騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第三章 神樹の真実

帝国への誘い 6

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「はぁぁぁぁ!!!」

 大地を蹴った衝撃音を置き去りにするような速度でもって、俺はゆっくりと下降してくる巨大な魔物へ飛び出した。狙うは生物であれば防御力の低い腹部だ。それにこの巨体もあって、腹部は完全に死角になっているはず。巨体であればあるほど、一撃必殺の技を持つ俺であれば有利に事が運べる。そう思っての突撃だった。

『ギィィィン!!』

「なっ!?」

跳躍の勢いそのままに腕を引き絞り、無防備で柔らかそうな魔物の腹部目掛けて渾身の突きを放ったのだが、俺の魔剣の切っ先は相手の外皮に衝突し、甲高い金属音を響かせた。何よりも驚かされたのは、今までこの魔剣に抵抗できる防御力を持った魔物など存在しなかったというのに、魔剣の刃は完全に魔物の腹部の外皮に阻まれ、一ミリも刃を押し進めることが出来なかったのだ。

(嘘だろっ!?柔らかそうな腹部を狙ったっていうのに、まるで通じない!?いや、落ち着け。魔物との戦闘において予想外などいくらでもある。腹部が通じないなら、次は眼球だ!!)

一瞬焦りはしたが、即座に次の策へ頭を切り替える。今までの経験上、自分の力が相手に通じない事など数えきれないほどあった。こんな事で取り乱しているようでは、師匠から笑われてしまう。

「魔方陣展開・魔力供給・照準・はつーーー」

魔物の頭部に移動するため、風魔術で自らの身体を方向転換しようと魔術を発動仕掛けた時だった。巨大な魔物の腹部に、これまた巨大な魔方陣が浮かび上がったのだ。

「何っ!?」

見た記憶のある魔術文字の羅列に、俺は目を見開いた。古い文献に乗っていた難度10のドラゴン。その最上位種である古竜、エンシェント・ドラゴンのブレスの魔術だ。その威力は山を消滅させ、湖を一瞬で蒸発させるほどの威力だったと記載されていた。

「させるかっ!!遮断・ぜつ!」

俺は魔剣を盾の形状へと変化させ、ドラゴンブレスの消滅を試みる。

『ーーーーーーー!!!』

「くぅ・・・」

周辺の空気が振動するほどの轟音とともに、目が眩む輝きを放ちながら殺到するブレス攻撃を、展開した虚無の盾で受け止める。盾にブレスが接触すると、次の瞬間には霧散するようにして消滅しているのだが、巨大過ぎる力の奔流が止めどなく押し寄せてくる為か、僅かばかり保っていた拮抗は呆気なく崩れ、俺は弾かれる様にして地面へと叩きつけられてしまう。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

地面には大きな窪みが出来上がるほどの衝撃をその身に受け、視界が血で真っ赤に染まる。地面で大の字になってしまった俺は急いで身体を起こすと、口の中に溜まった血を
吐き出しながら、身体の状態を確認すると同時に、周囲の様子も確認する。

周辺は俺が奴のブレスを防いだ部分だけ円形状に無事だが、その外側はまるで溶岩の様に地面が真っ赤な熱を帯びており、ガラス状に変質している場所もある。

幸いなことに、エリーゼさん達の居る場所は俺がブレスを防いだ範囲内だったので、みんな無事のようだった。

(回復まで10秒は掛かるな。それまでは遠距離攻撃で凌ぐ!)

常時展開している聖魔術の効果を考え、攻撃スタイルを変えることにした。その間、魔獣はまるで勝利を確信しているように悠然と降下しており、力の差は歴然とでも示威しているようだった。

「魔法陣4重展開・融合・魔力供給・照準・発動!」

俺は基本4属性を融合させ、雷魔術を発動した。生物にとって雷が身体を駆け巡れば命を失うのは必至だ。雷自体の温度は約3万度あるらしく、それだけでも絶死の魔術だ。しかも到達速度は 毎秒150キロメートル。発動した次の瞬間には目標に到達しているので、避けることなど不可能なのだが・・・

『パァァァン!!』

「ちっ!」

甲高い破裂音とともに、俺の放った雷魔術は魔物の眼前で弾かれるようにして消え去ってしまった。奴が何をしたかまでは分からないが、まるで効果の無い様子はある程度予想していたとはいえ、足止めにもならない状況に臍を噛む。

しかし、その間に肉体は完治しており、即座に次の行動に移る。

「魔法陣5重展開・融合・魔力供給・顕現。魔槍虚無」

今度は虚無を槍の形状で具現化して右手に携え、穂先を上空に向けて構える。狙うは魔物の眼球だが、この距離で投げたところで躱されるか迎撃されるかだろう。その為、十分接近しなければならない。

息を呑みながら降下してきている奴の様子を観察する。やがて奴は地面に降り立つと、地震の様な振動を響かせた。俺は腰を落としてその振動をやり過ごすと、奴と正面から対峙した。その巨大さゆえに、まるで山の破壊にでも挑戦しているような気分になる。

(まったく、こうして見ると人間がちっぽけな存在に思えてくるよ・・・)

とは言え、諦める訳にはいかない。奴は黄金の瞳を爛々と輝かせ、依然として殺意をこちらに振りかざしているのだ。このまま何事もなく立ち去るようなことはありえないだろう。

(いくぞっ!!)

