訳あって、虎の威を借る女狐令嬢を演じさせていただきます

清弘むいこ

文字の大きさ
1 / 3

1.婚約破棄されました

しおりを挟む
「イリス、お前との婚約を破棄する!」

 ギラギラと光る指輪を見せつけるようにワイングラスを持ち上げて、カールが声を響かせた。
 オフホワイトのスーツに金ボタン、磨き抜かれた黒革の靴。頭から足の先まで金をかけた衣装に身を包んだ彼は、まさしく「成金」という言葉にふさわしい。
 更に隣には、豊満な胸を強調するドレスを着た美女を従えていた。女はきつく巻いた金髪に指を絡めながら、カールにしなだれかかっている。
 いかにもこの片田舎のレストランに似つかわしい情景で、イリスは内心苦笑を漏らす。

「……理由をうかがってもいいかしら?」
「理由?」

 ハッと息を吐いてカールは語気を強める。

「見てわからないのか? 何の面白みもない地味なお前と、魅力的な彼女。どちらを選ぶかは一目瞭然だろ? 俺はこのエリーゼと結婚するんだ」

 彼はニヤニヤと口の端を上げて、ちらりと隣の美女に目を向けた。
 その視線につられるように顔を上げたエリーゼという女性は、赤い唇を弓なりにして微笑む。
 しばしカールと見つめあった後、彼女はイリスに目を移してクスリと笑った。

「そうですか」

 そんなふうに勝ち誇った顔をされても、悔しさは湧かない。
 なぜならこの婚約は、お互いの家の利害関係で結ばれたものでしかないからだ。
 男爵令嬢のイリスは領地の不作続きで金が必要だったし、裕福な商人であるカールの家は商売を広げるために貴族とのつながりを求めていた。そのために結ばれた婚約なのだ。
 だから本来ならカールの一存で婚約破棄はできないはずなのだが――。

 そう思い首をひねっていると、前に歩み出たカールがイリスの耳に顔を寄せてきた。

「どうせ家督を継ぐのはお前の弟だろう? お前と結婚しても、手に入るのは貧乏男爵家とのつながりだけ。そんなしみったれた利益で俺の一生を棒に振るのはまっぴらなんだよ」
「はぁ……」
「婚姻後に俺を男爵にすると言うんなら、考えてもよかったんだけどな」
「……」

 なるほど。
 美女を侍らせて衆人環視の元、イリスに恥をかかせるような真似は褒められたものではないが、彼の言い分には一理ある。

 イリスの家は長年の不作に加えて近年川の氾濫まで起こり、負債はかなりの額になっている。それを肩代わりするのはいくら裕福なカールの家といえどもかなりの負担になるはずだ。
 わが男爵家の価値がそれに見合うかどうかは疑わしい。

 とはいえ、弟を差し置いてこんな男に家督を継がせるなんて、それこそまっぴらごめんだが。

「わかりました」

 ここでごねても仕方がない。
 そもそも、はじめからこの男は気に食わなかったのだ。出会ったその日からずっとこちらを見下す態度だったし、品定めする視線にはゾワゾワした。
 そんな人間に妻として一生付き従っていかなければならないのは、今思うと本当に嫌だった。

 婚約が成立してから毎日憂鬱だった。その気持ちが今スッと晴れた気がする。

「カール様、エリーゼ様、末永くお幸せに。お話がお済みでしたら、これで失礼いたします」
「……えっ?」

 丁寧にお辞儀をしてくるりと背を向ける。
 何故か驚いているカールを残し、イリスはさっさと古びたレストランを後にした。

(そういえば、小説や歌劇では、婚約破棄といえば煌びやかな夜会や高貴な子女が集まる学園でと相場が決まっているのだけど)

 首だけ振り返って、今出てきた大きいだけが取り柄のレストランを見上げる。

「なんともしみったれた舞台だこと」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...