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第二章 王女襲来
王族の視察 1
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初の実地演習も無事に終わり、学院に討伐証明部位を納品したり、演習の評価・反省を報告したりと、学院生活は忙しさを増していった。
討伐数はうちの班が一番らしく、2位以下を大きく突き離していたらしい。というのも、他の班は剣士と魔術師との連携がめちゃくちゃだったらしく、口論してばかりでまともに魔物の討伐が出来なかったようだ。
表層の比較的安全な場所でだからこそ口論なんて出来ることだが、これがもう少し森の奥へと進んで行った場合、自らの場所を魔物に教えるばかりか、とんでもない隙を晒す行為なので、本来なら厳重に注意されるべきところ、学院の教師からお咎めは特に無く、むしろ何故主導権を握れなかったんだということで叱責されるという、理解に苦しむ指導をされていた。
これがこの学院を蝕んでいる剣士と魔術師の不仲の根本に有るものかと呆れるが、俺はその意識を改善しなければならないので、実に頭の痛い問題だった。
そうして学院に入学してから3ヶ月が経った初夏、いよいよ学院に王族の視察が入る日時が正式に決定したのだった。
「さて、以前から話している視察の日程が通達された」
夕食後に学院長室へ呼び出された俺は、応接用のソファに座る学院長と対峙して話を聞いていた。学院長とは初対面の頃と比べると、随分と親しげな話し口調になってきているが、それも悩みを共にしているからだろう。
「いよいよか・・・それで、視察には誰が?」
「第一王子であるオースティン殿下と、第二王女のクリスティーナ殿下だ。日程は来週の一週間となっている」
告げられた意外な名前に、俺は目を見開いた。
「王位継承権第一位の王子様がわざわざ足を運ぶとは、それほど学院の意識改革に熱心なのか?」
「いや、非公式だが今回の主たる視察者はクリスティーナ殿下の方だ。オースティン殿下は王女殿下の付き添いみたいなものだ」
「あぁ・・・そういえばあの王子、病的なまでに妹を溺愛してたな・・・」
俺は遠い目をしながら、過去にあった王子との一悶着を思い出す。
王女から招かれた夜会の際に彼女とダンスを踊ることになり、そこに遅れて駆けつけてきた王子から剣を向けられたことがあったのだ。王女の手を握り、身体を密着させている事に対して怒り狂っているようだったが、ダンスなんだから当然だろうと思ったものだ。
そもそも王女は当時10歳で、俺の半分の年齢しかない女の子に邪な気持ちが湧くはずもないのだが、王子は不埒だなんだと叫んでいた。
向けられた剣は儀礼用の装飾が豪華なだけのものだったので、大して気にしなかったのだが、踊っていた王女の瞳から光が消えたかと思うと、次の瞬間には王子が極寒の地にいるように、全身が霜で覆われていたのには驚いた。
王女は王族の中でも歴代最高量の魔力の保有者で、感情の高ぶりから無意識に魔術が発動してしまうことがあるという。しかも無意識に発動されるのは、多重展開よりもさらに高度な技術である『術式融合』という技術で、水と風の属性を融合した氷属性を放つのだ。
その後王女から、「これ以上私の恋路の邪魔をするなら、お兄様なんて大っ嫌いになります!」と宣言された王子は、血の涙を流すほどだった。
そんな過去の事を思い出していた俺に、学院長は真剣な表情を浮かべながら話を続ける。
「さて、今回我が学院に2人の殿下が視察へ来られるに当たって、王家から学院を案内する生徒をご所望された」
「誰が案内するんだ?」
予想は出来ているが、一応確認する。
「君ともう一人、剣武術コース首席のマーガレット君だ」
「・・・名目上は両コースの首席が案内する訳か・・・上級生じゃなくて良かったのか?」
「勿論当初はそう考えていたが、それぞれの思惑が一致した結果と言えよう」
「思惑?」
学院長の言葉に、俺は怪訝な表情で問いかける。
「王女殿下は君に案内してもらいたいとご希望され、教師陣からは王族との対応で君が不敬を働かないか期待しての人選だ」
「なるほど。それで入学直後のあの話に繋がるってわけか」
俺は入学式での一騒動の後にされた話を思い出す。確か王族の視察のタイミングを狙って、俺を排斥させたい連中が何か仕掛けてくるという話しだ。
