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第二章 王女襲来
実地演習 5
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~~~ マーガレット・ゼファー 視点 ~~~
(私はどうしたというのだ・・・)
アル・ストラウス。彼がロベリアとライトと楽しそうに会話している様子を見ていると、何故か胸の奥を締め付けられる様な感覚が私を襲った。
ロベリアは可愛らしい外見をしており、入学したての頃は痩せ細っていた身体も、最近はふっくらと女性的な丸みを帯びてきて、健康的な体つきになってきている。食堂で彼女の事をそういった対象として視線を送っている男子生徒も見かけるほどだ。
ライトは男性ながら、見た目は完全に可憐な美少女の外見をしている。その薄幸な雰囲気も相まってか、彼は女子生徒はもとより、一部の男子生徒からも時折欲望が混じった視線を向けられているようだ。
アルがそんな2人に囲まれ、今まで私に向けてくれたことの無い笑みを浮かべて話している姿を見ていると、とても焦りを感じてしまった。
(何故私にはその笑顔を向けてくれないんだ・・・)
私は無意識にそんなことを考えていた。
彼の見た目は年下の子供のような外見をしているのだが、中身は周りの同級生と比べても、いや、私よりも遥かに大人びた考え方と落ち着きを持っていた。正直、私に対して自分の成果をこれでもかと誇らしげに主張してくるセルシュとレンドールが、とても幼く見えてしまうほどに。
しかし見た目相応の様子を見ると、普段の頼もしい雰囲気とのギャップから、とても可愛らしくも見えてくる。そんな彼の事を、私はもっと知りたくなってしまった。もっと側で見ていたいと感じてしまっていた。
(はっ!私は何を考えて・・・)
今まで感じたことの無い感情が自分に芽生えたことに衝撃を受けた私は、それから彼の顔をまともに見ることが出来なかった。
昼食にロベリアとライトが中心となって作ってくれたホーン・ラビットのシチューを食べている時も、討伐証明部位である角をリュックに詰めている時も、森の帰り道や魔導列車に乗っている時でさえも、チラチラと彼の横顔を盗み見るので精一杯だったのだ。
(ま、まさか・・・これが噂に聞く恋というものなのか・・・)
学院の自室へと戻り、窮屈な下着を脱ぎ捨てた私は、ラフな部屋着に着替えてベッドへと飛び込んだ。そのまま枕に顔を埋めながら、自分の感情の正体を推測した。
(しかし彼は平民・・・いや、あの実戦での冷静な判断力と確かな実力だ。騎士爵どころか準男爵、もしかするともっと上の爵位をも狙える逸材になるかもしれない。それに、騎士団に所属して将来団長ともなれば、侯爵令嬢の私とも釣り合いがとれる・・・)
そんな事を想像しながら、私はより具体的に彼との将来性について思いを馳せる。
(学院を卒業するのが18歳。そのまま騎士団に所属したとして、騎士爵位をもらって異例の活躍したとしても、元が平民であれば出世は厳しいか・・・いや、侯爵家の後ろ盾を利用すれば・・・それでも婚姻するには25歳前後まで掛かる可能性も・・・)
これからの方向性について脳内で様々な想定の元、彼との最短婚姻時期を計算するも、どうしても遅くなってしまう。
(侯爵家として考えれば、20代前半で最低でも1人は子供が欲しい・・・となれば、裏から手を回す必要性も・・・いや、さすがにそれは・・・)
『コン!コン!』
『お嬢様、シエスタです』
私が頭を抱えながら悩んでいると、メイドのシエスタが扉をノックしてきた。
「入りなさい」
「失礼いたします」
入室の許可を出すと、シエスタは深々とお辞儀をしながら部屋に入ってきた。そのまま私のいるベッドの方まで歩み寄ると、いつも通りの柔和な笑みを浮かべながら口を開いた。
「お嬢様。夕食のお時間ですが、本日は如何が致しましょう?いつも通り食堂でしょうか?」
シエスタに言われ、もうそんな時間かと窓を見ると、既に夕日も沈みかけ、夜の帳が落りてくるところだった。
「・・・今日は部屋で食べることにする」
「畏まりました。では、すぐに準備いたします」
私の返答に、彼女は一瞬意外な表情を浮かべた。この学院に入学してから、ほぼ毎日の食事を食堂でしていたこともあり、急に自室で食べると言ったことが意外だったのだろう。
しばらくすると自室のテーブルに料理が並べられ、私は淑女らしく音を立てないように食事をしていたのだが、どうやら無意識の内に何度もため息を吐いていたようだった。
「お嬢様、お食事が口に合いませんでしょうか?先程からため息が絶えませんが?」
