訳あって、虎の威を借る女狐令嬢を演じさせていただきます

清弘むいこ

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3.食えない親子

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「恋人……、ですか?」

 これまで見たこともない美しい青年に手を取られて鼓動が激しく鳴る。
 背がスラリと高く、美しい容貌の、女性の理想を具現化したような貴公子が自分の手に触れている。その瞳にイリスの顔を映している。

 婚約破棄されたときでも、ここまでの緊張はしなかった。
 もちろん、片田舎の成金のボンボンであるカールと今をときめくエヴァーハルト家のヨシュアを比べるなんて烏滸がましいのだが。

(……ハッ!)

 そこまで考えて我に返る。
 常識的に考えて、ヨシュア・エヴァーハルトが、会ったこともない片田舎の男爵令嬢に交際を申し込むわけが……ない。

「いったい、どのようなご用件でしょうか」

 危ない。あやうく空気と彼の美貌にのまれるところだった。
 そうはいかないぞ。
 と気合を入れて睨み上げると、アイスブルーの瞳を瞬かせたヨシュアはうっすら微笑んだ。

 それは先程の交際申し込みで見せた笑みよりは人間らしい、けれど厄介な人だと思わせるものだ。

「お聞きしていたとおり、聡明なご令嬢のようだ」

 そう言ったのは、しばらく様子をうかがっていたらしいエヴァーハルト侯爵だった。

 それを機にヨシュアは再び手を差し出す。
 どうやらイリスをソファまでエスコートする気らしいが、何故会ったばかりの男に自宅の狭い部屋でエスコートされなければならないのだ。

「ラスカー男爵家長女、イリスと申します。エヴァーハルト侯爵閣下とお見受けしますが、この度はどのようなご用件でお出でくださったのでしょうか」

 片手を差し出したままの息子を放置し、父である侯爵に頭を下げる。
 すると今度こそ声を出して笑った侯爵は、手と視線でイリスを父の隣に掛けるように促した。




「突然、息子が済まなかったね。これでもしっかりと教育してきたつもりなのだが」
「王都で浮き名を流していらっしゃるヨシュア様にお声がけいただけるなんて、光栄ですわ」
「こら、イリス!」

 隣に座ったイリスの父、ラスカー男爵が、慌てて娘をたしなめた。

 イリスの癖のある赤い髪と深緑の瞳は、この父譲りである。ついでに大人っぽく見える凛々しい顔立ちは母譲り。
 常々「逆なら良かったのに」と親に言われる容姿だが、他人になめられないという点でイリスは自分の容姿を気に入っている。

 ラスカー男爵に向かってまぁまぁと笑みを向けたエヴァーハルト侯爵は、息子のヨシュアが隣に座ったタイミングで前のめりになった。

「王都での息子の評判もご存じのようだね」

 その言い草は息子を恥じてるわけではなく、こちらがどこまで知っているのかをうかがっているように感じる。

(なんのつもりか知らないけど、ここで私が生意気な態度に出るのは得策じゃないわよね。なんせ宰相様なんだし)

 心得ましたとばかりにイリスは頷く。

「恥ずかしながら、この田舎では大した娯楽もないもので。王都から届く新聞を日々の楽しみにしておりますの」
「ほう、それは良い趣味だね」

 エヴァーハルト侯爵の物言いは、皮肉なのかそうでないのか判別できない絶妙な色を持っていた。
 さすが政治家だ。きっとイリスには想像もつかないほど計算高い狸親父に違いない。

(それに比べたらこちらは子狸かしら)

 向かいに座るヨシュアをチラリとうかがうと、ニコリと輝く笑みを返された。

(……くっ。さすが王都一番のモテ男)

 子狸とはいえ、笑顔が眩しい。
 また変な勘違いをしないよう、ふいっと顔を背けて視線を外す。

「イリス嬢。繰り返すが、先ほどは息子が失礼した」
「気にしておりません」

 だって、さすがに現実味がない。自分の平々凡々な容姿と可愛くない性格は自覚している。
 なにせ成金商人の息子に婚約破棄されるほどだ。

 その上王都に行ったこともないのだから彼と知らぬ間に出会っていたわけでもないだろう。

「ではそろそろ、私へのご用件をお話くだされば嬉しいのですが」

 まどろっこしいのは好きじゃない。自分に用があるのならさっさと話せ。
 そう意志を込めて見据えると、侯爵は何が楽しいのか面白そうに笑って頷いた。 
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