5回目の人生、転生したら死にそうな孤児でした

佐々木鴻

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学舎と姉妹と

9 姉妹、不人気迷宮を爆走する

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 特殊領域型フィールド迷宮【テネーブル・ソル】。

 この迷宮が不人気である理由は、出現する魔物がスライムのみであるという事実の他にもう一つ、その構成にある。

 迷宮の構成は主に三種。
 建造物のように階を重ねるストラクチャ
 内部が別空間となる領域型フィールド
 外界そのものが迷宮化する開放型オープン

 その他、それらが複合される迷宮もあるが、全てがそれで分けられる。

 そして【テネーブル・ソル】は領域型フィールドに分類されるのだが、その形状が他とまるで違うのだ。

 本来領域型フィールド迷宮は広大であり、そして【カースド・ウッズ】や【コロッサスランド】のように自然に近いものが大多数を占める。中には【デビルエルドラド】のように時間で構造が変化する性格が悪い迷路型もあるが。

テネーブル・ソル】の最大の特徴。それは、入口から最深部まで一直線の洞窟で繋がっているというものだ。
 しかもそれは全て10メートル幅であり、そして明かりを灯しても5メートル先も見通せない、正しく暗黒の迷宮なのである。

「つまり、視界が確保出来ない状態では満足に踏破なんて出来ませんわ」

 更に、棲息している魔物は不定形生物であるスライムであり、不定形であるが故に物理攻撃はほぼ効果なく、魔術で対抗するしかない。

「そういった理由で、たった三人での探索なんて無謀なのですよ。そもそも魔力が保ちませんし」

 そのため魔術が不得手であったり、体内魔力含有量が少い者が入ることは、自殺行為である。

「それに申し訳ありませんがわたくし、攻撃系の魔術なんてこれっぽっちも使えません。だから此処の探索は諦めて、このまま王都へ向かいましょう」

 そう嗜めて王都へ向かうように諭すフロランス。だが、二人がそんなのを聞くワケもなく聞き入れるワケもなく、

「【フレア・リージョン】【フレイム・イミッション】【ストレージ】【アセンプル】」

 有り得ないくらい湧きまくって溢れて来る青い半透明なスライムを、灼熱の領域を展開して火炎を扇状に放ち、取り敢えずそれをことごとく焼き払う。そうして落ちた半液状の謎物質を根刮ぎ拾って行く。

「【エレクトリー・リージョン】【ライトニング・シャワー】【ストレージ】【アセンプル】」

 そんなナディの隣で、別方向に帯電領域を展開したレオノールが雷の雨を降らせ、その効果で範囲内に雷撃の嵐が吹き荒れる。

「おー、やるねぇレオ。確かに雷はそれの領域に伝播するからねぇ」
「レオも常に創意工夫している。さすおねなお姉ちゃんに負けずに頑張っている」
「人の話を聞いていますの!?」

 虚しく響くフロランスの絶叫を1ミリも聞いちゃいない二人は、湧きまくるスライムを嬉々として潰しまくり、そして落ちる瓶詰めの半固形な謎物質を魔法で集めて拾いまくっている。

「あーもー、なんなんですのこの姉妹は! わたくしの常識がことごとく崩れていきますわ!」

 そう叫びながら頭を抱えて「ムキー!」となっているフロランスを見て、ものすごーく怪訝なをする二人であった。

「どうしてそんなで見られるんですの!? わたくしがおかしいんですの!? もういいです! 役立たずなわたくしは外で待っていますわ!」

 こうして堪忍袋の緒が小気味良くブチ切れたフロランスは、プンスコ怒りながら出て行こうとするのだが、

「何処へ行こうというのかね」

 その腕を、ナディががっちり掴む。そして凄く良い笑顔だ。悪い予感しかしないフロランスである。

「フロウは魔力感知は出来るんだよね」
「え? ええ、出来ますわ。でもそれだけですの」
「うんうん。じゃあ、理論上は使えるよねー」
「は? 何が使えるとい――」
「魔法だよ。ま・ほ・う♪ 魔力感知ソレはその基本だからねー」
「いえ、だから、基本も理論上も何も、わたくしは魔術学科の講師も匙を投げるほど攻撃魔術の才能が皆無で――」
「ンなワケないよー。そ、れ、はぁ、教える側がクソほど無能なだけ」

 人差し指を立てて、チッチッチと言いながら左右に振る。悪い予感が現実になりそうで、即座に逃げ出したくなるフロランスであるが、そりゃあもう良い笑顔なナディは逃がさないとばかりにその手を離さない。

