妖のツガイ

えい

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番じゃない3

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 目の端にちらちらと黒い影が映る。奥院の外では今までもそれらはいた。虫との違いは赤い目があるか、ないかだ。蚊ほどしかない小さな妖魔でも赤い目はある。蓮はソレを見下ろした後にベチンと叩き潰した。
 
「うん。ムシは殺さないとね。鬱陶しいもの」
 
 化物を捕らえ損ねた。それが非常に蓮を苛立たせた。
 いけない、いけないと、気分を落ち着かせるように深呼吸する。いつでも冷静に。頭に血が上ってしまったから、さっきは失敗したのだ。いつもの自分であれば、手柄がないなど、何も掴めなかったなどという失態は犯さなかったはずだ。
 
(平和ボケしたかな)
 
 遊び程度に妖魔を相手することはあっても、周りが過保護なので蓮自身が表立つことはなかった。宵藍が快く思わないことはできればしたくはないのだ。それが、己の性質と相反することになっても。
 手の中の妖魔がサァっと風に消えたところで、宵藍が現れた。
 
「――すまない。あまりに小さい妖魔は見逃す」
「潰してよかったかな?外であれば放っておいても気にしないんだけどね」
 
 宵藍が蓮の手を握る。口数が少ないのはいつものことだが、その様子がどこかぼんやりしているようだった。
 偽物?と一瞬思ったが、その金目が蓮の瞳の奥を見て、本物だと確信する。宵藍に見られると頭の奥が熱くなる。霞がかかるように、宵藍以外を考えられなくなった。
 
「宵藍?どうしたの?」
「どうとは」
「疲れてる?体調悪い?」
「いや、そういうわけではないのだが」
 
 ため息を吐いた。
 
「ほんと、どうしたの――宵藍?宵藍!」
 
 なんてことはない、と話していた宵藍の顔が苦しそうに歪んだ。顔の半分に黒い孔のようなもの空く。それが首や腕にも広がり、ポツ、ポツと染みのように広がっていった。
 蓮は慌ててその顔に手を添わせる。顔の孔を塞ぐように触れれば、すっとそれは消えた。
 
「心配するな。大した問題ではない。……己が保てなくなっているだけだ」
「大した、問題ではない?それだけ苦しんでいて?大した問題ではないの?保てないって、何?」
「慣れている。お前が思うほど痛みも、苦しみもない」
 
 蓮が宵藍の顔をぐいっと掴み、その眼を覗く。気を流すように、強く意識した。宵藍の金眼が絞られ、色味が変わり、蓮はその眼から眼が離せなくなる。眼を離すつもりはなかった。気を食べることで瘴気を昇華することができるなら、全部食えばいいのだ。宵藍には全部あげる。この命は宵藍の物なのだから、我慢せず好きにしてほしい。
 
「――他に関しては良い。人も、妖も面倒だけど、拙は平気。でも、それは、それだけは許さない。拙を助けておいて、置いていくのだけは許さない」
 
 金眼がゆっくりと瞬いた。気がつけば宵藍の半身の孔は消えて無くなっている。対して蓮は少し放心して、宵藍のことだけをただ黙って見ていた。
 宵藍は蓮の額に己の額を擦り付ける。
 蓮は尋ねた。
 
「治った?」
「あぁ。随分楽になった。蓮、お前は何度も我を助けてくれる」
「拙が宵藍を助けたのは、1回だけだと思うよ。昔、はじめて会った時だけ」
「違う。我は何度も死にかけた。その度にお前を思い出して、闇の中から戻ることができた」
 
 しかし、と額が離れた。
 
「我の戦いは永遠に続くのだろう」
 
 宵藍が月を眺めた。満月にポツポツと黒い点が浮かんだ。その穴は徐々に大きくなり、そこから異形の妖魔が這い出てくる。
 宵藍は翼を広げて飛び上がり、手には槍を持った。
 
「我が弱っていることを察したか」
「……あとで説明して。今はお客さんをどうにかしようか」
 
 宵藍は槍を持っていない方の手を広げ、刀を作り出す。脇差程の大きさの白銀の刃の刀。その形は以前持っていた刀に似ていた。
 
「使うと良い」
「宵藍、大好き」
 
 蓮は露台から飛び上がり、襲いかかってきた妖魔に対峙した。宵藍から受け取った刀の刃がキィンと響く。妖魔は4……いや5匹。顔はあるが目や口などの部品がなく、腕と足が長い。
 宵藍は真っすぐに心臓を突き刺した。
 
