そしてふたりは深海で

月並

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そして白鬼は森の中へ

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 庭師たちに新しい仕事が課されたのは、ファイルヒェンとフォスキーアの結婚式が行われる10日前でした。
 新しい仕事とは、会場に飾る花を見繕うのと、ファイルヒェンが持つブーケを作ることでした。白鬼は会場に飾る花を見繕う係に入りました。

「ファイルヒェン様が好きなラベンダーは欠かせないな」
「それならラベンダーを主役にして……」

 盛り上がる先輩たちをよそに、白鬼はファイルヒェンのために、彼女が本当に好きな花であるスミレを用意してあげたいと考えていました。けれど季節は夏。スミレは春に咲く花なので、見つけることは不可能です。
 その時、白鬼は妙案を思いつきました。白鬼が住んでいる洞窟からアナスン王国のお城に行くまでに森を通り抜けるのですが、その森の奥には『森の魔女』と呼ばれる人が住んでいるのです。森の魔女は対価さえ払えば、どんなものでも用意してくれると言われています。

 白鬼はさっそく、森の魔女の元へと向かいました。森の動物たちに案内してもらうと、あっさりと彼女の暮らす小屋に到着しました。
 ノックすると、「開いてるよー」と声がかかりました。ドアを開けると、森の魔女はいろんなものがごちゃごちゃに置かれた机の上に座っていました。

「初めまして白鬼くん! いやまさかまさか、君が僕のところに訪れてくれるとは、魔女なんて言われてる甲斐があったってもんだよ!」

 にこにこ笑いながらそう言う森の魔女に、白鬼は面食らってしまいました。

「俺のこと知ってるのか?」
「知らないはずがないよ。ふるーい文献に君のことが書かれていたんだ。白髪紫眼、一振りの刀を持っている、不老不死の鬼。その肉を食えば不老不死になれるってね」

 白鬼はため息をひとつついてから、森の魔女に改めて向き合いました。

「その通り、俺の肉を食えば不老不死になれる。俺の欲しいものをくれるってんなら、お前に俺の肉をやることもやぶさかじゃねェ」
「えーいらないいらない。僕が欲しいのは、その人が大切にしているものだ。君は自分の肉なんて、欲しけりゃいくらでもくれてやると思っているだろう?」

 図星をつかれて、白鬼は何も言えなくなってしまいました。そんな白鬼をよそに、森の魔女は話を続けます。

「君が欲しいのは季節外れのスミレの花だね。じゃあその対価に、君のその刀をもらおうか」

 森の魔女は白鬼が腰に差している刀を指さしました。白鬼は思わずその刀を握りしめました。その様子を見て、森の魔女はにんまりと笑いました。

「知ってるよ、それがないと君は鬼じゃなくなるんだよね? ただの不老不死の化け物になっちゃう。だからこそ、僕との取引に差し出す価値があるんだよ」

 白鬼の額から、冷や汗が流れ落ちました。森の魔女はくつくつと笑います。

「今なら君が欲しいものを変えてもいいよ? 例えばこれなんかどうだい?」

 森の魔女は棚からピンク色の液体が入った小瓶を取り出し、机の上に置きました。それは

「これはね、惚れ薬だよ。これを王女さまに飲ませれば、王女さまは君のことが好きになるよ。惚れた女の結婚式の飾りに使う花よりも、こっちのほうがその刀と交換する価値があるんじゃないかな?」

 白鬼は森の魔女を睨みました。腰から刀を鞘ごと引き抜くと、大きな音を立てて机の上に置きます。

「スミレと交換だ。それ以外は何もいらねェ」

 白鬼の怒気に、森の魔女はぱちくりと目を瞬かせました。

「本当にいいのかい? 恋ってのは、好きになった相手にも愛されたいって思うもんじゃないの? 恋しい相手を手に入れるためなら、どんな卑怯な手も使えるようになるんじゃないの?」
「あいつが幸せじゃないと、意味ないだろ。ファイルヒェンが幸せになるんなら、俺は何でもする」

 白鬼の目を見た森の魔女は、それ以上何も言いませんでした。代わりに裏口から外に出ていき、少し経った後に戻ってきました。その手にはスミレの花が握られていました。
 森の魔女は、それを白鬼に差し出します。白鬼は優しい手つきで、スミレを受け取りました。

「ありがとう、森の魔女」
「お礼なんかいらないよ。対価はちゃんともらったからね」

 白鬼は机に置いた自分の刀を一瞥しました。それに背を向けて、森の魔女の家を後にしました。
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