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学園にて
『ロジャー&ジュリー withティボー』
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━━━━ティボール・ラフネスの朝は遅い。
毎夜深酒に溺れ、昼近くなってから、ガンガンと痛む頭を抱えて起きてくる。その素行は、とある若い令嬢と婚姻してから、更に悪くなった。
彼よりふた回り近く下の年若き妻、ジュリア・ホスタイルとの仲は、数年を経て、すっかりと冷めきっていたのだ。
家同士の繋がりで結婚した、ティボーとジュリー。
代々の名家であるラフネス伯爵家の庇護を求め、ホスタイル子爵家は王立学園卒業したばかりの麗若き娘を、ティボール・ラフネス伯爵令息の元へと輿入れさせた。
これによりホスタイル子爵家は、前年に起きたとある門閥による組織的な汚職の疑惑から、所属派閥を変える事で連座での処罰を免れた。
加えて、既に魔境区で功績を挙げていたラフネス伯爵家と同門となる事で、ホスタイル子爵家の当主も公子も辺境の役務は果たされた扱いとなり、免除された。
ほぼ一方的に、ホスタイル子爵家側が助けられた形になる。
しかし、学園を卒業してすぐ、身売りのように望まぬ結婚を強いられたホスタイル令嬢には、関係のない話だ。自分が犠牲にされた、というわだかまりが、瘧のように残った。
「貴族の娘として、家のために二十も上の中年男の嫁にされた。
私の親友は、学園で素晴らしい男性に見初められ、卒業を待って誰もが羨む結婚をした。私はどちらとも仲が良かったから、嫉妬したりはしないし、心から祝福もした。
けれど我が身を振り返り、家の都合で道具のように望まぬ結婚を強いられるなんて、自らの運命を呪う。乱暴者と悪評のある男のところに嫁がされる苦痛が、あなたなんかに分かるものか」
ティボール・ラフネスにも、それは理解出来ていた。
彼自身が、政治的な結婚だと感じていたからだ。王家からの圧力もあった。不本意なのは、お互い様だ。
しかしティボールから、彼女にかけてやれる言葉はない。何を言っても、ジュリーからすれば嫌悪し憎むべき男だ。
本当なら希望に満ちた未来が広がっているはずの、学園を出たばかりの若き淑女が、じき四十になろうかという男にあてがわれたのだ。
そんな男の言葉など、ひとつひとつが全て腹立たしく聞こえるだろう。
年齢差は、ティボールにとっても懸念事項だった。
最初こそ、なんとか新妻の心を絆そうと贈り物をしたり会話をもって不満解消の努力を払ったりしたが、生きている世代の違いは埋められない。
その負い目が、年々お互いの溝を深く広げ、
素直にもなりきれないティボールは、心開かぬジュリーに、徐々に辛く当たるようになっていった。
そして、ティボールは悩み、酒に溺れるのだ。
愛人のひとりに、妻を大切にしたいがどうすればいいのか分からない、と苦悩を打ち明ける。
せめて嫌な事を取り除いてやろうと気を回しても、それがジュリーの怒りに触れる。
人生の閉塞感に苛立つジュリーに手を焼き、どう扱えばいいのか分からない。元から乱暴者のティボーは、繊細に心を砕くなど無理な話なのだ。
そしてつい、ジュリーに声を荒らげてしまい、自己嫌悪に陥いる。
愛人のコルティジャーナ夫人は、そんなティボールをそっと抱きしめ、慰めた。
結婚後十年も経ったある夕方、早馬がラフネスの王都の屋敷門を叩いた。
火急の知らせで、夫人に取り次ぎを願う、という。
「そん…な……」
広げた手紙の内容に、ジュリーは蒼白になってヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
若き侯爵ロジェール・フェアネスの妻であり、学園でジュリーの一番の親友であったクラシー夫人が、流行り病で急逝した、という。
今でも手紙のやりとりをしていて、ジュリーの唯一の心の拠り所だった存在。
その彼女が、死んだ。
葬儀は二日後、王城の教会で行われる。
ティボールは、茫然としたあと狂ったように泣き叫んだジュリーをなだめ、抱きしめ、腕の中で暴れる彼女が疲れ果てて眠るまで、無言で側に居続けた。
葬儀は、多くの哀しみに包まれて行われた。
参列した誰もが、美しく優しかったクラシー夫人の早過ぎる死を悼み、涙した。
