剣神と魔神の息子

黒蓮

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第六章 王女の依頼

遺跡調査 5

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 そうして王女から依頼を受けて2週間が経ち、いよいよ今日は遺跡に向けて出発する日となった。2ヶ月もここを離れるため、ポーションの納品に関しては作れるだけ作って、カーリーさんに渡しておいた。


僕が2ヶ月依頼を受けられないことに唇を尖らせていたが、王女からの依頼だと言うことを伝えると、驚愕の表情をした後、ニヤリと口許を歪めていたので、何か良からぬ事を考えていそうだった。


先週の休息日には、エイミーさんからこれまでの遺跡に関する調査報告書と、依頼の大まかな日程表を渡された。


それによると、遺跡は木が生い茂る森の中にあるなのだが、遺跡の周辺だけは木も草も生えない荒野のような状態なのだという。更に、何故か遺跡に近づくと体感気温が下がるようで、何があるか分からないので気をつけて調査する事と書き記されていた。


また、依頼の日程表には目的地までの期間が馬車を使って約7日間で、その内の2日については野営を行うとあった。逆に言えば、5日は移動中に立ち寄る街や村の宿屋で疲れを取ることが出来るということだ。しかも、宿代等のお金も王女が持ってくれるという。


改めて考えても、これ程恵まれた依頼はないだろうと言うくらい至れり尽くせりな内容だった。



 出発する時間には、アッシュ達は授業中のために見送りができないからと、既に朝の内に済ませていた。


僕は制服ではなく、先日フレメン商会で購入したばかりの服の上に、いつもの革鎧と外套を羽織っている。腰には両親から渡された剣と杖を差し、背中に背負う大きなリュックには、これから2ヶ月の間に必要になりそうな諸々の私物を詰め込んでいる。


僕の隣にはアーメイ先輩が、僕と同様に旅支度を整えており、先日購入したばかりのミスリル製の軽鎧を着込み、紺色の外套を羽織っている。腰には杖と替えの魔石を装備しており、準備は万端という出で立ちだ。


ただーーー



「ア、アーメイ先輩、結構な荷物量ですね?」


「そ、そうか?これでも厳選したつもりなんだが、やはり2ヶ月という期間は長いからな・・・」



先輩の足元には2つの大きな鞄がパンパンになって置かれており、更に背中には僕同様に大きなリュックが背負われている。女性は荷物が多いとはよく聞くが、軽く見積もっても僕の3倍の荷物量はありそうだった。



「ま、まぁ、途中で街にも寄るようですから、足りなくても何とかなりますよ」


「そうだな。消耗品は経費として向こう持ちということだし、本当に今回の依頼は至れり尽くせりだよ」



そんな様子で先輩と談笑しながら学院の正門前で待っていると、遠目に馬車が近づいてきているのが見えた。



(おっ、あれかな?)



その馬車は二頭引きで、落ち着いた木目調の客車部分はかなり大きく、しっかりとした造りになっているようだった。また、その屋根にはたくさんの荷物が乗せられていた。


御者席には、黒い外套を着た見慣れぬ男性が手綱を握っており、おそらくはこの人がこれから2ヶ月間一緒に同行することになるもう一人の近衛騎士なのだろう。




「お待たせしましたアーメイ様、ファンネル様、私は本日より皆様と共に王女殿下からの依頼に同行致します、セグリットと申します」



 僕らの目の前で馬車が止まると、御者席に座っていた男性が馬車から降り立ち、恭しく腰を折りながら自己紹介をしてきた。



「私はエレイン・アーメイです。道中苦労を掛けるかもしれませんが、こちらこそよろしくお願いします」



先輩が少し腰を折るような仕草で挨拶しているのを横目で見て、僕もそれに習うようにセグリットさんに挨拶をする。



「初めまして、エイダ・ファンネルです。色々ご迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」



そうして僕達が簡単な挨拶を済ますと、客車からエイミーさんが降りてきた。



「おはようございます。お二人とも準備はよろしいでしょうか?」



彼女の言葉に、僕と先輩はお互い見合いながら問題ないことを告げると、彼女は僕達の荷物を客車の屋根に運び始めた。


セグリットさんは高さのある客車に乗りやすくするための踏み台を用意して、乗車するように僕らに促してきた。正直、どこぞの貴族様でも歓待しているような対応に困惑してしまうが、とりあえず言われるがままに馬車へと乗り込んだ。