「レオ、ちょっと殲滅お願いね。私はコレからフロウとイイコトするから」
「了解。いっぱいイかせてあげれば良い」
「は? え! イイコトってなんですの!? わたくし、何されちゃうんですの!?」
「良いから良いから~。私を信じて~。大丈夫大丈夫。痛くて辛いのは最初だけで、すーぐにヨくなるから」
「ちょお! 如何いかがわしい想像しか出来ませんわ! 何をするつもりかは予想すら出来ませんが、断固として遠慮いたしま――あうんんん!?」

 そして唐突に、ナディはフロランスに自らの魔力を注ぎ込んだ。

「え、あ、ああん――待って待って、そんな、いきなりおっき……い、の、ダメ、ムリですわ入りませんわ――ううんん……」
「うーん、ちょっとキツイかなー。まぁ初めてだし狭いから痛みが強いのは仕方ないかな。ゆっくり入れてくから、ちょっとは我慢してね」
「え? なに? なに? あ、イタ、い……や、ああ、お願い、許して……あ、ダメダメ――う、や、入って、きたぁ……」
「よーしよし。無事に入ったわね。じゃあゆっくり動かすよ。最初はちょっとキツイけど、馴染めばすぐに良くなるからね」
「……え、あ、待って待って動かさないで! 入っただけでも辛いんですの……ん、んん、は、ああ、あ……」
「ほらほら、動いてるのが判るでしょ。ちゃんとそれを感じないと、いつまでも苦しいままよ。受け入れて、その動きを感じるのよ」
「っそ……んな、こと、言われ、ても……初めてだから、どうすれば良いか、判りませ、んわ……」
「うん。音声だけだと確実に如何わしい」

 ナディとフロランスがしている行為に、魔法でスライムを駆逐しながら客観的な感想を呟くレオノールである。

 実際に何をしているのかというと、魔力回路が未熟なフロランスに魔力を流し込んでそれを活性化させ、体内を循環する魔力の量を増やしただけだ。

「うーん、やっぱりずっと放置されてたから魔力回路が硬いかなー。じゃあ再構築しようか」
「あ、ああ、あ、ダメ、ダメなのぉ……これ以上、は……頭がヘンに、なっちゃう……のぉ……」
「刺激が強いけど一気にイクよ。【クリエイト・マナサーキット】【アクティベート・マナサーキット】【ブーステッド・マナサーキット】【マナ・ラウンド】【マナ・リインフォース】【マナ・ステイブル】【マナサーキット・フィクスィティ】【エスタブリッシュト・マナサーキット】」
「や、ああ、あ、ああ……あ……出ちゃう、何かが出ちゃ、うぅ……」
「うんうんイイねぇ。出しちゃっていーよ。ん? うわ、フロウってスゴイの持ってたのね。コレなら何回でもデキちゃうなぁ」

 そんな、音声だけだと確実に誤解を招く行為を続けるナディ。そしてそれが終わった頃には、腰が抜けてしまい全身から色々出ちゃったフロランスが、その場に倒れ込んで荒い息を吐いていた。

「うん、こんなモンかなぁ……て、大丈夫フロウ」
「大丈……夫じゃ、ありません、わ。なんなんですの今のは。淑女として出しちゃいけない声とか出ちゃいけない色々まで出ちゃいましたわ」
「あー、うん。それはゴメン。でも体調が良くなったし肌艶も良い感じになったでしょ」
「え?」

 言われて、まだ気怠い身体を起こし、フロランスは自身の状態を確認する。慢性的にあった肩凝りや末端の冷えが無くなっていた。

「なんというか、体調が良いですわ。肌の調子も良いですし。それに全身がちょっと暖かいような気が……」
「うんうん。魔力回路が正常に動いてて、魔力が全身に行き渡っている証拠だよ。【クリンネス】」

 満足げに頷き、ついでに色々出ちゃってイロイロになってるフロランスに洗浄魔法を掛ける。

「え、なんなん……ひゃううん!?」

 ちなみに、この魔法は全身をまさぐられるような感覚がする。そのため、誰かさんに恋慕しちゃってちょっとナニかがはかどっちゃって、意図せずナニかを自己開発してしまっているフロランスにとって、刺激が強過ぎた。