まだ小さい子供を残して、その無念さは余りある。
喪主のロジェール・フェアネスのところへ皆が集まって慰め、共に思い出を語り合う。同じくらい、ジュリアも友人たちに囲まれ、嘆き悲しんでいた。
(俺はどうしたって、彼らとは哀しみを分かち合う事は出来ない……)
仲間意識どころか同時代を生きれなかった引け目が、妻と共に涙している参列者たちからの疎外感を一層強くした。
そして泣き崩れ肩を震わす者同士、ジュリーとロジェール・フェアネスはお互いを見つめ合い、ゆっくりと手を重ね、それぞれの胸の傷と共に強く抱きしめて涙を流した。
そこに、ティボールの入れる余地は、憐れなほどに無かった。
「ロジャー・フェアネスを、どう思う?」
愛人宅で、ティボールは苦しそうに唸った。
「なに?どうしたの?そんな気にするような相手?」コルティジャーナ夫人が、あえて明るく言う。だが、真面目な顔で沈黙するティボーに、しょうがないなぁとひと息溜めた。
「そうね、賢くて洗練されてて勇気があって紳士的で、噂通り素敵な貴族さまよね」
「あぁ俺も嫌いだ」
間髪入れず吐き捨てたティボーに、コルティジャーナ夫人は笑ってしまう。
「どうして?」
「賢くて洗練されてて素敵な紳士ぶってる」
ぷっ、と吹き出し、
「うふふっ、ティボー、あなたも素敵よ」
鬱屈で荒れるティボーに、コルティジャーナ夫人はそっと寄り添う。
「奥さんに優しくしてあげて。それ以上に、あなた自身を大切にしてあげてね」
優しくキスをした。
あの日から、ジュリーはロジェールと密かに会っているようだ。手紙のやりとりを頻繁にし、こそこそと、人目を避けて出掛けていく。
死んだクラシー夫人の思い出を語り、哀しみを癒やしているだけだと嘯く。そもそもそれが、ラフネス夫人の行動としておかしいじゃないか。
「親友を失ったお前の悲しみは分かる。理解出来る。だから少しでも気を紛らわせるように、俺はお前のために出来る事は全部してやった。妻が悲しんでいるのを慰めるのは夫の仕事のはずだ。他所の男じゃない!」
ロジェールとジュリーの仲を疑い詰るが、逆にジュリーから罵られた。
「『してやった』っていう、その押し付けがましい偉そうなとこが嫌いなのよ!」
つづけて、
「この十年、私は何も無かった!学園で学んだ全てが、意味をなさなかった!生きてるも死んでるも変わらない、人生を奪われたも同然の虚無の世界よ!クラシー・ノーブルシックは、彼女はそんな私の、唯一の光だったのよ……」
思いの丈を叫び、そして後は感情の昂ぶるまま泣き崩れた。
それを、ティボールは茫然と眺め、しかしすぐ沸々と怒りが沸いてきた。
“人生を奪われた”
目の前が真っ暗になるような絶望。そして失望。
我を忘れたティボールは、気づいた時には妻のジュリーを襲いかかり、自宅の一室に監禁してしまっていた。
「ずっと大切にしたいと思っていた。家同士の結婚、望まぬ結婚だと知っていた。
だからこそ、不満のないようにしてやりたかった。
━━━━だが彼女は幸せではなかったのだ。
俺が自分の幸せを犠牲にしてまで尽くそうとしたのに、幸せにはしてやれなかったのだ」
ジュリーを家に閉じ込めたまま、数日に渡り家に帰らず飲んだくれて酔っ払い、ふらふらと街を彷徨う。
その夜道、ティボールは、ジュリーの救出作戦を決行したフェアネス家の私兵たちの襲撃を受けた。
「お前らに何が分かる!互いに噛み合わぬ相手同士、それでも何とか心通わそうとしたこの俺の魂を、貴様らなぞにとやかく言われてたまるものか!」
魔境区で戦功を挙げた腰の剣を振りかざし、ラフネス伯爵家の名に相応しい大立ち回りを演じる。
斬りかかってくる男の剣を弾き、返す刀で別の男を叩き伏せ、蹴り飛ばし、殴る。
暴れん坊と言われたティボールは、流麗さの欠片も無い乱暴な剣技で暴れ回る。
怒りに、涙を滲ませながら。
俺の何が悪かったのだ、何が気に食わなかったのだ。拒絶されつづけた俺に、何が出来たというのか。
喉が裂けるような咆哮。
身体中に剣を突き刺され、ついにティボールは力尽きた。
「ジュリー…、遠く夜空に輝く美しい星……。最後までその心に届かぬまま、俺は逝く。
さらば愛しき日々。願わくば神よ、残されし者たちに祝福を…っ!!」
恐ろしいほどの赤に染まった花びらが乱舞し、あたりは闇に包まれた。
「ティボール、あなたは幸せになっても良いはずの人よ。それを忘れないで」
