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55,公爵家の花嫁
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慌ただしい、二週間。
それでもフィリスの場合は、その忙しさは全て他の人の手にかかっていた。大変なのはドレスの仮縫いくらい。
ウィンスレット邸のほんの少し未来に待っているのフィリスの部屋。そこでは、さながら戦場のような熱気だった。
必死の縫い子の女性たちに、じっと立っているのは疲れる、とは口が裂けても言えないくらいだった。昨年と一昨年と続けてロイヤルウェディングがあり、そのドレスを手掛けたドレスメーカーは今や大人気。
そういう世情もあり、フィリスのドレスを仕立てる五軒のドレスメーカー達は、恐ろしい勢いで仕事をしている。
何せ、両親もジョエルをはじめとするウィンスレット家の人達も予算をドンと積んだものだから、その気合いの入り方は尚更加速していた。なるべくシンプルにと頼んだけれど、その分生地だとか素材だとかがあきれるほど高価なものになっていた。
「こんなにもいるのかしら」
「何をおっしゃいますか、ウィンスレット家の夫人が一枚のドレスでワンシーズン過ごされるつもりですか?」
とは言われても、すでに式用のドレス、それから夜用ドレスがブルー系だけで3枚、他にも数枚。昼用は8枚にナイトドレス、それにいかにも新婚向けの透け透けのネグリジェ、そしてドレスに合わせた下着たち。靴に帽子にバッグ。
「私たちにお任せくだされば間違いありません」
「……お任せするわ」
フィリスとしては、そう言うしか無かった。
確かに田舎に引きこもっていた子爵家とは訳が違う。同じ貴族とはいえ、格が違う。その事はよく分かっているからジョエルには恥をかかせられない……そう思うと頷くしかなかった。
次々と仮縫いのドレスをとっかえひっかえして、どれがどれやら……しまいにはどれも同じに見えてきてしまった。
そこでキカの出番だった。
フィリスが適当な返事をしていると、横からさりげなく注文をつけて、このデザインが良いとか誉め言葉を混じえながら言うと、どの仕立屋たちもにこにこと機嫌よく仕事をこなしていった。
「お疲れ様でした」
「キカこそありがとう。助かったわ」
「これまでが質素過ぎるほどでしたから……。あんなにすっきりとしたクローゼットは初めて見ました」
軽く微笑むと、キカはお茶を注いでカップを手渡した。
「足りると思って居たけれど……」
「もちろんですわ。それでも、大抵の女性は次々と新しいものが欲しくなるものなのですから」
フィリスは軽くため息をついた。
これも、結婚の準備だと思えば仕方がないのかもしれない。
きっと、これが済めば落ち着くに違いない。
家族用の居間に行くと、ルナが椅子に座っていた。そろそろ産み月の近づいているルナは、背がすらりとしているせいか、お腹はそれほど目立たない。
邸の飾り付け、料理などに指示を出している姿を見ながら、フィリスは手伝えることは無いかと尋ねた。
「見て、これがメニューよ、それでこっちが招待客のリスト。苦手なものが無いか調べてほしいの」
「わかりました」
あっさりと仕事を任せてもらえてフィリスはホッとした。
ルナから手渡された書き込まれた物を並べて、名前の横に紙を置いて、調べた人からチェックをしていく。
苦手なもの、そしてどのメニューが駄目なのかを書き込んでいく。それでフィリスはそれをルナに渡した。
「ありがとう、助かったわ。これをキッチンに伝えて……出来ればメニューを一部変えて食材を変えるか、対処をしないとね」
「はい」
笑みを向けられて、同じように笑みを返した。
「華やかなようでいて、意外とこんな地味な事も多いのよね」
「そうですね」
ウィンスレット家のパーティーは規模も大きいし、そして華やかさも他にも類を見ないくらいだ。それを担うルナはただひたすら凄いと思う。
「だから………これからはよろしくね!期待してる」
