迎え入れた。
ひんやりとした風が頬を撫で、遠ざかる蹄と車輪の音を耳に運んできた。

 新しい生活と、新しい関係。
新しい高まる鼓動と切ない疼きと、そして自分への不甲斐なさへの苛立ちを伴っていた。

シーズンはまだ、始まったばかり。心は一つだというのに……、何をまだ躊躇うの?
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