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一章
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しおりを挟むー『ユリウス・ロンドベリー』
その名前を久々に聞いた時は驚いた。孤児院ではあんなにやんちゃでいたずらに駆け回っていたお調子者が、今や神官として教会に勤め、その名を馳せているなんて。
私ーウォルター・レオンハルトーは、ユリウスと同じ孤児院で育ち、良き"兄弟"だった。彼は私の一つ年上で、臆病でいつも縮こまっていた私をいつも外の世界に連れ出してくれた。が、それもユリウスが10歳になるまでの話だ。
ロンドベリー伯爵夫妻は、子が望めない夫婦であった。国の孤児院をいくつも周り、ついに、天使の様に愛らしいユリウスに出会ったのだ。
「あなたはきっと幸せになれるわ。私達が、たくさん、たくさん愛してあげますからね。」
「困ったことややりたい事があれば、遠慮なく言うといい。できる限り、お前を尊重しよう。だから、どうか私達の子になってはくれないだろうか。」
ユリウスは最初こそ断っていたが、夫妻の熱烈なラブコールに結局負けてしまった。こうして、ロンドベリー伯爵夫妻は、10歳になったばかりのユリウスを伯爵家に迎え入れたのだ。
そこからのユリウスの事は何も知らなかった。ユリウスが引き取られてからは、ただただ彼に会いたいと泣き叫んだものだ。いつも、彼の言葉を思い出していた。
「ウィル、お前、俺がいなくてもちゃんとあいつらと仲良くするんだぞ?大丈夫だって、俺はウィルならしっかりやれるって信じてるから。」
ユリウスは、私を信じていると言ってくれた。私のことは、覚えてくれているだろうか。今も、私を信じてくれているだろうか。
ーーーーーーー
私は、ユリウスが孤児院を出て間もない頃に公爵家に引き取られた。まだ9歳だった。孤児院に沢山の兵士が押し寄せてきて、「ウォルターという子供はいるか」と探し回り始めたのだ。
間も無く私は見つかって、公爵家に引き取られた。後から聞いた話では、私は公爵と公爵の愛人との間に生まれた子なのだそうだ。愛人の女は私にウォルターと名付け、孤児院に預けた事を公爵に伝えた後、国を出て行った。
公爵には正妻がいた為、すぐに私を探す事ができなかったらしい。だが、私が8歳になった頃、公爵の正妻に訃報があった。それから一年かけて、私を探し出したという事だった。
15歳になって、私は社交会に足を踏み入れた。だが、そこにはユリウスどころか、ロンドベリー夫妻すらもいなかった。二年前から、どうも塞ぎ込んでしまっているらしい。
せっかく、ユリウスに会えると思っていたのに…
期待が地に落ちた私を、公爵は優しく慰めてくれた。父の腕の中は、とても暖かかった。
そして二年後、私は公爵になった。父が病に倒れたのだ。
父は正妻との間に子は作っていなかった為、必然的に私が時期公爵ということになっていた。
私がユリウスの名前を再び聞くことになったのは、私が公爵になってすぐの頃だ。もう、聞けることはない名前だと思っていた。ロンドベリー伯爵夫妻は家に塞ぎ込む様になってしまっていたし…。
「ユリウス・ロンドベリーという神官がいる。類い稀ない神聖力の持ち主で、どんな怪我や病気も治すという。近頃は手がつけられない状態の患者が増えてきているし、王宮騎士団員として、ユリウスを招きたいんだが、どうだろうか?」
聞いた時は、自分の耳を疑った。公務で忙しかったため街の状況はよく知らなかったが、ユリウスの美しい顔立ちと、どんな怪我や病気も治してみせる神聖力は、たちまち評判になっていたらしかった。
ユリウスに、会えるかもしれない。
「私が、ユリウスを騎士団に招き入れましょう。」