「………正直、こんなにも何もかも上手く行っているのが、不思議でならないんです」
「どうして反対されないのか?」
「確かに、ジョエルの妻には婚歴のある女性と、なんて想像はしたこともなかったわ。だからって、反対することなんてない。フェリクスもジョエルも、頭の悪い男じゃない。その二人が貴女を、選んだらそれでいいの、むしろここだからすんなり受け入れられたのかも。この家って、醜聞には事欠かないの。フィリスとの結婚なんて醜聞にもならないわ、だって貴女は独身だもの」
ルナはそう言うと、次に封筒の束を渡した。
「招待状の返事よ、リストにしてくれる?」
にこっと頬笑むが、フィリスの手はその紙で重たくなった。
「一緒に頑張ってくれるなんて嬉しい」
「はい……」
「式の後と言わず、すぐに引っ越してこればいいのに」
ポツリとルナが言ったけれど、せめてこれ以上は結婚してからにしたい。それで曖昧に微笑んでいた。
確か、式の後の晩餐会は、限られた人数でと聞いた気がしたけれど、それでも手元の封筒を開けるだけで、手が痛くなりそうな気がした。
ルナが、キッチンに向かうとフィリスは机に座った。ペーパーナイフで丁寧に封を開け、中身を確かめ紙に名前とそれから返事を書く。単純な作業だ。
「あれ、何をしてるかと思えば………義姉上に頼まれた?」
机で作業をしていると帰ってきたジョエルが後ろから覗きこんだ。
「任せてもらったの。させて貰えて良かったわ」
「そうか、大変ならちゃんと言って」
頭の上にキスが落とされフィリスは横向きに座った。
「お帰りなさい、ジョエル」
「ただいま………こんな風に真剣な顔をしてるのもいいけど。他に帰った時にどんな顔が見られるのか楽しみだな」
「なに、それ」
甘い微笑みに、なんだか照れてしまってフィリスは曖昧にキスでごまかした。そうすると、倍以上の物を返されて昼なのに淫らな気持ちにさせられてしまう。
「手伝うよ」
余韻の残る唇を離すと、ジョエルはペーパーナイフを手にすると封を開けていく。
初対面の時には想像もしなかったけれど、彼は婚約者にとても甘い人らしい……。
それでもフィリスの場合は、その忙しさは全て他の人の手にかかっていた。大変なのはドレスの仮縫いくらい。
ウィンスレット邸のほんの少し未来に待っているのフィリスの部屋。そこでは、さながら戦場のような熱気だった。
必死の縫い子の女性たちに、じっと立っているのは疲れる、とは口が裂けても言えないくらいだった。昨年と一昨年と続けてロイヤルウェディングがあり、そのドレスを手掛けたドレスメーカーは今や大人気。
そういう世情もあり、フィリスのドレスを仕立てる五軒のドレスメーカー達は、恐ろしい勢いで仕事をしている。
何せ、両親もジョエルをはじめとするウィンスレット家の人達も予算をドンと積んだものだから、その気合いの入り方は尚更加速していた。なるべくシンプルにと頼んだけれど、その分生地だとか素材だとかがあきれるほど高価なものになっていた。
「こんなにもいるのかしら」
「何をおっしゃいますか、ウィンスレット家の夫人が一枚のドレスでワンシーズン過ごされるつもりですか?」
とは言われても、すでに式用のドレス、それから夜用ドレスがブルー系だけで3枚、他にも数枚。昼用は8枚にナイトドレス、それにいかにも新婚向けの透け透けのネグリジェ、そしてドレスに合わせた下着たち。靴に帽子にバッグ。
「私たちにお任せくだされば間違いありません」
「……お任せするわ」
フィリスとしては、そう言うしか無かった。
確かに田舎に引きこもっていた子爵家とは訳が違う。同じ貴族とはいえ、格が違う。その事はよく分かっているからジョエルには恥をかかせられない……そう思うと頷くしかなかった。
次々と仮縫いのドレスをとっかえひっかえして、どれがどれやら……しまいにはどれも同じに見えてきてしまった。
そこでキカの出番だった。
フィリスが適当な返事をしていると、横からさりげなく注文をつけて、このデザインが良いとか誉め言葉を混じえながら言うと、どの仕立屋たちもにこにこと機嫌よく仕事をこなしていった。