コルティジャーナ夫人はティボールのハンカチーフを胸に抱き、そっと祈るのだった……。
毎夜深酒に溺れ、昼近くなってから、ガンガンと痛む頭を抱えて起きてくる。その素行は、とある若い令嬢と婚姻してから、更に悪くなった。
彼よりふた回り近く下の年若き妻、ジュリア・ホスタイルとの仲は、数年を経て、すっかりと冷めきっていたのだ。
家同士の繋がりで結婚した、ティボーとジュリー。
代々の名家であるラフネス伯爵家の庇護を求め、ホスタイル子爵家は王立学園卒業したばかりの麗若き娘を、ティボール・ラフネス伯爵令息の元へと輿入れさせた。
これによりホスタイル子爵家は、前年に起きたとある門閥による組織的な汚職の疑惑から、所属派閥を変える事で連座での処罰を免れた。
加えて、既に魔境区で功績を挙げていたラフネス伯爵家と同門となる事で、ホスタイル子爵家の当主も公子も辺境の役務は果たされた扱いとなり、免除された。
ほぼ一方的に、ホスタイル子爵家側が助けられた形になる。
しかし、学園を卒業してすぐ、身売りのように望まぬ結婚を強いられたホスタイル令嬢には、関係のない話だ。自分が犠牲にされた、というわだかまりが、瘧のように残った。
「貴族の娘として、家のために二十も上の中年男の嫁にされた。
私の親友は、学園で素晴らしい男性に見初められ、卒業を待って誰もが羨む結婚をした。私はどちらとも仲が良かったから、嫉妬したりはしないし、心から祝福もした。
けれど我が身を振り返り、家の都合で道具のように望まぬ結婚を強いられるなんて、自らの運命を呪う。乱暴者と悪評のある男のところに嫁がされる苦痛が、あなたなんかに分かるものか」
ティボール・ラフネスにも、それは理解出来ていた。
彼自身が、政治的な結婚だと感じていたからだ。王家からの圧力もあった。不本意なのは、お互い様だ。
しかしティボールから、彼女にかけてやれる言葉はない。何を言っても、ジュリーからすれば嫌悪し憎むべき男だ。
本当なら希望に満ちた未来が広がっているはずの、学園を出たばかりの若き淑女が、じき四十になろうかという男にあてがわれたのだ。
そんな男の言葉など、ひとつひとつが全て腹立たしく聞こえるだろう。
年齢差は、ティボールにとっても懸念事項だった。
最初こそ、なんとか新妻の心を絆そうと贈り物をしたり会話をもって不満解消の努力を払ったりしたが、生きている世代の違いは埋められない。
その負い目が、年々お互いの溝を深く広げ、
素直にもなりきれないティボールは、心開かぬジュリーに、徐々に辛く当たるようになっていった。
そして、ティボールは悩み、酒に溺れるのだ。
愛人のひとりに、妻を大切にしたいがどうすればいいのか分からない、と苦悩を打ち明ける。
せめて嫌な事を取り除いてやろうと気を回しても、それがジュリーの怒りに触れる。
人生の閉塞感に苛立つジュリーに手を焼き、どう扱えばいいのか分からない。元から乱暴者のティボーは、繊細に心を砕くなど無理な話なのだ。
そしてつい、ジュリーに声を荒らげてしまい、自己嫌悪に陥いる。
愛人のコルティジャーナ夫人は、そんなティボールをそっと抱きしめ、慰めた。
結婚後十年も経ったある夕方、早馬がラフネスの王都の屋敷門を叩いた。
火急の知らせで、夫人に取り次ぎを願う、という。
「そん…な……」
広げた手紙の内容に、ジュリーは蒼白になってヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
若き侯爵ロジェール・フェアネスの妻であり、学園でジュリーの一番の親友であったクラシー夫人が、流行り病で急逝した、という。
今でも手紙のやりとりをしていて、ジュリーの唯一の心の拠り所だった存在。
その彼女が、死んだ。
葬儀は二日後、王城の教会で行われる。
ティボールは、茫然としたあと狂ったように泣き叫んだジュリーをなだめ、抱きしめ、腕の中で暴れる彼女が疲れ果てて眠るまで、無言で側に居続けた。
葬儀は、多くの哀しみに包まれて行われた。
参列した誰もが、美しく優しかったクラシー夫人の早過ぎる死を悼み、涙した。
まだ小さい子供を残して、その無念さは余りある。
喪主のロジェール・フェアネスのところへ皆が集まって慰め、共に思い出を語り合う。同じくらい、ジュリアも友人たちに囲まれ、嘆き悲しんでいた。
