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第三章 神樹の真実
帝国への誘い 17
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「団長」
「分かってる」
夜の帳も落ち、多くの者達が寝静まった頃だった。明日にはこの帝国を離れ、王国に帰還する前夜に懸念していた事態は起こった。
帝国では部外者である俺達5人に割り振られた建物で就寝していると、その周りを殺意を持った者達に囲まれつつあった。それにいち早く気づいたのは索敵の得意なレックで、俺に小声で危機を知らせてくれた。
「どうする?全員処分するか?」
真剣な表情を浮かべながら対応を確認してくるダニエルに、俺は少し考え込んでから口を開いた。
「いや、腐っても彼らは今の帝国の貴重な戦力だ。殺してしまうのは不味いだろう。動けないように拘束し、後はここの住民達の判断に委ねる」
「・・・それが良いですかね」
俺の判断にレックは逡巡するも、すぐに同意した。他に良い策が思い浮かばなかったのか、それとも何か別のことを考えていたのかは分からないが、とにかく迎撃体制を整えようとしたところで、女性側とのスペースを仕切る布を捲って、エリーゼさんが完全武装の姿で現れた。
「アルバート殿。ここは私が」
彼女は怒りを圧し殺したような表情を浮かべながら、自分に対応を任せて欲しいと言ってきた。そんな彼女に対し、俺は意外に思いつつも確認する。
「人数はおそらく10人前後。こちらの対応は聞いていたと思うが、拘束だ。出来るか?」
「これでも帝国で剣聖の称号を継いだ者です。恩を仇で返すような奴らに遅れはとりません」
エリーゼさんの強い意思を秘めた瞳を見て、俺は彼女に任せることにした。
「分かった。危険だと判断したら援護に入る。背中は気にしなくて良い」
「ありがとうございます。ではーーー」
そう言い残すと彼女は身体強化を施し、足早に建物を出た。そして数分後、事態は呆気ないほど簡単に幕引きとなった。
「さて、どうしますかな・・・」
襲撃者は全員で11人。全員意識を絶たれ、簀巻きにされた状態で地面に転がっていた。さすがに皇帝から帝国最強の騎士と評されるエリーゼさんだと評価したいところだが、実は彼女が動き出してからすぐ、別の帝国騎士が参戦し、エリーゼさんと共に襲撃者を拘束していったのだ。
そのため、俺が危惧していたようなことは起こらず、迅速に事態は収まった。
そんな状況のため、黒い目出し帽を被った襲撃者達を見ながら、ダニエルが顎に手を当ててため息を吐いたのだ。幸いにして、一般の住民が起きたような気配はなかった。
この中には主犯であろう教祖の姿はない。彼はどちらかというと、武力を行使するより頭を行使するタイプだ。現場に来ないのは分かるが、今の帝国でこれだけの騎士を動かせる権力は彼しか有していないはずなので、いくら襲撃者に覆面を被らせても、誰が黒幕かは一目瞭然だ。
問題は、エリーゼさんに協力した騎士達だが、彼らは俺に対して頭を垂れ、「教祖の天幕へお越しください」と言うだけだった。
「とりあえず、彼らが言う通り教祖の天幕へ行くか。どうせ明日にはここを立つが、暗殺を企てる暇があるなら、帝国を再建する策でも考えてろと言っておくか」
そう考え、よくわからない状況に眉間を揉みほぐしながら、教祖の天幕へと向かった。
「アルバート様。どうぞ」
「あ、あぁ。ありがとう」
教祖の天幕へ到着すると、教祖の護衛であるはずの騎士が2人、恭しく片膝を着きながら中へ入るように促してくる。何かの罠かとも思ったが、騎士から敵意を感じられなかった為、俺達5人は言われるままに足を踏み入れた。
「っ!?これは・・・」
天幕に入ると、そこには猿轡をされ、両手を背中側で拘束された教祖が、地面に頭を着けるような格好で這いつくばっていた。その背後にいる2人の帝国の騎士は、剣を教祖へ向けながら俺を出迎えた。
