神官にはなりたくないので幼馴染の公爵様と下剋上します

だるま

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一章

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 ユリウスに会えた。なんという幸福だろう。6年間、ずっと会いたかった。すぐ近くにいるというのに叶わなかった再会が、こうしてまたようやく果たされたのだ。僕は、今涙が出そうなほど嬉しいんだよ。だからユリウス、どうか許して欲しいんだ。君の意思を聞かず神官長の部屋を後にしたことも、会えた喜びで思わず抱きしめてしまったことも。そんなに怒った顔をしたって、僕には逆効果だ。ああ、どうしてこんなに胸が高鳴るんだろう。きっと、ユリウスは神に愛されてるんだね。昔からそうだったな。ユリウスには友達が沢山いたし、誰からも親しまれてた。そうか、神に愛されてるなら、納得だ。

 思考がだんだんとおかしな方向へずれていく。神に愛されてるなら~辺りでユリウスに足を踏まれてしまった。全然痛くないよ、やっぱり優しいな。

 ああ、この一か月足繁く通った甲斐があった。あったが、会う為だけに来たのではない。ユリウスを腕から離し、少し乱れていた髪を整える。ユリウスは、真剣な眼差しでレオンハルトを見つめていた。


「ユリウス、話があるんだ。長くなる。どこか、話し合える場所は無いかい?」


 ユリウスは一度浅く頷いて、レオンハルトが来た道を戻る形で進み始めた。レオンハルトもすぐに着いていく。やたらと早足なユリウスの歩調には、焦りが感じられた。

 五分ほど歩いた先で、ユリウスは足を止めた。どうやら到着したらしい。ここは…なんの部屋だ?
 少し観察すると、扉の上には"ユリウス"という文字が刻まれている。

 ここは…ユリウスの部屋?

 そうとしか考えられない。だが、神官は一人部屋が与えられるものだっただろうか。教会で暮らす神官には基本、プライベートな空間というものが必要ない。その為、並の神官の部屋ならば一部屋に沢山のベッドが置いてあり、大人数で共有するものなのだが、ユリウスはそうではない。完璧な一人部屋だ。

 一体なぜ…?

 ユリウスの部屋にあったものは古い机と硬そうなベット、本棚とクローゼットのみだった。本棚と言っても、あるだけでそこに本は無い。到底、こんな部屋に6年間住み続けていたとは考えられなかった。机はまだしも、ベットに至るまでもがホコリをかぶっている。


「ここは…ユリウスの部屋じゃないのか?どうしてこんなに使われていないんだ?」


 ユリウスは困ったような表情でこちらを見た後、すぐに振り返ってベットのホコリを払った。

 …そうだ、喋れないんだったな。答えられない形で質問してしまった。

 ユリウスは机をベットの近くに運び、椅子をベットに向かい合う形で机に寄せた。そして、椅子に向かい合うようにベットに腰掛けた。


「私はここに座ればいいのかい?」


 椅子に手を置いて尋ねると、ユリウスはこくりと頷いた。殺風景すぎる部屋に唖然としていて気づかなかったが、机の上には紙とペンが置いてある。


「筆談か。いいね、わかったよ。」


 僕が椅子に腰掛けると、ユリウスは早速ペンを動かした。

 "ありがとう。できればあなたにも筆談をお願いしたい。ここは壁が薄いから。"

 ああ、なるほど。確かに神官長に気づかれるとまずいからね。僕は少し大袈裟に相槌をうった。すると、ユリウスも頷いて持っていたペンと紙を渡してきた。早速用件を書けということかな?もう少し前置きを楽しみたかったけど…まあいいか。確かに時間は有限だ。

 "じゃあ早速だけど、王宮騎士団の件について考えてくれたかな?"

 ユリウスに紙を返した後、彼は少し気が悪そうな顔をしていた。そして素早く返答を書いてこちらに見せてくれた。

 "今は、ダメだ"

 少し、いやかなり意外だ。この環境は、僕が知っているユリウスなら地獄のように感じるはずだ。今すぐにでも逃げ出したいというなら叶える覚悟で聞いたのだが、ユリウスも急速に物事を進めることに多少の抵抗があるのだと思った。

 "わかったよ。確かに、急すぎたね"

 "ちがう"

 え?違うならば、なんだというのだろう。見当がつかない。…それにしても、ユリウスの字の達筆さには驚いた。ユリウス程の神聖力を持ってしてまで、事務作業に当たることがあるのか。そういう仕事は、神聖力を持たない教会関係者か、下位の神官がするものだと思っていた。…忙しいのだろうな。顔がやつれている。

"俺も、あんたに聞きたいことがある"

いつのまにか、あなたがあんたに変わっていた。大雑把な所もユリウスらしい。

"俺とあんたは、前にどっかで会ったことあるか?"


