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妖魔
しおりを挟む七生は、藍仙郷ではあまりうまくやれていないが、山を降りた人里では人気者だ。
「七生さん、あちらに出たんです、黒いのが」
「七坊、すまねぇがちと追い払ってくれんか、夕飯おまけしておくからよぉ」
「七くん、あぁ、今衛兵さんたちが出払ってまして、一太刀お願いできませんか?」
ふらふらと出歩くと、すぐに仕事がやってくる。人手が足りないとは言っていたが、本当に全く足りていない。
七生は人間からの頼み事はすべて請け負い、軽々とこなしていた。得体の知らないものであろうと、巨大であろうと、不気味であろうと。
蓮もまた、長く観察していたおかげて、妖魔の区別のようなものができるようになってきた。元来手癖は悪いのでそのあたりにあった短刀を拾って投げる。
虫型の妖魔の腹を割った。妖魔はしゅんと消え失せる。
七生は護衛ではあるが、わりと護衛の仕事を忘れることもあるので、抜けだすのは結構楽だった。
そんな中上から声が降ってくる。
「我は、お前にそのようなことをさせるために、自由にさせているわけではないが」
「突然現れたと思えばなにを。宵藍。拙はお菓子やらお茶やらをくれる方々に恩返しをしているまで。困っているのでしょう?」
腕を組み、樹木に寄りかかった宵藍は呆れたような顔を見せる。
「お前がそのようなことをしなくても良い。妖は退治すべきものが退治するし、菓子や茶も気にするほどのことでもない」
「拙が暇なんだよ。もともと、じっとしていることができないし。仕事の1つや2つしていないと落ち着かないし」
宵藍は眼を閉じて、口を開いた。
「十四」
「なんの数字?」
「お前が、今日倒した妖魔の数だ」
「見ているなら、姿を現してほしいよ。拙は倒してはいけないものまで倒してはいない?拙は良いも、悪いもわからないんだよね。多分よくなさそうなものだけを選べていると思うんだけど」
「倒されるべくして倒されたものだけだ。気にする必要はない」
宵藍は眼をゆっくりと開けて、蓮の眼の奥を覗き込んだ。ざわりとした感覚が身体を這ったあとに足の力が抜けふらついた。気づけば宵藍に抱えられていた。
「身体を蝕む。……瘴気は祓ったが、問題はないか」
「問題、はないと思うけど、変な感覚が残っている。礼を言えば良いのか、こういうことをする前に一言言ってほしいと文句を言えば良いのか。力が入らない」
「それはすまなかった」
抱えたまましれっと言い、翼を広げる。「宵藍?」と首を傾げる間もなく飛んだ。そうなると宵藍にしがみつくしかない。
上空で安定するのを待って、蓮は口を開いた。
「一言、言ってほしい」
「高い場所は、嫌いではないであろう」
「場所による。宵藍は色々と急で驚、く……」
空が近い。雲が下にあり、随分上空を飛んでいるらしい。風はあるが寒くはなく、高所だと息苦しくなるはずがそれもない。宵藍は妖だ術の1つや2つ何も言わずにかけていても不思議ではない。
それからは、大人しく宵藍に捕まっていた。
蓮が寝泊まりしている部屋に直接送り届けた宵藍は一言。
「妖を追い払うのは良い。だが、殺すな」
それだけ言って、姿を消した。
「あ、七生忘れてた。――猫くん、火焔さんのところにお使いお願いして良い?」
(火焔さんに伝えておけば大丈夫だよね。きっと)
殺すなと言われても、自分の取柄などそれくらいしかなかったのに、変な感じだ。
妖魔は殺しても大抵のものは煙のように立ち消えているだけで、殺したか殺していないかはいまいちよくわからない。
「獣の姿であればわかりやすいのに。なんとも難題だね」
獣姿の妖から小刀を引き抜いた。殺気を向けられれば殺すことしかできない自分に「殺すな」は難しい。加減などできない。
しばらくすれば、妖は塵となり消えた。
「これで肉でも残ってくれれば、夕飯の足しにできるというのに」
蓮は美味い肉を求めて森を駆けた。兎を二匹、罠を張って捕まえ、鳥を射ようとしたが、一瞬、宵藍の姿を見たような気がしてやめた。
川辺で火を起こして、兎を捌き、肉を焼く。
「拙が知る兎の肉より、甘みがある。美味しいと思うけど、君も食べる?」
そう尋ねれば、木の影から宵藍が姿を現した。
「我は食わぬ。人とは違う。食事を摂る必要はない」
「食べられない、わけではないのでしょう?」
「食べることはできるが……」
すかした態度で立っていた宵藍の口に、枝に刺した肉を入れた。眉根を寄せたものの、吐き出すことはせずにそのまま食べ切る。
「……美味いな」
