睡恋―sui ren―

桜 詩

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57, 真白のドレスは目映く

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 そしてやって来た結婚式。当然ながら昨日には、両親と弟妹がアパートメントへと訪ねてきた。祝福とそれから再び嫁ぐ事がまたしても感慨深くて……、両親とゆっくりじっくり過去の思い出を話ながら過ごすと、なかなか寝付けずに過ごした。

「良かったわ」

母のデリアは何かにつけてそう呟いた。

しみじみと話すその言葉に、フィリスはデリアはやはり、娘の自分の事を口には出さなくても心配していたのだとそう思った。

「フィリス、彼にはもう話したの?」
何の事かは、すぐに分かった。

ガブリエル・フォンティーン医師の診断の事だと。
「それがまだなの。伝えるべきなのは分かるの、でも、どう話せばいいのか、分からなくて」
「それなら、その事を知らずに求婚をしてくださったの?」
「ええ……そうなの」

話して、もしも同じ結果を迎えてしまったら?
より失望してしまうかも知れない。自分が。

ガブリエルの言うことは信じられた。
それでも、どこかでもしも、また……だったら?という気持ちが存在していてそれが言葉を詰まらせる。

「公爵閣下に男の子誕生の可能性があるから……わたしも求婚に応える事が出来た気がするの。でも、もしも女の子だったら?それを見届けてから応えるような事も出来なくて、わたしって狡くって卑怯なのよ。都合の良いように立場を置きたいのよ」

「フィリス、そんな風に言わなくて良いの。明日のあなたは幸せ一杯な花嫁になるんだから……それに加えて相手はとびきりの完璧な相手よ。そんな相手に求婚されたのだから、フィリスは彼にとって最高の女性なのよ?」
「ありがとう、お母様」

「さぁ、もう寝ましょう。煩わせるような事を話題にしてしまったわね。花嫁さんが目の下に隈なんていけないわ」
「それはいけないかも」

「お休みなさい」
フィリスは抱擁とキスの挨拶をして寝室に向かった。
ベッドに入って、いよいよという想いとそれから信じられない気持ちと、なぜだか今すぐに闇雲に走ってどこかへ行きたいようなそわそわとした訳の分からない発作に襲われて何度もねがえりを打つ。
髪もネグリジェも、ピンと敷いてあったシーツも、全てがレディらしからぬ乱れ方でフィリスは自分に呆れてしまった。

 フィリスは諦めて一度ベッドから降りてキッチンに向かった。そしてカップ半分のホットワインを淹れる。温かいカップを持ちキッチンの椅子に座ってホッと一息をついた。軽く一口飲むけれどなんだか口に合わない。それでホットミルクに淹れ変えて飲み直した。
キッチンから、夜空が見える。

そのままフィリスは、バルコニーへと素足にふわふわの室内靴のまま出てみると、神々しいまでの明るい月が輝いていた。
手すりに組んだ両手を乗せてフィリスは小声で祈りを呟いた。

「神様、わたしは凄く善良でも、悪人でもないただの一人の女です。苦しい事も楽しいことも、これまで等しく受け止めて来ました。そんな取るに足らない人間の望みは、ただ一人の愛する人に愛され、添い遂げたいという事です。どうか明日からは良き妻と成れますようにお導き下さい」

しばらくそのまま、想いを捧げそうしてようやく寝室に戻った。さっきよりは落ち着いたフィリスは、ようやく目を閉じて体を横たえた。


****


 少し寝不足気味の目に、カーテン越しの朝日が眩しくてなかなかスッキリと開けられない。それでもキカをはじめとしてウィンスレット家からやって来たメイドたちも容赦なくネグリジェを剥いで、鬼気迫る勢いでフィリスの肌に磨きをかける。

バスルームで洗い、そしてほんの少しの産毛すら残さずに全身をつるつるにしてそれからローズオイルで丹念にマッサージしていく。爪はピカピカに磨いてオイルを垂らしていくと、薄くピンク色に輝いた。
「すごい……」

「さ、今日はこれから長いですから食べれる時は食べましょう」

一口サイズのサンドイッチを食べて紅茶を飲むと、白いストッキングを履かせられる。もはやここまで来ると、恥ずかしいとか言うのも躊躇われ彼女たちのなすがままだった。

「じゃあコルセットを締めていきますよ」
キカが言うと、フィリスは柱に手を置いて息を止めた。

手早く紐が締められていき、キカの手が離れた所で息を吐いた。
「キカ、少しきつい感じがするの」

どうもいつもよりもきつく感じる。
「新しいものだからでしょうか?」
キカはそう言いながらぐるりと一周フィリスの周りを回った。
「確かに……少しお胸の辺りが窮屈そうな」

「太ったのかしら?」
ドレスの採寸から二週間、その少しの間に太ったのかも知れない。

「少し緩めても良いですけど、ドレスが綺麗に入らないかも知れませんし……」
コルセットで持ち上がった胸が顎の下辺りでくっきりと谷間を作ってる。
「なんだか……下品じゃない?」

「大丈夫ですよ、今はドレスを着ていない状態ですから着たらもう少し胸元は隠れますわ」
他のメイドもこれで大丈夫だと請け合った。
「フィリス様ったら、幸せ太りかも知れませんね」
誰かがそう言うと、きっとそうだとみんな頷き合った。

