騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第三章 神樹の真実

神樹 28

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 王城内にて発生した王位簒奪という前代未聞の大事件。ようやく解決の兆しが見えた頃には、既に深夜と呼んでも差し支えない時間帯となっていた。

オースティンは崩御された国王の遺体を、執事やメイドに指示して場所移した。本来は騎士に指示すべきことなのだが、現状では信頼に足る人物が判断できないこともあり、幼少から自身に仕えている者達を呼び寄せていた。

その後、クリスティーナと今後の対応などについて擦り合わせを行い、足早に謁見の間を退出して行った。どうやらこれから俺に軍務大臣を兼務させるための命令書を発行するようだが、国王陛下のみが使用できる玉璽ぎょくじが必要になるとのことで、王の執務室へ向かったとのことだ。

また、クリスティーナは王城内の沈静化と今回の事件における情報を封鎖する必要があるため、こちらも自身に幼少期から仕えていた信頼できる執事やメイド達を引き連れて、王城内を駆けずり回ることとなった。

謁見の間に残った俺は、帝国の騎士達と協力して無効化した王国騎士拘束し、未だ気を失ったままの皇帝の元へと歩み寄った。そこには皇帝を心配そうに見つめ、膝枕をしているエリーゼさんがいる。

「皇帝陛下は無事ですか?」

「魔力欠乏による一時的な意識の昏倒ですので、安静にしていれば大丈夫です」

「それは良かった。皇帝陛下が居なければ危ないところだったでしょう。目が覚めましたら感謝を伝えなければなりませんね」

「アルバート様のお力を信頼してのことでしょう。しかし、本来は皇帝として短慮な行動であることは間違いありません。目が覚めましたら、キツく忠告しなければ」

俺の言葉に、エリーゼさんは気絶している皇帝に対して目をつり上げながらも怒りを露にしていたが、その声音は優しさが感じられた。確かに皇帝として、自身を犠牲にするような行動は臣下として認められないだろう。生死を別ける極限の状況であったとしても、いや、そういった状況であればこそ、自らの身の安全を優先してもらわなければならない。

今回の行動は、国の長たる皇帝として見れば不適格だが、人として見た時は、これ以上ない信頼に足る行動だった。

「程々にしてあげてください」

「アルバート様がそう仰るのであれば、仕方ありませんね」

「・・・いつからエリーゼの主人は、アルバート殿になったのですか?」

俺とエリーゼさんが談笑していると、目を覚ました皇帝が上体を起こし、唇を尖らせながらいじけるように苦言を呈してきた。そんな皇帝の様子に、エリーゼさんは呆れを隠さずに口を開いた。
 
「後先考えない主人を持つと、臣下は気苦労が絶えなくて大変なのです」

「今更ですね、エリーゼ。そんな事、昔から分かっていたでしょう?」

「ええ。能力のせいだとは分かっていますが、やれこうすれば上手く行く。あれをすれば間違いないと、幼少の頃から付き合わされていましたからね・・・・」

「実際それで上手く行ったではないですか」

「実際それで大怪我したこともあります」

「むぅ・・・」

皇帝とエリーゼさんとの会話を聞いていると、幼い頃からの関係性を感じられるものだった。お互いがお互いを信頼しており、憎まれ口を叩き合いながらも、それは愛情表現の様にも感じられた。

とはいえ、今は2人の様子を微笑ましく見ている場合ではない。

「皇帝陛下。先程は危ないところを助力していただき、ありがとうございます。ところで、状況は依然として厳しいままです。王国の安全域が消失してしまった以上、早急に防衛体勢を整える必要があります。今の急ごしらえの状態では余裕がなく、すぐに限界がくるでしょう。帝国の皆さんにも協力していただく必要があるかもしれません」