「あっ?い、いや、そんなことはない。とても美味しいよ」
「・・・何かお悩みがあるようですが、私でお力になれることはありますでしょうか?」
「・・・・・・」
シエスタの心配する表情に、自分の想いを話してしまって良いものか逡巡する。彼女は私が幼少期の頃から専属メイドとして仕えてくれており、何でも話せる信頼できる人物ではあるが、今まで恋愛感情などというものに対して一切興味が無いと豪語していた自分の過去を振り返ると、少し言いずらさがあった。
とはいえ、こんな相談ができるのは彼女しか居ないというのも事実だった。
「う゛、うん!じ、実は友人から相談されたのだが・・・」
「お嬢様がそこまで悩まれるご相談なのですか?」
「ああ。それが恋愛相談なのだ。今は身分違いの立場ゆえに、その関係性を進めるのは難しいが、将来を見越して考えると、婚約くらいはしたいと言っていてな。ただ身分の事もあり、どう助言すべきか悩んでいたのだ」
私は自身としての事ではなく、あくまでも相談された立場としての話をシエスタに伝えることにした。そんな私の話に、彼女は少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「どの程度の身分差があるのかは存じかねますが、下級貴族であれば本人同士の想いが重要です。お嬢様のような侯爵家の令嬢ともなれば、相手にも相応の立場が必要ですが、基本的には当人同士の想いの強さによるものかと考えます」
彼女の話は、お互いが貴族同士だった場合のものだ。今でも家同士の繋がりを重視した婚姻を結んでいる家もあるが、最近では恋愛結婚が主流となり始めている。
というのも、我が国の第二王女殿下の発案なのだが、本人の意志によらない婚姻のために、不幸になる国民を見たくないという思いの下、各貴族家の当主に向けて通達されたのが、『相手にあまりにも不適格な事情がない限り、当人同士の考えを尊重するように』というものだ。
「あ、いや・・・その友人が言うには、相手は平民らしいのだ」
「っ!?平民でございますか?・・・将来確実に有望な人材となる事が証明できれば可能性はあるかもしれませんが・・・」
私の言葉に彼女は目を見開きながら、自信の無い声で僅かばかりの可能性を口にするが、それは難しいだろうという考えが見て取れる。
「や、やはり平民と結ばれるなど、簡単なことではないな・・・」
私のため息混じりの言葉に、彼女は真剣な表情を浮かべて口を開く。
「2人がお互いを想い合っているのなら、どんな険しい壁も越えていけるやもしれません。その御友人には、諦めることなきようにと助言されてみてはいかがでしょうか?」
「お互いの想いか・・・」
シエスタの言葉に、私は少し考え込む。言われてみれば私は自分の想いだけで色々な将来を想像していたが、肝心のアルの想いについては考えていなかった。
正直、侯爵令嬢である私が想いを伝えれば、断る男性は居ないだろうという先入観があったが、よく考えてみれば彼は先の決闘の際に侯爵家の威光も、女性としての私も欲していなかった。
(あれ?このままでは最悪、私の想いを彼が断る可能性があるではないか!しまった!そんなことは全く想定していなかったが、彼ならありうるかもしれない!となると重要なのは彼の気持ち・・・先ずは好みの女性のタイプから探りを入れなければ)
今までの妄想ともいえる考えを全て捨て去り、私はこれからの彼へのアプローチについて考えなければならなかった。
しかしその前に・・・
「話は変わるがシエスタ、少し頼みたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
そう言うと私はテーブルから離れ、机の引き出しに大事に仕舞っている宝石箱の中から、虹色に輝く魔溜石を取り出した。
「これを宝石商に持って行き、ネックレスに加工してきて欲しい」
「・・・これは素晴らしいですね。この大きさの魔溜石なら、精々赤色までしか魔力は込められないでしょう。それに少し傷がありますね。その為のこの緻密な魔力の圧縮・・・これはお嬢様が?」
「あっ、いや、私ではないのだが・・・」
シエスタの問い掛けに、私は目を反らしながら、歯切れの悪い返答をしてしまう。
「っ!!・・・分かりました。深くは聞きませんが、加工する際、この魔溜石にある傷はどうされますか?」
一瞬、何かに気づいたような表情をシエスタが浮かべると、少し考え込むようにして、次の瞬間には微笑ましげな表情を浮かべていた。
「あ、そ、そのままにしておいて欲しい・・・」
「畏まりました。お預かり致します」
