紅葉かつ散る

月並

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二、鬼

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 雨のにおいがする。さあさあという音も聞こえてきた。
 外を見ると、やっぱり、雨がふっていた。

 しろちゃんがもどってくる気配はない。このままだと、しろちゃんはずぶぬれになってしまう。ずぶぬれになったら病気になってしまうと、前に読んだ本に書いてあった。しろちゃんが病気になっちゃったら困る。
 私は家の近くにある大きな葉っぱを2つちぎって、冷たい雨の中に飛び出した。

 しろちゃんの名前を呼びながら、私はみどり色をかき分けて歩いた。葉っぱに付いた水が手をぬらす。足は、泥で汚くなった。それでも私は歩いた。
 雨足が弱くなった。とつぜん、視界が開けた。私の目に、広々とした赤色が飛びこんできた。
 そこは紅葉でにぎわっていた。風にふかれ、さわさわと赤色がなびく。上も下も、右も左も、あたり一面全てが赤。

「わあ……すごい!」

 私は思わずさけんだ。かさ代わりの大きな葉っぱをほうりなげて、赤の中にとびこんだ。赤色は優しく私を受け止めて、包みこんでくれた。
 紅葉についていた雨が、私の顔をぬらして冷たい。気持ちいい。

「こんな所があるなんて、知らなかった!」

 うれしさのあまり、私は赤色の中をごろごろと転がった。顔どころか、服にまで水が染みこんでくる。だけど今は、それすらも心地よかった。

「これは、しろちゃんにも教えなくっちゃ」

 そこで私は、はたと動きを止めた。自分のなすべきことを思い出した。

「あ、そうだ! しろちゃんを探していたんだった!」

 私は、赤色の中から身を起こした。ほうり出した大きな葉っぱを拾って、赤色をふみしめて走った。


 山を下りると雨足が増した。
 不思議なことに、このあたりには、みどり色があまり見られなかった。かわりに、私としろちゃんが住んでいるのより立派な家が、ずらりと並んでいる。地面もまったいらで、きれいにならしてある。
 私はきょとんと立ちつくし、それからあたりを見まわした。

 1件の家から、何かが出てきた。身がまえたけど、それは私やしろちゃんのような姿形をしていた。人だと思って警戒を解いた。
 その人は、しばらく私を見ていた。目が次第に大きく丸くなり、顔が青ざめていった。そしてさけんだ。

「おっ……鬼だ!」

 その声を皮切りにして、ずらりと並んでいる家の戸が、次々と音を立てて開いた。
「何なの?」
「鬼だって?」
「本当だ! 鬼だ!」
「髪が真っ赤だ!」
「あの山に鬼がいるっていうのは、本当だったのね」

 ざわざわとざわめく。ぎょろぎょろと私を見る。おびえ、不安、にくしみ、興味、たくさんの色がその目の中にうずまいていた。
 私はこわくなった。足がすくんだ。このあいだイノシシに出くわした時だって、こんなにこわくはなかった。
 ばちっとなにかがおでこにあたった。

「いたっ」

 思わずさけんだ。地面に転がったそれを見た。小さな石だった。
 額をさわると、べとりといやな感触があった。手を見ると、真っ赤に染まっていた。私の髪の色と同じ。

「出て行け!」
「鬼め! 出て行け!」

 次々と、言葉とともに石を投げつけられる。頭や、体や、心に当たって、痛い。
 逃げるように、私は一目散にかけ出した。

 石が飛んでこなくなった。もう追ってこないのかと、私は後ろをふりむいた。
 目の前に石がせまってきていた。逃げているときは、本当に安全になるまで、後ろをふりかえってはいけない。しろちゃんの教えが頭の中に流れた。けどもうおそい。

 石は私の左目に当たった。火花が飛び散ったような熱さを感じた。よろけて、地面にたおれた。
 痛くて痛くて、うめき声しか出てこなかった。左ほほから、勝手に熱い涙がこぼれていく。

「やった! 俺の投げた石だ! 俺の投げた石で倒れた!」
「うるさいよ。そんなことより、こいつどうする?」
「殺すでしょ」

 私は顔を青ざめさせることしかできなかった。
 私はただ、しろちゃんを探しにきただけだ。何も悪いことなんてしてない。なんで石を投げられるのか、なんで、なんで。鬼だから?  私も鬼なの?

 後ろから刀を持った人間が近づいてくるのが分かる。しろちゃんが持っている刀とは全然ちがう、にび色をした、不格好な物。私はそれをさける気力がなかった。
 刀がふり上がる気配がした。ぎゅっと目をつむった。石が当たった時より痛いだろうか。痛かったらいやだなあ。そんなことを考えていた。

 しかし、待てども、痛みが走ることはなかった。
 うしろで、どさりと何かがたおれる音がした。目をあけた。なんとかして首をもたげ、うしろを見た。

 白い刀を手に持った、白い髪にむらさき色の目の、鬼が立っていた。

「しろ……ちゃん……」

 あたたかいものが胸にこみあげてきた。それはのどをつたい、目にたまる。
 暗やみが私をおそった。しろちゃんが私を呼んだ。それにこたえることなく、私はやみにのまれていった。
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