「アルバート様、お待ちしておりました。今回の顛末について、報告させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ」
騎士の問いかけに理解が未だ追い付いていない俺が生返事を返すと、片方の騎士が剣を納め、俺に駆け寄って来て片膝を着いた。それはまるで、主君に対する言動のようだった。
「報告致します!今回の騒動の首魁、教祖ザイール・フェニルは、最後に残った腹心の部下を煽動し、アルバート様を亡き者にしようと画策しました。そこで、我々アルバート派閥の者達が蜂起し、教祖勢力の一掃へと動きました。そして、現時刻をもって教祖ザイール・フェニルの有する全ての権力をアルバート様へと譲位致します」
「・・・アルバート派閥?権力を譲位?」
混乱する俺は、気になる単語だけを繰り返すように呟いた。帝国の騎士が報告している間、教祖は何事か喚いていたのだが、猿轡のせいで「う~う~」唸っているようにしか聞こえない。
すると、後ろに控えていたエリーゼさんが進み出てきた。
「つまりあなた達は、帝国の行く末をアルバート殿に託したいというのですね?」
「その通りです。我々帝国の騎士は、アルバート様へ忠誠を誓います。これは、住民達の総意でもあります」
「いやいや、俺は明日ここを離れるんだぞ?そもそも帝国の住民でもないし、俺を頼られても何もできん!」
彼の言葉に俺は全力で拒否するが、まったく表情を崩す事なく言葉を続けた。
「それは重々承知しておりますが、もはや帝国が生き残るには貴方様に縋るしかない。幸い、討伐いただきましたワイバーンの魔溜石を加工し、簡易的な安全域を作成する目処がつきました」
「安全域を?魔溜石からそんなものが?」
「帝国最後の最新技術です。帝都に魔物が攻め込んできた時には起動が間に合いませんでしたが・・・それに、現状では効果はもって半年ほどです。使用には難度8以上の魔物の魔溜石が湯水の如く必要になるので、安定して維持するのは現実的ではありません」
自嘲するような表情で話し始めた騎士は、その技術の弱点を説明した。確かに今の帝国騎士の人員で、難度8以上の魔物を大量に狩るのは危険の方が大きい。そして、彼らが安全に生活出来る猶予を半年であると申し出てきたと言うことは・・・
「つまり、俺に半年以内に戻ってきて欲しいと?」
「無茶なお願いをしているのは理解しております。王国の為政者の方々の考えもあるでしょう。しかも今の我々では、交渉材料として提供できるものは非常に少ない・・・帝国に僅かばかり残された技術と忠誠心くらいでしょう・・・」
彼らも無茶苦茶な事をお願いしているという自覚はあるようだ。言い募ってくる騎士の彼の表情は、非常に申し訳ないといった顔をしている。
「アルバート殿。私からもお願い致します!皇帝陛下に上申し、帝国が保有する中でも最大限貴重な情報を提供させていただけるように致します!他にも望みのものがあれば何なりとお申し付け下さい!」
彼らの対応に困っていると、エリーゼさんも俺にお願いしてきた。しかも腰を90度に折って深々と頭を下げてくるので、余計困ってしまう。
「そう言われてもな・・・こう見えて俺は王国で序列1位の騎士だ。王族との繋がりもあるし、俺の独断では決められない」
「分かっております。王国に戻りましたら、こちらの事情を全て詳らかにして交渉させていただきたいと考えております」
「・・・期待に添えられない可能性の方が高いと思うぞ?」
「それでも、帝国の住民が生き残れる可能性があるのなら、私はそれに全力を尽くすだけです」
確固たる決意を秘めエリーゼさんの様子に、俺はそれ以上なにも言えなくなってしまう。何より、その表情には自らの欲望というものが一切感じられず、国のため、民のために動くという、騎士として眩しいくらいの矜持が感じられた。
(エリーゼさんには恩もあるし、力になりたいとは思うが、王女のこともあるし、どうなることか・・・)