シエスタは私から魔溜石を大事そうにして受け取ると、自分のハンカチに包んで懐に仕舞ったのだった。
(私はどうしたというのだ・・・)
アル・ストラウス。彼がロベリアとライトと楽しそうに会話している様子を見ていると、何故か胸の奥を締め付けられる様な感覚が私を襲った。
ロベリアは可愛らしい外見をしており、入学したての頃は痩せ細っていた身体も、最近はふっくらと女性的な丸みを帯びてきて、健康的な体つきになってきている。食堂で彼女の事をそういった対象として視線を送っている男子生徒も見かけるほどだ。
ライトは男性ながら、見た目は完全に可憐な美少女の外見をしている。その薄幸な雰囲気も相まってか、彼は女子生徒はもとより、一部の男子生徒からも時折欲望が混じった視線を向けられているようだ。
アルがそんな2人に囲まれ、今まで私に向けてくれたことの無い笑みを浮かべて話している姿を見ていると、とても焦りを感じてしまった。
(何故私にはその笑顔を向けてくれないんだ・・・)
私は無意識にそんなことを考えていた。
彼の見た目は年下の子供のような外見をしているのだが、中身は周りの同級生と比べても、いや、私よりも遥かに大人びた考え方と落ち着きを持っていた。正直、私に対して自分の成果をこれでもかと誇らしげに主張してくるセルシュとレンドールが、とても幼く見えてしまうほどに。
しかし見た目相応の様子を見ると、普段の頼もしい雰囲気とのギャップから、とても可愛らしくも見えてくる。そんな彼の事を、私はもっと知りたくなってしまった。もっと側で見ていたいと感じてしまっていた。
(はっ!私は何を考えて・・・)
今まで感じたことの無い感情が自分に芽生えたことに衝撃を受けた私は、それから彼の顔をまともに見ることが出来なかった。
昼食にロベリアとライトが中心となって作ってくれたホーン・ラビットのシチューを食べている時も、討伐証明部位である角をリュックに詰めている時も、森の帰り道や魔導列車に乗っている時でさえも、チラチラと彼の横顔を盗み見るので精一杯だったのだ。
(ま、まさか・・・これが噂に聞く恋というものなのか・・・)
学院の自室へと戻り、窮屈な下着を脱ぎ捨てた私は、ラフな部屋着に着替えてベッドへと飛び込んだ。そのまま枕に顔を埋めながら、自分の感情の正体を推測した。
(しかし彼は平民・・・いや、あの実戦での冷静な判断力と確かな実力だ。騎士爵どころか準男爵、もしかするともっと上の爵位をも狙える逸材になるかもしれない。それに、騎士団に所属して将来団長ともなれば、侯爵令嬢の私とも釣り合いがとれる・・・)
そんな事を想像しながら、私はより具体的に彼との将来性について思いを馳せる。
(学院を卒業するのが18歳。そのまま騎士団に所属したとして、騎士爵位をもらって異例の活躍したとしても、元が平民であれば出世は厳しいか・・・いや、侯爵家の後ろ盾を利用すれば・・・それでも婚姻するには25歳前後まで掛かる可能性も・・・)
これからの方向性について脳内で様々な想定の元、彼との最短婚姻時期を計算するも、どうしても遅くなってしまう。
(侯爵家として考えれば、20代前半で最低でも1人は子供が欲しい・・・となれば、裏から手を回す必要性も・・・いや、さすがにそれは・・・)
『コン!コン!』
『お嬢様、シエスタです』
私が頭を抱えながら悩んでいると、メイドのシエスタが扉をノックしてきた。
「入りなさい」
「失礼いたします」
入室の許可を出すと、シエスタは深々とお辞儀をしながら部屋に入ってきた。そのまま私のいるベッドの方まで歩み寄ると、いつも通りの柔和な笑みを浮かべながら口を開いた。
「お嬢様。夕食のお時間ですが、本日は如何が致しましょう?いつも通り食堂でしょうか?」
シエスタに言われ、もうそんな時間かと窓を見ると、既に夕日も沈みかけ、夜の帳が落りてくるところだった。
「・・・今日は部屋で食べることにする」
「畏まりました。では、すぐに準備いたします」
私の返答に、彼女は一瞬意外な表情を浮かべた。この学院に入学してから、ほぼ毎日の食事を食堂でしていたこともあり、急に自室で食べると言ったことが意外だったのだろう。
しばらくすると自室のテーブルに料理が並べられ、私は淑女らしく音を立てないように食事をしていたのだが、どうやら無意識の内に何度もため息を吐いていたようだった。
「お嬢様、お食事が口に合いませんでしょうか?先程からため息が絶えませんが?」
「あっ?い、いや、そんなことはない。とても美味しいよ」
「・・・何かお悩みがあるようですが、私でお力になれることはありますでしょうか?」
「・・・・・・」