「もちろん我々も協力は惜しみません。武力としてはお役に立てることは少ないでしょうが、情報としてはお役に立てるでしょう」

「それは、神樹を復活させるすべや情報を有しているということですか?」

皇帝の言葉に、俺は期待を込めて問いかけた。

「ええ。とはいえ、神樹の復活は簡単ではありませんし、時間も掛かります。」

「それはそうでしょう。遥か昔から国を守護していた大樹です。その復活が容易でないことくらいは想像がつきます。それで、具体的な方法や期間は分かりますか?こちらとしても、それを念頭に置いた防衛計画を立案しなければなりませんから」

俺の問いかけに、皇帝は少し考える素振りを見せながらも口を開いた。

「・・・神樹を復活させるには、一度完全に神樹を殺さなければなりません」

「な!?神樹を殺す?」

その方法に、俺は敬語も忘れて目を丸くして驚いたが、皇帝は右手を挙げてこちらを制すると、気にせず諭すような口調で続きを語った。

「神樹は枯れ始めから完全に生命活動を終えるまでに、およそ100年の月日が流れると言われております。そして、その生命を終えようとする瞬間、神樹は種を残すのです」

「なっ!?百年なんてとてもじゃないが待っていられないぞ!」

「ええ。ですので我々で強制的に生命活動を終えさせ、種を残してもらうのです」

「・・・なるほど。では、種が発芽して安全域が戻るまでの予想期間は分かりますか?」

「発芽には大量の魔力が必要になると言われています。帝国の資料によれば、3000人の騎士が交代で魔力を注ぎ、一ヶ月程で発芽に至ったとあります。種が発芽すれば、安全域が復活するようです」

「・・・・・・」

皇帝の説明に俺は絶句する。現状で3000人もの騎士を防衛から外すというのは、非現実的に過ぎるからだ。

元々王国の安全域と魔物の領域との境には外壁も何もない。今は土魔術を用いて簡易な壁を築いているが、あくまでその場凌ぎのもの。そもそも魔物の進行方向を限定したり、遮蔽物として使用しているもので、侵入を塞き止めることは想定していない。

俺としては7つの騎士団の騎士、総勢約7000人の内、人員の8割を越える6000人程度を王国を囲うように配置し、300人づつの3交代体制で余力を残しつつ長期戦も視野に入れ、残る1000人と学院の生徒達で魔物が内部に入り込んだ場合の討伐を考えていたが、魔力供給に3000人規模も持っていかれるとなると話が違ってくる。

(魔物を討伐する人員を減らして魔力供給へ回すか?いや、4000人では防衛ラインを維持する余裕がなくなって数日で瓦解する・・・かといって、余力を残して対応できるような状況じゃない。学院生達だけで入り込んだ魔物の掃討にあたらせるか?いや、連携に不安があるし、最悪大量の死傷者が出かねない・・・)

頭を抱えたくなるような現状に、眉間にシワを寄せながら何か良い案がないかと思案するが、どう考えても人員に限界があり、そう簡単に現状を覆せるような作戦など思い浮かばなかった。

「(ライトは桁違いの魔力を持っているが、それでも精々騎士4、50人分が良いとこだろう・・・まったく足りないな)」

大量の魔力が必要ということで、友人として付き合いのある生徒を思い出すが、さすがに彼一人で必要魔力の大半を補えるわけではない。

小声で自分の考えを整理しながらあれやこれやと考えを絞り出そうとしていると、皇帝を介抱しているエリーゼさんが心配した様子で声をかけてきた。

「あの、アルバート殿?帝国はあくまで事前情報を有しており、魔物の迎撃体勢を万全にしていたからこその対応だったのです。その帝国と同じ対応をするには、王国は状況が違いすぎます」

「・・・それはそうですね。しかし、そうは言っても騎士の魔力が必要なのは変わりないですから・・・」

「いえ、魔力を保有しているのは騎士だけではないですよ?量の違いはあれど、全ての人は魔力を持っています」

エリーゼさんの言葉に、俺は固定概念に囚われていた事に気づかされた。

「っ!?そうか!国民に協力してもらえば良いのか!!王城周辺に集めれば、住民の護衛もやり易くなるし、数万人単位で魔力を注げば、発芽も早いかもしれない!」

一筋の光明が見えてきた状況に、少し心が軽くなった。
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