このチャンス、絶対に逃してなるものか。
私は強く決心を固め、再びユリウスに会えるかもしれないという期待に心を躍らせた。
とは言ったものの、一年経っても教会に行く事が出来なかった。何度アポを取っても、無視か拒絶されるだけだったのだ。この調子では、いつまで経っても進展しない。どうにかして、正当な理由で教会に行けないだろうか。そこで私は考えた。むしろなぜ今まで思いつかなかったのかを疑うほど簡単な方法があったではないか。
なぜ、人々は教会に足を運ぶのか。怪我をしたり、病を患ったり、懺悔にいったり、祈りを捧げたり、理由は様々だろう。そう、理由など、でっち上げて仕舞えばいいのだ。
私は、自分の左脚を折った。
*******
左脚の骨折を建前に、ユリウスを騎士団へ勧誘する。私からすれば、とても重要な仕事だ。
がしかし、何事も、そう上手くは事が運ぶものではない。馬車が少年を轢いてしまったのだ。
少年はいきなり道路に飛び出してくるや否や、声も上げずにその場に倒れ込んだ。
ーなんて事だ。
私はすぐその場に駆け寄り、少年の安否を確認した。結果的に少年は生きていたが、「一緒に教会に行って治してもらおう」という私の提案を断って走り出し、再び倒れてしまった。
どうしたものかと思ったが、こんな小柄な人一人を乗せられないほど馬車は狭くない。私は、少年を馬車に乗せて、教会へ向かった。
しかし、私の提案を聞いた時の少年のあの顔はどういう事なのだろう。明らかに恐怖している顔だった。それも、尋常じゃないほどに。少年はフードをかぶっていた為、顔をまじまじと見れたわけじゃないが、体の震えと息の浅さから見て、かなりの焦燥感に追われている様だ。
何か、大事な用事があったのだろうか。
そう思った途端に、申し訳なさが込み上げてきた。私だって、これから大事な、大事な用事があるのだ。それを邪魔されてしまっては、悔やんでも悔やみきれないだろう。私は、何か選択を誤った様な気がしてならなかった。
しばらくして、少年が目を覚ました。私の馬車に乗っていると気付いたのか、開いた口が塞がらないでいる。
「君は、私の申し出を断って無理に体を動かしたから、その反動で倒れてしまったんだ。」
私が状況を説明すると、彼の拳に力が込められた。どす黒い憎悪の塊が私に向けられている事がわかった。やはり、私はなにか選択を間違えてしまったのかもしれない。
「君は、何か急ぎの用事があったのかい?突然飛び出してきたのも、轢かれた後、すぐに駆け出して行こうとしてしまったのも…何か、大切な用事があったのだろうか」
「……」
なぜ、何も答えないんだろう。馬車に轢かれた時でさえ、彼は声を上げなかった。
膝の上で硬く握り締められた拳はぷるぷると震えている。少年の私に対する憎悪は、いつのまにかなくなっていたようだ。俯いて、恐怖に身を震わせている。彼が哀れに思えて仕方がなかった。
少しして、少年が、こちらを申し訳なさそうに見つめているのに気付いた。私は何か気を紛らわす話題を話そうと思い、少年に話しかけた。
「ああ、私の事情のことは心配要らないよ。私もちょうど、教会に行くところだったんだ。知っているかい?教会には、どんな傷や病も治せる、ユリウスという神官がいるらしいんだ。君も、その神官に診てもらうといい。きっと、一瞬で治してくれる。」
少年は、何故か私の言葉を聞くや否や固まってしまった。何故だろう、微動だにしない。
どこか痛んだのかと思い話しかけようとしたが、その後の展開は意外なものとなった。
少年が私にひざまづいて、私が折った左脚に手を置いたのだ。
なんだ?どうしたんだ。さっきから、この少年の考えてる事が全く掴めない。
すると、私の脚が光に包まれた。まさか、いや、そんな筈はない。教会から神官が出ることは禁止されているはず…
