白昼夢を見る

月並

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七、名前を呼んで

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 白鬼が驚いた様子を見せたことが愉快だったのか、魂美は得意げに鼻を鳴らします。
 呆然とした様子で魂美を見つめていた白鬼でしたが、やがて口の片端だけを吊り上げるように笑います。

「好きにしな。本物の晴山真人が見つかるまで黙っててくれるなら、俺の魂を黒くしようなんていう無駄な努力をお前がしようが、なんでもいいさ」
「なっ、無駄ですって!? ふざけないでちょうだい! あなたの魂なんて、すぐに黒くできるわ!」
「できないね」
「やってみせるわよ!」
「ご自由に」

 白鬼はくつくつと笑いました。魂美は口をへの字に曲げます。

「ところであなた、本当の名前はなんていうの?」
「鬼に名前があると思うか?」
「ないの? でも鬼って呼ぶのも、なんだかつまらないわね」

 魂美は腕を組み、うーんと頭を悩ませ始めました。やがてぱっと花がほころぶような笑顔を浮かべます。

「ミタマ、なんてのはどうかしら? 私の魂なんだし、とってもいい名前だと思わない?」

 瞬間、白鬼の表情から笑みが抜け落ちました。先ほど「魂を黒くする」と言われた時以上に驚いた様子で、目玉が転げ落ちるのではないかというほどに彼の目は見開かれていました。
 そんな白鬼の様子に、魂美は少しだけたじろぎました。

「な、何よ。気に食わなかったの? 残念ね、私はこの名前を変える気はないわ。だってこれ以上ないぐらいに、あなたにぴったりじゃない。そんな気が強くするのよ」
「ああ、そうだな」

 魂美の言葉に頷いた白鬼は、目を細くしました。
 魂美はそれを見て、息を飲みました。しかしすぐに、そんな自分を追い払うように首を小さく横に振ります。

「ふ、ふん、ずいぶんと聞き訳がいいじゃない。その調子で私の言うことを聞いてくれたら、すぐにでも黒くなるわね!」

 魂美は橋の上にあった小石を蹴りました。それは池の中に落ちると、静かに波紋を広げていきました。

「戻るわ。言いたいことはそれだけだったんだから」
「そうか。部屋まで送ろうか?」
「い、いらないわ! ひとりで帰れるわよ!」

 魂美は目を吊り上げて白鬼を睨んだ後、素早く庭から出て行ってしまいました。
 取り残された白鬼は、月を見上げました。その細くて白い姿に、微笑みを浮かべました。





 白鬼が真人の影武者になってから、十日ほど経ったある日のことでした。白鬼は真朗に呼ばれ、彼の元へと訪れていました。
 真朗は顎髭を撫でながら、白鬼を見下ろしてこう告げました。

「近々、隣の領地を治めている鬢櫛びんぐしと戦を行う。お前も出陣しろ」
「俺も、ですか?」
「なんだ? もしや、戦の記憶がないのか? 何度か出陣しただろう?」
「……はい」

 白鬼は、膝に乗せた手を握りしめました。真朗は「ふぅむ」と唸り、顔をしかめました。
 それからゆっくりと腰を上げて、部屋の隅に掛けてあった刀を一振り掴みました。それを、白鬼に差し出します。白鬼は恐る恐る、その刀を受け取りました。

「それは菊一文字だ。後鳥羽上皇の御鍛冶番の第一位にいた刀鍛冶が作刀した刀で、晴山家に代々伝わる家宝だ。それをお前にやろう。これがどういう意味か、分かるな?」

 白鬼は真朗の目をじっと見つめました。それから、小さく頷きます。

「晴山家を継ぐものとして、立派にお役目を果たします」

 一礼して、白鬼は部屋を後にしました。
 誰もいないのを確認してから、小さくため息を吐きました。そして手に握られている菊一文字を見下ろします。
 その時、ふらりと国人が現れました。

「やっほー、我が理解者」
「国人殿、お久しぶりです」

 白鬼は顔を上げると、国人に向かって頭を小さく下げました。その様子に、国人は目を丸くしてから、唇を尖らせます。

「なーんか俺の知らない別人みたいだな?」
「どういう意味ですか? 俺は晴山真人ですが……」
「へぇ~、お前そんなことできるんだ。知らなかったな」

 国人は舐め回すように、白鬼をじろじろと眺めました。その視線が、彼が持っている菊一文字で止まりました。瞬間、彼は顔を歪めました。

「なんだ? なんでお前、俺が作った刀以外を持っている?」

 国人はそう言うと、白鬼から菊一文字を奪い取りました。白鬼はきょとんとして、国人を見つめます。

「それは父上から授かったものです。返してください」
「だめだめ! お前には俺の作った最高傑作があるじゃないか! 戦に出るならそれを使え!」

 その言葉に、白鬼は思わず、自分の腰に差している刀を握りしめました。
 憤慨した様子の国人の視線が、ふと白鬼の後ろに移りました。国人は白鬼を押しのけると、早足で歩き、ちょうど現れた魂美に菊一文字を押し付けました。
 魂美は驚いた様子で菊一文字を受け取って、少しだけよろめきました。

「ちょっと、いきなり何!?」
「それ、お前の刀」
「はぁ!? 私に刀なんかいらないわ! あと国人! あなた、私に近づかないでって言ったでしょう!? あなたの顔を見ていると無性に腹立つのよ!」
「そんなん知らんし」

 お互いにしかめっ面を浮かべるふたりの間に、白鬼が割って入りました。そして国人をじろりと睨みます。
 白鬼の背中に隠れるような形になった魂美は、国人を指さして大きな声を上げました。

「ミ……真人兄上! 私この人嫌い! 刀鍛冶できないように腕斬っちゃってくれない!?」
「そんなことできるか! あとこいつには影武者だってバレてるから、ミタマって呼んでも大丈夫だぞ」
「ミタマ?」

 ふたりのやり取りを聞いていた国人が、首を傾げました。
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