嫉妬が憧憬に変わる時

ジャメヴ

文字の大きさ
5 / 53

全国制覇

しおりを挟む
  そして、3年生が引退し、俺は1部リーグに昇級した。結局、自力では1度も1部リーグに上がれなかったんだ。
  俺には明らかに柔道の才能があったと思う。ただ、少し始めるのが遅かった事と同級生が強すぎた事で吉谷高校団体戦メンバーに選ばれない。6番手止まりだった。とは言うものの、吉谷高校柔道部の同級生上位5人は、全員が100キロ超級だ。巨漢が揃っている。だけど、同じ体重なら俺も負けないレベルに到達していた。
  俺は春の選抜81キロ以下級個人戦で、全国ベスト16に入った。
  高校最後の試合、インターハイでは、レギュラーの1人が怪我の為、不本意ながら、次鋒として団体戦メンバーに選ばれた。インターハイ81キロ以下級個人戦はスター選手がおらず、大混戦。運や全ての条件が整ったのだろう。俺は決勝まで勝ち進んだ。
  そして、決勝戦開始5秒、俺は、相手選手が向かって左に体重を移動すると予測できた。すかさず払腰!

◆歴史に名を残すようなトップ選手であれば、必ず1度はこのような神懸かった経験をするのだろう。
  野球であれば、打撃の神様と呼ばれた川上哲治さんの「ボールが止まって見えた」という名言が有名だ。150キロもの球は素人には当てる事も出来ないが、止まって見えるなら話は別となる。
  そんな経験した事無いよ、と思うだろうが、実は誰でも1度は経験している。ふとアナログ時計の秒針を見て、「あっ、止まっている。電池が切れたかな?」と思った瞬間、秒針が動き出した経験は無いだろうか?  俺には時間を止める能力が備わっているんだとニヤケた人もいるだろう。
  これは『クロノスタシス』という現象だ。素早く目を動かした後、目を制止すると、その瞬間の映像が少し長く続いて見える様に錯覚する時があるのだ。この現象は意識をして行なっても、どうも体感出来ないようだ。
  アスリートは、ずば抜けた動体視力に加えて、絶好調の時に、この現象が起こると世界が制止するような錯覚を覚える時があるのかも知れない。
  将棋の天才で国民栄誉賞を受賞した羽生善治さんは、7冠を完全制覇した時に、全ての駒が止まって見えたと言ったとか言わなかったとか……。
  永遠は今日初めて、そのような神懸かった経験をした。◆

「一本!  それまで!」
何と俺は優勝した。高校から柔道を初めて2年半で全国制覇!  歓喜の瞬間!  試合が終わると柔道部全員が俺に抱きついてきた。全員で喜びを噛みしめた後、恩師佐野の事が頭に浮かんだ。チームメイトをかき分け、佐野と向き合う。
「おめでとう、良くやったな」

  涙が出た。いつからだろうか?  俺は小学校入学以降泣いた記憶がない。男泣きというのはこの事だと初めて経験した。

◆オリンピック等の大会で好成績を残すと屈強な男性でも涙を流す。何故か?  その成績が嬉しくて泣いている訳では無い。これまでの辛かった練習の日々を思い出し、成果が実った事に涙しているのだ。そして、観客もその姿を見て共感し、同じ様に涙する。だが、ただ泣けば良いと言うものでは無い。
  一昔前、フィギュアスケーターで、優勝の度に大泣きする選手がいた。あまりに大泣きするので、観客は共感出来ずに笑ってしまう。あんなに泣く事ないのにな、と共感できないのは、観客のほとんどが、そこまで頑張ってきていないからだ。彼らと同じぐらい頑張った事のある人なら共感出来るだろう。全国区の表彰台に立つような人は皆、一般人には想像しがたい努力をしてきている。血の滲むような努力というのは例えでは無く、本当にその通りなのだ。アスリートが泣くのは、涙腺が弱い訳では無く、涙ぐましい努力の結晶なのだ。◆

  興奮冷めやらぬ中、翌日の団体戦。前日の俺の好調を見た佐野の判断で、俺は副将に大抜擢された。団体戦のメンバーは全員3年生。俺以外は全員100キロ超級で、個人戦の成績はそれ程でも無いのだけど、体格に恵まれている。団体戦は期待できる。そして、予想通り順当に勝ち上がり、遂に決勝戦。俺は相手校の大将と引き分けに持ち込み、吉谷高校は初となる全国制覇を成し遂げた。

■出来の良い兄と出来の悪い弟の構図は逆転したのか?  否、兄刹那は昨年、空手インターハイで個人戦、全国準優勝をしていた。さらに、日本で二番目に賢いとされる、西京さいきょう大学(通称西大)に楽々入っていた。母親はもちろん、そのどちらも喜んだのだが、永遠の全国制覇の時には、今までに見たこともない喜びようだった。準優勝と優勝の違いとかでは無い。出来の良い兄刹那の陰で日の目を見なかった永遠が、ようやくスポットライトを浴びることになったのだ。親からすれば、どちらも可愛い息子に違いないが、出来の悪い子程可愛いものなのだ。知り合いにも、永遠に気を使って、刹那の自慢も強くできない。これからは、刹那はもちろんの事、永遠の自慢まで出来るのだ。その喜びは一入だろう。■
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...