「それでも今日ばかりは万が一倒れられても、完璧なお姿でないと」
口々に言われて、確かに二週間で仕上げられたドレスが自分が太ったせいで台無しになるのは申し訳ない。

浅い呼吸を意識してフィリスは丸く広げられた白いドレスに足を入れた。刺繍のされたレースが胸元を覆うとそれほどには目立たなくなって軽くホッとする。それにしても刺繍と小さな真珠で飾られたドレスは一見するとそれほど華美には見えないけれど、レースも刺繍も真珠もいずれもかなり細工の良いもので後ろに長く引くトレーンも美しく、シルクの織目で間近で見れば光で艶々としている。

「まぁ、とてもお綺麗です。侯爵様もきっと美しい花嫁に目が離せなくなりますね」
メイドたちは自分達の仕事ぶりに至極満足そうだった。

デリアが用意してくれたのは、白薔薇と鈴蘭のブーケ。丸い形で凛としているのに愛らしさがある。

「さぁ、時間よ。先に行ってるわね」
「ええ、お母様」

フィリスは父と共にこのまま大聖堂に行くのだ。
王族の婚礼も行われる同じ場所なのは、それが公爵家のジョエルだからだろう。

 スターリングと共に馬車に乗り込むと……この馬車はリヴィングストン家のデイジーとコマドリの紋章がついている。つまりは今日のために父が購入したものだった。
新品の濃い紫の座面はふかふかで滑らかな天鵞絨ビロードだった。

「送り出すのは二度目になるが、前回は何か悪い夢だったんじゃないかと……無責任にも思ってしまう。しかし、こうして自ら望んでの結婚に、心からフィリスの幸せを祈ってる。よく頑張ったな」
スターリングの言葉にフィリスは微笑んだ。

「綺麗な花嫁だ、この国で一番」
「もう、親バカね」
くす、とフィリスは笑った。


 大聖堂に辿り着くと、ヴェールを下ろして馬車を降りた。
赤い絨毯の敷かれた階段は、長いトレーンとヴェールのせいでゆっくりとしか歩めない。

開かれた扉の先には、ジョエルが待っているはずだ。オルガンの音色が荘厳な雰囲気を醸し出している。そして、それを聞きながら集まる視線を感じ、フィリスはただまっすぐにジョエルへと向かって歩いた。

白のフロックコート姿のジョエルに、スターリングから手を移して、司祭の前に立つ。

「……本日、神の前で………」
司祭の言葉が始まると、ジョエルの視線を感じてフィリスもヴェール越しに彼を見つめた。

そして、ぼんやりとしつつも誓いの言葉を復唱して視界を遮るヴェールが上げられて、ジョエルとの誓いのキスをする。

そのキスが……ずいぶんと長く感じて、フィリスはどきどきしてしまった。

「……おほん」
司祭の咳払いで、長いキスを終えると少し笑い合った。

今度は絨毯を外へと向かって歩き、階段の上からブーケを集まっている女性たちの方へと後ろ向きに投げた。

今度はウィンスレット家の馬車に乗り、ジョエルはフィリスの長いトレーンとヴェールを持ち、一緒に乗り込んだ。

そして、さっきのでは足りないとその白い豪奢な布越しに体を寄せてキスをしてくる。誓いの物とは全く違う官能的なキス。
くちゅ、と音を立てる深いキスが何度も何度も繰り返される。

「………っん……」

「こんなに妻が綺麗で、俺はこれからどうしたらいい?」
「やだ、何言ってるの」

「本気だよ、このまま誰の目にも触れさせたくない」

「太ったみたいなのに?」
「太っただって?例えそうでも魅力は少しも変わってないな、むしろ前よりもずっと増してる」

「もう………恥ずかしいから」
そう言うと、甘いキスが再び交わされる。唇はきっと紅くふっくらと腫れぼったくなっていそうなくらいに。

「もう、着いたか……」
ジョエルは、車輪が止まってそれからため息混じりの声を出して馬車から降りると、フィリスを抱き上げた。

「………いつかも、こうしてフィリスの部屋まで連れていったな」
「そうね」

「でも、今日は………フィリス・ウィンスレットとして、俺の妻の部屋に、だ。気分はどう?」
「とても素敵な気分よ、ジョエル。途中で重たいって力尽きないでね」

「軽いものだ」
ジョエルは、そのままウィンスレット邸の二階へと向かいフィリスの為に用意された、女性らしいクリーム色の柔らかな色彩の部屋へと連れていった。

部屋で抱き上げたままに再びのキスが落ちてきて、フィリスは手を首に回してそれに応えた。

「今はそこまでにして下さいね、ジョエル様。フィリス様は今から少し休憩ならさないと夜までに力尽きてしまいますわ」
メイドに言われてジョエルはフィリスを床に立たせた。

「夜会なんてもう要らないくらいだ」
ジョエルはそう言うけれど、準備にどれだけルナがかけていたか知らない訳じゃない。だから、要らない、というのは本気じゃないと分かっているけれど……式の余韻を楽しみたかったのはフィリスも同じだった。

「まぁ、そうおっしゃらずに。………早々に抜けられればいいでしょう。さ、フィリス様。お召し替えを」

「なんだか、勿体無いわ」
そういうと、
「そうですね、確かに。でもそれでは邸内では大変ですわ」
現実的な事を言われてフィリスは笑った。

邸内で歩くには裾が長すぎる。
「さ、ジョエル様。しばらく離れてて下さい」
「じゃあまた後で」
「また後で」

ジョエルが部屋を出ていくのをフィリスは見送った。
それと同時にメイドたちが近づいて、ドレスを脱がせにかかる。

真っ白なドレスは、ほんの数時間の着用、だからこそ、とても目映いほどに美しくないといけないのかも知れないとそう思った。
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