「ううぅ、ナディ、恨みますわ」
「え? なんで?」

 涙目になり、ちょっと頬を上気させ、恨みがましくフロランスがそう言うが、そういうことに対して抜群の鈍感力を発揮するナディは、イマイチ判らなかった。

 その後、簡単な魔法の手解きを受けたフロランスは――

「【ウィンド・バレット】【フレイム・ショット】【アクア・ボルト】【グラベル・ショット】あはははははははは! 楽しいですわ!」

 魔術の才能が無いと断じられて匙を投げられていたが、実は諦め切れずに独学で理論を学んでいたのが功を奏し、瞬く間に基本四属性の魔法を使い熟していた。

「ヴァレリーも魔法を使えるって言っていましたわよね? ズルいですわ。どうしてわたくしに教えてくれなかったのかしら。【チェイン・ライトニング】」

 何故かヴァレリーへの文句を混ぜつつ、スライムに魔法を放って次々と潰し、更にハイになるフロランスであった。

「楽しいのは判るけど、調子に乗ってると魔力が枯渇しちゃうよー。まだ外部魔力取込みのレクチャーしてないんだからね。注意してー」

 そんなメッチャ楽しんでいるフロランスに、ナディが注意喚起する。すると、凄く良い笑顔だが光を一切反射しないやたらと暗い瞳で、

「ああ、それなら問題ありませんわ。実はわたくし、【フォース】の副産物で【マキシマム・マギ・リカヴァリー】という固有技能持ちですの。魔術を使えないから何の意味もない宝の持ち腐れだと、魔術学科のエロい中途半端なハゲジジイが散々言い腐りやがっていましたわ。無能の分際でわたくしにナメた口利いて下さりやがりましたのよ。うふふ、コレは今後が楽しみですわ!」

 口元を薄い三日月のようにしてやんわりと、だが殺意マシマシでそう言った。それをナディのネックレスヘッドに居る、実は若干Mっ気があるアーチボルトが聞いてちょっとゾクゾクしていたが、それは誰も気付かないしどうでも良いことであるため割愛する。

「そっかー。フロウも色々溜まってたんだねー」

 そんな怨嗟の呪言を吐いちゃうフロランスに頷きを返しただけで済ませ、

「じゃあ、このままストレス解消も兼ねて踏破しよー」
「おー」
「うふふふふ。こうなったら最後まで付き合いますわ」

 迷宮踏破を宣言した。

 こうして三人は、放置されていたが故に軽く氾濫している【テネーブル・ソル】を、最新部を目指して爆走し始めるのであった……。

 入口付近では、先ほど述べた青い半透明なブルースライムがワサワサ湧いており、

「ブルースライムの粘液は無臭だし濃縮すると良い接着剤になるのよね。瞬間接着性はないけど、乾いたら数トンの圧力に耐えるから、建材としても優秀よ」

 奥へと進むと、黄土色で半透明なクレイスライムが其処彼処で一塊になって大量に湧いている。

「クレイスライムは土属性だから、濃縮の度合いで色が変化して硬さが変わるわ。高度に濃縮させると城壁にも使えるのよ。量と手間が半端ないけど」

 其処から進むと、今度は緑色の半透明なグリーンスライムがワサワサ湧いており、プルプルしながらスライムにしては意外と速く蠢いていた。

「グリーンスライムは無属性だけど、ドロップ品の粘液は何故か僅かに風属性なの。シートにすると遮熱効果があって、繊維にして織布すれば風通しの良い布になるし、交織こうしょくしたりこんぼうすると速乾性の布地になるわ」

 更に進むと、赤い半透明なレッドスライムが岩肌全面にへばり付いてプルプルしている。だが何故かその場から動かない。

「レッドスライムは粘着力が強くて、取り付かられたらほぼ剥がせないからが悪い。でも、当たらなければどうということはないわ。ドロップするのは粘性皆無な透明でサラサラな水溶液。加工すると染料になるの。しかも生体には一切影響ない完全無害なのよ。いろんな染料を混ぜて加工すると、落ちにくい化粧品にもなるわ。化粧しない私には必要ないけどね」

 もっと進むと、紫で半透明なパープルスライムが地面に降り積もっているかのように折り重なってプルプルしている。こっちもやっぱりその場から動かない。

「パープルスライムは自己再生力が高いから、一撃で屠らないと千日手になるわ。ドロップするのは無色透明な半液体。均等にコーティングするととんでもなく頑丈な素材になるの。防具は勿論、窓のクリスタルガラスにそうするのも良いわね。でも一番の特徴は、余程の損傷でない限り再生するのよ」

