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番じゃない2
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番じゃない(2)
宵藍は星空を見上げて目を瞑った。広がるのは暗闇、聞こえるのは痛み苦しみに咽び泣く生き物たち。それらは酷く弱く、脆く、儚く、いとも簡単に崩れ去るモノたちなのだ。守らなければと思った。それが生まれた意味であり、生きている意味だ。
幾千年。疑問を持ったことはなかった。人はどうしようもない争いをしようと、妖魔が蔓延ろうとも、自分にできるのは戦うことだけ。
「数多の人を殺し、数多の妖を殺し、お前にできるのは殺すことだけ☆我とどう違う?キャハ」
「――消えろ」
宵藍は窮奇の幻影をかき消した。
「守ること、それはすなわち殺すこと。争いがなくなることはなく。我は永遠に殺し続ける」
それ自体に、何の疑問を持たない。
「役目は全うする」
戦い続けること。それが自分の役目だ。
「宵藍」
蓮の声がした。目を開けば星空を背にした蓮がいた。
笑う蓮はどんなものよりも眩しい。そしてその魂は強く、美しい。
「何回か呼んだのだけれど、立ったまま寝てたでしょう」
「寝てはいない」
「そう。そういうことにしておいてあげる。それで、ね、宵藍。拙に何か言うことはないかな?」
思考を巡らしてみるが、特に思い当たる節はない。黙っていると蓮がふふと笑う。
「そう、ないの。わかったよ。では、拙が言おうか」
残念、と笑いながら言うが、残念とは少しも思っていないだろうという顔だ。
「宵藍は拙が大好きでしょう?」
「――何?」
「違った、大好物でしょう?」
宵藍は目を閉じて、息を吐いた。
「だとしたら、なんだと言うのか」
「やっぱり、否定しないか。うん。宵藍の大好物な拙を番にしないわけをね、考えてみたのだけれど、宵藍、拙のこと絶対殺すタイプでしょ」
宵藍は疑問を覚え、目を開く。蓮に向き合い尋ねた。
「……何を教えられた?」
「妖って、自分が死ぬとき、番のこと殺すって話。んで、あぁ、なるほどって。宵藍、拙、殺したくないでしょ。でも、番にしたら絶対殺すでしょ」
「否定はしない」
「それは肯定してる」
蓮は楽しそうに、そう酷く楽しそうに言う。
「拙、死ぬなら、宵藍に殺されたいなぁ。番の話の中で一番いいなぁって思ったのは、それなんだよね。拙ね、別に死ぬのは怖くないし、宵藍以外に殺される気がないので、よくない?」
「よくない。お前はもっと自分を大事にしろ」
「うん、だめか。まぁいいかな。宵藍が拙のこと大好きってわかったし」
蓮の頬を指で擦った宵藍は珍しく目を泳がせる。
「宵藍、君は何千年も生きている妖のようだから、言うのだけれど、拙は人間だからね。すぐに老いるし、寿命来るから。宵藍にとっては瞬く間にね」
「――わかってる」
「ならいいよ。ちょっといじめているみたいになってきた。そんな顔しないでよ」
「そんな顔とは?」
「拙のこと好きで仕方ないって顔」
宵藍は頷いて、蓮をふわりと浮かせ、己の上に乗せる。目を丸くしている蓮に宵藍はいい気味だと目を細めた。
「我で遊ぶのは良いが、それ以外に番については聞いたか?」
「え、あ、うん。ケッコンとか、夫婦とか?」
「そうだな。人間に当てはめるとそうなのだろう。お前は、それで良いのだな?」
「あ、うん、良いんじゃないの」
感情の読めない答えが返ってきた。目を合わせず、そっけない。
「……お前は感情が読みにくい」
「落ち着かないんだってば、この体制。なんで拙より小さい宵藍に抱えられなきゃいけないの」
「我は真面目に問うているのだが?」
「拙だって真面目に答えてるでしょ。良いんじゃないのって」
そうか。と宵藍の中で腑に落ちた。
「蓮は、それは良いのか」
「うん」
宵藍は、頷いて、蓮は首をひねる。
「ならば、考えておこう」
「何を」
「お前を、番にすることをだ」
「うん?今の会話に何があったの?」
蓮はわからないよ、と声を上げた。
宵藍が蓮を頑なに番にしないと言ったのは、人間としての蓮を好ましく思っているからだ。宵藍にとって蓮は、底知れない部分はありつつも、愛すべき人間である。蓮が人間らしく営み、家族を持ち、死んでいくのであれば、すべてを受け入れられる。