意を決して間合いに踏み込む。直線的にならないよう細かく方向転換し、相手に的を絞らせない動きで駆け巡る。全速力での踏み込みによる連続の方向転換に筋肉が軋み、無理が痛みとなって脳に伝わるが、それらを無視して奴の視線から外れ、意識の外から攻撃できるように惑わせる。

人間相手なら俺の動きは視認出来ないと言われていても相手が相手だ、奴の視線に十分注意して動き回りつつ隙を伺うが、奴の顔は動いていないが、眼球は忙しなく動き、俺の姿を追っているようだった。

(さすがに、そう簡単に奴の視線は切れないか。ならっ
!)

俺は奴の後ろに回り込むと、そのまま巨大な身体に飛び上がった。背中に着地し、そのまま頭を目指して走り抜ける。視線が切れないなら、その巨大な体躯の死角を利用して接近すれば良い。

(眼の前から直接魔槍を叩き込む!!)

奴の頭に向かっていると、足元にあった鈍色の体毛が急に動き始め、俺の足を絡め取ろうとしてきた。まるで体毛の一本一本に意思があるかのようだ。

(ちいっ!)

躱しつつ、目的の頭部に向かって跳躍する。すると、あろうことか体毛が瞬時に伸びて俺の足首に絡まってしまったが、バランスを崩しつつも絡まった体毛を魔槍で斬り裂いて奴の背中に着地する。跳躍の勢いを大幅に削がれてしまったため、頭部までは少し距離がある。

すると着地した瞬間、周辺の体毛が俺に襲いかかってきた。ムチのようにしなるものや、刃のように鋭い体毛もあり、やむなく魔槍を縦横無尽に振り回し、体毛の迎撃を行うが、そのあまりの数の多さに抜け出す隙が無かった。

(体毛は『虚無』であれば対処できるが・・・くそっ!足を止められた!)

既に結構な時間『虚無』を使用していることもあり、魔力の残りが気掛かりになってきている。しかし手を抜けるような相手でもないため、今の防戦一方の状況は非常にまずい。何より、単なる魔物の体毛相手に全力で防御に専念しなければならず、このままではジリ貧だった。

(一瞬でいい・・・この攻撃の密度が弱まれば・・・)

抜け出す隙を必死に探しつつ、俺は奇跡を願うような言葉を思い浮かべた。ありもしない希望にすがろうとするなど、よほど追い詰められていると自虐的になりそうな時だった。

「アルバート殿!!」

「っ!?」

俺の名前を呼ぶ方向に一瞬視線を向けると、エリーゼさんが砲弾のような速度でこちらに突っ込んできているところだった。その後方には、既に目を覚ましているミッシェル達が見えた。ただ、ダメージが残っているため、満身創痍の様子だ。そんな中、ダニエルが己の大盾を前に突き出すような格好をしている。おそらくダニエルが盾を使ってエリーゼさんを弾き飛ばしたのだろう。

「セアァァァァ!!!」

裂帛の気合いと共に、彼女は2刀を構えて魔物の土手っ腹にその剣を振り下ろしたが、甲高い金属音が響き、その攻撃は弾かれてしまっている。彼女自身もダメージは残っているだろうが、鬼のような形相で連戟を仕掛けている。

そんな彼女の陽動のお陰か、体毛の攻撃の威力や包囲が若干弱まる。

「今だっ!!」

彼女は俺のために、一瞬の隙を作り出すために無茶な特攻を仕掛けてくれたのだろう。その思いを無下にするわけにはいかない。俺は魔槍を前方に突き出すように構え、渾身の踏み込みで魔物の頭部まで走り抜ける。邪魔な体毛のみを魔槍の穂先で消滅させていくが、前進のみに集中しているため、側面から俺を斬り付けるように伸びてくる体毛に、身体が血を流していくが、致命傷にならないと判断し、その攻撃を無視する。

そして魔物の頭部まで到達し、黄金の瞳が俺の間合いの内側、足元へと至る。

「はぁぁぁぁ!!!」

渾身の力で上から貫くようにして魔槍を打ち込むが、奴は目蓋を閉じて眼球を守る。目蓋に接触した魔槍は、『ガンッ!』と抵抗音が響くが、感触的に体表よりも柔らかいと感じた。

「行けぇぇぇぇ!!」

全身を使って魔槍の穂先を捻り込もうと雄叫びをあげた時だった、急激な力で目蓋が開かれ、その勢いで魔槍ごと上空に放り上げられてしまったのだ。

「しまっーーー」

自らの失策に嘆きたくなるが、目の前の魔物が俺の方を向きながら巨大な口を開き、その前方に魔方陣が展開される。先程奴が放ったドラゴンブレスのようだが、魔術文字の記載が更に複雑で精緻になっている。直撃を受けたら無事では済まないと直感した俺は、魔槍を投擲するために構え直し、思いっきり奴の口内目掛けて投げ込む。

「喰らえぇぇ!!」

魔槍が奴の魔方陣に接触すると、ガラスが割れるような音と共に魔方陣を破壊し、そのまま奴の口の中に魔槍が消えていった。その大きさから、ゴマ粒が口に入ったくらいの光景だったが、効果はすぐに現れた。

『ーーーーーーーーーーっ!!!』

「くっ!」

人間の聴覚では聞き取れないような叫び声だったが、何となく苦しんでいるような声音だった。ただそれはいいのだが、その叫び声が衝撃波となって、俺は吹き飛ばされてしまったのだった。
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