「そうだ。ところで君はこれまで教師から、マナーや礼儀について指導を受けているかね?」
「いや、まったく」
「やはりな。副学院長は王族の視察までに教育するような事を言っていたが、本当に教育できてしまっては困るからな・・・まぁ、君なら問題ないだろうが」
俺の返答に、学院長はため息を吐きながら副学院長の言動について苦言を漏らしていた。
「周りの目があるところで王族に対して不敬な言動はしないさ。問題なのは俺を排斥しようとする連中の横やりや裏工作の方だ。特に実地演習への同行視察は格好のタイミングだ」
「そうだな。こちらも目を光らせているが、王家の方々の視察中、くれぐれも気を付けてくれ」
「あぁ、分かっている」
そうして俺は王家の視察が来る事について、いくつかの確認事項を聞いてから部屋をあとにした。
◆
~~~ 副学院長 マローナ・フェブリス 視点 ~~~
「準備は問題ありませんか?」
「はい。予定通りです」
学院の一室。職員室の奥にある応接室を閉めきり、2人の人物が密談を交わしていた。上座に座るのは、この学院のマローナ・フェブリス副学院長。その対面に座るのは、魔術コース主席教員であるグレイ・フォールン男性教諭だ。
「彼の普段の授業態度や報告を聞く限りは、問題の尽きない生徒のように見えます。しかし私の見立てでは、彼は言動こそ眉を潜めるものですが、決して馬鹿ではない。寧ろわざと自分に悪意が集まるようにしているようにさえ感じられます」
「・・・随分彼を高く評価しているのですね」
私の言葉に、対面に座るグレイ教諭は嫌そうな表情を浮かべるが、彼が我が学院に入学して早3ヶ月、実際に学院が規定する処罰の対象となるような行動を起こしているわけではない。正直過程に目を瞑り、結果だけで判断するのなら、彼はこの上なく優秀な生徒だと言える。
その本質を理解していないようでは、この学院から彼を退学させる事は不可能だ。
「グレイ教諭・・・例え相手が未成年の学生であったとしても、相手を侮って良いことなど一つもありません」
「し、しかし彼はただの平民ですし・・・」
「ただの平民?」
「っ!!」
グレイ教諭の現状を理解していない言葉に、私は眼鏡を直しながら厳しい視線を送ると、彼は身体を強張らせていた。
「ただの平民の子供が、我が学院の入学試験で首席を取れると?あなた方は未だにその様な認識なのですか?」
「も、申し訳ありません!」
私の叱責の言葉に、グレイ教諭はテーブルに額が着きそうになるまで頭を下げていた。
「国立ヴェストニア騎士学院。この学院に入学が叶うことは、貴族としての成功を意味する。そうなるように学院を作り替えてきました。その栄誉ある学院に、平民などという異分子が紛れ込み、あまつさえ首席を取られるなどと、この学院の名前に傷が付いているのですよ!!」
「おっしゃる通りです」
「ならば、どの様な手を使ってでも彼は排斥すべきです。そこに油断や慢心はあってはなりません。分かりますね?」
「はい。分かりました、マローナ副学院長」
グレイ教諭の口にする私の役職名に、内心歯軋りしたくなるが、それをぐっと堪えて口を開く。
「では皆にも心を引き締めて事に当たるように周知してください。そして、例の準備もぬかりないようにと」
「畏まりました。失礼いたします」
グレイ教諭は深々と頭を下げると、応接室をあとにした。そうして一人残った私は、天井を見上げながら大きなため息を吐く。
「王家の横やりさえなければ、私が学院長となるはずだったものを・・・」
誰にも聞こえぬよう、呟くようにして吐き出した言葉には、王家に対する憎しみの声音が籠っていた。誰かに聞かれればことだが、この学院の教員の大半は現在の王族に対して少なからず不満を抱いている。
「とくに面倒なのが第二王女・・・改革だ何だと言って色々と動いているようですが、この王国の伝統を汚す行為を許すわけにはいきません。出来れば今回の策に乗じて表舞台から退場願いたいものですが、はてさて・・・」
現国王陛下の子供は4人。正妻と側室の妃に2人ずつだ。正妻の子供は第一王子と第二王女、側室の子供が第二王子と第一王女だ。側室の子供の方は扱いやすく、ある程度の賄賂を握らせればこちらの言う通りに動いてくれるのだが、最後の最後で第一王子や第二王女が私の邪魔をしてくるのだ。