では、何を恐れたのか。自分が蓮の人生に介入することで人間としての蓮のすべてを捻じ曲げることだ。
(蓮をあちらから連れ去ったことで、すでに捻じ曲げてはいたがな)
それでも己に縛りつけ、妖とともに生きるなどという道は断ちたかった。間違いなく、人間の幸せは与えられない。それに、己は永遠に戦の中だ。
正直言えば、戦にはもう飽きていた。自分がいなくとも、どうにかできる程度に仙は育ったので、あと少し、蓮の寿命まで持てば良い。そう思っていた。それであれば、蓮を殺すことはしなくて済む。
(蓮が、良いというなら、我が躊躇う必要はない。ないが……)
蓮はにこりと笑いながら尋ねるのだ。
「宵藍、拙を殺す覚悟はできたかな?」
「……番にすることを、殺すことにしないでほしい」
「そのほうが拙にとっては浪漫があるんだよ。宵藍に殺してもらえるんだって、ドキドキする」
「我にお前を殺させない選択肢を与えてほしいのだが」
「だめ。宵藍は拙を助けた責任を取って、ね?」
蓮が嬉しそうにするのは、良い。だが、これはやはり生き物として間違っている気がする。
何より。
「お前の中の番の意味が、我の言うものと異なっていないかが不安だな」
蓮はパチパチと眼を瞬かせた。
「番とは、人間にとっての結婚。夫婦関係。妖にとっては自我を保つためになくてはならないもの。おいしいご飯」
「合ってるな」
「宵藍に殺してもらえるなら、拙、番になる。ずっと一緒、ね?」
「やはり、おかしい」
「だって、宵藍を見ながら死ねるなんて幸せじゃない」
「――――」
同じだ。自分が思い描いていた幸せと、蓮の思い描いている幸せが同じなのだ。
「拙は地獄に落ちるので、その前までは宵藍と一緒が良い」
「――案ずるな。地獄には渡さない。我が、その魂の欠片をも残さず持っていく」
「……そっか、番って」
「お前の全てが我のものになるという意味だ」
蓮は「やっとわかった」と呟いた。
蓮が目を覚ますとまだ夜中だった。宵藍はいない。本当にいないのか、姿が見えないだけなのかはわからないが、いなかった。
露台に出ると大きな満月が真上にあった。月が大きいので夜も明るい。
ふと、気配がして振り返ると、そこには宵藍らしき人影があった。
「しょ」
「また会ったな、蓮」
その宵藍は笑ったので、即偽物だとわかった。
「拙は会ったことないよ。どちら様?」
「怖いな。愛しい宵藍に会えたんだからもっと嬉しそうにしろ☆お前は笑った方が良い。ついでに気を寄越せ」
宵藍の真似をすることもしない、宵藍のガワだけを被った異様な生き物に蓮は怪訝な顔を見せた。
「不快。偽物にあげる気も、愛想もないよ。消えろ」
「その殺気良い!欲しいな、宵藍はまだ食べてないんだろ?だったらワレがもらってもいいだろ。うん、良い!」
ざわり。ざわりとした。蓮は咄嗟にその頸を狙う。的確に、掻き切ろうとしたが、感触は煙のようだ。空気が身体に纏わりつく。カタチのない悪意だった。見ているものは妖の本体ではない。
「あっぶなーい☆おいたはだめだろ☆」
「お願いだから、宵藍の姿でその話し方はやめて。せめて似せてよ。――殺したくなる」
「こっわーい☆」
ケタケタと笑う音は人のものではない。
「どうしようかなぁ。キミをズタボロに犯して、ワレなしじゃいられないようにしてぇ、宵藍の前でパクパク食べるやつやる?前にこれしたら、アイツすっげぇ怒っ」
蓮は次は首を捕まえた。みしりと手に力を入れる。その顔は蓮の顔になる。既視感。どこかでこれと同じ状況を見たことがある。違和感を覚えるが、今は目の前のよくわからない化物に集中しなければ。
蓮の顔をした化物は「あれ、あれ?」と騒いだ。
「何故?なんで、お前が、捕まえられる?え?な、ぜ、ナゼ、な、ぜ」
「さぁ、何故でしょう。それは拙にもわかりません」
蓮はその首をへし折った。だけれど、へし折られた蓮の首だったものが黒く溶ける。
「またね☆楽しかったよ。アイツによろしくね。あ、でも、君また、記憶消されちゃうかもね。覚えてたらまた遊ぼう☆バイ☆」
月がぐるんと回転した。それは月が回ったのか自分が回ったのかわからないが、歪むように回転した後、何事もなかったかのような静寂に虫の声が響いた。