「お疲れ様でした」
「キカこそありがとう。助かったわ」
「これまでが質素過ぎるほどでしたから……。あんなにすっきりとしたクローゼットは初めて見ました」
軽く微笑むと、キカはお茶を注いでカップを手渡した。
「足りると思って居たけれど……」
「もちろんですわ。それでも、大抵の女性は次々と新しいものが欲しくなるものなのですから」
フィリスは軽くため息をついた。
これも、結婚の準備だと思えば仕方がないのかもしれない。
きっと、これが済めば落ち着くに違いない。
家族用の居間に行くと、ルナが椅子に座っていた。そろそろ産み月の近づいているルナは、背がすらりとしているせいか、お腹はそれほど目立たない。
邸の飾り付け、料理などに指示を出している姿を見ながら、フィリスは手伝えることは無いかと尋ねた。
「見て、これがメニューよ、それでこっちが招待客のリスト。苦手なものが無いか調べてほしいの」
「わかりました」
あっさりと仕事を任せてもらえてフィリスはホッとした。
ルナから手渡された書き込まれた物を並べて、名前の横に紙を置いて、調べた人からチェックをしていく。
苦手なもの、そしてどのメニューが駄目なのかを書き込んでいく。それでフィリスはそれをルナに渡した。
「ありがとう、助かったわ。これをキッチンに伝えて……出来ればメニューを一部変えて食材を変えるか、対処をしないとね」
「はい」
笑みを向けられて、同じように笑みを返した。
「華やかなようでいて、意外とこんな地味な事も多いのよね」
「そうですね」
ウィンスレット家のパーティーは規模も大きいし、そして華やかさも他にも類を見ないくらいだ。それを担うルナはただひたすら凄いと思う。
「だから………これからはよろしくね!期待してる」
「………正直、こんなにも何もかも上手く行っているのが、不思議でならないんです」
「どうして反対されないのか?」
「確かに、ジョエルの妻には婚歴のある女性と、なんて想像はしたこともなかったわ。だからって、反対することなんてない。フェリクスもジョエルも、頭の悪い男じゃない。その二人が貴女を、選んだらそれでいいの、むしろここだからすんなり受け入れられたのかも。この家って、醜聞には事欠かないの。フィリスとの結婚なんて醜聞にもならないわ、だって貴女は独身だもの」
ルナはそう言うと、次に封筒の束を渡した。
「招待状の返事よ、リストにしてくれる?」
にこっと頬笑むが、フィリスの手はその紙で重たくなった。
「一緒に頑張ってくれるなんて嬉しい」
「はい……」
「式の後と言わず、すぐに引っ越してこればいいのに」
ポツリとルナが言ったけれど、せめてこれ以上は結婚してからにしたい。それで曖昧に微笑んでいた。
確か、式の後の晩餐会は、限られた人数でと聞いた気がしたけれど、それでも手元の封筒を開けるだけで、手が痛くなりそうな気がした。
ルナが、キッチンに向かうとフィリスは机に座った。ペーパーナイフで丁寧に封を開け、中身を確かめ紙に名前とそれから返事を書く。単純な作業だ。
「あれ、何をしてるかと思えば………義姉上に頼まれた?」
机で作業をしていると帰ってきたジョエルが後ろから覗きこんだ。
「任せてもらったの。させて貰えて良かったわ」
「そうか、大変ならちゃんと言って」
頭の上にキスが落とされフィリスは横向きに座った。
「お帰りなさい、ジョエル」
「ただいま………こんな風に真剣な顔をしてるのもいいけど。他に帰った時にどんな顔が見られるのか楽しみだな」
「なに、それ」
甘い微笑みに、なんだか照れてしまってフィリスは曖昧にキスでごまかした。そうすると、倍以上の物を返されて昼なのに淫らな気持ちにさせられてしまう。
「手伝うよ」
余韻の残る唇を離すと、ジョエルはペーパーナイフを手にすると封を開けていく。
初対面の時には想像もしなかったけれど、彼は婚約者にとても甘い人らしい……。
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