「ここで盛大な失態を犯して、継承権順位が第二王子に移れば申し分なし。さて、どのように踊ってくれるでしょうか・・・」
私の小さな呟きの言葉は、誰に聞かれることもなく部屋の中に消えていった。
討伐数はうちの班が一番らしく、2位以下を大きく突き離していたらしい。というのも、他の班は剣士と魔術師との連携がめちゃくちゃだったらしく、口論してばかりでまともに魔物の討伐が出来なかったようだ。
表層の比較的安全な場所でだからこそ口論なんて出来ることだが、これがもう少し森の奥へと進んで行った場合、自らの場所を魔物に教えるばかりか、とんでもない隙を晒す行為なので、本来なら厳重に注意されるべきところ、学院の教師からお咎めは特に無く、むしろ何故主導権を握れなかったんだということで叱責されるという、理解に苦しむ指導をされていた。
これがこの学院を蝕んでいる剣士と魔術師の不仲の根本に有るものかと呆れるが、俺はその意識を改善しなければならないので、実に頭の痛い問題だった。
そうして学院に入学してから3ヶ月が経った初夏、いよいよ学院に王族の視察が入る日時が正式に決定したのだった。
「さて、以前から話している視察の日程が通達された」
夕食後に学院長室へ呼び出された俺は、応接用のソファに座る学院長と対峙して話を聞いていた。学院長とは初対面の頃と比べると、随分と親しげな話し口調になってきているが、それも悩みを共にしているからだろう。
「いよいよか・・・それで、視察には誰が?」
「第一王子であるオースティン殿下と、第二王女のクリスティーナ殿下だ。日程は来週の一週間となっている」
告げられた意外な名前に、俺は目を見開いた。
「王位継承権第一位の王子様がわざわざ足を運ぶとは、それほど学院の意識改革に熱心なのか?」
「いや、非公式だが今回の主たる視察者はクリスティーナ殿下の方だ。オースティン殿下は王女殿下の付き添いみたいなものだ」
「あぁ・・・そういえばあの王子、病的なまでに妹を溺愛してたな・・・」
俺は遠い目をしながら、過去にあった王子との一悶着を思い出す。
王女から招かれた夜会の際に彼女とダンスを踊ることになり、そこに遅れて駆けつけてきた王子から剣を向けられたことがあったのだ。王女の手を握り、身体を密着させている事に対して怒り狂っているようだったが、ダンスなんだから当然だろうと思ったものだ。
そもそも王女は当時10歳で、俺の半分の年齢しかない女の子に邪な気持ちが湧くはずもないのだが、王子は不埒だなんだと叫んでいた。
向けられた剣は儀礼用の装飾が豪華なだけのものだったので、大して気にしなかったのだが、踊っていた王女の瞳から光が消えたかと思うと、次の瞬間には王子が極寒の地にいるように、全身が霜で覆われていたのには驚いた。
王女は王族の中でも歴代最高量の魔力の保有者で、感情の高ぶりから無意識に魔術が発動してしまうことがあるという。しかも無意識に発動されるのは、多重展開よりもさらに高度な技術である『術式融合』という技術で、水と風の属性を融合した氷属性を放つのだ。
その後王女から、「これ以上私の恋路の邪魔をするなら、お兄様なんて大っ嫌いになります!」と宣言された王子は、血の涙を流すほどだった。
そんな過去の事を思い出していた俺に、学院長は真剣な表情を浮かべながら話を続ける。
「さて、今回我が学院に2人の殿下が視察へ来られるに当たって、王家から学院を案内する生徒をご所望された」
「誰が案内するんだ?」
予想は出来ているが、一応確認する。
「君ともう一人、剣武術コース首席のマーガレット君だ」
「・・・名目上は両コースの首席が案内する訳か・・・上級生じゃなくて良かったのか?」
「勿論当初はそう考えていたが、それぞれの思惑が一致した結果と言えよう」
「思惑?」
学院長の言葉に、俺は怪訝な表情で問いかける。
「王女殿下は君に案内してもらいたいとご希望され、教師陣からは王族との対応で君が不敬を働かないか期待しての人選だ」
「なるほど。それで入学直後のあの話に繋がるってわけか」
俺は入学式での一騒動の後にされた話を思い出す。確か王族の視察のタイミングを狙って、俺を排斥させたい連中が何か仕掛けてくるという話しだ。
「そうだ。ところで君はこれまで教師から、マナーや礼儀について指導を受けているかね?」
「いや、まったく」
「やはりな。副学院長は王族の視察までに教育するような事を言っていたが、本当に教育できてしまっては困るからな・・・まぁ、君なら問題ないだろうが」
