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宵藍
しおりを挟む民を守り、妖魔を斃すために生まれた、生まれながらの戦士。
妖魔を殺し続けて幾千年。積もりに積もった瘴気で身を蝕まれていた。
妖魔を一掃したところで、火焔が現れ言った。
「本来なら、動くのもやっとのはず。なぜ、そこまで頑なに番を受け入れないのか。番がいれば瘴気も癒える。蓮という存在がいながら、蓮をあちらから連れてきていながら、何故」
鈍い感覚の中で、まだ、と口を開く。
「まだ戦える。腕と足は、まだ動く。我はまだ飛べる。我に番は必要なし。瘴気が我の全てを蝕む前に、消えるだけのこと。数多の同胞がそうであったように」
翼を広げた宵藍は、空へと飛び姿を消した。少し目を閉じ、騒ぐ心を鎮めれば、まだ少しは持つはずだ。
蓮を番にすれば、瘴気の浄化はできるだろう。この苦しみも、痛みもなくなりはする。だが、それは、蓮を永久に己に縛り付けることとなる。
蓮を救い、助けることは己の望みであった。釣りをして狩りをして、戦のない場所に身をおけば、普通の人間なのだ。宵藍にとっては蓮が生きて、笑ってくれているだけで満足だった。戦の中に身を投じさせたくない。
空気中を漂って、気づけば温もりの中で目を覚ました。
「目が覚めたかな?風が気になってね、窓を覗いたら、君が眠っていたんだよ。ゆすっても起きる気配はないし。拙に外で寝るなというわりには、自分がそれをやっていたら説得力がないよ」
赤い眼が見え、くすくす笑う蓮の顔が見えた。天井があるので部屋の中に連れ込まれたらしく、寝台に寝かせられており、起き上がると重たかった身体が少し軽くなったことに気づく。
「すまない。世話になった」
「時期に夜明けがくる。それまで寝ていれば良い」
「お前の寝る場所がない。その様子では眠っていないのではないか?我は即刻退くとしよう」
「宵藍を眺めていたら時間が経っていたのだけれど」
よいしょと寝台に潜り込み、ごろんと横になる。
「これで良い?」
ふふと笑って目を瞑るので、宵藍は息を吐き、背中合わせに、横になった。
「お前の世界には妖はいなかったのだろう?我が、恐ろしくはないのか?」
背中越しに尋ねてみると、食いかかるように蓮が起き上がった。蓮の顔が間近に見えて、宵藍は驚きのあまり停止する。
「恐ろしいなど、一度も思ったことはない。他の妖は知らないけど、君は優しい。たとえ愛想が無く、何考えているかわからなくとも、拙を傷つけることはないでしょう?」
「我が、お前を傷つけることはない。……戯言だ。そら、もう寝ろ」
その答えに満足したように笑うと、背中を合わせて再度ごろんと横になる。
「拙は宵藍と共にいる時は心地よく感じるよ。そう、昔と変わらない」
宵藍はなにも答えず、眼を閉じた。
蓮が起きると、太陽は真上に登っていた。
身体は気が抜けたように力が入らない。一緒に眠っていたはずの宵藍の姿は無く、寂しさに胸がちりりとした。
起こしてくれてもいいものを、と思う。
寝台から降りようと身体を起こしたところで声がかかった。
「お前はそのまま安静にしていると良い」
現れた宵藍は、眉根を寄せて、視線を落とした。手には盆の上に湯気の立った椀がある。それは、粥であった。
蓮が瞬いて、宵藍をみると、淡々と話し始める。
「知らずうちに、我の瘴気を吸ったらしい。身体がいつもとは違うはず。熱も出ている。すまない、毒されやすいとわかっていればあのような……いや、後悔しても仕方がないな。食べられそうであれば食べろ、ほら」
慣れたようにレンゲで掬い口元に運ぶので、あ、と素直に口を開いた。甘い粥の味が口に広がる。美味しい。非常に美味しい。
「これは宵藍が?」
「…………口に合わないか?」
