睡恋―sui ren―

桜 詩

文字の大きさ
49 / 62

49,必要な時間

しおりを挟む
 朝、ローマンとキカが近くの住まいから通ってくる。
フィリスが目覚める頃には、掛けて置いてあったドレスはきちんと片付けられ、置いたままのコルセットも無かった。

寝室に運び込まれる朝食は、ここでもやはり量は少な目。
すっかりこの分量で体が慣れてしまったから、これでも充分過ぎるくらいだった。

「キカ、勤め始めて、何か不自由は無いかしら?あなたたち二人と、コックだけじゃ大変?」

「いえ、フィリス様」

「そう?何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。わたしはあまり王都には慣れていないから、こちらでのやり方があれば教えてね。ローマンとミセス ウォルターにも伝えてくれる?」
「はい、ありがとうございます」

本来なら、ローマンとキカは、上級の使用人にあたるのだから、クレイニーと呼ぶべきなのだろうが、二人ともクレイニーなのでフィリスは名前で呼ぶ事にしていた。

 昨夜はあれからなかなか寝つけなくて、出してきたワインを残りが空になるまで飲んでしまった。そのせいで何だか体が重い感じがして、食が進まない。
「残してごめんなさい、とミセス ウォルターに……。昨日少し飲み過ぎてしまったみたい」

「まぁ、それではお薬をお持ちしましょうか?」
「キカはそういう知識もあるのね、お願い」

上級の使用人の女性たちは、家庭薬に詳しい。
まだ付き合いは短いけれど、こうしたさりげない言動からキカはなかなか有能な様だった。

自分で雇ったというのもあるが、やはりずっと仕えて欲しいとフィリスは思った。


 朝のデイドレスを身につけて、フィリスはお茶を飲んでいると、ローマンがノックと共に入ってきた。

「フィリス様、シルヴェルトル侯爵様より、お届けものです」
「ありがとう、そこのテーブルに」

ローマンが運んできたのは、花とそれからチョコレートだった。
箱にびっしりと並ぶチョコレートは、まるで宝石の様で、見てるだけでも楽しめる。花は、深いワイン色のような深紅の薔薇で、昨日のワインを連想される。

カードには『フィリスへ 心をこめて J』とだけ。
シンプルながらも、その流れるような筆跡が優美な芸術品のようだった。

「素敵なお色の薔薇ですね、お部屋に早速飾りましょう」
キカは薔薇を手にして、キッチンの方へと向かった。
「ありがとう」

出逢いから、もう一度。

ジョエルはそんな風に、今シーズンをはじめているらしい。
フィリスは、箱の中の艶々のチョコレートを一粒取って齧った。深い紅色の薔薇、その薔薇の香りとチョコレート、それに淹れたての紅茶は何だかとても、完璧な組み合わせで、まだ馴染めないアンティークな室内でそれがしっくりと似合っていた。


 フィリスは昼には、外出して王都をふらりと散歩をする。
刺繍糸の補充、それにハンカチだとかリボン。それにレティキュールや扇やら………気がつくと、フィリスは自分にしては買いすぎた、とつい思った。一つ一つは少なくても貴婦人にしては荷物を持ちすぎてしまって、みっともない程になっていた。

「レディ フィリス」
道の方から声をかけられ見ると、ジョエルが馬車から降りてきた所だった。
「こんにちは、侯爵閣下」

「お一人ですか?どうぞ乗ってください」

ジョエルは、道端に停めてある馬車へと促した。

フィリスの持つ荷物を、彼がさりげなく奪ったので促されるままに馬車に乗り込んだ。
「何をしていたの?」
「今日は議会の帰りだよ」

言われて見てみれば、シックな黒のフロックコートに白の手袋はいかにもそれらしい服装だった。
「そうなのね……じゃあ今日はお疲れね」

「プリシラ王女の婚姻で、どうやら隣国との関係もしばらくは上手く行きそうだし平和なものだったけどな」

目を軽く伏せてジョエルはそう言った。長い睫毛が影を落としていて、いつもの強い眼差しが隠れて、どこか憂いを帯びて見える。
「今朝は、薔薇とチョコレートをありがとう。部屋にもしっくりとしていて、とても綺麗だったわ」
「あの部屋に合いそうだと思ったから。温室から選んできた」

フィリスは、彼が自ら選んだのだと思うとやはり嬉かった。
いつまでもこんな風に気を使わせて、なんて自分は面倒な女なのだろう。

「ジョエル……わたしはずっと、あなたとファーストダンスを踊り続けたい。そう思ってる……でも、まだ……踏み出せないわたしがいるの、もう少しだけ……待ってくれる?」

言ってしまって、フィリスは後悔した。
言うも言わぬもどちらにしても、前進したわけでは無くて、結果は同じじゃないかと。

「待ってる。でもそれは、相手がフィリスだからだ……」

腕が伸びて、フィリスの首に手が触れて引き寄せられそのまま唇が重なりそして、深くキスを交わす。

こんな王都の真ん中で……扉一枚隔てると外にはたくさんの人々がいるのに……。

「あと少し、なんだな?」
「ええ、そう……多分……」

フィリスはそう返事をして、ジョエルの笑みのその下に秘めた何かを感じさせてゾクゾクしてしまう。

彼の気持ちに応えられるようになるには……あと何が必要なのだろう?やはりそれは、同じ立ち位置で居場所を持つことなのかも知れない。

後ろ楯なら、十分にある。
後は、自分がどうそれを活かすかにかかっていた。

「必要なのは……時間、というわけか」
揺れる馬車の中でフィリスは、ジョエルの唇にキスをした。

肯定の意味を込めて、約束の意味を込めて……。
そして何よりも彼が、フィリスの気持ちを大切に扱っていてくれて、待たせていると分かっているから。
「ありがとう、ジョエル」

「いや……『待て』くらい犬でも出来る」

その答えにフィリスはくすっと笑った。
それにつられるように、ジョエルも笑って二人で額を寄せあってしばらく恥ずかしいくらいに笑ってしまった。

どうしよう……こんな風に、大切に思われる事が……それを感じられるというのは、どうしてこんなにも幸せを感じるのだろう……。

これ以上を望むのは贅沢過ぎな様に思えてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...