睡恋―sui ren―

桜 詩

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53,月下の贈り物 ☽

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 夜のテラスはまだまだ少し肌寒くて、一気に冷えて軽く身震いをした。それでも所々に灯りがあり影が彩るガーデンが綺麗に見えて寒さは気にならない。

「綺麗」

「……こんなに薄暗いガーデンなのに綺麗?」

ふいの問いかけにフィリスは軽く笑った。
「二人で一緒にいるから?」

そう少しだけ照れ隠しにふざけ気味で言うと、ジョエルのその通りと言いたげな、蠱惑的な微笑みを目の当たりにして思わず見惚れていると、背を軽く屈めてキスをされた。

「愛してる。フィリス」

まるで、誓いの言葉みたいに真剣に囁くと軽く左手を掬い取って指先にキスをした。

「だからずっと、俺の隣にいて……」
どこから出したのか、銀とそして夜の薄闇でも輝くダイヤモンドのついた指輪が薬指に納められていく。

「苦しく辛いことは、俺が喜んで背負う。楽しくて嬉しい事は二人で倍にすれば良い……。それでありきたりな一日を積み重ねて、気がつけば毎日心から笑い合えると思う」

フィリスは指とそしてジョエルを驚きの眼差しで見つめていた。

「どう?気に入った?」
「………もちろん」

きっとどんな物だって、ジョエルから贈られたものならば宝物になるに違いない。
答えながら、腕を軽く引かれて、寄せられた胸に顔をつけてそれから背伸びをして、キスを返した。

「わたしも………愛してる」

「やっと、お互い………言葉に出来た」
ジョエルはそう呟くとウエストに手を回して深くキスを交わした。

どのくらい夢中でそうしていたか分からない。けれどいつまでも続けられる気がした。

「でも………いつの間に用意していたの?」

フィリスは軽く額を付けたまま、そう聞いた。

「どうやら、少しだけ魔法が使えたみたいだ。今夜必要だと願ったら、上着のポケットに飛び込んできた」

ジョエルは小さな箱をポケットから出して、そしてまた戻した。手袋の上からなのに驚くほどぴったりなサイズだから、今すぐに用意出来るものではない。そしてアンティークでもなく新しい物だと、箱を見れば分かった。

「『待つ』とは言ったけど……。正直どうやって口説くか、それとも強引に押し倒すか……さんざん悩んだ」

「嘘でしょ?………あんな風に部屋に置いて行ったのに?」
そう言ったフィリスの顎をほんの少しだけ上へと掬い、
「俺が好きで置いて行ったと思う?本当はどうしたかったか……今すぐに教えようか?」

よせば良いのに、気がつくと
「どうしたかったの?」
そんな風に聞いてしまっていた。

「………ずいぶんと余裕だな」
ジョエルの指が背中に伸びて、背中に並ぶボタンに触れたのが分かる。

「今夜はまた………一人では苦労しそうなドレスだな」

胸元から肩にかけては透けるレース。その下はコルセットをギリギリを隠す透けないシルクで、小さなボタンが並ぶ背中は思いきり開いていた。
彼の言うように、一人では外すのには大層苦労する。

「苦労するのは、ほんの少しよ」

「じゃあ君がほんの少し、苦労するのを見届けようか?」

そんなやり取りに、フィリスは鼓動が跳ね回るのを止めようがなかった。こんな気持ちのまま、大勢の人達がいる場所へ居続ける事なんて耐えてまでいたくない。

「じゃあ……今すぐ連れ去って、ここから」
「今すぐ?」

「すぐよ。もう、何だか飲み過ぎて酔ってしまったみたい。みっともない姿を晒してしまう前に、家に帰りたいわ」

「それは駄目だな。すぐに送る」

広間に戻ると、ジョエルはアップルガース伯爵夫人に帰る旨を伝えると、あながち嘘でもなく足元の覚束無いフィリスを支えるようにして、フィリスを馬車に乗せた。

ぼんやりと、馬車に乗ると移り行く景色を眺めていると間もなくアパートメントに着いた。早くも着いてしまった事にフィリスはこれからどうなるのかと、早鐘のような鼓動が聞こえてしまいそうな気がした。

エレベーターは耳障りな音を立てながら、二人を上の階へと連れていく。部屋の鍵を開けようとするけれどなかなか何故か上手くいかない。

「貸して」
ジョエルはフィリスの手から、真鍮の鍵を取り鍵穴にさして回した。カチリと音を立てて扉は開いた。

「入るけど……それで良い?」
わざわざ、確認をするジョエル。
フィリスの指には輝く指輪。それがどう意味を成すのか、尋ねた彼の顔を数拍の間、ただ見上げ続けた。

「と、聞いていても……馬車は帰してしまった」
ジョエルは求婚してくれて、そしてフィリスはそれを受け入れた、むしろ求婚して欲しいと頼んだも同然だった。

フィリスはテーブルに脱いだ手袋を置いた。そして贈られたばかりの指輪を外して残った左手袋も脱いだ。受け取ったケースにそれをしまうと……やはりその濃紺ベルベットのケースには、ゴールドの刺繍マークがあり、それはいつか彼と行った店のものだった。

「わたしたち、結婚するのよね」

「さっきその約束をした。まさか忘れてしまった訳じゃないよな?特別結婚許可証をもらって二週間後に俺たちは夫婦となって、君はウィンスレットの一員になるんだ」

「二週間後!」
それはまた急な話で、フィリスは驚いてしまった。

「さっきあんなに大胆に誘ったくせに。一度受け取ったら返せないよ、フィリス」
大胆に、と言われ頬が染まる。確かに誘ったのはフィリスの方だ。
「もちろんそんなつもりは……」

