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1.婚約破棄されました
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「イリス、お前との婚約を破棄する!」
ギラギラと光る指輪を見せつけるようにワイングラスを持ち上げて、カールが声を響かせた。
オフホワイトのスーツに金ボタン、磨き抜かれた黒革の靴。頭から足の先まで金をかけた衣装に身を包んだ彼は、まさしく「成金」という言葉にふさわしい。
更に隣には、豊満な胸を強調するドレスを着た美女を従えていた。女はきつく巻いた金髪に指を絡めながら、カールにしなだれかかっている。
いかにもこの片田舎のレストランに似つかわしい情景で、イリスは内心苦笑を漏らす。
「……理由をうかがってもいいかしら?」
「理由?」
ハッと息を吐いてカールは語気を強める。
「見てわからないのか? 何の面白みもない地味なお前と、魅力的な彼女。どちらを選ぶかは一目瞭然だろ? 俺はこのエリーゼと結婚するんだ」
彼はニヤニヤと口の端を上げて、ちらりと隣の美女に目を向けた。
その視線につられるように顔を上げたエリーゼという女性は、赤い唇を弓なりにして微笑む。
しばしカールと見つめあった後、彼女はイリスに目を移してクスリと笑った。
「そうですか」
そんなふうに勝ち誇った顔をされても、悔しさは湧かない。
なぜならこの婚約は、お互いの家の利害関係で結ばれたものでしかないからだ。
男爵令嬢のイリスは領地の不作続きで金が必要だったし、裕福な商人であるカールの家は商売を広げるために貴族とのつながりを求めていた。そのために結ばれた婚約なのだ。
だから本来ならカールの一存で婚約破棄はできないはずなのだが――。
そう思い首をひねっていると、前に歩み出たカールがイリスの耳に顔を寄せてきた。
「どうせ家督を継ぐのはお前の弟だろう? お前と結婚しても、手に入るのは貧乏男爵家とのつながりだけ。そんなしみったれた利益で俺の一生を棒に振るのはまっぴらなんだよ」
「はぁ……」
「婚姻後に俺を男爵にすると言うんなら、考えてもよかったんだけどな」
「……」
なるほど。
美女を侍らせて衆人環視の元、イリスに恥をかかせるような真似は褒められたものではないが、彼の言い分には一理ある。
イリスの家は長年の不作に加えて近年川の氾濫まで起こり、負債はかなりの額になっている。それを肩代わりするのはいくら裕福なカールの家といえどもかなりの負担になるはずだ。
わが男爵家の価値がそれに見合うかどうかは疑わしい。
とはいえ、弟を差し置いてこんな男に家督を継がせるなんて、それこそまっぴらごめんだが。
「わかりました」
ここでごねても仕方がない。
そもそも、はじめからこの男は気に食わなかったのだ。出会ったその日からずっとこちらを見下す態度だったし、品定めする視線にはゾワゾワした。
そんな人間に妻として一生付き従っていかなければならないのは、今思うと本当に嫌だった。
婚約が成立してから毎日憂鬱だった。その気持ちが今スッと晴れた気がする。
「カール様、エリーゼ様、末永くお幸せに。お話がお済みでしたら、これで失礼いたします」
「……えっ?」
丁寧にお辞儀をしてくるりと背を向ける。
何故か驚いているカールを残し、イリスはさっさと古びたレストランを後にした。
(そういえば、小説や歌劇では、婚約破棄といえば煌びやかな夜会や高貴な子女が集まる学園でと相場が決まっているのだけど)
首だけ振り返って、今出てきた大きいだけが取り柄のレストランを見上げる。
「なんともしみったれた舞台だこと」
ギラギラと光る指輪を見せつけるようにワイングラスを持ち上げて、カールが声を響かせた。
オフホワイトのスーツに金ボタン、磨き抜かれた黒革の靴。頭から足の先まで金をかけた衣装に身を包んだ彼は、まさしく「成金」という言葉にふさわしい。
更に隣には、豊満な胸を強調するドレスを着た美女を従えていた。女はきつく巻いた金髪に指を絡めながら、カールにしなだれかかっている。
いかにもこの片田舎のレストランに似つかわしい情景で、イリスは内心苦笑を漏らす。
「……理由をうかがってもいいかしら?」
「理由?」
ハッと息を吐いてカールは語気を強める。
「見てわからないのか? 何の面白みもない地味なお前と、魅力的な彼女。どちらを選ぶかは一目瞭然だろ? 俺はこのエリーゼと結婚するんだ」
彼はニヤニヤと口の端を上げて、ちらりと隣の美女に目を向けた。
その視線につられるように顔を上げたエリーゼという女性は、赤い唇を弓なりにして微笑む。
しばしカールと見つめあった後、彼女はイリスに目を移してクスリと笑った。
「そうですか」
そんなふうに勝ち誇った顔をされても、悔しさは湧かない。
なぜならこの婚約は、お互いの家の利害関係で結ばれたものでしかないからだ。
男爵令嬢のイリスは領地の不作続きで金が必要だったし、裕福な商人であるカールの家は商売を広げるために貴族とのつながりを求めていた。そのために結ばれた婚約なのだ。
だから本来ならカールの一存で婚約破棄はできないはずなのだが――。
そう思い首をひねっていると、前に歩み出たカールがイリスの耳に顔を寄せてきた。
「どうせ家督を継ぐのはお前の弟だろう? お前と結婚しても、手に入るのは貧乏男爵家とのつながりだけ。そんなしみったれた利益で俺の一生を棒に振るのはまっぴらなんだよ」
「はぁ……」
「婚姻後に俺を男爵にすると言うんなら、考えてもよかったんだけどな」
「……」
なるほど。
美女を侍らせて衆人環視の元、イリスに恥をかかせるような真似は褒められたものではないが、彼の言い分には一理ある。
イリスの家は長年の不作に加えて近年川の氾濫まで起こり、負債はかなりの額になっている。それを肩代わりするのはいくら裕福なカールの家といえどもかなりの負担になるはずだ。
わが男爵家の価値がそれに見合うかどうかは疑わしい。
とはいえ、弟を差し置いてこんな男に家督を継がせるなんて、それこそまっぴらごめんだが。
「わかりました」
ここでごねても仕方がない。
そもそも、はじめからこの男は気に食わなかったのだ。出会ったその日からずっとこちらを見下す態度だったし、品定めする視線にはゾワゾワした。
そんな人間に妻として一生付き従っていかなければならないのは、今思うと本当に嫌だった。
婚約が成立してから毎日憂鬱だった。その気持ちが今スッと晴れた気がする。
「カール様、エリーゼ様、末永くお幸せに。お話がお済みでしたら、これで失礼いたします」
「……えっ?」
丁寧にお辞儀をしてくるりと背を向ける。
何故か驚いているカールを残し、イリスはさっさと古びたレストランを後にした。
(そういえば、小説や歌劇では、婚約破棄といえば煌びやかな夜会や高貴な子女が集まる学園でと相場が決まっているのだけど)
首だけ振り返って、今出てきた大きいだけが取り柄のレストランを見上げる。
「なんともしみったれた舞台だこと」
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