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秀英と博文
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木曜日午後1時半
王の屋敷
(唐沢から電話? 今更何の用事で? ボディーガードを募集? 何だって?! 脅迫状?! 日曜日の午前0時に王を殺す?! 弟?! 俺の事じゃないか?! どう言う事だ?! 聞いてないぞ!)
秀英は、いつものように兄博文の盗聴録音を聞いていた。
王兄弟は中国で生まれ育ち、秀英が小学二年生の頃に父親の仕事の関係で日本に来た。父親は中国人だが、母親は日本人なので、家では中国語と日本語の両方を話していた。その為、日本に住み出しても、そこまで言葉に困る事もなかった。博文は小さい頃、そこまで頭が悪いという訳でも無かった。両親も特に気にも止めていなかったのだが、1つ下の秀英が5歳の頃、やたらと読書に興味を持ち毎日何冊もの本を読むので、この子は伸びる、と秀英に期待し、博文への期待が薄くなっていった。
期待される秀英は小学校に入ると常にトップの成績で勉強への向上心が下がる事は無かった。
子供に期待して接すると能力が上がるのである。これを心理学用語で『ピグマリオン効果』という。
逆に、博文には全く期待をしなくなり、勉強の意欲も少なくなっていった。
駄目なレッテルを貼られた子供は、成績が下がっていくのである。これを心理学用語で『ゴーレム効果』という。
このように2人の格差はどんどん広がっていった。
だが、博文にも特技があった。それは図画工作だ。小さい頃から手先が器用で、絵が上手く、何か作らせても上手に作る。
博文が小学5年生の時、学校の裏山に猪が出るという事で、簡易的な捕獲用の罠を作った事もあった。罠に掛かった後、逃げ出した様で、結局、捕まえる事は出来なかったが、同級生達も博文の工作能力には一目置いていた。
博文は専門学校卒業後、2流ホテルに就職しコンシェルジュの仕事をこなした。中国語はもちろんの事、英語もソコソコ出来、接客やその他、細かい作業も自慢の器用さでカバー出来た。
10年後、急にホテルを退職する。夢を諦めきれなかったのだ。その夢とは……画家だ。
博文はコンシェルジュ時代に計画を立てていた。1年間絵を描き続け、個展を開き、その売れ具合によってその先の方針を決めると。
博文は退職した翌日から画材を買い、1年間、バイトもせず画家として毎日絵を描いた。その数、計5枚。コンシェルジュ時代に稼いだお金で全て賄った。
そして、個展の準備をする。3日間10万円でギャラリーを借り、1枚1律30万円の値段にした。特に儲けようとは思っていない。今後のステップとしての値段だった。
そして、個展の日……
結果は……惨敗……。
何と1枚も売れなかった。場所が悪い訳でも無く、客が入らない訳でも無い。絵が下手な訳でも無く、値段が高い訳でも無い。博文の絵は簡単に言うと写真なのだ。確かに上手に描けている。だが、個性が無ければ味も無い。ただ、絵が上手いだけだった。写真の様な絵なら写真を買う。しかも、プロの写真家の方が構図が良い。いやいや、写真の様な絵を描いて人気の画家もいるじゃないか、となるが、その人達には及ばない。博文は画家の夢を諦めた。趣味で絵を描く事はあるかも知れないが、2度と作品として描く事はしないと心に決めた。
一方、秀英は成績が落ちる事なく、県内屈指の進学高校に入学し、西京大学を目指していたのだが、高校3年生の時に、一転、アメリカへの留学を決意する。アメリカで経済学とパソコンの知識を詰め込んで日本へ凱旋帰国し、会社を立ち上げたのだった。秀英は社長時代、物凄く働いた。そもそも、最初から順調だった訳では無い。身を粉にするという言葉があるが、まさに、心身がすり減って粉々になるぐらい働いた。部下もついて行けなくなり、辞めていく。だが、会社が軌道に乗ると給料も上がり辞める部下も減っていった。こうして、秀英は日本屈指の大会社の社長となったのだ。
その頃、博文から秀英の会社で働かせて欲しいと連絡があった。秀英は博文に「もちろん雇うが、兄だからと言って特別扱いをしない」と告げた。博文も了承した。博文はコンピューター関係に疎いので携帯会社では致命傷だ。基本的には秀英の雑用を任せていた。
博文が秀英の会社で働きだして、1週間が経ったある週末、秀英は博文を高級店のディナーに誘った。1人3万円コースのフランス料理。もちろん、秀英の奢りだ。その会食で秀英は博文が個展で失敗したという話を聞く。秀英は博文が絵が上手いと言う事をもちろん知っている。
翌日、作品を見せてもらうと、秀英は、なぜ売れないのかを何となく理解した上で、全ての作品をまとめて50万円で引き取った。博文の希望価格の3分の1だが、既にゴミ同然なのでありがたかった。ところで、秀英は何の為に博文の絵を買い取ったのか? 兄への優しさなのか? 純粋に絵を気に入ったのか?