「だから、二週間後に。もう『待て』は終わりだ」

ウエストに回された両手がフィリスを引き寄せて、額にキスが落とされた。
「それともまだ、待ってと言うつもり?」

フィリスは背に手を回した。
「言わない……だけど、まだ現実だと思えない」
二週間で?
まさかそんな事を現実的に考えても可能だとは思えない。

「じゃあこのまま、目を閉じて夢の中にいたらいい」

「閉じるの?」
軽く笑ってフィリスは目を閉じた。
「目を閉じていれば、後は俺に任せておけば問題ない」

ふわりと靴が床を離れて、抱き上げられたと分かる。
移動して、そして扉が開く音がして寝室へと入ったと分かる。そして柔らかなベッドに下ろされた。

目を閉じたままに、キスが唇に、そして重なりは深くなる。熱くなっていく唇が、喉元へと降りていく感覚に、自然と呼吸は荒くなる。
「………っん…」

「そうだ、悪戦苦闘しながらボタンを外すのを見るつもりだったんだ」
上体を起こすように促されたフィリスは、背中側からうなじにキスを受けながら、背中のボタンへと手を伸ばした。
だけど、普段よりも上手くいかないのは官能的なキスをされ続けているから……。

「ね、ちょっとだけ………っん……まって」
「待ってるよ」

小さくて、たくさん並ぶボタンはなかなか厄介で次第に指が辛くなる。

「手伝う?」
笑いながらの問いかけに、フィリスはもう一度手を伸ばした。
そしてようやく、すべてが外れてドレスが肩から滑る。

腕を抜くと、腰回りで止まったドレスが広がり、ジョエルの手で足先までそれは滑らされて側に無造作に置かれた。

「むしろ裸よりも官能的だな」

透けるシュミーズとそしてコルセット。
そんな感想が恥ずかしくも、悦ばしい。そのコルセットのお陰で、胸はふんわりともちあげられて豊かな丸みを作っている。

再びのキスと、それから布越しの乳房への愛撫が……もどかしくて、切ない疼きを生み出していく。コルセットの紐を弛めると、その生地との隙間でツンと勃ち上がった先端が擦れてさらに官能を高めてしまう。

荒い呼吸が、高まる熱を吐き出させ、さらには肌を蠱惑的に染めていく。そんな変化をつぶさに見つめられる度に恥じらいとそれから悦びが駆け巡り、フィリスはジョエルに腕を回して脚を彼の下肢に絡めさせて、もっと、を強請る。
「………っ………ぁ………」

唇が肌に彼の情熱を伝えてくる。
外されたコルセットの紐がフィリスの身体を解放していくと、本当の下着だけになってしまう。ガーターベルトから外されたストッキングが、彼の手で少しずつ動く度に脱がされて行くのが、なんだかとてもエロティックで更に昂ってしまう。

すべらかなシャツの襟の生地に手を這わせて、フィリスはきちんと結ばれたタイを乱した。ボタンを外してテールコートとベストを脱がせてドレスの上へと置いた。

「……ね……もう、来て………」
「久しぶりだけど、それが良い?」

彼はゆっくりと愛撫しているけれど久しぶりの行為には少しもどかしくて……熱くてならない。
前を寛げて、滾った屹立が花弁に触れるとちゅくっと濡れた音を立てた。動かされる度に、くちゅくちゅ音が大きくなりフィリスは喘いだ。
「……っ………んっ…」

「でも………フィリスの言うように……早く欲しい」
ジョエルは切ない吐息と共にそう言うと、ゆっくりながらも一気に貫いた。

「ああっ………!」
久しぶりなせいか、僅かに抵抗する蜜壺が、ほんの僅かに痛みを伝えて、そしてすぐに受け入れ蠢いて奥へと誘う。

「…………っ………平気?」
「んっ………平気……っ……」

フィリスは彼の腰に脚を絡みつけ、キスを促した。

熱い唇のキスと蜜壺なかで律動する彼を感じながら、フィリスは一気に高みへと追いやられる。

「あっ、あ、あ、あっ……んん………―――――っ」
「フィリス……イって」
ジョエルの声と、深く奥を穿つ動きでフィリスは成されるがままに身体を震わせて、歓喜の声を上げた。その瞬間にきつく締めつけ、ひくひくと蠢めいてジョエルを一層誘い込む。

座った彼を跨いで上になると、フィリスの身体はリズムを刻む。
結った髪は乱れて肩にはらはらと落ちていく。

「もう……フィリスは俺のたった一人の恋人で……それから……大切な婚約者だ」
囁いてそれからのキスが、フィリスを絡めとる。

「……ん、…………好きよ、ジョエル……」
躊躇う事なく、言葉に出来る。
その事が、幸せでならない。

再びの絶頂が近づいて、フィリスは身体を震わせ、指が彼の逞しい背にしがみつく。

「……っ………く……」
甘く切ない声とそれから二人分のクライマックスを感じて、フィリスは真っ白な世界へと意識を浚われた。

そして、肩に頭を預けながら繋がったままな事に気がついた。
「ジョエル……?」

「なに?」
「今……」

これまで、ジョエルはしなかったことをしている。
「だから、二週間なんだ」
どこか、悪魔的な笑みを見てフィリスは彼が少しも待つ気がないことを知った。それは他ならぬフィリス自身がずっと待たせていたから……。

再び力が沸くかのように、フィリスの体内でジョエルの存在が露になってくる。
夜はまだ長く、二人が離れていた期間は………互いにとっては長かった。

キスをされながら、ベッドに横たわらせられて再び高め合う。
この夜は、神様から祝福を贈られたかのような心地にさせられる時だった。
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