「・・・凄いですね」


「本当にな・・・」



乗り込んだ僕の第一声に賛同するようにアーメイ先輩も呟いた。広々とした車内は、ソファーのようなフカフカの座席が対面に設置されており、とても馬車の中とは思えないほど高級そうな造りになっていた。


実際に座ってみると、身体がどこまでも沈み込みそうな錯覚を起こすほど柔らかで、そのまま寝てしまえるぐらいに快適だった。先輩と向かい合わせに座っていると、荷物の積込が終わったのだろう、エイミーさんが乗り込んできた。



「お待たせしました。積み込みが終わりましたので出発いたします」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」



エイミーさんの言葉に先輩が感謝の言葉を伝えていたので、僕もそれに倣った。彼女は御者席との連絡用に取り付けられている小窓を開くと、セグリットさんに馬車を出すように指示を出した。すると手綱を操る音が聞こえ、ゆっくりと馬車は動き出したのだった。




 遺跡へ向かうまでの道中、街道沿いにある5つの街や村を経由することになる。地図でその場所を確認すると、結構な距離が離れているように見えるが、この馬車を引く馬は近衛騎士団で使用している馬の中でも、特に力のあるもののようで、乗り合い馬車以上の速度が出るということだった。


適時、馬の休憩も取りつつ歩みを進めていくなか、交代で御者をしてくれるエイミーさんとセグリットさんと世間話をしながら過ごす。


その中で分かったのは、エイミーさんは子爵の家の出で、セグリットさんは男爵の家の出ということだ。ちなみ2人とも長子ではなく、家の爵位を継ぐ者は別の兄妹なのだという。


また、外套の下の装備は近衛騎士団の純白の鎧ではなく、一般的な軽鎧の防具だったので、気になって聞いてみると、今回の任務では近衛騎士として目立たないように命令されているからということだった。


そもそも依頼の主たる目的は、僕に対しての貴族からの注目のほとぼりが冷めるまで身を隠すという性質があるので、目立つ事は出来るだけ避けるということだ。


また、この先魔獣との戦闘が無いとも言えないので、エイミーさんとセグリットさんの戦闘スタイルを確認すると、エイミーさんは剣術師で、セグリットさんは魔術師ということだ。2人とも第四段階の実力の持ち主らしく、ギルドの武力ランクで言うところのBランクということだった。


正直、エイミーさんがBランクなのは驚きはしたが、それを言えば失礼になってしまうので、驚きを隠しつつ、冷静な反応を心掛けた。


だというのに彼女は半眼になりながら、「なんか失礼な視線を感じるんですけど?」と、憤慨していた。馬車の中の狭い空間で、何時間も一緒にいた影響だろうか、彼女の口調は以前のものに戻っていた。


そんな様子にアーメイ先輩は、時折唇を尖らせるような仕草を見せるが、先輩の雰囲気の変化を敏感に感じとると、僕はすぐさま先輩に話しかけることで事なきを得ていた。


そんな僕の態度に、エイミーさんがほくそ笑んでいるのを見ると、年上で、今回の旅路において多大にお世話になるにもかかわらず、ついついイラっとしてしまうのは、彼女の人柄がなせる技だろう・・・悪い意味で。




 そんなこんなで、僕達4人はそれなりに談笑しながら1日目、2日目と順調に旅路を進めていった。朝は早めに出発するが、夕方までには次の目的地の街へと到着し、宿で疲れをしっかり癒して翌日を向かえる事ができている。