王の屋敷
(唐沢から電話? 今更何の用事で? ボディーガードを募集? 何だって?! 脅迫状?! 日曜日の午前0時に王を殺す?! 弟?! 俺の事じゃないか?! どう言う事だ?! 聞いてないぞ!)
秀英は、いつものように兄博文の盗聴録音を聞いていた。
王兄弟は中国で生まれ育ち、秀英が小学二年生の頃に父親の仕事の関係で日本に来た。父親は中国人だが、母親は日本人なので、家では中国語と日本語の両方を話していた。その為、日本に住み出しても、そこまで言葉に困る事もなかった。博文は小さい頃、そこまで頭が悪いという訳でも無かった。両親も特に気にも止めていなかったのだが、1つ下の秀英が5歳の頃、やたらと読書に興味を持ち毎日何冊もの本を読むので、この子は伸びる、と秀英に期待し、博文への期待が薄くなっていった。
期待される秀英は小学校に入ると常にトップの成績で勉強への向上心が下がる事は無かった。
子供に期待して接すると能力が上がるのである。これを心理学用語で『ピグマリオン効果』という。
逆に、博文には全く期待をしなくなり、勉強の意欲も少なくなっていった。
駄目なレッテルを貼られた子供は、成績が下がっていくのである。これを心理学用語で『ゴーレム効果』という。
このように2人の格差はどんどん広がっていった。
だが、博文にも特技があった。それは図画工作だ。小さい頃から手先が器用で、絵が上手く、何か作らせても上手に作る。
博文が小学5年生の時、学校の裏山に猪が出るという事で、簡易的な捕獲用の罠を作った事もあった。罠に掛かった後、逃げ出した様で、結局、捕まえる事は出来なかったが、同級生達も博文の工作能力には一目置いていた。
博文は専門学校卒業後、2流ホテルに就職しコンシェルジュの仕事をこなした。中国語はもちろんの事、英語もソコソコ出来、接客やその他、細かい作業も自慢の器用さでカバー出来た。
10年後、急にホテルを退職する。夢を諦めきれなかったのだ。その夢とは……画家だ。
博文はコンシェルジュ時代に計画を立てていた。1年間絵を描き続け、個展を開き、その売れ具合によってその先の方針を決めると。
博文は退職した翌日から画材を買い、1年間、バイトもせず画家として毎日絵を描いた。その数、計5枚。コンシェルジュ時代に稼いだお金で全て賄った。
そして、個展の準備をする。3日間10万円でギャラリーを借り、1枚1律30万円の値段にした。特に儲けようとは思っていない。今後のステップとしての値段だった。
そして、個展の日……
結果は……惨敗……。
何と1枚も売れなかった。場所が悪い訳でも無く、客が入らない訳でも無い。絵が下手な訳でも無く、値段が高い訳でも無い。博文の絵は簡単に言うと写真なのだ。確かに上手に描けている。だが、個性が無ければ味も無い。ただ、絵が上手いだけだった。写真の様な絵なら写真を買う。しかも、プロの写真家の方が構図が良い。いやいや、写真の様な絵を描いて人気の画家もいるじゃないか、となるが、その人達には及ばない。博文は画家の夢を諦めた。趣味で絵を描く事はあるかも知れないが、2度と作品として描く事はしないと心に決めた。
一方、秀英は成績が落ちる事なく、県内屈指の進学高校に入学し、西京大学を目指していたのだが、高校3年生の時に、一転、アメリカへの留学を決意する。アメリカで経済学とパソコンの知識を詰め込んで日本へ凱旋帰国し、会社を立ち上げたのだった。秀英は社長時代、物凄く働いた。そもそも、最初から順調だった訳では無い。身を粉にするという言葉があるが、まさに、心身がすり減って粉々になるぐらい働いた。部下もついて行けなくなり、辞めていく。だが、会社が軌道に乗ると給料も上がり辞める部下も減っていった。こうして、秀英は日本屈指の大会社の社長となったのだ。
その頃、博文から秀英の会社で働かせて欲しいと連絡があった。秀英は博文に「もちろん雇うが、兄だからと言って特別扱いをしない」と告げた。博文も了承した。博文はコンピューター関係に疎いので携帯会社では致命傷だ。基本的には秀英の雑用を任せていた。
博文が秀英の会社で働きだして、1週間が経ったある週末、秀英は博文を高級店のディナーに誘った。1人3万円コースのフランス料理。もちろん、秀英の奢りだ。その会食で秀英は博文が個展で失敗したという話を聞く。秀英は博文が絵が上手いと言う事をもちろん知っている。
翌日、作品を見せてもらうと、秀英は、なぜ売れないのかを何となく理解した上で、全ての作品をまとめて50万円で引き取った。博文の希望価格の3分の1だが、既にゴミ同然なのでありがたかった。ところで、秀英は何の為に博文の絵を買い取ったのか? 兄への優しさなのか? 純粋に絵を気に入ったのか?
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