シエスタの心配する表情に、自分の想いを話してしまって良いものか逡巡する。彼女は私が幼少期の頃から専属メイドとして仕えてくれており、何でも話せる信頼できる人物ではあるが、今まで恋愛感情などというものに対して一切興味が無いと豪語していた自分の過去を振り返ると、少し言いずらさがあった。
とはいえ、こんな相談ができるのは彼女しか居ないというのも事実だった。
「う゛、うん!じ、実は友人から相談されたのだが・・・」
「お嬢様がそこまで悩まれるご相談なのですか?」
「ああ。それが恋愛相談なのだ。今は身分違いの立場ゆえに、その関係性を進めるのは難しいが、将来を見越して考えると、婚約くらいはしたいと言っていてな。ただ身分の事もあり、どう助言すべきか悩んでいたのだ」
私は自身としての事ではなく、あくまでも相談された立場としての話をシエスタに伝えることにした。そんな私の話に、彼女は少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「どの程度の身分差があるのかは存じかねますが、下級貴族であれば本人同士の想いが重要です。お嬢様のような侯爵家の令嬢ともなれば、相手にも相応の立場が必要ですが、基本的には当人同士の想いの強さによるものかと考えます」
彼女の話は、お互いが貴族同士だった場合のものだ。今でも家同士の繋がりを重視した婚姻を結んでいる家もあるが、最近では恋愛結婚が主流となり始めている。
というのも、我が国の第二王女殿下の発案なのだが、本人の意志によらない婚姻のために、不幸になる国民を見たくないという思いの下、各貴族家の当主に向けて通達されたのが、『相手にあまりにも不適格な事情がない限り、当人同士の考えを尊重するように』というものだ。
「あ、いや・・・その友人が言うには、相手は平民らしいのだ」
「っ!?平民でございますか?・・・将来確実に有望な人材となる事が証明できれば可能性はあるかもしれませんが・・・」
私の言葉に彼女は目を見開きながら、自信の無い声で僅かばかりの可能性を口にするが、それは難しいだろうという考えが見て取れる。
「や、やはり平民と結ばれるなど、簡単なことではないな・・・」
私のため息混じりの言葉に、彼女は真剣な表情を浮かべて口を開く。
「2人がお互いを想い合っているのなら、どんな険しい壁も越えていけるやもしれません。その御友人には、諦めることなきようにと助言されてみてはいかがでしょうか?」
「お互いの想いか・・・」
シエスタの言葉に、私は少し考え込む。言われてみれば私は自分の想いだけで色々な将来を想像していたが、肝心のアルの想いについては考えていなかった。
正直、侯爵令嬢である私が想いを伝えれば、断る男性は居ないだろうという先入観があったが、よく考えてみれば彼は先の決闘の際に侯爵家の威光も、女性としての私も欲していなかった。
(あれ?このままでは最悪、私の想いを彼が断る可能性があるではないか!しまった!そんなことは全く想定していなかったが、彼ならありうるかもしれない!となると重要なのは彼の気持ち・・・先ずは好みの女性のタイプから探りを入れなければ)
今までの妄想ともいえる考えを全て捨て去り、私はこれからの彼へのアプローチについて考えなければならなかった。
しかしその前に・・・
「話は変わるがシエスタ、少し頼みたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
そう言うと私はテーブルから離れ、机の引き出しに大事に仕舞っている宝石箱の中から、虹色に輝く魔溜石を取り出した。
「これを宝石商に持って行き、ネックレスに加工してきて欲しい」
「・・・これは素晴らしいですね。この大きさの魔溜石なら、精々赤色までしか魔力は込められないでしょう。それに少し傷がありますね。その為のこの緻密な魔力の圧縮・・・これはお嬢様が?」
「あっ、いや、私ではないのだが・・・」
シエスタの問い掛けに、私は目を反らしながら、歯切れの悪い返答をしてしまう。
「っ!!・・・分かりました。深くは聞きませんが、加工する際、この魔溜石にある傷はどうされますか?」
一瞬、何かに気づいたような表情をシエスタが浮かべると、少し考え込むようにして、次の瞬間には微笑ましげな表情を浮かべていた。
「あ、そ、そのままにしておいて欲しい・・・」
「畏まりました。お預かり致します」
シエスタは私から魔溜石を大事そうにして受け取ると、自分のハンカチに包んで懐に仕舞ったのだった。
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