 どんどん進むと、今度は透明度が一切ない赤黒いブラッドスライムが、ポインポイン弾みながら通路全体を徘徊していた。しかもおびただしい数が。

「ブラッドスライムは他とは違ってとても脆いわ。殴っただけでもすぐに弾けちゃう。範囲魔法で殲滅が一番簡単だけど、実はそれだと何もドロップしないの。だから、ドロップ狙いなら物理で潰すしかない。ドロップ品は血液で、グイッと飲めば貧血の治療薬になるし、怪我したところにぶっかけると其処から吸収されて治癒が早くなるわ」
「どうして其処まで詳しいんですの!? それ論文にして公表したら、全世界に激震が走りますわよ!」

 ポップするスライムの説明と、正しい倒し方やドロップアイテムの色々な利用方法をなんでもないようなことのように語るナディに、フロランスは遂にツッコミを入れる。だがやはり「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの怪訝な表情を浮かべるだけで、期待した返答など無かった。

 その後も、消毒液を落とす強酸を吹き出すクリンスライムだったり、消臭剤を落とす死角から襲い掛かる透明なクリアスライムだったり、流体金属という用途不明な謎物質を落とすやたらと硬いソリッドスライムだったり、思い切り硬くて判り易く宝石を落とすが燃やすと何も落ちないジュムスライムだったり、有機物のみを腐蝕させるが落とすのは生体の再生を促進させる黄色い液体の黒い半液体なロットスライムだったり、匂いを嗅ぐとムラムラして飲んじゃうと「ふわぁ~お♡」な状態になってしまうどピンクなパッションスライムなどなどが湧き、その都度ナディは懇切丁寧に説明していく。
 それにツッコミを入れていたフロランスだが、それがあまりに的確で具体的で見て来たかのようで、だんだんと無言になってしまった。

「レオノール。ナディの知識に疑問を持ったことはありませんの?」
「お姉ちゃんの知識は唯一無二。さすおね」
「…………そう」

 ツッコミ上手でガチムチな誰かさんのような技術と根気があるわけでもないフロランスは、結局考えるのを止めた。

 そうして暗闇の中をどんどん進み、だが視界が悪いために、

「【クリエイト・マナツール】【アブゾーブ・ソーサリー】【トーチ】【インディストラクティヴ】」

 2メートル間隔に灯の魔法を永続的に掛けて、【テネーブル・ソル】の最大の難関である暗闇を無効化してしまった。

「……ナディって、本当にスゴいんですのね」
「え、そっかなー? そんなことないと思うよー」
「ええ、本当にスゴいですわ。

 思考を放棄するフロランスである。

 そうして【テネーブル・ソル】を駆け抜けた三人は、遂に最奥に辿り着いた。そして其処に居たのは――

「うわ、でっか。こんなのんだ」
「うん大きい。そして通路が塞がっている」
「え、これって……伝承にあって実在しないと云われていた【スライム・グラトニー】ではありませんの? というかナディ。貴女、今『』とか言いませんでした?」
「……【スライム・グラトニー】はねー、まず周りの粘液部分を排除してから最後に核を潰すのが一般的な倒し方だけど、レアドロ狙いなら核だけを潰すのが良いんだよ」
「スッとぼけようとしても、今回は引きませんわ。どうしてそんな情報を持っていま――」
「じゃあ核だけ潰す。【フォトン・レイ】」
「ふぁ!?」

 今度こそキッチリ問い詰めようとするフロランスを尻目に、レオノールが【光子力フォトン】を発動させてスライム・グラトニーの核を射抜く。それにより形を保っていられなくなったそれは、大量の瓶詰めされた液体そして――分厚いハードカバーの、大きさにしてA3くらいの書籍がドロップした。

「うわー、いっぱい落ちたねー。おお、コレってレアもんじゃない。育毛剤よ。ハゲたお貴族に高く売れるわね」
「は? え? ええ!? なななんなんなんですの今の魔法は! 見たこともありませんわ!」
「ゔい」
「いや『ゔい』じゃありませんわ! もう本当になんなんですのこの姉妹は!」

 そんな平和な(?)遣り取りをする二人を尻目に、その書籍を拾い上げてしげしげと観察するナディだが、タイトルを見て、もの凄く嫌な表情を浮かべた。

 ロジオン・ヴァロフ著
【薬師ナディージア・ヴォリナの魔導書】

 ナディにとって、黒歴史ともいうべき書籍であった。
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