宵藍は星空を見上げて目を瞑った。広がるのは暗闇、聞こえるのは痛み苦しみに咽び泣く生き物たち。それらは酷く弱く、脆く、儚く、いとも簡単に崩れ去るモノたちなのだ。守らなければと思った。それが生まれた意味であり、生きている意味だ。
幾千年。疑問を持ったことはなかった。人はどうしようもない争いをしようと、妖魔が蔓延ろうとも、自分にできるのは戦うことだけ。
「数多の人を殺し、数多の妖を殺し、お前にできるのは殺すことだけ☆我とどう違う?キャハ」
「――消えろ」
宵藍は窮奇の幻影をかき消した。
「守ること、それはすなわち殺すこと。争いがなくなることはなく。我は永遠に殺し続ける」
それ自体に、何の疑問を持たない。
「役目は全うする」
戦い続けること。それが自分の役目だ。
「宵藍」
蓮の声がした。目を開けば星空を背にした蓮がいた。
笑う蓮はどんなものよりも眩しい。そしてその魂は強く、美しい。
「何回か呼んだのだけれど、立ったまま寝てたでしょう」
「寝てはいない」
「そう。そういうことにしておいてあげる。それで、ね、宵藍。拙に何か言うことはないかな?」
思考を巡らしてみるが、特に思い当たる節はない。黙っていると蓮がふふと笑う。
「そう、ないの。わかったよ。では、拙が言おうか」
残念、と笑いながら言うが、残念とは少しも思っていないだろうという顔だ。
「宵藍は拙が大好きでしょう?」
「――何?」
「違った、大好物でしょう?」
宵藍は目を閉じて、息を吐いた。
「だとしたら、なんだと言うのか」
「やっぱり、否定しないか。うん。宵藍の大好物な拙を番にしないわけをね、考えてみたのだけれど、宵藍、拙のこと絶対殺すタイプでしょ」
宵藍は疑問を覚え、目を開く。蓮に向き合い尋ねた。
「……何を教えられた?」
「妖って、自分が死ぬとき、番のこと殺すって話。んで、あぁ、なるほどって。宵藍、拙、殺したくないでしょ。でも、番にしたら絶対殺すでしょ」
「否定はしない」
「それは肯定してる」
蓮は楽しそうに、そう酷く楽しそうに言う。
「拙、死ぬなら、宵藍に殺されたいなぁ。番の話の中で一番いいなぁって思ったのは、それなんだよね。拙ね、別に死ぬのは怖くないし、宵藍以外に殺される気がないので、よくない?」
「よくない。お前はもっと自分を大事にしろ」
「うん、だめか。まぁいいかな。宵藍が拙のこと大好きってわかったし」
蓮の頬を指で擦った宵藍は珍しく目を泳がせる。
「宵藍、君は何千年も生きている妖のようだから、言うのだけれど、拙は人間だからね。すぐに老いるし、寿命来るから。宵藍にとっては瞬く間にね」
「――わかってる」
「ならいいよ。ちょっといじめているみたいになってきた。そんな顔しないでよ」
「そんな顔とは?」
「拙のこと好きで仕方ないって顔」
宵藍は頷いて、蓮をふわりと浮かせ、己の上に乗せる。目を丸くしている蓮に宵藍はいい気味だと目を細めた。
「我で遊ぶのは良いが、それ以外に番については聞いたか?」
「え、あ、うん。ケッコンとか、夫婦とか?」
「そうだな。人間に当てはめるとそうなのだろう。お前は、それで良いのだな?」
「あ、うん、良いんじゃないの」
感情の読めない答えが返ってきた。目を合わせず、そっけない。
「……お前は感情が読みにくい」
「落ち着かないんだってば、この体制。なんで拙より小さい宵藍に抱えられなきゃいけないの」
「我は真面目に問うているのだが?」
「拙だって真面目に答えてるでしょ。良いんじゃないのって」
そうか。と宵藍の中で腑に落ちた。
「蓮は、それは良いのか」
「うん」
宵藍は、頷いて、蓮は首をひねる。
「ならば、考えておこう」
「何を」
「お前を、番にすることをだ」
「うん?今の会話に何があったの?」
蓮はわからないよ、と声を上げた。
宵藍が蓮を頑なに番にしないと言ったのは、人間としての蓮を好ましく思っているからだ。宵藍にとって蓮は、底知れない部分はありつつも、愛すべき人間である。蓮が人間らしく営み、家族を持ち、死んでいくのであれば、すべてを受け入れられる。
では、何を恐れたのか。自分が蓮の人生に介入することで人間としての蓮のすべてを捻じ曲げることだ。
(蓮をあちらから連れ去ったことで、すでに捻じ曲げてはいたがな)
それでも己に縛りつけ、妖とともに生きるなどという道は断ちたかった。間違いなく、人間の幸せは与えられない。それに、己は永遠に戦の中だ。
正直言えば、戦にはもう飽きていた。自分がいなくとも、どうにかできる程度に仙は育ったので、あと少し、蓮の寿命まで持てば良い。そう思っていた。それであれば、蓮を殺すことはしなくて済む。
(蓮が、良いというなら、我が躊躇う必要はない。ないが……)
蓮はにこりと笑いながら尋ねるのだ。
「宵藍、拙を殺す覚悟はできたかな?」
「……番にすることを、殺すことにしないでほしい」
「そのほうが拙にとっては浪漫があるんだよ。宵藍に殺してもらえるんだって、ドキドキする」
「我にお前を殺させない選択肢を与えてほしいのだが」
「だめ。宵藍は拙を助けた責任を取って、ね?」
蓮が嬉しそうにするのは、良い。だが、これはやはり生き物として間違っている気がする。
何より。
「お前の中の番の意味が、我の言うものと異なっていないかが不安だな」
蓮はパチパチと眼を瞬かせた。
「番とは、人間にとっての結婚。夫婦関係。妖にとっては自我を保つためになくてはならないもの。おいしいご飯」
「合ってるな」
「宵藍に殺してもらえるなら、拙、番になる。ずっと一緒、ね?」
「やはり、おかしい」
「だって、宵藍を見ながら死ねるなんて幸せじゃない」
「――――」
同じだ。自分が思い描いていた幸せと、蓮の思い描いている幸せが同じなのだ。
「拙は地獄に落ちるので、その前までは宵藍と一緒が良い」
「――案ずるな。地獄には渡さない。我が、その魂の欠片をも残さず持っていく」
「……そっか、番って」
「お前の全てが我のものになるという意味だ」
蓮は「やっとわかった」と呟いた。
蓮が目を覚ますとまだ夜中だった。宵藍はいない。本当にいないのか、姿が見えないだけなのかはわからないが、いなかった。
露台に出ると大きな満月が真上にあった。月が大きいので夜も明るい。
ふと、気配がして振り返ると、そこには宵藍らしき人影があった。
「しょ」
「また会ったな、蓮」
その宵藍は笑ったので、即偽物だとわかった。
「拙は会ったことないよ。どちら様?」
「怖いな。愛しい宵藍に会えたんだからもっと嬉しそうにしろ☆お前は笑った方が良い。ついでに気を寄越せ」
宵藍の真似をすることもしない、宵藍のガワだけを被った異様な生き物に蓮は怪訝な顔を見せた。
「不快。偽物にあげる気も、愛想もないよ。消えろ」
「その殺気良い!欲しいな、宵藍はまだ食べてないんだろ?だったらワレがもらってもいいだろ。うん、良い!」
ざわり。ざわりとした。蓮は咄嗟にその頸を狙う。的確に、掻き切ろうとしたが、感触は煙のようだ。空気が身体に纏わりつく。カタチのない悪意だった。見ているものは妖の本体ではない。
「あっぶなーい☆おいたはだめだろ☆」
「お願いだから、宵藍の姿でその話し方はやめて。せめて似せてよ。――殺したくなる」
「こっわーい☆」
ケタケタと笑う音は人のものではない。
「どうしようかなぁ。キミをズタボロに犯して、ワレなしじゃいられないようにしてぇ、宵藍の前でパクパク食べるやつやる?前にこれしたら、アイツすっげぇ怒っ」
蓮は次は首を捕まえた。みしりと手に力を入れる。その顔は蓮の顔になる。既視感。どこかでこれと同じ状況を見たことがある。違和感を覚えるが、今は目の前のよくわからない化物に集中しなければ。
蓮の顔をした化物は「あれ、あれ?」と騒いだ。
「何故?なんで、お前が、捕まえられる?え?な、ぜ、ナゼ、な、ぜ」
「さぁ、何故でしょう。それは拙にもわかりません」
蓮はその首をへし折った。だけれど、へし折られた蓮の首だったものが黒く溶ける。
「またね☆楽しかったよ。アイツによろしくね。あ、でも、君また、記憶消されちゃうかもね。覚えてたらまた遊ぼう☆バイ☆」
月がぐるんと回転した。それは月が回ったのか自分が回ったのかわからないが、歪むように回転した後、何事もなかったかのような静寂に虫の声が響いた。
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