内心でため息を吐き出しながら、面倒なことになったものだと頭を抱えたのだった。
「分かってる」
夜の帳も落ち、多くの者達が寝静まった頃だった。明日にはこの帝国を離れ、王国に帰還する前夜に懸念していた事態は起こった。
帝国では部外者である俺達5人に割り振られた建物で就寝していると、その周りを殺意を持った者達に囲まれつつあった。それにいち早く気づいたのは索敵の得意なレックで、俺に小声で危機を知らせてくれた。
「どうする?全員処分するか?」
真剣な表情を浮かべながら対応を確認してくるダニエルに、俺は少し考え込んでから口を開いた。
「いや、腐っても彼らは今の帝国の貴重な戦力だ。殺してしまうのは不味いだろう。動けないように拘束し、後はここの住民達の判断に委ねる」
「・・・それが良いですかね」
俺の判断にレックは逡巡するも、すぐに同意した。他に良い策が思い浮かばなかったのか、それとも何か別のことを考えていたのかは分からないが、とにかく迎撃体制を整えようとしたところで、女性側とのスペースを仕切る布を捲って、エリーゼさんが完全武装の姿で現れた。
「アルバート殿。ここは私が」
彼女は怒りを圧し殺したような表情を浮かべながら、自分に対応を任せて欲しいと言ってきた。そんな彼女に対し、俺は意外に思いつつも確認する。
「人数はおそらく10人前後。こちらの対応は聞いていたと思うが、拘束だ。出来るか?」
「これでも帝国で剣聖の称号を継いだ者です。恩を仇で返すような奴らに遅れはとりません」
エリーゼさんの強い意思を秘めた瞳を見て、俺は彼女に任せることにした。
「分かった。危険だと判断したら援護に入る。背中は気にしなくて良い」
「ありがとうございます。ではーーー」
そう言い残すと彼女は身体強化を施し、足早に建物を出た。そして数分後、事態は呆気ないほど簡単に幕引きとなった。
「さて、どうしますかな・・・」
襲撃者は全員で11人。全員意識を絶たれ、簀巻きにされた状態で地面に転がっていた。さすがに皇帝から帝国最強の騎士と評されるエリーゼさんだと評価したいところだが、実は彼女が動き出してからすぐ、別の帝国騎士が参戦し、エリーゼさんと共に襲撃者を拘束していったのだ。
そのため、俺が危惧していたようなことは起こらず、迅速に事態は収まった。
そんな状況のため、黒い目出し帽を被った襲撃者達を見ながら、ダニエルが顎に手を当ててため息を吐いたのだ。幸いにして、一般の住民が起きたような気配はなかった。
この中には主犯であろう教祖の姿はない。彼はどちらかというと、武力を行使するより頭を行使するタイプだ。現場に来ないのは分かるが、今の帝国でこれだけの騎士を動かせる権力は彼しか有していないはずなので、いくら襲撃者に覆面を被らせても、誰が黒幕かは一目瞭然だ。
問題は、エリーゼさんに協力した騎士達だが、彼らは俺に対して頭を垂れ、「教祖の天幕へお越しください」と言うだけだった。
「とりあえず、彼らが言う通り教祖の天幕へ行くか。どうせ明日にはここを立つが、暗殺を企てる暇があるなら、帝国を再建する策でも考えてろと言っておくか」
そう考え、よくわからない状況に眉間を揉みほぐしながら、教祖の天幕へと向かった。
「アルバート様。どうぞ」
「あ、あぁ。ありがとう」
教祖の天幕へ到着すると、教祖の護衛であるはずの騎士が2人、恭しく片膝を着きながら中へ入るように促してくる。何かの罠かとも思ったが、騎士から敵意を感じられなかった為、俺達5人は言われるままに足を踏み入れた。
「っ!?これは・・・」
天幕に入ると、そこには猿轡をされ、両手を背中側で拘束された教祖が、地面に頭を着けるような格好で這いつくばっていた。その背後にいる2人の帝国の騎士は、剣を教祖へ向けながら俺を出迎えた。
「アルバート様、お待ちしておりました。今回の顛末について、報告させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ」