「とんでもない。おいしい。ふわふわした気分がさらにふわふわする。なんというか、宵藍殿が調理場に立つイメージがなく。うん、見てみたかった」
「おもしろいものでもない。食べられそうなら、いつまでも笑っていないで口を開けろ」
くすくす笑って、口を開ける。なぜこんなにも安堵を覚えるのか疑問にも思う。側にいてほしいし構ってほしい。子どものようなわがままが芽生えて苦笑した。
食べ終わると立ち上がってみせて、揚々と言った。
「瘴気と言っても、それほど悪いものではないように思うよ。気分が悪いわけではないし。頭が回らないのは、ちょっと困るのかな……」
視界がぐるんと変わる。身体の力が抜けて倒れかけたらしい。宵藍が身体を支えてくれる。ふわりと香った匂いは涼しげな花のような香りで、体温は暖かい。それに安堵して、しがみついた。
「はなれたくない」
そう、口をついた。
宵藍は何も答えない。だからもう一度言う。
「はなれたくないなぁ」
しがみついて離れない自分を、無理矢理剥がそうとはしなかった。
「蓮、それは瘴気のせいだ。弱っているから寂しくなったのだろう。ここにいてやるから、眠れ。寝て、回復するといい」
淡々とした口調だが、柔らかい声だった。
離れるつもりはないが顔を上げて尋ねる。
「これは、本当に、瘴気が原因?」
宵藍の金の瞳が小さくなり、呆れられたのか息を吐いた。頭を抑えられて、肩口に額を軽くぶつけた。宵藍の顔が見えなくなった。それでも宵藍が支える腕は揺るぐことはなく、笑いが込み上げてきた。
「寝ろ」
少し不貞腐れたような声に、蓮はさらに笑った。
「鼓動が聞こえる。妖でも宵藍は生きている。拙の側にいる。ねぇ、昔、拙が宵藍を突き放した時、どう思った?」
「……そのまま連れて行こうかと思った。けれど、お前はあそこで生きていた。だから、やめた」
「そうだね。あの頃はまだ生きていた。あの時宵藍に攫われた方が、拙はもしかしたら幸せだったのかもしれない。でも、もし、はないよ。あの時の拙はあぁするしかなかった」
蓮は強い眼で宵藍を見る。額を寄せて、目の奥を見るように。
「宵藍、拙の声に答えてくれてありがとう」
気が流れてくる。蓮は宵藍を見る時は宵藍のことしか考えていない。それがどんなに宵藍を救っているかは知らないのだ。蓮の眼に己だけが映る瞬間が、安らぎで、その一瞬で昇華されていく。救われる。
番にすれば、自分以外を眼に写すことを許さないようにしてしまいそうで、己が怖かった。結局、己は人の形をしていようが、妖なのだと突きつけられる。
「我は、お前には自由を与えたい」
「拙は十分好きにさせてもらっているよ」
あぁ、でもと宵藍の腕を見て言った。
「宵藍の中に囚われるのは、悪くないかな」
冗談めいたことを言い始めたので、無理矢理寝台に転がして掛け布をかけた。
視界がドロリ、ドロリと溶ける。まだだと耐えるようにその形を保つ。その繰り返し。
まだ狂いたくはない。まだ死にたくはない。
でも、もういいか、と思うときもある。
好いた人間の側で消えることができるのは本望だ。おそらく今が一番穏やかで、暖かい気持ちで消えることができる。何も残さずに、消えることができる。
でも、まだ。
「蓮を、1人にするわけには行かない」
それは宵藍をこの世に繋ぎ止めている鎖である。蓮の存在がなければ、この身は脆く崩れるほど弱っている。
手を開けばポコポコと穴が開き、塞がる。不安定だ。
蓮がそのぎりぎりを繋ぎ止めている。
まだ、そう、もう少し。蓮の側に。そして、もう少しだけこの世界を見ていたい。
「お前の眼には、この世界はどう映っているのだろうか」
おそらく、自分が見ているものとは違うのだろう。
蓮の髪を撫でて、その額に手を乗せた。
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