12 / 31
水曜 拘束してください
酸性泉
しおりを挟む大きな音にはっとし、床に落ちた手錠を見る。
「…取れちゃったね」
「そうですね」
水川は絡ませていた手を、私のそれまで手錠があった手首に添えた。
手錠はそう簡単に外れそうに無かったが、やはり安物だということだろうか。屈んで床から拾い上げてみると、金具のところが外れていた。
舐められたりキスをしたりで熱に支配されていた脳はだんだんと冷静さを取り戻す。それにつれて、辺りを温泉特有の香りが立ちこめていることに気づく。
「温泉…?」
くんくんと鼻を鳴らす。
あっ!バスタブの水が温泉に変わったかもしれない!
すぐにバスルームに確認をしに向かう。半開きになっていたバスルームのドアから湯気が漏れている。
バスルームに入るとむわむわのたっぷりの湯気。
水の色は無色のままだが香りの変化が明らかだ。手を恐る恐る湯船に入れて温度を確かめる。
「熱っ!でもちょうど良いぐらい!」
水川も後からバスルームに入ってきて同じように確かめる。
「温泉に変わるなんてやっぱり不思議…」
「本当にねー。よし、じゃあ冷めないうちに早く入ろう」
バスルームのドアをいったん閉めて、入浴準備へ。食事はほとんど食べ終わっていたから簡単に食器を片付け着替えを用意した。
◆◆◆◆
これはもう風物詩となっているが、例によって一緒に入浴するかで揉める。けれどこれもまた例によって水川になんだかんだと説得され、一緒に入ることになった。脱衣場もバスルームも、室内と同じく間接照明でほの暗い。まぁこのぐらいの暗さなら裸でもそれほど気にならないかと自分を納得させる。
水川は手早く脱ぎ終わり、私もハンドタオルで体を隠しながら入浴準備完了。では、とバスルームへのドアノブに手を掛ける。
ガチャ……
ん?
ガチャっ、ガチャガチャ
ドアノブを回すが鍵でも掛かっているかのように引っかかりがあって開けられない。つい先程バスルームに入ったときは開いたのに。私に代わって水川が開けようとするが開かない。
「さっきは開いたのに」
「うーん」
ドアロックらしきものも見当たらないのになぜ開かないのか。閉め方が悪かった?建て付けが悪い?
こんな準備万端な状態で寸止めなんて!
ドアノブを壊さないように気をつけながらガチャガチャと右回り、左回りと回し続ける。2人とも全裸で何ともマヌケな絵面である。
「あれ?これ…」
水川が何か見つけたようだ。
「何か見つけた!?」
水川がドア横を指差す。間接照明であまり明るくないため気づかなかったが、何かがフックにぶら下がっている。
「また………手錠?」
水色の手錠がゆらゆらとぶら下がっている。手に取ると先ほどベッドそばで見つけたピンクの手錠よりも大きめだ。チェーン部分が長い気がする。
「なんでこんなところに手錠があるんだろ。それよりドア開けないと」
そろそろ寒くなってきた。身体がぶるりと震える。
「温子さん、これ」
水川は水色の手錠を差し出し、何やらメモのようなものが手錠に貼り付けられていることに気づいた。
~~~この手錠を付けるとドアが開きます。お二人の片手にそれぞれ付けて下さい~~~
え~~~~~!!!
水色の手錠はチェーン部分とベルトになっている留め具だけが金属で、手首にあたるところは柔らかいシリコン素材。拘束としては緩いが、手錠というグッズそのものがいやらしい気分にさせる。
仕方がないから指示通りに水川と私の手を手錠で繋ぐ。私の右手、そして水川の左手に手錠を掛けた。うぅ、なんだかおかしな遊びに興じているようで恥ずかしい。
そして今まで開かなかったドアのノブを回すと、カチャン、とすんなり開いた。
◆◆◆◆
湯気たっぷりのバスルームは、まだお湯に浸かっていなくても体がリラックスするーーたとえ手錠で水川と繋がっているという状況でも。
脱衣場ではハンドタオルで体の前を隠していたが、手錠を付けたこともあり、ハンドタオルとはおさらば。
手錠を水川と付けている状況に体全体、特に手錠を付けている右手首が敏感になっている。
あまり勝手に動くと手錠がビン!とチェーンが張る。あまり明るくない間接照明のバスルーム内で、物にぶつからないように2人で気をつけながら動く。
ゆっくりしゃがみ込み、お湯の温度を確かめるため湯船に手を入れてみる。私の利き手は右手だからいつもなら右手をいれるが、今はフリーの左手を入れる。
「うん、ちょうどいい温度。………あれ?」
左手にピリピリした感覚。
「どうしました?」
「このお湯、刺激が強いね。酸性の温泉かも」
水川も手を入れてみる。
「本当だ、ピリピリする感じです」
「こういう刺激の強い温泉は体には良いんだけど、あんまり長湯しちゃいけないんだよね」
「そういえば長湯厳禁って注意書きのある温泉ありましたね。そこもこんなピリピリした感じでしたね」
「飲んじゃうのもあんまり良くないんだよ」
「そうなんですね」
さて、お湯の感触が分かったところで体や髪を洗うか…と思うが…
「また急に冷めちゃうかな?」
一日目の診察室風の部屋にあったお風呂。水川が入っていた時に急にお湯から水に変わってしまった。
そもそもどんな仕組みで水が温泉に変わっているのか分からないから、いつ急に水に戻ってしまうかも分からない。
「冷めないうちに入りましょう」
体や髪を洗うのは後にして、掛け湯で汗を流した。
1
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる