妖のツガイ

えい

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呪いの鏡2

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 蓮たちが悩んでいると「あーーー‼」と叫ぶような声がして振り返る。
 その重たそうな外套を着て頭巾を被っていた少年ははっと両手で口を抑えた。
 脇には尻尾を振った桃色と薄青の犬がいて、七生の顔が曇る。
 
「オマエら、何してんの?」
「ワンッ」
「…………」
 
 七生が黙り、蓮はポンっと手を叩いた。
 
「その二匹がいるってことは、君、呪いの……えっと呪杏里くん」
 
 名前を呼ばれた杏里はびくっと徐に身体を震わした。
 
「え、あ、そう。そうです、ハイ。それでは……」
 
 横歩きになり退散しようとした杏里に、蓮はにこやかに尋ねる。
 
「今ちょっと困っていてね。コレに妖魔が付いてるらしいんだけど、どうにか出来ないか、って」
 
 蓮がその鏡を麗奈から受け取り尋ねると杏里は素早い動きで近寄り、それを叩き落とした。
 
「そんなもの手に取っちゃだめでしょ!妖魔なんかに近寄るなんてもっての外なんだよ。たとえ弱くてもでもヤバいやつはヤバいんだから。あんたは、一応そんなんでも大師父の……ごにょいやそれはどうでもいい。あんたは人間なの。こういうの触っちゃだめなの。呪のときもそうだったけどあんた術かけやすいのなんのって……て」
 
 とても早口だった。それに自分で気づきぷしゅーっと地面に崩れ、口を手で覆う。犬二匹が宥めるように顔を舐めた。
 地に落ちた鏡を麗奈が大事そうに拾う。
 
「すみません、つい」
「良いと思うよ?おもしろ……うんなんでもない。君はこれ何かわかるのかな?」
 
 蓮は本音を溢しつつ訪ねた。
 
「……物に宿る妖魔は結構いる。その一種。ちょっと貸して」
 
 外套の下からひょろりとした手が麗奈に突き出される。麗奈は恐る恐るその手に鏡を乗せようとしたが手に落ちることはなく浮き上がった。そしてブツブツと聞き取れないほど小さな声で術を唱える。すると鏡から女の叫び声が上がって、青白い炎が上がる。
 
「ほら、お出ましだ」
 
 炎に炙られた女、のように見えた。女は宙に浮き顔はわからない。ただ顔の場所に赤い眼が描かれていた。
 七生が剣を抜き、宝凛も形だけ剣を抜いて、麗奈を守るように立つ。二匹の犬もグルルと鳴いて臨戦態勢だ。杏里はというと袖をガサゴソとして「あ」と間の抜けた声を上げる。
 
「しまった……何も持ってないんだった……」
 
 とはいえ剥がした杏里に向かって眼が向いて、それに気づいた蓮は杏里を抱えて跳んだ。杏里がいた場所は青い火で焼かれる。
 
「……………………もうしわけない」
「いえいえ」
 
 トンと蓮は身軽に着地する。
 
「七生ー!顔、顔狙って!眼があるから!」
「わかった」
 
 犬二匹は女の足に、腕に齧り付き身動きを止める。口から炎を吐いた。怯んだ隙に七生が顔を双剣で斬った。女はボロボロと崩れ去って、鏡の蓋がパキンと取れた。
 七生は黒く汚れた剣を犬二匹にホラと見せる。二匹は再度火を吐いて剣を炙ると白銀に戻った。
 
「そのワンちゃんたち、瘴気を消せるんだ?」
「ずりぃよな。この力。火焔とこの犬は何故か出来るんだよ」
 
 七生が首を鳴らして蓮と宝凛を見て、ひっついている杏里と麗奈を見た。
 
「オマエら、いつまでそうしてんの?」
 
 麗奈は真っ赤になり宝凛から離れて、杏里は後ずさるように離れて尻もちをついていた。それを犬二匹に支えられながら立ち上がる。
 
「…………この犬たち、火焔さんのところのなのか。よかった……妖獣かと思ってビクビクした」
「知らないで連れてきたのかよ」
「おれが連れてきたわけじゃない……服引っ張るから仕方なく……」
「ワン!」
 
 七生は胡散臭そうな目で犬を見下ろした。
 杏里は立ち上がると、ぽんぽんと汚れた服の埃を払ってから、犬を撫でた。
 蓮が、それを見ながら口を開いた。
 
「ともかく、杏里くんのおかげで助かったよ。拙たちではどうしようもなかったし。麗奈ちゃんもこれで戻れるかな?」
 
 鏡ととれた蓋を拾い上げた蓮は「うん、いないね」と確認する。
 宝凛が壊れたそれを「貸してみろ」と受け取った。器用な宝凛はその2つの部品を眺めて、術で修復していく。治し終わると「ほらよ」と麗奈に投げ渡して、麗奈はぱぁっと顔を輝かせた。その頬は赤く染まっている。
 
「よかったね」
「はい!感謝してもしきれません!この御恩は必ず……みなさま、ありがとうございました!また来ますね!」
「来んなよ」
 
 七生が冷たく言った。
 宝凛は杏里を見下ろして尋ねる。
 
「で、杏里先輩、どうすんの?」
「どうって?」
「呪家は窮奇に唆されて、大師父の番(仮)に呪をかけた末に、封印されたって有名じゃん。呪家は仙家剥奪。それがフラフラしてたらやばくない?この忙しい時期に」
 
 杏里はずんと表情を暗くする。
 
「……やばいのは、わかってるんだ。……やっぱり牢屋に戻った方が良い?……でも封印が勝手に解かれちゃったし……どうしよ」
「は?勝手に解かれた?オマエら見張ってたんだろ?」
「ワンッ」
「クソかよ」
 
 普通の犬を気取っている二匹。七生は埒があかないと、杏里に向き直った。
 
「コイツらクソ犬がいるなら大丈夫じゃね?これでも、火焔の配下だし。火焔もわかってんだろ。まぁ、ちょっとその格好でウロつかれると目立つからちょっと変えればわかんねぇんじゃねぇか?」
「たしかに。ちょっと今どきじゃねーからな。いかにも呪家ですーっていう根暗な雰囲気でてる」
「……え……ええ」
 
 にやにやしている七生と宝凛は楽しそうで、杏里の腕を掴んで連れ去った。

 奥院は限られた者しか入ることは許されていなかったので、火焔邸に連行した。七生の家でもあるので、特に咎められることはなく、宝凛と蓮も見知った妖仙にお辞儀をされる。犬二匹は邸に入る前にどこかに消えていた。
 七生と宝凛はわりと身なりに気を使う方で、蓮に対してもその辺りの気配りがすごい。だからだろう。もさっとした杏里に我慢がならなかったらしい。
 外套を剥ぎ取り、服を靴を全部捨てた。七生と宝凛は、仲はそれほどよくないのだが、目的が同じであると連携する。そりゃもう息がぴったりなのだ。
 ハクノに入れてもらった茶を飲みながら蓮はにこにこと見ていた。
 
「ハクノさん、突然押しかけてしまいすみません」
「ふふ、良いんですよ。賑やかなのは良いことでございます。それにしてもあの封印が解かれるとは、少し疑問に思いますが、今のところは大丈夫そうでございますね。――あぁそうそう、この間の呪いの解析終わりましたので、こちらは返しますね」
 
 ハクノが持ってきたのは青ウサギだ。呪いを肩代わりしてくれたウサギくんではあるのだが、宵藍が良い顔をしなかったのを思い出す。
 それを目に留めた七生が「ちょっと貸せ」とウサギを乱暴に掴んで杏里に渡した。
 
「手の置き場がわかんねぇとか言ってるから、丁度いいだろ」
 
 髪を宝凛に切ってもらっている杏里は、ぬいぐるみを抱えて落ち着いた風を見せた。「人形……」とちょっと嬉しそうにも見える。
 
「かわいいから、あげるよ」
 
 いいよね?とハクノに訪ね「えぇ」と返ってくる。杏里はうさぎの耳で顔を隠した。
 ハクノは話す。
 
「杏里様は天才なのです。術者として天才。そして、意志も弱そうに見えて強い。自我がちゃんと働いてました。貴方ではなく、近くに、あった身代わりに術を移動させたのも彼です。その上、解呪も完璧でしたよ。ウサギさんが無傷なのもそのおかげです。本来あれだけの呪力を使い解呪すれば身に影響があるはずなのですがそれもなさそうですし」
「拙は、そういうのわからないけど。優しい子だと思うよ。呪術使いなんておどろおどろしい人を想像してたけど、全然そんなことはないし。あの子行くとこないんでしょ?それだったら拙が引き取るよ?」
「――それに関しては先程通達があり、火焔邸で引き取ります。呪家と交流がある方はほとんどおりませんし、幸い顔と名前が割れていなかったので問題ないでしょう」
 
 それに。
 髪は肩口で切り揃えて、前髪は希望通りに長めに揃える。おかげで片目しか出てはいないがそれで良いらしい。黒くて長い外套は細身で、長袖からは指先が出ていた。ウサギのぬいぐるみの効果もあってか、女の子に見えなくもない。すっきりとした装いに、先程のダボついた印象はなかった。顔を隠すための頭巾は欠かせないらしく、恥ずかしそうに被ってウサギに顔を埋めた。
 
「……あ、ありがとう、ございます?」
 
 上目遣いで礼を言われ、七生は「なんで疑問形なんだよ」と突っ込んだ。
 ハクノは言う。
 
「設定は、わたくしめの遠縁の子というのはどうでしょう」
 
 口だけで笑って言ったハクノは楽しそうだった。
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