しかも、宿代は全て向こうの負担で、それなりに良い部屋に泊まれるので、これが依頼なのか旅行なのか勘違いしそうなほどに快適な旅路だ。



 そして、出発してから3日目である今日、ついにこの依頼初めての野営となる。次の街まではどう頑張っても2日ほど掛かるらしく、既に夕暮れ近くとなった今は、街道脇の開けた場所でテントを広げて野営の準備を行っている。



「それにしても、そんなに豪華で目立つ馬車でもないのに、街中では結構住民の方の視線を感じましたね」



僕はテントの組み立てを手伝いながら、一緒に作業しているセグリットさんに話しかけた。ちなみに、アーメイ先輩とエイミーさんには食事の準備をしてもらっている。



「そうですね。目立たないような外装ではありますが、一般的な馬車と比べると馬も良いですし、客車も大きいですから、どうしても注目を集めてしまうのでしょう」


「そうなんですね。物珍しさからくる視線だけでは無かったものですから、何も無いと良いんですけどね・・・」


「エイダ殿、それは・・・?」



僕の呟きにセグリットさんは、心配した様子で言葉の意味を尋ねてきた。



「いえ、杞憂なら良いんですけど、街中ではこちらを品定めするような害意のある視線も感じたので・・・」


「なるほど・・・夜営の際には十分注意しなければならないようですね」


「とはいえ、街を出てきて跡をつけてきている気配はなかったので、何も無いとは思うんですが・・・」


「そうですか・・・。ただ、盗賊などの犯罪組織は、街中に監視員を置き、獲物の情報を街の外に潜む仲間に連絡して襲わせますので、油断は禁物でしょう」



セグリットさんの話では、行商人やお金を持っていそうな豪奢な馬車に乗る人物を街中で見繕い、何らかの手段を用いて街の外にいる仲間に連絡して襲わせるので、つけられていないからといって安心はできないということだった。



「でしたら用心に越したことはないですね。僕も注意しておきます」


「いえ、その辺の犯罪者ごとき、我々近衛騎士の敵ではありませんよ。余程相手が大人数で攻めてこなければ問題ありません」



セグリットさんのその言葉に、王女殿下の馬車が教われていたときの事を思い出す。



(たしかあの時は20人位の盗賊に囲まれていたっけ。さすがに近衛騎士でも戦力比が5倍ともなると敵わないってことかな?)



セグリットさんは護衛も兼ねているので、こちらに気を使って問題ないと言っているかもしれないが、夜営時は襲撃の可能性も考えて注意することにした。



 しばらくしてテントの組み立ては終わり、男女別用に2つが組上がった。広さは、人2人が余裕をもって休めるくらいの大きさで、フカフカな寝袋で快適な睡眠がとれそうだ。


そして、先輩達が作っていた夕食の準備も整ったところで、僕達は食事を摂ることにした。夕食は肉汁滴るお肉と新鮮な野菜を挟んだサンドイッチだ。どの食材も前の街に立ち寄ったときに調達している。


僕はこういった遠征を行う際には予め保存の効く食料を大量に準備していくか、現地調達のように獲物を刈るのかと思っていたのだが、きちんと旅のスケジュールを計画すればそんな必要は無いのだと思い知った。


みんなで焚き火を囲みながら夕食を済ませ、夜営時の見張りについて確認をされたが、基本的にはエイミーさんとセグリットさんが交代で行うので、僕とアーメイ先輩は寝ていても構わないと言われた。


固辞しようとしたのだが、「仕事ですから」と一顧だにされなかった。僕らも依頼を受けている以上は仕事なんだけどと思ったのだが、エイミーさん達の意思は固かった。


そうして、しばらく依頼についての今後の行動を確認したり、雑談をしたりしていると、辺りは完全に暗闇となり、そろそろ休もうということになった。見張りは先にセグリットさんがするらしく、僕達はテントに入って身体を休めた。
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