俺の返答に、学院長はため息を吐きながら副学院長の言動について苦言を漏らしていた。
「周りの目があるところで王族に対して不敬な言動はしないさ。問題なのは俺を排斥しようとする連中の横やりや裏工作の方だ。特に実地演習への同行視察は格好のタイミングだ」
「そうだな。こちらも目を光らせているが、王家の方々の視察中、くれぐれも気を付けてくれ」
「あぁ、分かっている」
そうして俺は王家の視察が来る事について、いくつかの確認事項を聞いてから部屋をあとにした。
◆
~~~ 副学院長 マローナ・フェブリス 視点 ~~~
「準備は問題ありませんか?」
「はい。予定通りです」
学院の一室。職員室の奥にある応接室を閉めきり、2人の人物が密談を交わしていた。上座に座るのは、この学院のマローナ・フェブリス副学院長。その対面に座るのは、魔術コース主席教員であるグレイ・フォールン男性教諭だ。
「彼の普段の授業態度や報告を聞く限りは、問題の尽きない生徒のように見えます。しかし私の見立てでは、彼は言動こそ眉を潜めるものですが、決して馬鹿ではない。寧ろわざと自分に悪意が集まるようにしているようにさえ感じられます」
「・・・随分彼を高く評価しているのですね」
私の言葉に、対面に座るグレイ教諭は嫌そうな表情を浮かべるが、彼が我が学院に入学して早3ヶ月、実際に学院が規定する処罰の対象となるような行動を起こしているわけではない。正直過程に目を瞑り、結果だけで判断するのなら、彼はこの上なく優秀な生徒だと言える。
その本質を理解していないようでは、この学院から彼を退学させる事は不可能だ。
「グレイ教諭・・・例え相手が未成年の学生であったとしても、相手を侮って良いことなど一つもありません」
「し、しかし彼はただの平民ですし・・・」
「ただの平民?」
「っ!!」
グレイ教諭の現状を理解していない言葉に、私は眼鏡を直しながら厳しい視線を送ると、彼は身体を強張らせていた。
「ただの平民の子供が、我が学院の入学試験で首席を取れると?あなた方は未だにその様な認識なのですか?」
「も、申し訳ありません!」
私の叱責の言葉に、グレイ教諭はテーブルに額が着きそうになるまで頭を下げていた。
「国立ヴェストニア騎士学院。この学院に入学が叶うことは、貴族としての成功を意味する。そうなるように学院を作り替えてきました。その栄誉ある学院に、平民などという異分子が紛れ込み、あまつさえ首席を取られるなどと、この学院の名前に傷が付いているのですよ!!」
「おっしゃる通りです」
「ならば、どの様な手を使ってでも彼は排斥すべきです。そこに油断や慢心はあってはなりません。分かりますね?」
「はい。分かりました、マローナ副学院長」
グレイ教諭の口にする私の役職名に、内心歯軋りしたくなるが、それをぐっと堪えて口を開く。
「では皆にも心を引き締めて事に当たるように周知してください。そして、例の準備もぬかりないようにと」
「畏まりました。失礼いたします」
グレイ教諭は深々と頭を下げると、応接室をあとにした。そうして一人残った私は、天井を見上げながら大きなため息を吐く。
「王家の横やりさえなければ、私が学院長となるはずだったものを・・・」
誰にも聞こえぬよう、呟くようにして吐き出した言葉には、王家に対する憎しみの声音が籠っていた。誰かに聞かれればことだが、この学院の教員の大半は現在の王族に対して少なからず不満を抱いている。
「とくに面倒なのが第二王女・・・改革だ何だと言って色々と動いているようですが、この王国の伝統を汚す行為を許すわけにはいきません。出来れば今回の策に乗じて表舞台から退場願いたいものですが、はてさて・・・」
現国王陛下の子供は4人。正妻と側室の妃に2人ずつだ。正妻の子供は第一王子と第二王女、側室の子供が第二王子と第一王女だ。側室の子供の方は扱いやすく、ある程度の賄賂を握らせればこちらの言う通りに動いてくれるのだが、最後の最後で第一王子や第二王女が私の邪魔をしてくるのだ。
「ここで盛大な失態を犯して、継承権順位が第二王子に移れば申し分なし。さて、どのように踊ってくれるでしょうか・・・」
私の小さな呟きの言葉は、誰に聞かれることもなく部屋の中に消えていった。
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