「美味いならもう少し美味そうな顔をしてもいいと思うよ」
ふふと笑いながら口に入れ、もう片方の手で自分も頬張った。宵藍はさらに眉を寄せる。
「お前の戦利品なのだから、自分で食べると良い。我には必要がない」
「つれないなぁ。せっかく来たのだから拙に付き合ってよ。君も拙をじっと見てるだけでは飽きるでしょう」
口を開けてくれなくなったので、肉は自分で食べることにした。
「気配は消しているつもりだが、お前は気づくのだな。これは我の役目。お前を守る義務が我にはある」
「守るか。七生にもよく言われるけど、守られたことはあまりないからよくわからないのだけれどね。拙は君のおかげで今があるんだ。だから拙の命は好きに使うと良いよ」
「…………」
「なんで黙るの」
「!伏せろ」
宵藍がとっさに手を引き、頭を抑えなければ、妖魔の餌食になっていただろう。蓮の座っていた付近に巨大な蛇の鋭い尾が刺さっていた。
「気配は、なかったな。随分、急な挨拶だね」
「呑気なことを言っている場合か。……肉を食うな」
「もったいない。で、あれは?」
しゅーと音を立てる巨大蛇は蓮を見たまま動かない。宵藍が槍を向けて牽制した。
「この近辺に巣を作っていた妖魔だろう。人の子が数人拐われたというのは聞いていた。においからするに、討伐したほうが良い。……待て」
肉を飲み込んだ蓮が懐から消え失せ、一瞬で小刀を抜き、大蛇を突き刺すのを止めることはできなかった。生粋の武人。早く、躊躇いがない。刀は急所を突き刺している。
それはまぁ良い。だが。
「この妖魔は一匹で行動しない。……一匹は囮だ」
影から同じような大蛇が現れたので、宵藍はその全てを槍と妖術で狩り尽くした。
蓮がつまらなさそうな顔を見せたので、何が悪かったのだろうと宵藍は首を捻った。すぐに塵となり消えるとは言え、妖魔を細切れにして、川の水を妖魔の血で染め上げたことか。たしかに人間にとっては悍ましい光景だったかもしれない。と反省をしたところで蓮が口を開いた。
「悔しいけど、助かったよ。おそらく宵藍がいなければ拙は食われていたかも」
へらりと蓮が笑うので、宵藍も心なしか安堵した。
「怪我がないようでよかった。だが、我はお前に刀を抜いてほしくはなかったがな」
「それは、拙が足手纏いだから?」
「違う。妖魔によっては、血が毒となり、身体を蝕む。今の妖は毒こそないが、瘴気は貯まる」
宵藍が蓮の首筋を撫でて、蓮はくすぐったそうにした。
「今のは?」
「瘴気を祓っただけだ」
「前はたしか、目を見て、払っていたような」
「身体に力が入らなくなるのは嫌だろう?」
「まぁ、たしかに」
宵藍は、片目を上げて「用が終わったなら大人しく帰れ」と言う。
「土産をいくつか捕らえたいのだけれど、手伝ってくれない?七生が、肉が良いと言っていたから、兎か鹿か……うーん、そろそろ熊肉が食べたいが」
なにを悠長に、と呟き、宵藍は呆れとともに姿を消した。
蓮は特に気にせず、塵となった妖の弔いに手を合わせ、今だ燻っていた火を消す。再度狩りに出かけようとしたところで、背後から声がかかった。
「熊で良かったか?」
槍に突き刺した熊を持って現れた宵藍に、蓮は口を開けて呆けたあとに、笑いが止まらなくなった。
そのあと、笑って動けなくなった蓮を抱えた上で、雑に持った熊を奥院の台所に熊を届けるはめになった。
見つかって面倒なことに、なる前に姿を消し、蓮を部屋に連れて行く。その頃には蓮も落ち着いていた。
「笑いすぎたよ。すました顔で熊を抱えている宵藍を思い出したら、ふふ」
「熊が良いと言ったのはお前だろう」
「拙のためだね。ありがとう。嬉しいし、面白い。ふふ」
「笑いすぎだ。我はもう行く。昼は暖かいが、夜は冷える。外で寝るな」
「宵藍は、ほんと心配性だね。気をつけるよ。あと、拙は少し妖について学ぶ必要があるのかもね。力押しでは今日の二の舞になる」
「……藍仙郷にいる妖であればさほど大したものはいない。森や川で妖を見つけたら我を呼べ。一人で戦うことはするな」
小刀は没収された。
「てっきり戦うなと言われるかと思ったが」
「言ったところで、お前は聞かないだろう。ではな」
ぱっと消えた宵藍。
蓮は少し複雑な気持ちになる。守られることは慣れない。自分など守る価値はない。でも、宵藍が自分のことを気にしていることはよくわかる。
「拙は食われようが、構わないかな」
でも、どうせ妖に食われるのであれば、宵藍が良い。あの男の糧になるのであれば、後悔はしないだろうなと思った。
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