「えっ…」


思わず声が出てしまった。まさか、ユリウスからこの話題が振られるとは。あるとも言いづらい。それに僕が教えてしまったら、ユリウスは僕を思い出そうとしなくなってしまうんじゃないか。それは嫌だ。

"ユリウスに、思い出してほしい"

ユリウスは僕の返事を見て少し考え事をしていたようだったが、後に"わかった"と返事がきた。

その後も筆談は続き、どうやって教会から脱出していたのかを聞いた時は驚いたし、ユリウスに一人部屋があるのは、神官長が取り計らったらしい。なんのためかは知らないが、いい理由でない事だけは確かだろう。

 "本当は、こんなところ今すぐにでも抜け出したい"

 "じゃあ、なぜ今はダメなんだ?"

 "あんたも、わかってるはずだ。一ヶ月前から、神官長と顔を合わし続けていただろ"

 ユリウスの筆跡は次第にか弱くなっていき、インクだまりで所々文字が潰れていた。何かを…恐れている。ユリウスが恐れるものなんて…そんなの

 "神官長の事だろう?"

 ユリウスが頷いた。むしろこいつ以外に何があると言うのだ。僕は堪らずペンを走らせた。

 "神官長については心配ない。調査隊を派遣して見張るつもりだ。後少しでかたがつくだろう。だからユリウスが望むなら、今すぐ君を王宮騎士団に派遣してやる事だってできる"

 "今はダメだ。あと、あんたは少し履き違えてる"

 "何をだい?"

 "俺を連れ出すタイムリミットは、もうとっくに過ぎてんだよ"

 "それはどういうー



 バンッッッ!!!!!!



 衝撃音が右耳の鼓膜に響く。振り返ると、鬼の形相をした神官長と、大勢の神官がこちらを見ていた。

 ーしまった!!!

なんという事だ、衝撃音は、神官長が部屋の扉を思いっきり開けた音だったのか。出口も塞がれてしまっている。

「ユリウス!!!!!こんの恩知らずが!!!何度言わせればわかるというのだ馬鹿め!!!」

「…なんだと!?」

「公爵には会うなとあれ程言ったのがまだわかってなかったのか!!挙げ句の果てに部屋に招くなど、これがどういう事かわかってるんだろうな!?」

 僕の声がこれっぽっちも届いていない。もう何も隠す気は無いようだ。いや、本人からしたら隠している場合ではないだけなのかもしれない。状況的にはこちらが不利だというのに、そのハンデをいとも容易く乗り越え、公爵の目の前で許されざる暴言を吐きまくっている。なんと救いようのないことか。

 ユリウスは神官長に目を合わせず、ただ俯いている。


「ユリウス…!もう十分だ。十分頑張ったじゃないか!私と一緒に行こう。そうすれば、あなたを守ってやれる。」

「だまれ!!!!」


 バチンッッッ!!!!


 背中に衝撃が走る。少し遅れてやってきた激痛に、思わず膝をついて倒れてしまった。今…何を…?神官長が持っているものはなんだ…?あれは…ぁれは…


「何を偉そうにべらべらと!!死ね!!!死ね!!!」


 あれは…鞭だ。しかもとてつもない威力の。この野郎、無鉄砲にぶん回しやがって。鞭がユリウスに当たったらどうするんだ。

 そう思った瞬間いてもいられなくなって、僕はユリウスに覆い被さっていた。


「どけ!!!この!!!」


 バチンッッッ!!バチンッッッ!!!バチンッッッ!!!!

 痛いなんて言葉では言い表せない激痛が全身を駆け巡り、意識をジリジリと引き剥がしてゆく。まだ口が動く内に言いたい事をユリウスに伝えなければ。僕はユリウスの耳元で囁いた。


「今、私を治癒してはいけない。あなたが危険だ。教会の前に、私の馬車が停まっているはずだ。私は…ゔっ…ン…大丈夫だから、隙を見つけたらすぐに逃げて。いいね。」


 ユリウスの表情はわからない。表情を気にする余裕がなかった。とにかく、逃げてほしい。

 しばらく耐えている内に、神官長は疲れてきていた。もうすぐ…あとちょっとだ…!レオンハルトは限界が近かった。もう根性だけで意識を保っている。もうダメかと思った瞬間、ほんの少し、本の僅かな時間だけ、鞭の間が空いた。


「今だ!!!!」


 僕が叫ぶのとほぼ同時に、ユリウスは走り出していた。窓の方へ一直線に。


「ユリウ…ス……」


 だめだ、もう何も考えられない。僕の意識は、ついに痛みの中に溶けていってしまった。



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