私の脚は、完璧に治療された。関節のズレや多少の痛みも残さず、私の脚は治ってしまった。困った、これではユリウスに会う口実が丸潰れだ。
しかし、少年が教会に行きたがらなかった訳がなんとなくわかった。彼は、教会から抜け出してきたのだろう。確かに、神官の生活習慣は私にも耐えられそうにないものだ。それを私が無理やり連れ戻してしまったのだから、憎悪を私に向けたのも納得がいく。私の行動が間違っているのか、いないのか、わからなくなってしまったな。
馬車が教会に着くなり、少年は素早く馬車から降りた。逃げるように教会へと向かう彼を、私は必死で呼び止めた。
「待ってくれ!君は、君は神の子なのか!?」
少年が立ち止まり、ゆっくりと振り向く。彼を引き止めるために、急いで言葉を紡いだ。
「私も着いていくよ。もとより私は、この脚のために教会に来たわけじゃない。それに、恩人に自己紹介もできていないままでは、私も紳士としての示しがつかないんだ。許してくれ。」
彼には、何か特別なものを感じた。名前も知らない少年だが、ずっと探し求めていた何かに手が届きそうな、そんな感覚だった。
せめて、名前だけでも聞く事ができれば…
「私は、ウォルター・レオンハルト。レオンハルト公爵家の当主だ。君の、君の名前を聞かせてくれないか。」
少年は私の顔をまじまじと見つめ、何か想いに耽っている様子だ。しかし、私の問いに答えることはせず、にこりと微笑むだけだった。
やはり、何も答えてはくれないか…。私は、彼にとっては恨みの対象だろう。答えてくれないのも無理はない。
こうなったらいっそ、口実も建前もなしにユリウスを勧誘するしかない。そうだ、やっと会えるのだ。6年間、ずっと会いたかった、あのユリウスに。ここでへこたれている場合ではないのだ。
と、思った矢先だった。
「まさか、まだ脱走を諦めていなかったとはな。ユリウス。貴様は何度私を怒らせれば気が済むのだ?」
今、神官長はなんと言ったんだ。私の隣にいるこの少年を、ユリウスだと言ったのか。そんなまさか。
ユリウスと呼ばれた少年の目は、静かに神官長を見つめている。全てを、諦めた表情だった。無自覚だろうが、生きることさえも諦めたような、壮絶な過去を想像させるには十分すぎる絶望感だった。
「ああそうだ、お前は口が聞けないんだったな。私の愚問だったよ。まあ、自分から戻って来たことは褒めてやる。」
ーなんだって?
口が聞けない?喋っていなかったのではなく、喋れなかった…?
「ま、待ってください神官長。この子がユリウスなのですか!?それに、口が聞けないというのは!?」
「…っ!?あ、あなたは公爵家の…」
「申し遅れました。私はレオンハルト公爵家当主、ウォルター・レオンハルトです。本日は、神官のユリウス・ロンドベリーに会う機会をいただきたく伺いました。それで、先程の発言はどういうことなのですか?」
彼が本当にユリウスだと言うなら、先ほどの神官長の発言は無視できない。彼の死んだような表情も、絶望も、全てただ事ではない…!!
「…ユリウスは罪を犯しました。その罰を自分に課しているだけの事です。」
何を、言っているんだ。こいつは。
わなわなと怒りが込み上げてきているのを感じた。
自分から口を閉ざしただけなら、轢かれた時声を上げなかったのはおかしくはないのか。絶対に、何かがおかしい。
「今日のところは、お引き取り願いたい。」
納得できない、ユリウスが罪を犯したなど!いくらいたずらは好きでも、それだけで声を奪われる程の罪だなんて!!
「ですが…!」
パァン!!!
突然、破裂音が頭に響き、頬に衝撃が走った。
なんで…
私は、その時初めて、フードの下から少年の顔が見えた。
ああ、なんということだ。
彼は間違いなく、ユリウスだった。
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