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56,甘い微笑
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婚約してから参加する夜会では、誰も彼もから祝福の言葉を受ける。しまいには頬がひきつりそうになって来て、フィリスは自分よりずっともっと多くの人を相手にしながらもそつなく笑顔の仮面を張り付けているジョエルを、本当に尊敬せずにはいられなかった。
その表情は初めて会った日の極めて儀礼的な貴族的なものを思い出させた。
それでも、時折隣にいるフィリスの事を褒めそやされたりすると、甘い眼差しが向けられて只でさえ緊張の連続の気持ちが、ともすれば顔が真っ赤になってしまって、程よい緊張を振り切りそうにしてしまう。
「そうなんです。早く彼女を妻にしたくて」
結婚を急いだと指摘されてのそんな言葉だった。
「実は昨年からずっと口説いていたんですが、なかなか手強くて……。了承を得たのでつい、待ちわびた分抑えが効かないんです」
男性たちの笑いを誘い、ジョエルは穏やかに微笑んでいる。その表情からは抑えが効かないなんて信じた人は居ないだろう。
「今年は殿下方の所には、王子がお生まれになるかも知れない。君たちのところも早く作らないとな、学友に丁度良い………っと、失礼……」
あからさまにフィリスを見て、失礼と言われフィリスは微笑んだ。ジョエルの顔は相手を見ていてよくは見えないが、口元は張りついたように微笑みの形のままだった。
「そうですね、閣下」
フィリスは、そう一言だけそう言った。
なぜだか、以前はこんな言葉に神経質に感じてしまっていたけれど、今は隣にジョエルがいるせいか他人の言葉なんてそれほどには気にならない。
青い眼差しを受けて、フィリスはジョエルを見つめ返してそして頬笑む。
「いや、これは若い恋人同士をいつまでも邪魔をしていてはいけないな」
はははっと気まずい笑いを出したのは相手の方だった。
「ウィンスレット公爵家の跡継ぎが婚約とは本当に素晴らしい」
では、と二人の前からぞろぞろと立ち去って行った。
フィリスは慌てて逃げ出したか、と見えてしまうくらいのその姿に思わず笑ってしまった。
「ジョエル、どんな目で相手を見たの?」
「どんなって?」
ジョエルはそっと背を屈めると小声で耳打ちをした。
「その丸い腹には脂肪しか入ってないよな?って眼差しだ」
そんな言葉を聞いて一瞬目を丸くして驚いて、それから声を堪えて笑った。確かにボタンが今にも弾け飛びそうな丸々としたお腹をしていたからだ。
「あれじゃ、いざというときに邪魔で仕方ない」
ニヤリとジョエルは悪い笑みを見せた。
「いざというとき?」
「男はいざというときには戦うものだ。甲冑なんて古くさいが、そういう軍服は入らないだろうな……。まぁそれもあるが、もっと俗っぽく」
俗っぽく、と聞いてそれが多分、今ここでは赤面してしまう行為だと分かる。
それが、二人の子供云々を言った挙げ句にあからさまにフィリスを指して『失礼』と言ったからこその言葉であると分かるから、よりおかしくて気持ちが和らいだ。
「もう……」
笑いあっていると、後ろから声がかかる。
「楽しそうだな、ジョエル」
「え……ああ、ヴィクターとレナか……、ああ。ごめん」
ジョエルは体の向きを変えてヴィクターとレナに向き直った。
「呼び方に気をつけないとな、この若い夫はすぐに怖い目を向けるから……こんばんは、レディ レナ」
にこりと微笑んで見せた。
「婚約おめでとう。ジョエル、レディ フィリス」
ヴィクターは相変わらず高い所にある整った顔で、笑みを向けてきた。
「ありがとうございます、ヴィクター卿」
「おめでとうございます、レディ フィリス」
続いてレナに微笑まれてフィリスは同じように笑顔を返した。
「それにしても……何て言うか……。こんなに早くジョエルか結婚するなんて意外な気がした」
「そうだな、私としてもまだまだ君たちを構い続けていても愉しめたかも知れないが、当てつける側になっても良いかと思って………安心したか?ヴィクター」
くすとジョエルは軽く笑った。
「結婚においてはヴィクターたちに教えを請わないといけないな」
「そうね、よろしくお願いします、レディ レナ」
フィリスはもう、ジョエルの想い人としてレナを気にしたりするのはやめた。彼女はヴィクターの妻で、フィリスはジョエルの妻となるのだから。これからは、同じ貴族の夫人として付き合っていくのだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
レナはそう言うと、
「結婚式が終わったら、お茶会にお誘いしてもいいかしら?きっとみんな、レディ フィリスとお話したいと思っていることでしょうから」
「ええ、是非、招待してくださると嬉しいわ」
社交界においてはレナは中心的な立場であるし、それはこれからのフィリスも同じだった。
「もう、夫選びは終わった夫人ばかり集めるつもりですから、きっと和やかになります」
にこっとレナは微笑んだ。
「独身だと……色々と面倒なんですよ」
こそっとレナはフィリスに告げた。
「では、その辺を是非聞かせて下さいね」
「ええ、もちろん。今ならいくらでも話せます」
そんな話をしあって、レナたちは会釈をして立ち去った。
「無理してない?」
フィリスはそう、つい聞いてみる。
「無理だって?なんのために?」
「再び、過去の心が甦ったりして」
レナは間近で見れば見るほど綺麗な顔だちであるし、そして加えて大人びてきた今は、美しさに磨きがかかって来ている。
「そうだな、またどこかの人妻に惚れるかも知れないな」
「どこかの人妻に、なのね?」
「多分、金髪で菫色の瞳の人妻だと思う」