「赤い眼が、心臓にある」
「視線を合わせないようにしろ」
「難しいことを言うね。まぁ頑張るよ」
 
 蓮もふふと笑いながら、妖魔の心臓を突き刺す。剣の刃は一瞬にして黒くなった。気にせず、背後に来ていた妖魔を切り裂いた。くるんと体を回転させて消滅する寸前の妖魔の肩に乗って3体目を狙った。難なく斬る。瞬殺で2体を斬って蓮を眺めていた宵藍が、足場を無くした蓮を抱きかかえて飛んだ。露台に降り経っても降ろしてはもらえない。ぐいっと宵藍の顔が寄り、驚いたところで刀が溶けた。
 
「やはり、お前に武器は渡したくない」
「えぇ。取り上げられるの。使いやすかったのに」
 
 むっとした蓮を、宵藍は気にせず部屋へと連れていく。どさりと寝台に寝かせた。
 距離感がおかしいのはいつものことであったが、覗く金眼がいつもと違った。瞬きすらせずに、じっと覗かれて、心臓がドクンと鳴る。
 
「寝ろって言わないでよ。拙、仕事の後は眠れないんだよ。昔から、感触が残っていて眠れない。妖魔は人とは違うけれど、興奮してしまって」
 
 あと宵藍が近いせいで、落ち着こうにも落ち着けない。それを察しない宵藍は冷静に頷いた。
 
「そうか」
「宵藍は拙が戦うの嫌なの、わかってるんだけどね」
「嫌ではあるが、悪くはない」
「いつも思うけど、言葉が少ないよ」

 宵藍は考えた後に、言い直す。
 
「お前が傷つくことはさせたくない。けれど、戦うお前は悪くないと思っている。むしろ、ずっと見ていられるほどだ。お前は戦士。初めからわかっていた」
「戦士ね。そんな高尚なものではないよ。ただの殺し屋だ」
 
 蓮は身じろぎして、宵藍の眼から逃れようとするが、それは許されなかった。顎を指で掴まれる。
 
「――我は、お前が自由に飛べるのであればそれで良いと思った。我はそれを見守ろうと、思ったのだ」
「うん」
「お前を、縛り付けたくない。籠にいれておくこともしたくはない。いつか来る未来でお前を殺したくはない」
 
 淡々と言葉にする宵藍の声を遮らないように、蓮は頷く。
 
「だが、我は、お前を手放したくはない。我だけに囀り、我だけを見るようにしまっておきたい。他に奪われるくらいなら、この手でその首を折ってしまいたい。――我は、妖だと思い知らされた」
 
 宵藍は優しいのだ。己の欲と葛藤し、蓮が人としてどう生きれば幸せかを考えていたのだろう。それでも、妖の性からは抜け出せなかった。
 瘴気の昇華のためだとは言わない。宵藍にとってはおそらく、自分が苦しむことはどうでも良いことなのだ。
 くすくす笑った蓮は言う。
 
「奇遇だね。拙は、宵藍から離れたくないし、拙は、宵藍と再会する前に一度死んだんだ。で、今は宵藍に生かされている。宵藍に生かされてるから、宵藍に殺されたいと思うのは当然でしょう?」
「……当然ではないと思うが」
「当然なんだよ。今は拙の意志で宵藍と一緒にいる。今度はずっと一緒にいられる」
 
 宵藍は静かに眼を伏せて、開いた。
 
「……蓮、我は永久にお前を捕らえることになる」
「拙が、宵藍を捕まえるんだよ」
「――そうか。そうだな」
 
 宵藍は多分、笑った。
 
「蓮、我ら妖にとっては言葉はさほど意味がない。ただ、人の子であるお前にとっては言葉は必要なのだろう」
「?」
 
 蓮は顔を上げて、宵藍の感情の少ない顔を見た。
 赤い瞳と金眼が交わる。
 
「我と共に生き、我と共に死の淵に。……我の番になってほしい、蓮」
 
 蓮はパチパチと瞬いた後、強く頷いた。
 
「もちろん。ふふ、これでずっと一緒」
 
 一緒にいられる理由が出来た。
 宵藍は目を伏せてから、薄く開く。ふふふと笑う蓮の薄い唇を指で辿った後に口付けた。
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