(俺はどうしたって、彼らとは哀しみを分かち合う事は出来ない……)
仲間意識どころか同時代を生きれなかった引け目が、妻と共に涙している参列者たちからの疎外感を一層強くした。
そして泣き崩れ肩を震わす者同士、ジュリーとロジェール・フェアネスはお互いを見つめ合い、ゆっくりと手を重ね、それぞれの胸の傷と共に強く抱きしめて涙を流した。
そこに、ティボールの入れる余地は、憐れなほどに無かった。
「ロジャー・フェアネスを、どう思う?」
愛人宅で、ティボールは苦しそうに唸った。
「なに?どうしたの?そんな気にするような相手?」コルティジャーナ夫人が、あえて明るく言う。だが、真面目な顔で沈黙するティボーに、しょうがないなぁとひと息溜めた。
「そうね、賢くて洗練されてて勇気があって紳士的で、噂通り素敵な貴族さまよね」
「あぁ俺も嫌いだ」
間髪入れず吐き捨てたティボーに、コルティジャーナ夫人は笑ってしまう。
「どうして?」
「賢くて洗練されてて素敵な紳士ぶってる」
ぷっ、と吹き出し、
「うふふっ、ティボー、あなたも素敵よ」
鬱屈で荒れるティボーに、コルティジャーナ夫人はそっと寄り添う。
「奥さんに優しくしてあげて。それ以上に、あなた自身を大切にしてあげてね」
優しくキスをした。
あの日から、ジュリーはロジェールと密かに会っているようだ。手紙のやりとりを頻繁にし、こそこそと、人目を避けて出掛けていく。
死んだクラシー夫人の思い出を語り、哀しみを癒やしているだけだと嘯く。そもそもそれが、ラフネス夫人の行動としておかしいじゃないか。
「親友を失ったお前の悲しみは分かる。理解出来る。だから少しでも気を紛らわせるように、俺はお前のために出来る事は全部してやった。妻が悲しんでいるのを慰めるのは夫の仕事のはずだ。他所の男じゃない!」
ロジェールとジュリーの仲を疑い詰るが、逆にジュリーから罵られた。
「『してやった』っていう、その押し付けがましい偉そうなとこが嫌いなのよ!」
つづけて、
「この十年、私は何も無かった!学園で学んだ全てが、意味をなさなかった!生きてるも死んでるも変わらない、人生を奪われたも同然の虚無の世界よ!クラシー・ノーブルシックは、彼女はそんな私の、唯一の光だったのよ……」
思いの丈を叫び、そして後は感情の昂ぶるまま泣き崩れた。
それを、ティボールは茫然と眺め、しかしすぐ沸々と怒りが沸いてきた。
“人生を奪われた”
目の前が真っ暗になるような絶望。そして失望。
我を忘れたティボールは、気づいた時には妻のジュリーを襲いかかり、自宅の一室に監禁してしまっていた。
「ずっと大切にしたいと思っていた。家同士の結婚、望まぬ結婚だと知っていた。
だからこそ、不満のないようにしてやりたかった。
━━━━だが彼女は幸せではなかったのだ。
俺が自分の幸せを犠牲にしてまで尽くそうとしたのに、幸せにはしてやれなかったのだ」
ジュリーを家に閉じ込めたまま、数日に渡り家に帰らず飲んだくれて酔っ払い、ふらふらと街を彷徨う。
その夜道、ティボールは、ジュリーの救出作戦を決行したフェアネス家の私兵たちの襲撃を受けた。
「お前らに何が分かる!互いに噛み合わぬ相手同士、それでも何とか心通わそうとしたこの俺の魂を、貴様らなぞにとやかく言われてたまるものか!」
魔境区で戦功を挙げた腰の剣を振りかざし、ラフネス伯爵家の名に相応しい大立ち回りを演じる。
斬りかかってくる男の剣を弾き、返す刀で別の男を叩き伏せ、蹴り飛ばし、殴る。
暴れん坊と言われたティボールは、流麗さの欠片も無い乱暴な剣技で暴れ回る。
怒りに、涙を滲ませながら。
俺の何が悪かったのだ、何が気に食わなかったのだ。拒絶されつづけた俺に、何が出来たというのか。
喉が裂けるような咆哮。
身体中に剣を突き刺され、ついにティボールは力尽きた。
「ジュリー…、遠く夜空に輝く美しい星……。最後までその心に届かぬまま、俺は逝く。
さらば愛しき日々。願わくば神よ、残されし者たちに祝福を…っ!!」
恐ろしいほどの赤に染まった花びらが乱舞し、あたりは闇に包まれた。
「ティボール、あなたは幸せになっても良いはずの人よ。それを忘れないで」
コルティジャーナ夫人はティボールのハンカチーフを胸に抱き、そっと祈るのだった……。
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