「ずいぶん具体的ね、シルヴェストル侯爵」
「どうやら未来も予測出来てしまうみたいだ」
そんな事をさらりと言うから、フィリスはまた照れ隠しにくすくすと笑うしかなかった。
そんな風にしていると、邪魔に入る強者はなかなか現れなかった。
その表情は初めて会った日の極めて儀礼的な貴族的なものを思い出させた。
それでも、時折隣にいるフィリスの事を褒めそやされたりすると、甘い眼差しが向けられて只でさえ緊張の連続の気持ちが、ともすれば顔が真っ赤になってしまって、程よい緊張を振り切りそうにしてしまう。
「そうなんです。早く彼女を妻にしたくて」
結婚を急いだと指摘されてのそんな言葉だった。
「実は昨年からずっと口説いていたんですが、なかなか手強くて……。了承を得たのでつい、待ちわびた分抑えが効かないんです」
男性たちの笑いを誘い、ジョエルは穏やかに微笑んでいる。その表情からは抑えが効かないなんて信じた人は居ないだろう。
「今年は殿下方の所には、王子がお生まれになるかも知れない。君たちのところも早く作らないとな、学友に丁度良い………っと、失礼……」
あからさまにフィリスを見て、失礼と言われフィリスは微笑んだ。ジョエルの顔は相手を見ていてよくは見えないが、口元は張りついたように微笑みの形のままだった。
「そうですね、閣下」
フィリスは、そう一言だけそう言った。
なぜだか、以前はこんな言葉に神経質に感じてしまっていたけれど、今は隣にジョエルがいるせいか他人の言葉なんてそれほどには気にならない。
青い眼差しを受けて、フィリスはジョエルを見つめ返してそして頬笑む。
「いや、これは若い恋人同士をいつまでも邪魔をしていてはいけないな」
はははっと気まずい笑いを出したのは相手の方だった。
「ウィンスレット公爵家の跡継ぎが婚約とは本当に素晴らしい」
では、と二人の前からぞろぞろと立ち去って行った。
フィリスは慌てて逃げ出したか、と見えてしまうくらいのその姿に思わず笑ってしまった。
「ジョエル、どんな目で相手を見たの?」
「どんなって?」
ジョエルはそっと背を屈めると小声で耳打ちをした。
「その丸い腹には脂肪しか入ってないよな?って眼差しだ」
そんな言葉を聞いて一瞬目を丸くして驚いて、それから声を堪えて笑った。確かにボタンが今にも弾け飛びそうな丸々としたお腹をしていたからだ。
「あれじゃ、いざというときに邪魔で仕方ない」
ニヤリとジョエルは悪い笑みを見せた。
「いざというとき?」
「男はいざというときには戦うものだ。甲冑なんて古くさいが、そういう軍服は入らないだろうな……。まぁそれもあるが、もっと俗っぽく」
俗っぽく、と聞いてそれが多分、今ここでは赤面してしまう行為だと分かる。
それが、二人の子供云々を言った挙げ句にあからさまにフィリスを指して『失礼』と言ったからこその言葉であると分かるから、よりおかしくて気持ちが和らいだ。
「もう……」
笑いあっていると、後ろから声がかかる。
「楽しそうだな、ジョエル」
「え……ああ、ヴィクターとレナか……、ああ。ごめん」
ジョエルは体の向きを変えてヴィクターとレナに向き直った。
「呼び方に気をつけないとな、この若い夫はすぐに怖い目を向けるから……こんばんは、レディ レナ」
にこりと微笑んで見せた。
「婚約おめでとう。ジョエル、レディ フィリス」
ヴィクターは相変わらず高い所にある整った顔で、笑みを向けてきた。
「ありがとうございます、ヴィクター卿」
「おめでとうございます、レディ フィリス」
続いてレナに微笑まれてフィリスは同じように笑顔を返した。
「それにしても……何て言うか……。こんなに早くジョエルか結婚するなんて意外な気がした」
「そうだな、私としてもまだまだ君たちを構い続けていても愉しめたかも知れないが、当てつける側になっても良いかと思って………安心したか?ヴィクター」
くすとジョエルは軽く笑った。
「結婚においてはヴィクターたちに教えを請わないといけないな」
「そうね、よろしくお願いします、レディ レナ」
フィリスはもう、ジョエルの想い人としてレナを気にしたりするのはやめた。彼女はヴィクターの妻で、フィリスはジョエルの妻となるのだから。これからは、同じ貴族の夫人として付き合っていくのだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
レナはそう言うと、
「結婚式が終わったら、お茶会にお誘いしてもいいかしら?きっとみんな、レディ フィリスとお話したいと思っていることでしょうから」
「ええ、是非、招待してくださると嬉しいわ」
社交界においてはレナは中心的な立場であるし、それはこれからのフィリスも同じだった。
「もう、夫選びは終わった夫人ばかり集めるつもりですから、きっと和やかになります」
にこっとレナは微笑んだ。
「独身だと……色々と面倒なんですよ」
こそっとレナはフィリスに告げた。
「では、その辺を是非聞かせて下さいね」
「ええ、もちろん。今ならいくらでも話せます」
そんな話をしあって、レナたちは会釈をして立ち去った。
「無理してない?」
フィリスはそう、つい聞いてみる。
「無理だって?なんのために?」
「再び、過去の心が甦ったりして」
レナは間近で見れば見るほど綺麗な顔だちであるし、そして加えて大人びてきた今は、美しさに磨きがかかって来ている。
「そうだな、またどこかの人妻に惚れるかも知れないな」
「どこかの人妻に、なのね?」
「多分、金髪で菫色の瞳の人妻だと思う」
「ずいぶん具体的ね、シルヴェストル侯爵」
「どうやら未来も予測出来てしまうみたいだ」
そんな事をさらりと言うから、フィリスはまた照れ隠しにくすくすと笑うしかなかった。
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