騎士の問いかけに理解が未だ追い付いていない俺が生返事を返すと、片方の騎士が剣を納め、俺に駆け寄って来て片膝を着いた。それはまるで、主君に対する言動のようだった。
「報告致します!今回の騒動の首魁、教祖ザイール・フェニルは、最後に残った腹心の部下を煽動し、アルバート様を亡き者にしようと画策しました。そこで、我々アルバート派閥の者達が蜂起し、教祖勢力の一掃へと動きました。そして、現時刻をもって教祖ザイール・フェニルの有する全ての権力をアルバート様へと譲位致します」
「・・・アルバート派閥?権力を譲位?」
混乱する俺は、気になる単語だけを繰り返すように呟いた。帝国の騎士が報告している間、教祖は何事か喚いていたのだが、猿轡のせいで「う~う~」唸っているようにしか聞こえない。
すると、後ろに控えていたエリーゼさんが進み出てきた。
「つまりあなた達は、帝国の行く末をアルバート殿に託したいというのですね?」
「その通りです。我々帝国の騎士は、アルバート様へ忠誠を誓います。これは、住民達の総意でもあります」
「いやいや、俺は明日ここを離れるんだぞ?そもそも帝国の住民でもないし、俺を頼られても何もできん!」
彼の言葉に俺は全力で拒否するが、まったく表情を崩す事なく言葉を続けた。
「それは重々承知しておりますが、もはや帝国が生き残るには貴方様に縋るしかない。幸い、討伐いただきましたワイバーンの魔溜石を加工し、簡易的な安全域を作成する目処がつきました」
「安全域を?魔溜石からそんなものが?」
「帝国最後の最新技術です。帝都に魔物が攻め込んできた時には起動が間に合いませんでしたが・・・それに、現状では効果はもって半年ほどです。使用には難度8以上の魔物の魔溜石が湯水の如く必要になるので、安定して維持するのは現実的ではありません」
自嘲するような表情で話し始めた騎士は、その技術の弱点を説明した。確かに今の帝国騎士の人員で、難度8以上の魔物を大量に狩るのは危険の方が大きい。そして、彼らが安全に生活出来る猶予を半年であると申し出てきたと言うことは・・・
「つまり、俺に半年以内に戻ってきて欲しいと?」
「無茶なお願いをしているのは理解しております。王国の為政者の方々の考えもあるでしょう。しかも今の我々では、交渉材料として提供できるものは非常に少ない・・・帝国に僅かばかり残された技術と忠誠心くらいでしょう・・・」
彼らも無茶苦茶な事をお願いしているという自覚はあるようだ。言い募ってくる騎士の彼の表情は、非常に申し訳ないといった顔をしている。
「アルバート殿。私からもお願い致します!皇帝陛下に上申し、帝国が保有する中でも最大限貴重な情報を提供させていただけるように致します!他にも望みのものがあれば何なりとお申し付け下さい!」
彼らの対応に困っていると、エリーゼさんも俺にお願いしてきた。しかも腰を90度に折って深々と頭を下げてくるので、余計困ってしまう。
「そう言われてもな・・・こう見えて俺は王国で序列1位の騎士だ。王族との繋がりもあるし、俺の独断では決められない」
「分かっております。王国に戻りましたら、こちらの事情を全て詳らかにして交渉させていただきたいと考えております」
「・・・期待に添えられない可能性の方が高いと思うぞ?」
「それでも、帝国の住民が生き残れる可能性があるのなら、私はそれに全力を尽くすだけです」
確固たる決意を秘めエリーゼさんの様子に、俺はそれ以上なにも言えなくなってしまう。何より、その表情には自らの欲望というものが一切感じられず、国のため、民のために動くという、騎士として眩しいくらいの矜持が感じられた。
(エリーゼさんには恩もあるし、力になりたいとは思うが、王女のこともあるし、どうなることか・・・)
内心でため息を吐き出しながら、面倒なことになったものだと頭を抱えたのだった。
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